37.勇者は新しい力を使う

「幼馴染君……名前なんだっけ? まぁいいや、早くルーちゃんの所に行きたいから、さっさとやられちゃってね~!!」


 挑発なのか男の名前は興味ないのか、間延びしたイラつく調子でトゥールがナイフを投擲してくる。

 その手に持った四本のナイフは真っ直ぐと俺に向かう。その軌道は別に曲がりくねるわけでもなく、明後日の方向からこちらを追尾するわけでもなく、四本のナイフが無数に増えたりすることもなく、真っ直ぐに俺を目掛けて直進してくる。

 あまりにも分かりやすい軌道で罠なんじゃないかとも思ったのだが、その影に同じ軌道のナイフが存在している様子も無い事から、俺はそのナイフを普通に身体を捻って躱す。


 その瞬間を目掛けて、リルが飛ぶような動きで一気に間合いを詰めてくると同時に、右拳を俺に叩きこもうとする。

 身体を捻った躱しづらいタイミングを狙ったのだろうけど、間合いを詰めてくるスピードもそれほど速くはなく、拳も普通のストレートなので躱す余裕は十分にあった。

 ここで拳の弾幕が豪雨のように隙間なく襲いかかってくるとか、一発の拳だけど実際の手の大きさよりも何十倍も大きくなるイメージが見えるとか、拳だけじゃなく何故か蹴りも同時に飛んでくるとか、拳が燃えてたり凍ってたり雷を帯びていたりもしていなかった。


 二人とも、至って普通の攻撃である。


 リルの拳を躱すと、俺はそのまま半回転してリルの肩口へと剣を下ろす。剣が肩に触れる瞬間に、リルは腕に付けた手甲で聖剣をガードするように突き上げると、俺の剣戟を反らす。

 剣戟を反らすだけでそのあとは何もしない。普通に距離を取って俺から離れただけだった。剣を折ろうとしたり、俺の指を取ってへし折ろうともしない。普通にただ離れていく。

 まぁ聖剣だから折れないけど……あー、前に戦いを教えてくれた達人さんがムキになって聖剣を折ろうとしてきたことを思い出す。あの人も結局は折れなかったけど、ヒビくらいならいけそうとか言ってたっけ。慌てて聖剣をひったくったけど。


 いかん、雑念が入ってきてる。今は戦いに集中だ。とりあえず二人の追撃を警戒して……。


「むー、今の避けるなんて顔に似合わず生意気ー」


「やるじゃねえかディ! 今のを躱すなんてよお!」


 ……特に二人は追撃を加えてくることもなく、攻撃の合間合間に何かを必ず喋っている。構えは解いていないのだが、なぜか悠長に喋っているのだ。あまりにも隙だらけで、攻撃しても良いのか逆に戸惑ってしまう。


「おいおい、ディー。なんか喋れよ。コミュニケーションは大事だぜ?」


「ビビったんじゃ無いの? 実は躱すだけで精一杯でさー」


 嘲笑を浮かべながらトゥールは俺に指をさしてくる。喋らないのは体力を温存するためであって、別にビビっているわけでは無いのだが、別に訂正する必要もないので俺は特にその言葉に反応を示さない。二人は何がおかしいのか、互いに笑い合っている。……とりあえず、こっちから攻撃するか。


 俺は構えたままの姿勢で一気に間合いを詰めると、まずはトゥールへと狙いを定める。笑い声を上げていたトゥールはいきなり目の前に現れた俺に反応が出来ていない。笑みを浮かべたままのトゥールに、俺はそのまま聖剣を首に目掛けて振ろうとして……ルーに殺すなと言われていたことを思い出した。何のために殺さないのだろうか?

 仕方がないので、首筋で剣を寸止めして、そのままトゥールの腹へと蹴りを叩きこむ。踏みつけるように全体重を乗せた蹴りを受け、トゥールは仰向けに地面に叩きつけられる。


「グブッ……ハァッ……?! 何が……?!」


 トゥールは笑みを浮かべたままで口から血を吐き出す。気絶はしなかったようだが、そのまま腹を抱えてのたうち回りながら悲鳴を上げた。

 二人がどういうつもりかわからないが、嘗めてくれているなら話は早い。さっさと終わらせてルーに加勢しようか。トゥールを叩きつけた俺は、そのまま横にいるリルに斬りかかる。


「はっはー!! なんだよそれっ?! どういう動きだよ?!」


 リルは笑みを浮かべたまま驚愕の声を出し、俺の剣戟を捌こうとはせずに俺から距離を取る。俺はリルを逃すまいと間合いを詰めて更に追撃を行う。ようやく本気を出したのか、俺の攻撃を辛うじて捌ける程度には反応ができているようだ。

 だけど、その差は徐々に詰まっていきリルの身体には細かい怪我が増えていく。流石に警戒されていると、トゥールの様に一気に決められないな。


「やっぱり強いじゃねえか!! ……じゃあ俺等も本気出すか!! トゥール!! いつまで寝てんだ!!」


 最初から本気を出していなかったのかと呆れるが、背後からはトゥールが立ち上がる音が聞こえてきた。先ほどの具合だとしばらくはまともに立てないはずなのだが……。その瞬間、背後から禍々しい嫌な気配が漂ってくる。その気配は、ルーに見せてもらった呪いの道具の物だった。

 嫌な予感がしたため、一端距離を取ろうとリルから離れると、今まで俺が居た場所を左右からナイフが通り過ぎていく。あの場所に止まっていたら刺さっていたな……危なかった。


「避けてんじゃねぇぇぇぇぇ!! このクソ地味ヘタレ童貞がぁ!! 僕のために女運んできた時点でお前の役目は終わってんだよぉぉぉぉ!! さっさと死ねよぉぉぉ!!」


「はっはー、キレたキレたー。ほんとガキだよなこいつ。まぁ、仕方ねーけど。んじゃ、俺も本気出すぜー」


 並び立つ二人の身体には、黒い何かが纏わりついていた。その発生源はリルは身に着けている手甲、トゥールはナイフをぶら下げているホルダーからだ。……まさか、あれ……呪われてるのか?

 二人の身体から出ている黒い何かはその量を徐々に増やしていき、すっぽりと身体を覆っている。……呪いの装備を使っている奴は初めて見たな。こうなるのか。


「俺達の装備はこの屋敷にあった呪われた武器でなぁ。ニエトが言うには魔王が集めたもんだって話だけど、その辺はどうでもいい!! リスクはあるが俺を強くしてくれるんだからなぁ!!」


 リルは肩の調子を整えるためなのか、両肩をグルグルと回すと、左右の拳をそれぞれ一度だけ振りぬいた。すると、俺の横を何かが通り過ぎたかと思うと、後ろの壁が拳の形に大きく凹んでいた。


「わかったか!? こいつは俺の身体能力を極限まで高めて、その上で拳の衝撃を飛ばしてくれるんだ!! 見えない拳がお前に見切れるか?! せいぜい俺を楽しませくれよなぁ!!」


 ……えーと……全部教えてくれるんだ?


 ちらりとリルの横に視線を送ると、トゥールがその手に八本のナイフを全て持っていた。先ほど投擲した分も手元に戻ってきている。特に回収している素振りは無かったが、


「こいつの呪いの武器はナイフのホルダーの方でな、使ってる間は繋げていたナイフを自在に操作できるんだ。もちろん身体能力強化や痛みの消去だってしてくれる。代償として使っている奴はどんどん幼児退行していくんだけどな。記憶はそのままみたいだし、元々がガキっぽいこいつには大した影響じゃねー」


 ……こっちも教えてくれるんだ……。トゥールは先ほどまでの無邪気な様子は一切見受けられず、目を血走らせて歯をむき出しにして、憎悪に満ちた視線を俺に送っていた。

 そのままナイフを全て俺に向けて投げてきた。先ほどとは異なりナイフは真っ直ぐとした軌道ではなく、縦横無尽に動きながら俺に向かって来たので、俺はナイフの隙間へと身体を滑り込ませて躱すのだが、ナイフは追尾するように俺を追ってきた。


 少し厄介だと後ろに下がると、大きな衝撃が横から来る。見ると、リルがその場で拳を振りぬいていたので、例の見えない拳を俺に当ててきたのだろう。そして、俺の体勢が崩れたところにナイフが迫ってくる。

 そのナイフを何とかかわすが、躱したところに拳が当たってくる……なかなか厄介なコンビネーションだなこれ。


「どうしたディ!! 防戦一方じゃねえか!! 俺等がちょろっと本気を出したらこのザマかよ!!」


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」


 楽しそうに拳を振りぬくリルと、目を血走らせたトゥール……確かに今は防戦一方だけど……対処ができないわけじゃない。……あまり戦闘中に喋るのは好きじゃないけど、念のためにやってみるかな。


「このナイフは……厄介だな」


 俺の呟きがリルの耳に届いたのか、それまで笑っていたリルは、唐突に怒りの表情を浮かべて俺を睨みつけた。


「ナイフじゃなくて厄介なのは俺の拳の方だろぉ?! こんな何の能力もない、ただ複数操作されているってだけのナイフを厄介とか言ってんじゃねえよ!! 俺の拳を意識しろよ!! 二人っきりじゃねえから怒ってんのか?! これが終わったら傷を癒して再戦させてやるからよぉ!! 今は大人しくやられてくれやぁ!!」


 自分の攻撃ではなくトゥールの攻撃が厄介だと言ったことに激昂したようで、先ほどまでは俺が体勢を崩したところでだけ振りぬいてきた拳を、隙も何も関係なくやたらめったに振りぬいてくる。こいつのリスクは、激昂しやすくなるとかなのか? それならそれで都合が良い。

 良い情報を貰った。なるほど。ナイフ自体に毒が塗られていたり、呪いがかかっていたりしたら厄介だったけど、ナイフは普通のナイフなのか。呪いの道具は腰のホルダーの方だからナイフには何もしてないのか。だったら、問題ない。多少刺さっても死にはしないなら、全部躱す必要はない。

 しかし、嘘じゃないというのがわかるのはこういう時に便利だな。戦いに使えない能力かと思ってたけど、相手のブラフとかの真偽を確認できるのは良いな。……今度から俺も、戦う時に少しは喋る様にしようかな? まぁ、上手くいくかわからないから時と場合によるか。


 俺は足を止めて、改めて剣を構える。


 ナイフは相変わらず飛んでくるが、それは最小限の動きだけで躱す。見えない拳はあくまでもリルの拳の軌道に合わせて動くようなので、そちらに集中する。自身に視線が集まったのが嬉しいのか、リルは狂気じみた笑みを浮かべて、拳を振る数を増やしていく。

 警戒しなければならないのは大ぶりの拳だけだ。細かい牽制のようなのは当たっても問題ない、ナイフも致命傷さえ外せれば回復魔法で随時治していける。体力も魔力も全快とは程遠いが、まだそれくらいなら対応可能だ。


 足を止めたのは理由がある。今日一度だけ……魔王と一緒の時にやった聖剣に俺の魔力を込めること。それを再現する。あの時は一人では四苦八苦してうまくいかなかったが、魔王が一緒にやってくれたことで上手くいった。その感覚を戦闘中に思い出す。

 今までは戦士のやつが……クイロンのやつがいたから実戦形式の修行がいくらでもできたが、これからはそうはいかない。実戦の中で、俺は色々と学び取って行かなければならない。これは、負けたら死ぬ命懸けの修行だ。


「ほらほら!! 何を足止めてんだよ!! 観念したのか!? だったら武器捨てろ!! 大人しく俺の拳に殴られろ!! サンドバックになれ!!」


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェ!!」


 魔力を武器に流す感覚、聖剣が自分の身体の一部となったような感覚、それを思い出せ。あの時はルーの指が俺の掌の上に乗って……あの時の少しだけ紅潮したルーの顔が思い浮かぶ。違う、思い出すのはそっちじゃない!! あの時の感覚だ……あの時は暖かい流れに身を委ねて……聖剣と俺が繋がった感覚……あの時は魔力を強引に操作したんじゃない……ゆっくりと身を委ねるようにしていたんだ。


 気づけば裂傷は増えており、肩にナイフが1本刺さっている。痛みはあるが浅く、刺さったナイフは操作できないのかトゥールの手元には戻っていない。今はそれを気にしている場合じゃない。あの感覚を思い出すことに神経を集中しろ、こんな傷、痛くないと思えば痛くない!! 根性出せ俺!!


「ナイフが刺さりまくってんじゃねえかよ!! トゥール!! 殺すなってんだろ!! でもあぁ!! もう我慢できねぇ!! 直接殴ってやる!」


「……殺す、死ね」


 しびれを切らしたリルが拳を振り上げて、トゥールは両手にナイフを持って直接斬り付けようと俺に迫ってきた。速度は上がっているが見え見えの攻撃だ、普段なら絶対に当たらない攻撃を目の前に、俺は足を止めたままで二人を迎え撃つ。


 そして……聖剣と繋がった、あの時と同じ感覚が俺の中に蘇る。その瞬間に、聖剣に魔力を流す。ただしルーに言われた通りに殺さない程度に力を押さえて……全魔力を流したらこの後動けなくなるし……。

 聖剣があの時と同じように光を放つ、初めて発動させてた時のような大きなものではなく、これはきっと上手く制御できているの。これなら、殺さずに行ける。


「なんだそりゃあ!! お前の武器も呪いの武器かよ!! だったら最初から使えよ!!」


「死ねええええええ!!」


 ……これが呪いの武器? この綺麗な光を見てそんな感想が出るなんてお前等の感覚はどうなっているんだ? お前等のその禍々しいものと一緒にするなよ。まぁ、ある意味では呪いの武器みたいなもんかもしれないけどさ……。

 そんな悪いもんじゃない。こいつは俺の相棒で、大切な武器だ。俺の相棒を呪いの武器とか、お前等が侮辱するなよ。


「お前等と一緒にするなよ!!」


 俺は感情の赴くままに、光る聖剣を二人に向けて思い切る振る。聖剣とリルの手甲がぶつかり、衝撃波の余波がトゥールを吹き飛ばす。光は俺の意識が反映されているのか、リルの手甲にぶつかった時に鈍器で人を殴った時のような感触が伝わってきた。

 そのままリルの武器である手甲がバラバラに砕け散り、余波で吹き飛んだトゥールの呪いのホルダーは、まるで浄化されるたかのように発火して燃え尽きる。


「手甲が?! 何しやがった?!」


「死ね……死……」


 呪いの武器による身体強化が無くなったリルの動きは緩慢になり、トゥールはそのまま痛みによって気絶した。俺はそのまま思い切り、聖剣を持った手でリルの顔面を真正面からぶん殴る。


「……俺が……負け……る?……そんな……こんな地味な童貞野郎に……」


 リルはそのまま、真正面から地面に倒れ伏した。本当に気絶しているのか……気絶した振りして攻撃してくるかもしれないと、俺はしばらく構えを解かずにいつでも追撃できるようにしておく。

 ……どうやら本当に気絶しているようだ。とりあえず、後で起き上がってこちらに攻撃してこない様に、手足の骨は外しておくか。痛みで起きるかもしれないけど、そうしたらまた気絶させればいい。

 決して、童貞と言われたことにムカついたからではない。


 しかしあれだな、体力や魔力が全開では無いとはいえ結構手こずったな、情けない。これは今後の課題だな、戦闘前は体調を整えてから戦う様にしていたけど、これからは調子が悪い時でも戦えるように修行しないと……。……どういう修行すればいいんだろう。常に体力と魔力が消耗した状態にしておくとか?

 聖剣の発動と、もっとスムーズにできるようにしないと。明日から素振りをまた再開しようかな。組手ができる人員がいないのも痛いなあ……ルーに頼むか?


 まぁいいや。こっちは終わった。その辺りは今後検討することにしよう。


 さて、ルーの方はどうなったかな? 

 視線をルーの方へと移動した俺が見たのは、フラフラとした足取りでニエトへと近づいていくルーの姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る