41.二人は家探しする

「ルー、あれで良かったのか? 言われた通り、俺はあんまり口出ししない様にしてたけど……」


「えぇ、ありがとうございますディさん。完全に立ち直るにはまだまだ時間がかかると思いますけど、少しでも彼女達の気持ちに区切りが付けばいいのですが……」


 地下室から出た二人は、まずは休んでいる人達の様子を見てからニエトの研究室の家探しをしていた。全てが終わったことを告げると、念のために残っていた一人も晴れやかな表情を見せる。

 残った一人と今は休んでいる女性達は地下室に参加できていないため、どうすれば父の残した物のせいで傷ついた彼女達の心を癒せるのか、ルナは頭を悩ませていた。


「……いや、それもあるけど。彼女達って元々は普通の町の人達だろ……戦ったこととかあるのかな? そんな人たちにクズ野郎とはいえ、人を殺させていいのかって思ってさ……」


「あぁ……そっちの事でしたか……」


 ディアノは彼女達の怒りは肌で感じていたし、同じ男として彼等のしたことは許せなかった。ルナがそんな彼女達のためにあぁいう場を設けたというのはよくわかってはいるのだが……それでも、彼女達が人を殺して、それが彼女達の新たな心の傷にならないかが心配だった。


「人を殺すのってさ……結構な重労働なんだよ。体力的にも、精神的にもさ。俺も人を殺したことが無いわけじゃない……初めて殺したときは、数日間眠れなかったよ。飯もなかなか喉を通らなくてな。兵士の訓練をしてた俺でもそうなんだから、彼女達みたいな普通の女性だったら……」


 あくまでも女性の心配をしているディアノに、ルナは苦笑を浮かべる。ルナは人を殺したことは無いが、自身の父の魂を過去に消滅させている。あれを殺しだと考えると……確かに気分は嫌なものだと思い返す。

 少しだけ気分が軽くなったのは事実としてあるのだが、それ以上に不快な気分も混じっていた。あの時とは状況は異なるが、もしもあの気分を誰かに味わわせたいかと言われると……答えは否だろう。


 その辺りは非常に難しい問題だとルナもここにきて考える。彼女達は今は興奮状態にあるから、きっとすぐにそう言う嫌な気分にはならないだろうが、冷静になった時にどうなるか……。その辺りのケアを考えなければならないとディアノに言われて思い至った。

 もしもこの報復が原因で、彼女達の誰かが間違った方向に進みそうなら……ルナはそれを阻止するために動こうと心に決めた。あくまでも、彼女達がこれから幸せに暮らせるようになるのが一番だ。


「……そうですね、確かにそうなった場合には……色々と対処が必要かもしれません……とりあえず、めぼしいものを探し終えたら、また地下室に行きましょうか」


 今、地下室がどうなっているのかはルナはあえて監視していない。彼女達が何をどうするのか、その選択は彼女達に任せるべきだし、それを見るのは無粋だと考えたからだ。

 ディアノもルナも、今ここにいるのは自身で行動を選んだ結果であり、烏滸がましいかもしれないがそれが良い未来に繋がると信じていた。


「あぁ、ありましたよディさん。これが彼等の目的の薬の作成方法のようです。父の手書きノートですね、これ……」


 研究室の中は意外にも整理されており、手書きの本がいくつも置かれていた。大半がルナの父のろくでもない記録ばかりだったのだが、真面目に研究をした結果を記した本もいくつか置かれていた。

 ……ルナが見る限り、想像通りではあるが性関連に特化したものばかりなのだが、ここまで性関連に特化した魔法やら薬物やらの研究をした人はそうはいないだろう……。だから、資料としては貴重と言える。


 ディアノはノートを開いているルナの元まで移動して、後ろから一緒に本を覗き込む。すぐ横にディアノの顔があることでルナは少しだけ赤面するが、ディアノは本の方に視線を送っているためにその事に気付いていなかった。


「蛇族の女の皮膚、鹿族の女の角、魚人族の女の髪の毛、虎の生殖器、牛の睾丸、蝙蝠型の魔物の肝、回春茸……やたらと沢山の材料が必要なんだな。そして最後に……魔族の女の血液か……」


 材料を見たディアノは顔を顰める、少なくとも自分はこんなに色んな材料が混ざった薬は飲みたくないし……毒と薬は紙一重と言うが、材料からこれは毒に属するものなのではないのかとも思えてしまう。


「……それで私を……そう言えば捕まった女性の中に魔族はいませんでしたもんね。……何と言うか、世の男性に需要は確かにあるでしょうけど、こんなことまでして復活させたいんですかね……その……男性機能って」


 材料とその作り方を見て、ルナは口元に手を当てながら作り方を頭の中でシミュレーションしていた。魔力を使って本来混ざらない物を無理矢理混ぜるような工程に戦慄すると同時に、父の技量の高さを垣間見てしまい複雑な気分になる。

 この技量をもっとまともな方向に行っていれば、歴代でも最高の魔王になれただろうに、父は性関連にしか特化していなかったのだから……本当に嘆かわしいと感じていた。


 そもそも、魔法を使えたはずの父がなぜこんな薬を作っていたのだろうと疑問に思ったところで、ノートの端に乱暴な字で走り書きされている一文が目に入った。そこには最低の一言が書かれていた。

『将来、もしも魔法が使えなくなった時にも、女を抱けるようにするための薬(重要)』

 ……やはり父は、どこまでいっても父だったとその一文で呆れかえってしまう。それと同時に、死んだ後に現れた父の言動から、彼がまともな方向に行くことは死んでも無かったのだから当然かと納得した。


 内心で呆れかえっていたルナの内心は知らず、ディアノは先ほどの問いかけに少しだけ言い淀んだが、結局は正直に答えてくれた。


「いや……俺はそうなってないから何とも言えないんだけど……ごめん、俺も多分……その……不能になったら復活させたくはなるわ……ここまでの事はしないけど……結構頑張って色々すると思う。」


 自分の横で赤くなるディアノを見上げながらも、ルナはすぐに本へと視線を戻す。そして、本の材料と作り方を見て、本当に自分が材料の一つとしか見られていなかったことに改めて不快感を覚えた。

 たぶん、魔族の女性が必要だったが魔族領にまで行く気概はあの三人には無かったとルナは予想した。もしかしたら、力を付けたら行くつもりだったのかもしれないが、それより前にルナが来たから何としても帰さないようにしていたのだろう。


 それと同時に、少し気になることもあった。この薬は呪詛に本当に効くのだろうか?……と。


 ニエトがやっていたように、呪いの代償である痛みを薬で消すというのは可能なのかもしれない。あれはあくまでも自身の肉体を麻痺させているのだから可能だろう。しかし、呪詛を無効化できる薬となると……本当にできるのかは懐疑的になってしまう。

 そもそも、父がこの薬を作ったのは魔法が使えなくなった時のためのようなのだ。確かに工程では魔力を使って材料を一体化させているので効果はあるのかもしれないが……こればっかりは、試してみなければわからなかった。


 仮に呪詛には効かないとしても、それは私一人の胸にしまっておこうとルナは決意する。そうでなければ、被害に合った女性が報われない。無意味な薬を作ろうとした人達によって、被害にあったなんて……。


(……そう言えば、兄さんもトラウマから不能になっちゃってましたね……呪詛ではありませんが……念のために、この本も持っていきますか)


 兄の事をそこで思い出したルナは、その本をこっそりと持ち帰ることを決めた。自身の研究の為もあったが、もしも兄と再会した時にまだそうだったのなら、この薬を作ってあげても良いのかもしれない。もちろん、女性を攫うなどと言う真似はしないが……。

 本を閉じてから周囲の資料を全て見回したルナは、大げさにため息を一つついた。


「どうした、ルー? 流石に疲れたか?」


 ため息をついたことで心配してきたディアノに、ルナは笑顔を向けると過去の自身の思い出を語る。それは、祖父と慕っている人との思い出だった。最後の最後に会った人との思い出を、ルナはディアノに軽く語った。


「いえね……私、ディさんが来る前日に三代前の魔王だったお爺ちゃんに会ったんですよ。その時に、父が記録を残しててそれを見たって嘘を付いたんですけど……。それが本当になっちゃったなぁって思って。なんかこの記録が見つかったのもなんだか自分のせいみたいに思えてしまって」


「……考えすぎだろそれは。それは別にルーのせいじゃないさ」


 少しだけ気分が沈んでいるようなルナの様子を見たディアノは、慰めるように言葉を送る。ついでにその辺に転がっている本を手に取って中身を見てみると……その中身はルナの父である魔王の性体験が赤裸々につづられていた。反吐が出そうな内容に、その本を投げ捨てるように地面に叩きつける。

 それから、気を取り直すために一度咳ばらいをすると、ルナにこの屋敷をどうしたいかを確認する。父の遺産であるならば、ルナにはこの屋敷の決定権があるだろうと考えての事だった。


「で、どうする? この屋敷は出発する時に破壊していくか? 魔王城を破壊した時みたいに」


 ディアノの言葉にルナは腕組みをして考え込む素振りを見せる。唸りながらディアノの提案を思案するが……そう時間をかけることなく結論を出した。


「私とディさんで城を破壊した時みたいなことをやったら色々とマズそうですし……せいぜい資料は燃やして廃棄して、呪いの道具とかはある程度は破壊していきましょうか。どれだけ数があるんだか……」


 確かに、帝国領と魔王領の狭間であの規模の破壊が起きれば、何事かと調査が入る可能性はある……調査で済めばいいが、何が起きるかわからないので余計な事はしないに越したことは無かった。

 かと言って、放置していった結果……同じような奴らが来ても困る。確率としては低いが……。そうなると、面倒だがルナの案が最も現実的だろう。


「流石に放置はして行けないよな……面倒だけど仕方ないか。資料燃やすのは良いけど、呪いの道具の破壊が面倒そうだ。どうやろうかね」


「えぇ、使えそうなのがあれば持ってっても良いんですけど、呪いなんてろくでも無い物ばっかりですからねぇ……呪いの種類も分かんないですし。全部まとめて破壊でもいいかなと。……あぁ、あったあった。これが馬車の動かし方ですか……案外マメだったんですね父は……」


 ごそごそと取り出したのは馬車の動かし方の資料のようで、パラパラとめくりながら内容に目を通すと、満足気に鼻から息を吹き出していた。

 その他にも、ルナは興奮剤や鎮静作用のある薬など、彼女達が投与されたらしい薬の作成方法を記載した資料を確保したようだった。


「ディさん、めぼしいものは確保しましたし、そろそろ地下に戻りましょうか。きっと、あっちも一段落ついていると思いますし」


 笑顔をこちらに向けてきたルナに、ディアノも笑顔を返して首肯した。

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