38.魔王は情報を引き出す

 ホントにもう、ホントにもう!! ディさんはホントに仕方ない人です!! なんですか一人で戦うつもりだったって!! 私には戦わせたくないって!!

 確かに戦いは別に好きじゃ無いですけど、私だって元魔王なんですから戦力ですよ。二人旅なんですからちゃんと頼ってもらわないと。ましてや今はディさんも私も、体力と魔力を消耗してるんですから助け合わないとダメなのに。


 そう言うのは優しさと言うかディさん特有の甘さなんだと思いますけど、良い事とは思いますけど……。あの人あれですね、一人で突っ走っちゃう傾向のある人ですね。私も人の事言えませんが、私以上な気がします。

 さっきだって、怒って二人の前に姿を出しちゃいますし……私が物陰から攻撃魔法で射抜いちゃえばさっさと終わったんですが……伝えようと思ったらもう前に出ちゃってましたよ……。


「ルーさん、貴方が負ける前にお聞きしておきますが、私達に協力していただけませんか? 貴方さえいれば私達の悲願が達成されるのです」


「お断りします」


 ディさんの事で怒っていた私にニエトさんが声をかけてきました。この人、口調が若干私と被ってますね。でも、メガネで知的な雰囲気を醸し出して口調も丁寧で、どことなく兄さんを思い出しますけど……なんでしょうか、生理的嫌悪感が鼻につきます。

 その眼鏡から見える目が全部を見下しているようで、人を常に値踏みしているような目が嫌らしくて……そういう意味ではあっちのトゥールさんよりも嫌かもしれません。


 即答されるとは思ってなかったのか、ニエトさんは苦笑を浮かべています。


「理由をお聞きしてもよろしいですか?」


「理由? 女性にあんな扱いをする人達に協力する気なんて起きませんよ。私、大っ嫌いなんですよ。あぁやって異性を無理矢理に物にしようとする人達って」


 父がそんな人でしたから、私はそう言う人達を嫌います。父の記憶を見た時に感じた生理的嫌悪感を、そう言う人達にも感じるのです。他者を思いやれない人は害悪でしかありません。父を見て私はそれを痛感したんです。


「あれはトゥールとリルの性分なのですよ。友人の行いについては謝罪しますし、貴方が私達に協力してくれるなら、ああいった行いも止めさせます。ですから……」


 なんかズレた謝罪をしますねこの人。形だけの謝罪で本心では何も思ってないのがよくわかります。謝罪するのは私では無いでしょうに。


「いやいや、そもそも何を協力するのかもわからずに承諾はできませんよ。それに、ディさんは? まさか彼と私を引き離そうとしているんですか?」


 ディさんはそう言うの嫌いそうですけど、とりあえず今は喋って情報を引き出しましょうか。

 この人、余裕を見せているという事は自信満々の人みたいですし、きっと聞けば優越感に浸って色々と教えてくれるはずです。馬車についての説明を求めた時もそうでしたけど、喋るのが好きな人みたいですから。


「……それは、話を聞けば承諾していただけるという事ですか?」


 私の言葉にニエトさんは懐柔できる可能性を見つけたと言わんばかりに、貼り付けたような笑顔を浮かべます。

 ディさんの事については一切触れていません。まぁ、承諾する気は一切ないんですけど、とりあえず、適当な事を言っておきましょうか。


「まぁ、理由によっては考えなくもないですよ。私としてはさっさと戦ってしまいたいんですけど、何か私の心を動かす素敵なお話でもあるんですか?」


 ニエトさんは自信満々に咳払いを一つすると、眼鏡を指でクイと上げます。いちいち仕草が鼻につくのは、私がこの人を生理的に嫌っているからでしょうか? そんな私の胸中には気づかずに、ニエトさんは得意気に語り始めます。


「誤解されているようですが、私達の行動は決して私達だけの私利私欲と言うわけではありません。もちろん、私達にもメリットがある話なのは否定しませんが……これは最終的には世の中の為にもなる話なのですよ」


 ニエトさんは非常にもったいぶった言い方を始めます。回りくどいですね、いいからさっさと目的だけ言ってくれればいいのに……。とりあえず私は黙って話を聞き続けます。

 ……後ろではディさんが二人と戦っている音が聞こえてきます。なんか申し訳気持ちになります。せめて、こっちから情報を色々と引き出しておきましょう。


「まずは私達の事からお話ししましょう。とある事情から、私達は故郷よりこの魔王領に近い森に追放されてしまいます。途方に暮れてこの森を彷徨っていた私達は、この屋敷に運良く辿りつきました。そこで発見したのです!! 魔王の残した素晴らしい品々と魔法の数々を!!」


 ……いきなり話が飛んで自分の事情を話しだしました。なんなんですか唐突に……と思ってたのですが、聞き捨てならないことを言い出しました。……父の残したものが素晴らしい? 何を言っているんでしょうかこの人は?


「この屋敷には、魔王が残した様々な魔法や秘術、道具について余すことなく書かれていた資料が残されていたのです!! 我々人間には知り得ない情報……道具……あの馬車もその一つです。私はその時、感動に打ち震えました、世界は私達を見捨てていなかったのだと!! これは私達にこの資料を使い、故郷に返り咲けと言う天啓なのだと感じました!!」


 ……馬車はともかく、父が残していた資料とやらが碌なものだとは思えないんですが。そんな感動するようなものがあったんでしょうか? 追放された故郷に返り咲くって……よっぽどじゃ無いと不可能だと思いますけど。

 しかし、偶然見つけただけの資料とやらで、よくそこまで都合の良い事が考えられるものです。


「そこから私達の研究の日々が始まりました……。まぁ、私のような優秀な頭脳の持ち主にかかれば、それらの魔法を取得することはそう難しい事ではありませんでしたがね。それから、私達はそれぞれに合った装備を見つけて、それを使いこなすための訓練を行っていました。……そんな日々の中……私は資料の中から私達の悲願を果たすための薬の製造方法を発見したのです」


 ……いつまで続くんでしょうかこの喋り。今のところ全然心が揺さぶられません。むしろ、協力したくなくなってきます。

 今のうちにいつでも攻撃できるようにだけはしておきましょうか。まだ攻撃魔法を無詠唱でできる程に熟達できていませんし……。まだまだ彼の語りは続きます。


「そして私達は悲願を達成するための準備を開始しました。その頃には馬車を使いこなせるようになっていましたから、町へ行くのも容易でしたよ。そして私達は町で材料を確保し、それを屋敷に運ぶことを繰り返しました、しかし……最後の一つだけがどうしても集まらなかった……」


 ……材料集めに……最後の一つ……ですか。なんでしょうね、あからさますぎて笑えて来ます。いや、笑えませんか。


「しかし今日!! その最後の一つを私達はついに見つけた!! いえ!! 私達の前に現れたのです!! それが貴方なのです!! これはもう運命です、天が私達に味方しているとしか思えない!! だからこそ貴方は私達に協力するべきなのですよ!! それに、貴方も魔族なら魔王の残した物には興味があるでしょう? それについても全てお教えしますよ?」


 最初は協力を求めていたのに、いつの間にか私が協力するのが義務みたいに言ってますね。というか普通に考えて「貴方を材料にさせてもらえませんか」みたいなことを言われて協力する人がいると思っているんでしょうか?

 それに、父の残した資料に興味があるかですって? ある意味で興味はありますよ。どんなロクでも無い物が残っていたのかと。


「確認なんですが……」


「なんでしょうか? 何でもお答えしますよ?」


「……町で集めた材料と言うのは、まさか捕らえられている女の人達も含まれているのですか?」


「……えぇ、でも誤解しないでくださいね。彼女達は私達に進んで協力してくれたのですよ、私達が町に行き事情を説明し、快く承諾してくれた方々なのです」


 ……流石にこれは私でも嘘だと分かります。ディさんがいればもっとはっきりするんでしょうが、それでも嘘だと分かります。

 檻に入れて首輪で繋いでる段階であり得ませんし、自ら進んで協力してくれている人が私達に逃げろなんて言うわけがありません。


「じゃあ何故、檻に入れてあんな扱いしているんですか?」


「あれは保護をしているだけですよ。リルとトゥールはあのような事をしてしまいますからね、むやみに被害者を増やすことが無いよう……」


 さっきまで二人から保護なんてできて無かったじゃないですか。檻から連れ出して好き勝手していたというのに……もう少しうまい言い訳は考え付かなかったんですかね?

 嘘に嘘を重ねるからそんな変な事を言うことになるんですよ。この人、本当に頭良いんですかね。それとも、私程度ならそれくらいの嘘で騙せると思ってるんでしょうか。


「嘘かないでくださいよ、女性をペット扱いして檻に入れるなんて、良い趣味とは言えませんけど?」


「……誰がそれを?」


「貴方達が言ってたじゃないですか。地下室にはペットがいるから近づかないでくれと」


「……あれは……貴方がたを地下室に近づけさせないようにする嘘ですよ。不快な表現でしたら申し訳ないです」


 ……いちいち私が腹を立てるポイントをついてきますねこの人は。貴方達が地下室にペットがいると口にした言葉は、ディさんは嘘と感じていなかったんですよ?

 つまり、貴方達は三人が三人とも捕らえた女性をペットとして見ていたということです。

 いや、普通はペットはあんな扱いしませんね。ペットは愛情を持って接するのが私の中の常識です。あんな扱いをペットと言ってる段階で、この人達は歪んでいます。


「……ニエトさんの言葉は嘘ばかりですね。そうやって嘘を付くのは、正直に言えば私達は絶対に協力しないと分かっているからでは?」


「心外ですね……そう言うなら私の目を見てください。この目が嘘を吐いているように見えますか?」


 別に目を見て嘘が分かるとか私にそういう技術はないんですけど……この人の場合は目を見なくても嘘としか思えません。

 まあ、一応目を見ますが……なんか、嫌な目ですね。気持ち悪いです。


「残念ながら見えますね……そもそも、貴方達が追放された事情ってのは何なんです? まぁ、今までの話を聞いていれば、貴方達の自業自得のような気がしてきますけど」


「……何ですって?」


 私の一言がスイッチになったのか、ニエトさんの雰囲気が変わります。先程までは形だけは取り繕ったように柔らかな物腰をしていたのに、その顔を醜く歪め、私に侮蔑のような視線を送ってきます。

 まるで身体からは憎しみが黒い煙になって吹き出しているような……あれ? ほんとに何か出ています?


「黙って聞いていれば……追放されたのは私達の自業自得だと? 何も知らないで!! そんなわけないだろうが、私達を理解しない馬鹿どもが悪いに決まっているんだ!! だから!! 私達はこの魔王の残した物を使い、奴らに復讐するんだ!! 正しいのは私達の方だ!! 貴方は黙って私に従え!!」


 いや、今まで黙って聞いていたのは私の方なんですけどね。しかも貴方、別に黙って聞いてませんでしたけど?

 私の一言で激昂って、沸点が低すぎませんか? 無駄にプライドが高いから、自業自得の部分が許せなかったんですか?


「私の目を見ろ!!」


 唐突に言われて、私は再度ニエトさんの目を見てしまいます。彼の目が怪しく光ったかと思うとら私に対して何かの魔法を発動させたようで、私の身体がニエトさんの魔力で包まれます。


「この杖は発動させると、使用する魔法の効果を数倍にする呪いの装備です。代償として私には激痛が常に走りますが、痛みを無くす薬を飲んでいる私にはその代償がありません。わかりますか? 私の頭脳が呪いを克服したのですよ!!」


 少しだけ遠くなったニエトさんの声が私の耳に響きます。ニエトさんは自分の絶対的な有利を確信しているのか、杖を目の前に出して私に見せつけて、親切に私にその効果を教えてくれました。

 杖で数倍……もしかしてですが……この人、杖が無ければ父の魔法をまともに使えないってことじゃ無いですかね?


「魔王の資料に書いてあった魔法は、素晴らしいものが非常に多かったですよ。この催眠魔法もそのうちの一つです。私のような天才にしか取得はできませんでしたが、町に下りて、適当な女共を操って、自分から付いてこさせたのですから。いくら魔族と言えども抗うことはできないでしょう? いやぁ、自分達の女を取られた時の男どもの顔ときたら傑作でしたよ」


 得意げに語りますが、この人……最低ですね。他人の彼女を奪ってきた? それをさも武勇伝のように語って、しかも傑作と? あぁ、私が一番嫌いな人ですね……父のような人間と言うのは。

 頭がボーッとしてきます。この人の声がどこかの洞窟で聞いているかのように頭の中に反響します。手も震えて、口の中が乾いてきます。目の前が真っ赤になるような感覚が私の中で湧き上がります。


 その時、後ろから綺麗な光が私を照らしました。あの光を見るのは今日二度目です……ディさんの方は、やったみたいですね。


「なんですか今の光は……? まぁ良いです。さぁ、ルーさんこちらへお越しください。我々に協力していただけますよね? その身体を我々に提供してくださいますよね?」


 ニエトさんの声に従うように、私はフラフラとした足取りで彼に近づいて行きます。ニエトさんは勝利を確信したのか狂気じみた笑みを浮かべ、これからの自身の行動を妄想しているのか、その身体は歓喜に震えているようです。


「ルー!! 止めろ!! 待て!!」


 ディさんの焦った声が遠くから聞こえます。どうやらディさんは勝ったみたいですね。

 まぁ、ディさんなら当たり前ですか。妙にボロボロなのは気になりますが、何やってたんでしょうか? 変なことやってたら……後でお説教しないと。

 ディさんの方をチラリと見た私は、さらにフラフラと歩を進めます。


「……リルとトゥールはやられましたか。まぁいいです。この女を使ってやつを排除したら、後で治してあげましょう。あれでも大切な友人なのですから」


 意外なことを言いますね。てっきり役立たずとか罵るかと思いましたが。最低限の情はあるんですかね。まぁ、見直したりはしませんが。


「ルー‼︎ 止まれって‼︎ 落ち着け‼︎」


「無駄ですよ、貴方の恋人は私の催眠魔法で、すでに私の言いなりです……この女を殺されたくなければ武器を捨てて……」


 ディさんの言葉が聞こえていないかのように、私は歩みを進めます。優越感に満たされた笑みを浮かべるニエトさんは、私から視線を外してディさんの方へ勝ち誇った言葉を投げかけます。

 私は、手を伸ばせば届く距離までニエトさんに近づきました。それを確かめるように、私はニエトさんに手を伸ばします。

 ニエトさんは私の手を取るように自身の手を笑みを浮かべながら伸ばしてきますが……次のディさんの言葉で呆けた表情を浮かべます。


「ルー!! 相手を殺すなって言ったのはお前だろうが!!」


「は?」


 私はニエトさんの手をスルーして、彼のお腹の辺りに手を添えます。その手には、先程まではこっそり詠唱していた破壊魔法が発動前で待機しています。

 ペラペラと得意げに喋ってくれていたから、気がつかなかったみたいですけど……もう準備は万端なんですよ。あの程度の催眠魔法で、私を操れるとでも? 仮にも元魔王ですよ、嘗めないでくださいね? ……まぁ、最初はちょっとだけクラっと来ましたけどね。それだけです。


 私は精一杯の笑顔を浮かべてニエトさんへと告げます。


「死なない程度に、地獄を見てくださいね」


「え? 何を……? ブギャグブッ?!」


 ほぼゼロ距離で発動させて破壊魔法は、ニエトさんを後方へと吹き飛ばします。

 吹き飛ばされたニエトさんは真っ直ぐな軌道ではなく、地面や壁に激突しながら変な悲鳴を上げ続けていましたが、手足が変な方向に曲がりきった所で沈黙し、ピクピクと痙攣をするようになりました。

 さっきまでの不快感が、ほんのちょっとだけスッキリしました。


「ディさん、終わりましたよ。あと、お前じゃなくてルーです」


「……やりすぎ……死んでないよな」


 失礼な。死んでませんよ。ちゃんと生きてます。痛みも薬で消してたみたいですし。まぁ、薬で消せる痛みも限度があるでしょうけど。少なくとも、しばらくは歩くことも、ご飯をまともに食べることもできないですね。


 こういう時、本で読んだ物語では、何か格好良い締めの一言を言っていましたね……私も試しに何か言ってみましょうか。


「貴方の最後の晩餐は、私の手料理でしたね」


「……何その台詞?」


 ……あれ? 格好悪いですか、この決め台詞?

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