45.新魔王(兄)は説教の上お仕置きされる

 ここは旧魔王城があった魔王の城下町だった場所。今この場所では、全て破壊された魔王城の立て直しと、町の復興が急ピッチで進められている。資材や人材は王国が惜しみなく援助してくれており、魔王城の立て直しはまだまだ先だが、この町で生活する魔族も徐々に増えて行っている最中だった。


 新しく魔王となったロウザは、支援の見返りとして王国に対して恭順の意を示し、軍事面で不安を抱える王国の切り札としての役割を担っていた。

 しかし、それだけでは見返りとして不十分だとして、王国民に対して簡単な護身用の魔法を教える魔法教室を開いたり、王国の兵士に対しても魔力の効率の良い使い方を教える等、王国の国民達と良好な関係を築こうと、ひっきりなしに王国領と魔王領を行ったり来たりする日々を送っていた。


 そんな忙しい日々を送っていたのだが、働き詰めのロウザに対して見かねた王国の人間が「いい加減たまには休め」と言われたので、その日から数日間の休みを取ることにしていた。

 とは言え、ただ黙って魔王領に戻って休むのはなんだかもったいないと考えたロウザは、普段魔法を教えている王国民に対して、魔王領に遊びに来てみないかとの提案を行い、希望者を魔王領に招いていた。

 これも交流の一環と王国にこの件を申請をすると、割とあっさりと申請は通ることとなった。優しさからと言うよりは、肝心な時に倒れられては困るので、それで魔王が少しでも休むならと言う上での判断だった。


 ともあれ、そんな休みの最中……それは魔王の仮住まいの中で起こった。その日、魔王の仮住まいに一人の老人が訪ねてきたのだ。


「こぉの!! バカ者がああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 広い部屋の全体に老人のしわがれた怒声が響き渡る。それと同時に、老人とは思えないその巨大な拳がロウザの頬を捉える。大柄な老人から放たれたその拳を、彼は成すがままに受け入れる。

 想像よりも力が強かったため、軽く吹き飛ばされ壁に叩きつけられると、口の中が切れたのかロウザの口中に血の味が広がった。


「……ロウザ様……!!」


「……大丈夫だ、ハウピア」


 ロウザにハウピアと呼ばれたその女性……もう一人の魔王となった侍女長も、その場にて老人の怒りに満ちた表情と、口の端から血を流すロウザの姿を交互に見る。

 心配そうなその視線をロウザは問題ないと手で制すと、立ち上がる再び老人へと近づいていき、静かに頭を下げる。


「申し訳ありません……御爺様」


 その謝罪する姿は、彼が現役の魔王だと想像もつかないほどに彼を小さく見せていた。彼の目の前で肩を怒らせているのは三代前の魔王であり、彼の実の祖父であり、育ての親でもある人物だった。

 魔王になったとはいえ頭の上がらない祖父に対しては、彼の頭も終始下がろうと言うものだった。それも、今の祖父の怒りの原因はロウザの行動が原因なのだ。


「嬢ちゃんにあのクソ馬鹿が取り憑かれていると考え……お前は嬢ちゃんを犠牲に新たに魔王となっただと……?!」


 怒りで震え、額には血管が浮かんでいるその姿に思わずロウザは身を竦ませる。自分が新たな魔王となり、既に魔力も体力も祖父よりも上だという思いはあるのに、この姿を見るとどうしても怯えてしまう。勝てる気がしない。そんな風に考え、次の怒りの声に対して身構える。


「この馬鹿者がぁ!! 儂は……儂はお前をそんな子に育てた覚えはないぞ!! 何故儂に黙っていた!! 何故儂を遠ざけた!! 何故儂も……儂も嬢ちゃんと一緒に殺さなかった!! 元魔王として!! 孫同然の娘を犠牲にして余生を送るほど落ちぶれておらんわ!!」


 大柄な体から繰り出される拳を再度振りかぶる。ロウザは祖父の気が済むまで殴られる覚悟で居た。今日、休みの日に祖父が避難先から戻ってきたというのは僥倖だと言わんばかりに、祖父に全てを告白した。自身が妹を殺すつもりであったという事を。

 再度来ると思っていた拳は一向に来ることは無かった。代わりに、力無くその場に座り込んだ祖父はその両目から涙を流していた。


「戦いが終わったというから……嬢ちゃんとお前に会いに来たというのに……何故じゃ……何故あの娘なんじゃ……儂はあの娘に手料理をごちそうすると約束したんじゃぞ……」


 はらはらと力無く涙を落とすその姿は、今までロウザが見てきた力強い祖父像とはかけ離れていた。先ほどまで巨大に見えていた姿が、途端に小さく見えてしまうことに、ロウザは胸が締め付けられる思いだった。


 自分が殴られる覚悟はしてきた。来てくれた人たちの相手はハウピアに任せ、最悪この数日間の休みをずっとベッドの上で過ごす覚悟もしていた。しかし、祖父がこのように悲しむ姿は想像していなかった。

 彼の記憶にある祖父は、優しく、強く、大きく、そして厳しい人だった。だから、こんな風に祖父が悲しむ姿は彼にとっても衝撃だった。

 そして魔王は、仮住まい全体に防音の魔法をかけ、周囲に音が漏れないようにしてから祖父に自身が入手した情報を伝える。


「御爺様……実は……妹は生きているのです」


 その言葉に、その場にいるハウピアと祖父の二人が小さく反応した。今まで忙しく侍女長であったハウピアにも伝えれてなかったのだが、最後に妹が会った祖父と、侍女長にだけはこのことを伝えるつもりだったので、祖父が訪ねてきた今しか言えるタイミングは無いとロウザは考えていた。

 その事を先に伝えず祖父に殴られたのは、彼なりのけじめの一つだった。


「お嬢さまが……生きてる?」


「なんじゃと……?」


「はい……他言無用で願います。勇者の仲間の方から私は手紙をいただきその事実を知らせていただきました。手紙自体は情報の漏洩を防ぐために既に処分しておりますが……それは確かな情報です。妹は、現在は勇者様と一緒に二人で旅をしているのだとか」


 その言葉を聞いたハウピアは涙を流して膝から崩れ落ち、嗚咽を漏らしながら床を涙で濡らしていく。祖父の方は、涙を流しながらもその顔には笑みが浮かんでいる。


「そうか……生きてるか……だったら……いつか……いつか儂の料理をごちそうする約束を果たせる日が来るかもな……それまで死ねんな儂は……」


 ロウザの言葉を噛みしめる様に反芻し、しきりに頷きながらどこか安心したような表情を浮かべる。しかし、ロウザの言葉に反芻するうちに、その内容に引っ掛かりを覚え表情は徐々に曇ったものになってくる。


「……ん? ちょっと待て? ……勇者と一緒?」


「えぇ、勇者と一緒です」


 ロウザは祖父を安心させるようにその言葉を肯定するのだが、その言葉に祖父の中には言いようのないモヤモヤとした不安な気持ちが沸き上がってくる。嫌な予感が脳裏を掠めていく。


「そのー……勇者は……当然じゃが……女じゃよな?」


「え……いえ……男ですけど……」


 決定的なその一言に、祖父の嫌な予感は確信に変わった。そして、先ほどロウザに怒鳴った時よりも大きな声で叫び出す。


「なんじゃとおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ?!」


 ガバリとその場に立ち上がると、頭を抱えながらその場でグルグルと回りだす。突然の祖父の反応に、先ほどの怒りとは違う、困惑と混乱から来る大声に、ロウザもハウピアも目を丸くして驚いていた。


「儂の孫同然の可愛い娘と男が二人旅してるじゃと!! どこの馬の骨じゃあ!! 勇者ぁ?! 男は男じゃろうが!! 嬢ちゃんがー!! 嬢ちゃんが毒牙にかかってしまう!! すぐに儂も駆けつけねば!! 待ってろー!!」


 すぐにその場からどこかへと移動しようとする祖父を、ロウザは必死に止めようとしがみつく。高齢者とは思えない力だが、今の魔王である自分には止められない程ではない……と思ったのだが、どこにそんな力があるのかというくらいにその動きは力強かった。


「落ち着いてください御爺様!! 大丈夫です!! 私も勇者と話をしましたが誠実な人柄でした!! ハーレムとかとは無縁な一途な方です!! きっと変な事はしないはずです!!」


「本当か!! それは本当なんじゃな!! いーやでも心配じゃ……心配なんじゃ!! ロウザァ!! お主が居ながら男と二人旅を許すとはどういうことじゃ!! えぇい!! 勇者よ!! あの子を娶りたいなら儂を倒してからにしろー!!」


 ここにはいない勇者へと恨み言を叫びながら、その場で両手を天を付くように振り上げる。興奮しすぎて自分が何を言っているのかわかっていない祖父をロウザは必死に止め、ハウピアはどうしたらいいのかわからずにオロオロとするばかりだった。

 それでも何とか祖父を止めることに成功したロウザは、納得がいかない表情を浮かべる祖父へとそのまま説得を続ける。


「落ち着いてください!! 別に私が許したわけでは無いですし、妹が生きているならいつか会えます!! それまではこのことは内密にしなければならないのです!!」


「う~~~……わかった!! しかし、来んかいロウザ!! 広場の中央に行くぞ!! ハウピア!! お主は王国から来たお客人を連れてこい!!」


 まだまだ納得のいかない表情を浮かべていた祖父は、ロウザを肩にひょいと担ぐと復興作業中の町の中心部へと歩き出す。いつ自分が抱えられたのか知覚できなかったロウザは、抵抗する間もなくまるで荷物の様にそのまま祖父に運ばれてしまう。

 周囲の物は新しい魔王が前の魔王に抱えられている光景に視線を送るのだが、なぜそうなっているのかわからず、何人かはその後を付いていく始末である。抱えられたロウザは頬が赤くなり、抱えられたまま顔を両手で覆っていた。


「ここに居る皆の物よー!! 儂は三代前の魔王!! グールスビーと言うものじゃ!! この当代の魔王ロウザの祖父である!!」


 やがて、城下町の広場に到着した祖父は、肩にロウザを抱えた状態で衆人観衆に対して大声を出す。周囲の魔族でグールスビーを知らない者はいないため、何が起こるのだと周囲に魔族達や人達が集まってくる。

 その中には、子供を含む王国からの客人達の姿もあった。彼等はハウピアが連れてきたようだった。


「詳しくは言えんがこやつはひじょーに悪い事をした!! だから儂は魔王とはいえ、こやつの祖父として!! そして育ての親として!! こやつにこれからお仕置きをする!!」


 そう言うや否や、肩に担いでいたロウザを膝たちの状態の自身の膝の上にうつ伏せに乗せると……その尻の方を衆人観衆の方へと向ける。その体勢に、ロウザは幼い頃の記憶が蘇り顔を青くさせる。そして思わず、当時の口調で叫んでしまう。


「爺ちゃん!! 勘弁して!! 俺もう良い大人なんだよ!! もう魔王になったの!! この年でそれは止めてぇぇぇぇぇ!!」


 ロウザの叫びの意味は周囲には解らないのだが、普段は冷静沈着な言葉遣いの魔王がまるで子供のような叫び声を上げていることに驚いた。ロウザも無意識なのか、「御爺様」と呼んでいたはずの祖父の呼び方が、子供の頃の「爺ちゃん」と言う呼び方に戻っていた

 グールスビーはその手を空高く掲げると……周囲の人達も今から何が起こるのかが理解できた。そして、周囲が理解したと同時に、その掲げられた手が吸い込まれるようにロウザの尻へと放たれた。


「いてええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


 スパァン!!と言う、まるで楽器のような音が周囲に響き渡ると同時に、ロウザの悲鳴も周囲に響き渡った。


「なんじゃい情けない!! 情けで尻を丸出しにしとらんのだから平気じゃろが!!」


「尻を出さないのは当たり前だー!! っていってええええぇぇぇぇぇぇ!!」


 それから容赦なく元魔王による現魔王への尻叩きは継続される。


「ほーれほれ!! 悪いことした子はお仕置きじゃ!! みんなもこんな風になりたくなければ良い子にするんじゃぞ!! 魔王であっても間違ったことをすればこうやってお仕置きを受けるんじゃ!!」


「なんでしょうこの気持ち……ロウザ様が公衆の面前で辱められている姿に、何故かドキドキしてきます……」


「爺ちゃん止めて!! ハウピアが変な扉開きかけてるから止めて!! 俺もう魔王だからー!! 魔王になったからー!!」


 それから、元魔王による現魔王への尻叩きが続行される。結局、魔王が泣いても喚いてもその尻叩きはグールスビーが満足するまで続いた。

 小気味の良い、リズミカルな音が広場には響き渡り、周囲の人は祖父に叱られる現魔王のその姿をどこか微笑ましく見て、あの最悪の魔王とは全く異なる国がこれから作られることを実感していた。

 ……普段は見られないであろうクールな魔王の醜態を、ちょっとだけ楽しんでいたと言うのは秘密だった。


 そして、王国から来ていた子供達は自身の尻を押さえながら、魔王でさえ悪い事をすればこうやって怒られるのだから、自分達は絶対に悪い事はしないと震えながら秘かに心に誓っていた。


 残念なことに、彼は公衆の面前で尻を叩かれた初の魔王として後々まで語り継がれる……しかし……そのおかげかはわからないが、魔王領、王国領の両国民からは非常に親しまれることとなる。


 そして、かくべき恥はもう全てかいたと言わんばかりに、今日も彼は魔王領と王国領を行き来しながら、日々を忙しく過ごしている。

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