35.勇者は屋敷の秘密を知る
用意された部屋に戻ってきた俺達は、そのまま眠ることは無くベッドへと腰かける。ほんの少しだけ心苦しくもあるが、これから俺達はあの三人が何を話すのかを監視するからだ。
ルーから最初その話を聞いたときは、いったいどうやるのかと思っていたのだが、そう言う魔法があるのだそうだ。俺も前に一度これで監視されたらしく……全く気付いていなかった。
その監視用の魔法は直接脳内に映像と音声が来るというものらしく、映像としてどこかに投影するようなことはできないらしい。……らしいのだが……。
「……ルーさんや……本当にこれじゃないと、俺も映像と音声を見られないの?」
「私と肉体が接触してないと無理なんですよ。別に手じゃなくても良いんですけど、これが一番楽だと思うんで、我慢してください」
俺とルーは今、ベッドの上で手を繋いで腰かけている状態になっていた。……俺、手に変な汗とかかいてないよな?めっちゃ緊張するんだけど。女の子とまともに手を繋いだのとか初めてだし。なんか緊張する。
ルーは俺と手を繋いでいるというのに非常に涼しい顔をしている。至極、真剣な表情だ。いかんな、俺一人だけ変な緊張をしているみたいだ。見習わなければならないと、俺は気持ちを引き締める。
そうこうしている間に魔法を使いだしたのか、脳内に映像が浮かんでくる。先ほどまで俺達がいたリビングで、三人は酒を飲んでいるようだった。
これが監視用の魔法の映像か……普通に目で見るのとはちょっと違うな。上から全体を見下ろすようなイメージになっている。音声もかなり綺麗に聞こえる。凄いなこの魔法。
「もとは父が、女性の恥ずかしい秘密を覗き見るために使っていた魔法なんですけどね」
俺の考えていることが分かったのか、ルーはこの魔法の本来の用途を教えてくれた。世の男性陣なら全員が喜びそうな用途……いや、いかんな。そんな使い方は絶対にいけない。覗きは駄目だ。決して、ルーがなんか険しい顔で睨んできたからではないぞ。
……もしかして、接触していると俺の考えって筒抜けになるのかな。
「ディさんが分かりやすいだけで、心を読めているわけじゃ無いですよ」
ルーのその言葉に少しだけ腑に落ちない物を感じるが、とりあえず俺は三人の会話に耳を傾ける。ちょうど、あの三人が俺達について話している所だった。
『ねー、ニエトー。あの二人ホントに町に送ってくのー? ルーちゃんだけでもさー、ここにいてもらおうよー。男はどうでもいいけど。なんて名前だっけ、あの人? もう忘れちゃった。』
『トゥール、そんなわけないでしょう。せっかく魔族の女が来たのですから、手放すわけはありません。これで私達の悲願に、また一歩近づくのですから』
いきなり核心を付いた発言をする二人に、俺は顔を顰める。こいつらの狙いはルーなのか……魔族であることが重要なのか? 悲願……悲願ってのはなんだろうか。その辺りも喋ってくれると助かるのだが。
俺はルーの横顔をちらりと見る。彼女の表情は特に変わっておらず、表面上は気にしていない様にも見えたが……内心は穏やかじゃないだろうな。握っている手に力が籠っているし。
『おいおい、ディもここに置いておこうぜ。俺はあいつが気に入ったんだ、見かけ地味なのに強者の雰囲気を漂わせている……絶対に楽しい戦いになるぜー。まぁ、強いっても俺よりは弱いだろうかけどな……あいつに勝って、あいつの全部を俺の物にしてやるんだ……最高だぜ……』
『……ホント好きだねーリルは……強そうな相手を踏みにじって無理矢理に犯っちゃうのが……強いなら男でも女でも何でもお構いなしなんだもん……僕には理解できないよ』
リルの言葉に俺は背筋が寒くなる。その言葉の気色悪さに悪寒と共に震えが止まらなかった。こいつに見られた時の悪寒の理由がよく分かった。こいつ……俺を無理矢理に組み敷く気だったのか……。流石にそういう経験は無いよ……。
戦って負けた相手を無理矢理とか……戦う相手に敬意の欠片もない所業に吐き気がする。今まで戦ってきた戦闘狂と言える奴らは、戦い自体が好きで、負けた相手をどうこうしようというやつらはいなかった。こいつに比べれば普通の戦闘狂は迷惑だけどはるかにマシだ。
今度はルーも、リルの発言に対して顔を顰めていた。彼女の父親の話を聞く限りだと、こういうタイプは嫌いそうだもんな……好きな奴なんていないと思うけど。そもそも、仲間内でさえ引かれているのだから。
『リル……ルーさんをこちらに確保するためには、彼を排除する必要があります。その時に戦えますから、勝った後は好きにしていいですよ。彼は別に必要な人材でもないですから』
『いいねぇ、戦えるなら何でもいいぜ。そう言えば、あいつ童貞みたいだぜ。あんだけ強いと女なんてより取り見取りだろうに、幼馴染に操立ててんだろうなぁ。そう言うのを踏みにじるってのも楽しそうだ』
『えー、何それ? ルーちゃんに手を出してないの? バカじゃん。とんだヘタレじゃん。あんなに良い女と幼馴染やってて手ぇ出さないなんて、横から奪ってくださいって言ってるようなものじゃない。まぁ、だったらありがたく僕が奪っちゃうけどねー。ニエト、今日の夜にでも行っちゃダメ?』
……飯時の会話の勢いで喋ったのはまずかったか。いや「お前童貞か?」って聞かれてなんか見栄を張るのもいやだったので「まだ童貞だよ」って答えただけなんだけどさ。それを材料に人をいじるなよ。仕方ないだろ、俺にも色々あったんだよ。
俺がちょっとだけ赤面していると、ルーはルーで今度はトゥールの発言に先ほどよりも露骨に嫌悪感を露わにしていた。俺も……トゥールの今の発言は到底許せるものじゃない。
他者の恋人を奪う行為は……俺にとっては一番唾棄すべき行為だ……。俺とルーは実際にはそういう関係ではないが、それでも当時を思い出して腸が煮えくり返る。
『二人が同じ部屋ですからね、それは自重してください。明日、二人を適当な理由で分断させますので……後は御随意に』
『おう。楽しみだなぁ。あ、人質とかだせえ真似はすんなよ。俺は全力で戦って勝つんだからよ、相手も全力を出してないとその後のお楽しみが半減しちまう』
『わかったよー。ちぇー、僕らが料理を作ってたら薬で一発だったのに……まぁいいや。さっきは幼馴染君がいたからきっと本音を言えなかったんだよね。二人きりになったらきっと、僕を受け入れてくれるはずだし』
自身に都合の良い発言をトゥールは口にする。なんだその根拠のない自信は。どれだけ今まで女性を食い物に来てきたのか……。
トゥールのその言葉に、リルは嘲るように口元に笑みを浮かべていた。
『いやー、あれはお前が嫌だから普通に断っただけじゃねえの? お前は自分の顔に自信を持ちすぎなんだよ。いつも思うけど、なんだよその子供っぽい喋り方』
『喋り方はほっといてよ。でも、そうなの? あれが本音ならルーちゃんも趣味悪いよねー。でもまぁ、僕の方が良いって思い知らせてあげるから良いけどね。どうせなら幼馴染君の前で処女を奪っちゃおうかな? あれ? ルーちゃんは初めてなのかな? 知ってる、リル?』
『聞いてねーから知らねーよ。別にどっちでもいいだろ』
トゥールの喋り方は仲間内からも引かれているようだが、当の本人は気にしていないようだ。少しは気にしろ。今すぐその考え方を改めろと俺は思うが、当然ながらその考えは届かない。
その後も聞き続けるのが辛いような下衆な会話が続いている。余りの下衆さに今すぐに突撃したい衝動に駆られるがそこはぐっと堪えて話を聞き続けた。
その会話が盛り上がる中で、ニエトが二人に釘を刺すように睨みつけながら口を開いた。
『トゥール、リル。色々と考えてるようですが、それは後々のお楽しみに取っておいてくださいね。まずは我々の悲願を果たすのが先です』
『はいはい分かってるよ。僕だって、やっと来たチャンスを逃す気は無いからね』
『俺はどっちでもいいけどな、ただ、元に戻れるなら戻った方が色々と楽しいからな』
……さっきから悲願とか言ってるけど、何が目的なんだこいつら? 決定的なことは一切口にしてないが、その何かにルーが必要なようだ。
二人の答えに満足そうに静かに頷いたニエトは、そのまま立ち上がると踵を返した。
『ん? ニエト、どこ行くんだ?』
『研究室に戻ります。明日は悲願が果たされるかもしれないのですから、最終確認をしてきますよ』
『いいねー、期待しちゃうよね。やっと僕らも……なんか、昂ってきちゃったから、地下室に行こうかな』
『俺も行くわ。このままじゃ眠れそうにないしな』
そのまま三人はその場から解散し、それぞれの目的の場所へと移動していく。そして、監視の魔法が設定できなかった部屋にそれぞれ入って行った。そこで、ルーは監視魔法を解除する。
「……ディさん。……もう、ここ消滅させましょう」
ルーが分かりやすく激怒していた。うん、気持ちはわかる。俺だって腹が立っている。しかし、ここを消滅させるのはマズイ気がするので、俺も怒りを押し殺しつつルーを宥めにかかる。
「落ち着こうかルー。俺もあぁいうやつらは許せないし、今すぐぶっ殺したいのはやまやまだけど……地下室が気になる。そこ確認してからだ」
今はリルとトゥールの二人が入っている地下室……。あいつらの口ぶりからそこに何が待っているか、大方の予想はついていた。想像するだけでさらに義憤に駆られるが、今はまだそれを表に出す時じゃない。
「ディさん、何を想像してます? ……たぶんそれ、当たってると思うんですよね。というか、状況的にそれしかないと思うんです。男だけが嘘ってのと、ペットが本当って言うのは……」
ルーも俺の考えを察してくれたようで、静かな怒りの表情を浮かべている。たぶん合っているという言葉を聞くに、俺とルーの想像していることは一緒のようだ。正直、この想像は当たって欲しくない。
「はぁ……気が重いな。でも行かないわけにはいかないよな……」
「えぇ、気が重いですけど……明日を待つとか悠長な事は言ってられないです。早めに行きましょう」
俺とルーは静かに音を立てずに部屋を出ると、そのまま奴らが消えていった地下室の扉の前まで移動した。道中も監視の魔法は発動させておき、誰かが出てきたらすぐ対処できるようしていたが、その心配は杞憂に終わった。
「地下室の入り口はここか……別に普通の入り口みたいだけど……扉は……開いてるな」
「ディさん、音を遮断するので少し待ってください」
その扉は音もなく開くと、地下への階段が現れる。鬼が出るか蛇が出るか……どちらにせよ碌なものは出てこなさそうだが、俺もルーも覚悟を決めて階段を下りていく。
地下室への階段と言う事で薄暗い雰囲気があるのかと思いきや特にそんなことは無く、足元までしっかりと見えるくらいに光が当たっている。……そして、階段の一番下まで行くとまた扉があった。
再び音を遮断した状態でその扉を開くと……眩しいくらいの光が部屋の中を包んでいた。
「なんだ……ここ……」
そこは想像していたような地下室とは程遠い場所だった。柔らかな光が部屋を照らしており、白を基調とした清潔感のある色でまとめられた部屋となっていた。悪臭でもしているのかと思ったのだが、花のような良い香りを漂わせている。
そして、その空間に似つかわしくない鉄格子がいくつも存在しており、その中には首輪を付けられた様々な種族の女性達が閉じ込められていた。彼女達は衣装こそ清潔なものを身に着けているのだが、どこか虚ろな目をしており、絶望感を漂わせていた。
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