39.二人は囚われてた人達を助ける

 地下室が突然騒がしくなったことに、檻の中に囚われている女性達は不安になる。視線はその騒がしい方向へと注がれた。

 またあの男達による犠牲者が増えるのかと、諦め、絶望に満たされた視線を、檻の中から虚に送る。


 音の原因は、何故ここにいるのか分からない、先ほどの一組の男女だと言うのは明らかだ。

 ここにあの三人に連れられた以外の人が来たのは初めてだった。だから、喋れる者がすぐにここから逃げるように忠告をした。助けを求めることはせず、あいつらには勝てないと、誰もが思い知っているからだ。

 犠牲者は自分たちだけで十分だという思いから逃げるように告げた。結局、その忠告は聞き入れられることは無く、二人の男女は地下室の奥へと消えていってしまった。


 彼女達が助けを求めない理由は他にもあった。これは自分への罰なのだと、そこにいる女性は誰もが考えている。

 自身の恋人を、夫を裏切ってしまったことへの罰。三人の中の一人であるニエトに見つめられ、言葉を交わすと、まるで熱に浮かされたかのように浮き足立ち、無垢な少女のように彼の言葉を盲目的に信じてしまう。それが自分にとって最善で幸せな事だと思い込んでいた。


 そして、彼に言われるがままに、それぞれが大切な人に別れを告げ、彼に協力するためだと、のこのことこの屋敷へとついてきてしまった。それが正しいことであると信じきっていた。

 今ではそれは間違いだったととっくに気づいている。そして、別れを告げた時の、大切な人の哀しそうな顔、悔しそうな顔が彼女達の脳裏に焼き付いて離れない。


 日を追うごとに後悔の念は強くなっていく。せめて最後に大切な人に謝りたいと願うが、檻に囚われている身ではそれも叶わず……やがて彼女達は全てを諦めた。


 実のところ、その時の感情は全てニエトの魔法で洗脳されたために起こったことだったのだが、彼女達はそのことを知らないし、まさか魔法で自分が操られていたなどとは夢にも思っていなかった。

 ただ、見た目だけは整った男達に騙された、馬鹿な自分が悪いのだと、絶望を抱いで彼等の非道な扱いを半ば受け入れてしまっていた。


 不幸中の幸いだったのは、彼等は何を考えているのか不明だが、彼女達を玩びはするが決して最後の一線は超えてこなかった。それだけは救いだが、気休め程度の救いでしかなく。彼等の考えがいつ変わるか……女性たちは日々を戦々恐々としていた。


 やがてその騒がしさが収まり、地下室には静寂が戻ってくる。終わったのだと、また新しい犠牲者が増えるのだと誰もが考えた。

 男性は殺されてしまったのだろうか、女性はどうなったのか……地下室の奥から来るであろう三人の男を全員が震えて待っていた。


 しかし、その予想は外れることとなる。


「ディさん!! なんでそんなボロボロになってるんですか?! なんかナイフも刺さってたし!! あの人達程度なら無傷でいけたんじゃないんですか?! 何やってんですか?!」


「いや、それが……呪いの武器って初めて見るからさ、ちょっと色々とやってみてたらこんなことになっちゃって……大丈夫、傷は治したから。もう痛くないよ」


「そう言う問題じゃないですよ!? 全快してないんだから無茶しないでくださいって話です!! 心配させないでください!! しかも痛かったって自白してますよね?!」


「……いやー、そこまで心配しなくても大丈夫だよ。ほら、傷も無いだろ?」


「……信頼と心配は別って言ってたのディさんですよね? なんですか、人の心配はするくせに自分の心配はさせてくれないんですか? 私、そう言うの良くないと思うんですけど。自分の言ったことには責任持ってくださいよ」


「……はい……すいません」


 現れたのは三人の男ではなく、地下室の奥へと消えていった男女の方だった。男の方は、衣服の至る所が避けたり血の跡が残ったりしていたのだが、身体そのものに傷はない。

 女の方は全くの無傷で服にも汚れ一つ無いのだが、男の状態が不満なのか、しきりに男に文句を言っていた。


 最初は二人が男達から逃げて来たのかと思ったのだが、その様子はどう見ても逃げてきたようには見えない。彼女達にとっての地獄のような場所で、散歩中にちょっとした口論をするような様子を見せている。

 そんな目の前の呑気な光景が信じられず、檻の中の女性達はただ目を丸くするばかりだった。


「……生きてたんだ……貴方達……」


 ポツリと呟いたのは忠告をした先程の女性の獣人だった。彼女は驚いて目を丸くするが、二人が無事だった頃にホッと胸を撫でおろす。そして、さらに驚く事を視認した。

 男の背には、リルの暇つぶしに連れて行かれた角の生えた獣人が、女の手の中には、トゥールに連れて行かれた猫の獣人が、それぞれ布に包まれて抱き抱えられていた。そもそも、彼等がここにいる事態で予想はしていたのだが信じられる事ではなかったため、あえて考えない様にしていた。

 しかし、その姿を見た獣人は絞り出すように声を上げる。


「……貴方達……あいつらに……勝ったの?」


 縋るように、可能性は低いと思いつつも聞かずにはいられなかった。ここで、奴らが居ない間に助けてきたと聞かされた方がまだ信じられるのだが、それでは先ほどの騒がしい戦闘しているような音と矛盾する。

 期待と恐怖が混じったような複雑な感情で、檻の中の獣人は二人の男女に何があったのかを確認する。


「あぁ、あいつらだったらあっちに転がってるよ。気絶させたし、手足もバキバキで立てないようにしているから、とりあえず放っておいて平気だと思う。」


「すいません、助けるのはもうちょっとだけ待ってくださいね。まずこの人達をベッドに運んできますので。ディさん行きますよ。この人たちも男の人が怖いでしょうから、気絶してるうちに運んであげないと」


「そうだな、急ごうか。背中で暴れられたらちょっとだけ凹むし、わざわざ怖い思いをさせることもないしな」


 そう言って立ち去る男女の背中を見ても、檻の中の女性達はまだ現実感が湧いてこなかった。あいつらが負けたと聞いても、これは性質の悪いジョークで、実は彼等はあいつらの仲間なのでは無いかという疑念も生まれてしまう。でも、彼等の仲間があんな風に女性を優しく扱うところを見たことが無い。

 混乱し、疑心暗鬼になりながらも期待せずにはいられなかった。自分達は助かるのかと……。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ほどなくして、地下室から出ていった男女……ディアノとルナは地下室へと戻る。抱えていた二人の身体の汚れをルナが丁寧に洗い、衣服の破れを整えた上でベッドへと寝かせてきた。

 流石にそれは男の自分はやってはいけないと思い、ディアノはニエトの研究室へと赴いて、地下室の檻の鍵を探してルナに渡していた。

 ルナはしげしげと檻の鍵を眺めながら、その鍵に呪いなどがかかっていないことを確認する。


「ごく普通の鍵ですね、たぶんこれが檻の鍵だと思います。まぁ、ダメだったら最悪壊してしまいましょうか。この程度なら壊せますし」


「そうだな。んじゃ、鍵を半分くれよ。手分けして開けよう。」


 ディアノはルナに手を伸ばすのだが、ルナの方はその手を見つめた後に申し訳なさそうに苦笑した。自分に鍵を渡してこないルナに、ディアノは首を傾げてルナの顔へと視線を向ける。


「それなんですけど……ディさん、あの三人を引っ張ってきてくれません? その間に私が檻を開けて置くので……」


「先に檻を手分けして開けた方が早くないか? 皆、檻から早く出たいだろうし……」


「それもありますけど、男性が怖い人って沢山いると思うんですよ……ディさんが檻を開けて、お互いに嫌な思いをしちゃっても嫌ですし」


「あ……そっか……」


 ディアノは自身の思い至らなさを恥じるように頬をかく。ただ、ルナ一人に鍵を開けさせて回るのも少し気が咎めるので躊躇いがちにしていると、ルナがそんなディアノを仕方なさそうに眉を下げて微笑む。


「……最悪、魔法でディさんを女性にしちゃうって手もありますけど……」


「……そんなことできるのか? ……まぁ、一時的になら怖がらせちゃってるみたいだしそれもあり……」


「でも、男性を女性にはできますけど、女性を男性にはできないんですよね。父の魔法ですし……」


「……うん、俺はあいつらを連れてくるから、檻を開けるのはルーに任せたわ」


 流石に元に戻れないのに女性に成るのはリスクが高すぎると、ディアノは踵を返して地下室の奥へと向かっていった。内心できっと、ルナが迷っている自分の背中を押してくれたんだろうとそんなことを考えていた。

 ただ、ルナはほんの少しだけ、もしもディアノがそれでも承諾すれば女性にするのもそれはそれでありだと考えていた。ディアノが承諾することは万が一にも無いとわかっていたが、これからの旅が女の子二人でもきっと楽しいだろうと考えていたからだ。

 ディアノは何故かわからないが少しだけ寒気を感じつつ、地下室への奥へと移動していった。そしてルナは、奥へと移動していくディアノの背を見送った後で、周囲の十数個の檻を開けるべく移動を開始した。


 檻の中の女性達を助け出すのには、そう時間はかからなかった。彼女達はルナが檻の鍵を開けると、たどたどしい足取りでもそこから素直に出てきてくれた。一部の女性は自力では出られずにルナが抱えたのだが、皆一様に何が起きているのかわかっていないようだった。

 檻に捉えられた女性達の数は全部で十三名……ベッドに寝かせた二人の数を合わせると十五名にも上っていた。誰もが三人の趣味なのか小綺麗な衣装に身を包んでいるのだが、その表情は暗く、目は虚ろになっている。


 辛うじて数人の女性がまだ正気を保っているようだが、ほとんどの女性はそのような状態になっており、立つことも辛いのか床に座り込んでいた。ルナは三人に対する憤りを表に出さないようにしながら、女性達の首に巻かれている首輪を一つ一つ丁寧に外して回る。

 全員の首輪が外された時その中で、一番最初にディアノとルナに声をかけてきた女性が口を開いた。


「助けてくれて……ありがとう……でも……ホントにあいつらは……」


 ヒラヒラとして給仕服のような衣装を身に纏ったその女性は、座っている時は気がつかなかったのだが、ルナよりも頭二つ~三つ分も高い長身の女性で、ルナと視線を合わせるために膝をかがめてくる。ちょっとだけその長身を羨ましく思いながら、ルナは優しい微笑を浮かべて安心させるように女性へと告げる。


「えぇ……三人なら、今ディさんがこっちに連れてきているはずです」

 

 その言葉に合わせたかのように、何かを引きずるような音と共にディアノがルナ達の前に姿を現す。最初は三人が居ない事を訝しんでいた女性は、ディアノがその手に引きづっているものを見て言葉を失った。

 ディアノは三人を引きずるようにして運んできていた。先ほどの助けた女性を抱えた時のような優しさは一切なく、その顔は苦々しいものになっていた。

 三人の男は気絶しているのか喧しく喚くことは無いのだが、苦しそうに呻き声を上げながらディアノに引きずられている。


「連れて来たよ、ルー。こいつらどうするんだ? 殺すなって言うから全員殺してないけど……辛うじて生きてるって感じだぞ?」


「あぁ、ディさんありがとうございます。それじゃ、そいつら檻に入れちゃいましょうか。」


 今まで自分達を苦しめてきた男の姿を、女性達は様々な目で見ていた。悪夢が終わったのだと涙を流す者、男達を憎しみに満ちた目で見る者、状況がよくわからないのか虚ろな目で見る者……。


「貴方達……そんなに強かったんだね……」


「まぁ、それなりに……」


 ディアノは女性達の視線になるべく入らない様にしているため、代わりにルナがその問いに答えた。それからルナは、女性達から外した首輪を手際よく三人に取り付けると、そのまま檻の中へと三人を入れて鍵をかけた。それから、三人に回復魔法をかけると最低限の傷を癒す。


「ちょっと!! そんなやつらを治すのかい!!」


 突然なルナの行動に、女性は抗議の声を上げてルナの肩を掴んだ。ただ、最低限の治療はもう終わったのかすぐに魔法の発動を終了させた。治したと言っても本当に最低限であり、手足は曲がったままになっていることから、立ち上がったりはできないだろう。


「いや、彼等には聞かなきゃいけないこともあるんで、殺しちゃったら聞けないですから……それに治療も最低限ですから心配いらないですよ」


「だからって……」


 檻の中にいるとはいえ、憎い男たちが治療されるのを見るのも嫌なのか女性は顔を顰める。ルナは申し訳なさそうな表情を浮かべて女性達に謝罪する。助けてくれた恩人の謝罪であることから、女性達も大げさに反対することもできずに、ただ黙ってルナの行動を見ていた。ディアノがルナを守る様に横に立っていたのも、女性達が声を上げられなかった要因かもしれない。

 女性達の男性への恐怖心を利用するようでディアノは少しだけ心苦しかった。


「ここ……は……私達は……身体が……動かない……何故……」


 最低限の治癒が効いたためか、ニエトが檻の中で目を覚ます。一部の女性陣はニエトの声を聞いただけで身を竦ませるのだが、檻の中で動けずにいる彼等を見てほんの少しだけ安堵の表情を浮かべる。

 ニエトは現状が正しく認識できていないのか、動かない身体を無理矢理に起こして周囲を見渡すと、怒りと憎しみに満ちた表情をルナへと向ける。


「貴方達……私達にこんなことをしてただで済むと……」


「あー、そう言うのは良いですから。さっさと貴方達の目的を聞かせてもらいましょうか。私の目を見てください?」


 こんな状況でもそんな発言ができるニエトにディアノは呆れるが、何かをニエトが言いかけるよりも早く、ルナはニエトと視線を合わせる。その目が怪しく光ったかと思うとニエトの身体がぐらりと傾いた。ルナの目を見たニエトは、驚愕と絶望の表情をその顔に浮かべる。

 

「それ……は?! 何故……貴方が……?!」


「ニエトさんの、杖が無いと使えない程度のちゃちなものと一緒にしないでくださいね、これが正真正銘、本物の催眠です。あんまり使いたくないですけど、自分が散々使っていたんですから、覚悟してますよねこれくらい」


 ニエトは魔法に抗うこともできず、かと言って視線をルナから外すこともできずに催眠にあっさりとかかってしまう。天才を自称していたのだからもう少し抵抗するかと思ったのだが、ルナはほんの少しだけ拍子抜けする。しかし、魔力もほとんど残っていないのだしこんなものかと納得した。


「貴方は私の質問に嘘偽りなく答えてください、いいですね。貴方の本名ははんですか?」


「……はい……私は……ニェートルン・ニユース……帝国領に存在する公国……ニユース……ニユース家の……長男……だった……」


 ルナは隣にいるディアノに視線を送ると、ディアノが静かに首肯するのを確認した。どうやら催眠は上手く言っており、その言葉には嘘は無い事が確認できた。それから、ルナはディアノに質問を投げかけた。


「ディさん、帝国ってどんな国か知ってます?」


「俺も知識しか知らないが、確か複数の国がまとまってできている多民族国家だったかな。俺達が向かっているのは帝国領になるはずだ。公国は確か……その帝国が治める国の一つってことだったかな」


「ふむ……なんで公国の長男さんがこんなところに居るかは置いておいて……貴方達はなんでこんなことをしたんですか?」


 まずは彼等の目的を確認しようとするのだが、その質問にニエトは初めて抵抗するようなそぶりを見せた。よっぽど口に出したくないのか、催眠にかかっているはずなのにその顔には苦痛が浮かんでいる。

 催眠で操ってはいるが自我は残っているため、なけなしの自我が儚き抵抗を見せているのだが……最終的にルナの魔法には抗えずに、ニエトは自分達の目的を口にした。


「……私達……目的……私……私達は……いやだ……私達……私達は……全員……男性機能が不能で……その治療薬を……開発するのが……私達の目的です……」


 ニエトの告白内容に、一瞬だけ周囲の人間が沈黙し……。


「はぁ?!」


 その場にいる全員が、彼等の目的を聞いて素っ頓狂な叫び声を上げた。

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