34.魔王は料理を作る
「はーい、できましたよー。まだ作りますし、どんどん運びますから、食べてくださいねー」
私は手に持った料理を屋敷のリビングにどんどんと運びます。ニエトさんが食材は好きに使って構わないと仰ってくれたので、とりあえず知る限り、可能な限りの料理を作ってみることにしました。
魚介系は流石にありませんでしたが、野菜や卵なんかは余っている部屋の一室を冷暗所に改装して保管されていました。魔法で氷を出して設置して、定期的に冷やしているのだとか。これは良いアイディアですね。魔法さえ使えれば誰でもできます。
他にも日持ちのする食材が数多く買いこまれており、私は三人に頼んで料理を作らせてもらうことにしました。
案内されたキッチンには、表にある馬車のような魔力を通して使うタイプの道具はありませんでしたが、魔法で火を灯して使うタイプの道具はあったので、それで料理をしています。
これも割と高いものですが、貴重品と言う程ではありません。城にも確か普通にありました。
あぁ本当に……許されるなら表の馬車を色々と調査したかったのに……今はお預けになっているこの身が恨めしいです。
興味がある物に対して興味がない振りをするというのは……精神的苦痛が半端じゃ無いです。
でも今は料理です。調査できない苦痛は料理で半減させましょう。チーズを使った前菜に、根菜のスープに、葉野菜のサラダ……。あ、卵もあるしキッシュを作りましょうか、燻製肉とスピナーチも入れて……これ、侍女長が良く作ってくれたんですよね。
あとは……乾燥させたスパゲッティがありますし麺料理を作りましょうか。トマトと生肉があればトマトとミートボールの入ったのを作りたかったんですが、無いので唐辛子とお塩と燻製肉で味付けですね。流石にお肉も茹でたのや燻製肉しかないですし。
私がこうやって料理を作っているのは一宿一般の恩を返すため……という意味もありますが、それだけじゃなくてこの屋敷について調査をするためです。
ちなみに、料理はディさんも手伝ってくれてます。意外に料理できるんですねディさん、手際も悪く無いしビックリしました。
……料理でどうやって調査するかと言いますと……話はほんの少しだけ遡ります。
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私たちは屋敷の部屋で話し合いをしていました。私が告げた事に対して目を丸くして驚いたディさんは、一度ベッドに突っ伏したのに、わざわざ身体を起こしてから話を聞いてくれました。
『魔王が所有してた屋敷って……ロクなものじゃ無いだろそれ……よく知らんけど』
『はい……前に私が父に乗っ取られかけていた時に見た記憶の中に、この屋敷がありました』
『ちょっと待って? 乗っ取られかけたって何?』
『……あれ? 言ってませんでしたっけ?』
……そう言えば戦っていた時は説明する余裕も説明する気も無かったから諸事情の一言で済ませていたんでしたっけ。
形だけは落ち着いているので、いい機会でもあるし私はディさんに私が魔王を継ぐ事になったあらましをお伝えしまた。ディさんはそれを黙って聞いてくれてます。
私の話を聞き終わったディさんは、ただ一言だけ呟きました。ちょっとだけ、目には涙が浮かんでいまして。
『いい娘だなあ……ルーは……』
ただストレートに褒められて、私は頬を熱くしてしまいました。ただそこは、いい女とか言って欲しかった気もします。その辺りは黙っておきますが。
とりあえず、私の頬の熱さは置いといて……私達はこの屋敷の話に戻ります。
『記憶は見た後に消しちゃいましたから詳細は覚えてないですけど、父はここにロクでもないものを集めて、ロクでもないことをしていたはずなんですよ……』
私はそういうと座っていたベッドから飛ぶように降りて、部屋の一角……ちょうど衣装棚が置いてある横の壁へと移動します。
よく見るとそこには小さな亀裂があり、私はそこに指を引っ掛けると力任せに真横に引きます。すると、壁はまるでスライド式のドアのように開きました。
中から出てきたのは、壁一面に飾られた禍々しい形をした道具……見るからに嫌な雰囲気を漂わせています。その道具を見たディさんも流石に引きつった表情を浮かべています。
なんせこの道具……全部呪われていますから……そのうえ性的な事に使う道具ばかりですし。
『見るからに嫌な道具だな……』
『ええ、これだけでもここがとんでもない所だとわかります』
なんせ呪われた道具が封印もされずにただ置かれているんです……使わないと呪われないとは言え、普通の人ならこの雰囲気に当てられておかしくなります。
とっくに精神がおかしかった父は、きっと平気だったのでしょうが……。
『父はこの道具を使ってこの部屋で女性に色々やったと思うんですが……その割には、この部屋って若干の埃はありますが、染みひとつなく綺麗だと思いません?』
『まあ……そりゃあ、誰かお手伝いさんとか呼んで掃除したんじゃないか?』
『父が掃除してたんです』
『……はい?』
『女性を凌辱して、その後始末も自ら全て行うんです。ベッドも、衣服も、女性の身体も、壁に飛び散ったものも……汚れが残らないよう丁寧に、汚した物を綺麗にするのは気持ちいいって……』
その悍ましさにディさんは顔を青ざめさせます。私も喋ってて非常に陰鬱な気分になってきます。
凌辱してそのまま放っておく方が、まだほんの少しだけその行動を理解できる気がします。いや、どっちにしろ理解はできませんが、なんか綺麗にするって部分で余計に不気味に思えてしまうんです。
……父の記憶を見た時、この部屋を父が掃除している場面しか見えませんでしたが……その行動の意味は理解できませんが、何をしていたのかを理解してしまうと本当に背筋が凍る思いです。
『言っちゃあなんだが……お前の親父さんて本当にロクでもない魔王だったんだな……マジで生きてなくて良かったよ』
『いや、ホントそうですよ……否定しません。ディさんのお父さんと大違いです』
顔を青ざめさせながら絞り出したディさんの言葉に私は全面的に同意します。
ディさんは漁師のお父さんの背中を見て育ちこういう方になりましたが、もしも私が父の本当の背中を見て育っていたら……とんでもなく最低な女の子になっていたのでしょうか。
父が私の前でだけ演技をしていた事に、今更ながら感謝する日が来ようとは……。
ともあれ、私は気を取り直して話を続けます。
『父は魔王になってからもここを使っていたはずですが、空き家になってたというのは嘘じゃなかったんですよね?』
『ああ、それは嘘じゃなかったよ。嘘だったのはこの家には男だけって所だけだよ』
そっちの嘘の意味はわからない……いや、嘘の理由が少し分かりかけてきましたけど、空き家だったという点が嘘ではないなら、今はそれで良いです。
『きっと、ディさんが父を討伐するための旅に出てから、どこかの日を境にこっちに来てないはずなんです。多分、日々強くなるディさんの対応でそんな余裕は無くなってたはずなので』
『その間に勝手に住み着いたと……? でも、それだけならまあ良いかとも思えるけど……そんなわけねえよなあ……』
ディさんは自分の言葉にかぶりを振って否定します。そうなんですよね、父の屋敷に勝手に住み着いてて、何もしてないとは正直思えないんです。
『ええ……こんなロクでもない屋敷に……呪いの道具も数多くいる場所にいるって、怪しすぎます』
『呪いの道具に気付いて無いのか、はたまた何かをやっているのか……そもそも俺たちを善意で泊めたかどうかも怪しいなあ……』
『何もなく善意ならいいですけど……何か企んでるって思っちゃいますよね』
本当に、ただ空き家に住んでいるだけの人達なら別に良いんです。父の屋敷ですし、普通に管理してくれてると思えば、住み続けて貰って構わないくらいです。
でも……この屋敷に入った時に分かりましたけど、呪いの道具が幾つか無くなっているみたいなんですよね。記憶にある映像とこの屋敷の中の映像に若干の差異があるんです。
父の記憶を全部覚えてるわけじゃ無いですので、それが勘違いなら良いんです。でもそうじゃなかったら……それを悪用してるなら……。
それはきっと、娘の私がどうにかしなくちゃいけないと思うんです。
『場合によってはどうする?』
私の心中を察してくれてのか、ディさんは今後の方針を確認してきます。
『この屋敷を跡形も無くします。あ、あの馬車だけは貰って行きましょう。元々は父のですし、遺産相続ってやつですね』
『……その為にお前が危ない事をする必要は無いんだがなあ……協力はするけど、絶対に危ないことするなよ?』
『おや、ディさん。貴方と同じくらい強いのに、私の心配してくれてるんですか?』
気遣ってくれた発言にちょっと嬉しくなって、少しだけ意地悪な言い方になってしまいました。ディさんは掌の上に顎を乗せて、少しだけ面白くなさそうな表情を浮かべます。
『強いから心配しちゃいけないなんて道理は無いだろ。信頼してようと信用してようと、心配する時は心配する。それとこれとは別の話だ』
私を気遣ってくれたその言葉に、胸の中がじんわりと暖かくなっていきます。なんか久しぶりに純粋に心配された気がします。
強さと心配が無関係と言うなら、これからは私もディさんを沢山心配していきますか。たぶんこの人、他人は心配するけど、自分の心配には無頓着だと思いますし。
『それで? 俺は何をすれば良いんだ?』
『あ……そうですね……。……まずは……うん……お料理を作りましょうか』
『……はぁ?』
私の提案に、ディさんは露骨に顔をしかめます。その顔がちょっと面白かったので私はクスリと笑いつつも、料理を作ると言った意味を説明します。
とりあえず、私の説明には納得してくれたようですが、その後でディさんは腕を組んで何かを考え込みます。
それから指を一本だけ立てて私に確認してきました。
『でもルーさんや、一つ聞きたいんだけどね』
『はい?』
『こういう屋敷があるんなら、最初からここを目指して歩いてた方が良くなかった?』
『……だって忘れてたんですもん』
ちょっとだけ俯いた私を、ディさんは叱る事なく仕方ないなと笑って許してくれました。
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以上、回想終了です。
現在、私達はこの屋敷を探る為に二人でお料理中です。お料理と言うか、お料理をするのに材料を取りに行ったり移動したりすること自体が目的です。
食材を保管している保管庫へと移動する際に、他の部屋を見たりドジな振りをして全然関係無い部屋に入ろうとしたりして……私は覗き見用の魔法をこっそりと仕掛けておきました。
ほとんどの場所については仕掛けることができたのですが……仕掛けられなかった部屋は二つ。手伝いと称して付いてきた彼等は、私がそこに近づくとかならず妨害してきました。それが地下室と、その近くにある大きな両扉の部屋……。
その部屋に何があるのかをディさんがいる時に聞いてみたのですが、地下室は「ペットがいるので知らない人を近づけたくない」、大きな両扉の部屋は「ニエトの研究資料が置いてるので入られたくない」と言う回答が返ってきました。
……残念なことに、そこがどんな部屋だったのか全然思い出せないのが歯がゆいです。父の記憶を全部覚えてるわけじゃないので……見れば思い出せると思うんですけど。
でも、これで準備は完了です。
「いやぁ、美味しかったー。やっぱり女の子に作ってもらった料理は違うねー」
「えぇ、男だけだとどうしても適当な料理になりますからね」
「俺は食えればなんでいいけど、美味かったよ。ごちそうさん」
三人もディさんも、作った料理は残さず平らげてくれました。ちょっと作りすぎたかとも思ったんですが、どうやら杞憂だったようです。
私もディさんも飲んでいませんが、三人はお酒も入ったからなのかかなり気持ちよさそうにしています。期待通りです。これなら口の滑りもよくなってくれるでしょう。
「ねぇ~、ル~ちゃ~ん~。僕と結婚しよーよー。幼馴染君より、僕の方が格好いいでしょー?」
トゥールさんは酔っているからなのか先ほどまでより露骨に私を口説いてきます。……なんかこの甘えた声が気色悪いと思ってしまうのは悪い事でしょうか。この人、リルさんやニエトさんと同い年なんですよね?
それにディさんより貴方が格好良い? 冗談はその態度だけにしてほしいものです。
「……そうですか? 私はディさんの方が格好良いと思いますけど?」
「ルー……本人を目の前にそれは恥ずかしいんだけど……」
私の言葉にトゥールさんは信じられないという顔をしています。自分の顔にどうやら絶対の自信があったようで、自分の顔を指差しながら何度もディさんの顔と私の顔を交互に見ています。
……うん、やっぱりディさんの顔の方が私は格好良いと思いますし、なんだか落ち着きます。なんか、母みたいな安心感がありますね。
「うわはははははは!! なんだよトゥール!! フラれたのかよ!! 自信満々だったくせにだっせえなオイ!!」
「うるさいよリル!! ルーちゃん、心変わりしたらいつでもいいから言ってねー?」
「二人とも、彼等を困らせちゃダメですよ。でも、そうですね……お二人さえよければ、ずっとここにいてもらっても構わないのですよ?」
げらげらと笑いながらトゥールさんをからかうリルさんを尻目に、ニエトさんが私達に提案をしてきます。でもその提案は、彼等が善人だったとしても受けるわけにはいきません。
「申し出はありがたいが、俺達もやりたいことがあってな。明日にはここを出発するよ。泊めてもらって本当に感謝している。ありがとう」
ディさんが頭を下げた後に、私も続いて頭を下げてお礼を言います。ニエトさんは苦笑しながらもそれを受け入れてくれたように見えます。あくまでも、表面上は。
「……残念ですが、仕方ないですね。わかりました。明日ですが、馬車で近くの町までお送りしますよ。流石に徒歩ではお辛いでしょうからね」
「……あぁ、助かるよ」
私達はお礼を言って、そろそろ休ませてもらうと言いその場から立ち去ります。トゥールさんは私に手を伸ばして引き留めようとしてましたが、その手はリルさんとニエトさんに阻止されました。
三人はまだリビングに残ってお酒なんかを追加で持ってきているようだったので、あのまま飲むのかもしれません。そうしてくれると監視が楽なんですけど……。
そして私は部屋に入るや否や、ディさんに先ほどまでの会話について確認をします。
「ディさん、さっきの会話の中なんですけど……どの発言が嘘でしたか?」
「嘘は一つだけだな……明日、俺達を馬車で送るってところだ。それが嘘ってことは、少なくともニエトは俺達をここから帰す気は無さそうだ」
……やっぱり、あの人たちは何かを企んでいるようです。
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