33.二人は屋敷に招かれる

 二人が招かれた屋敷は想像よりも数倍大きな屋敷だった。森の中には不釣り合いな程に大きく、そして豪華な作りをしている。ただ高さはそこまでは無く、木々で建物が隠れるようにしているのか、全体的に低く作られていた。

 その低さをカバーするかのように広さだけは十分にそろえられており、その建物がある場所だけ周囲にある木は切り倒されており、整地までしっかり成されていた。

 まるで貴族の屋敷のようであり、なにがあればこんな屋敷が捨てられてた空き家になるのか、ディアノは想像もつかなかった。


 ルナはこの程度の規模の屋敷を見慣れているのか、特に驚いた様子はないが、ディアノは目を見開いて驚く。旅の道中で何度かこういう屋敷を見る機会はあったが、元々が庶民なのでいつもその大きさに圧倒されてしまう。おそらく、慣れる日は来ないのだろう。


「ようこそ、段差があるので足元にお気をつけてください。なにぶんお客様をこうやってお迎えするのは初めてですので、粗相がありましたら申し訳ないです」


 柔らかい物腰でニエトがルナをエスコートしようとする。その慣れた仕草から、この人もしかして貴族なのかなとディアノは考えるが、それなら何故こんな所にいるのかが不思議だった。


 ルナは手を取ろうとするニエトをやんわりと躱していた。慣れたような対応に、本当に箱入りとはいえお嬢様だったんだなと実感する。……その姿を見て、ついさっきまでおんぶ魔王としてディアノの背中にくっついてた人物と同じとは、誰も想像できないだろう。


 そしてニエトだけではなく、トゥールもルナにご執心の様子だった。チョロチョロと周りで纏わり付いては、その度にルナに躱されている。

 出会った三人は同い年という話だが、彼だけがどこか幼い言動が目立っていた。それが計算なのか天然なのか……流石にそこまではディアノもわからなかった。


「すまんな、兄ちゃん。彼女取っちまったみたいで。あいつら、魔族の女が珍しいみたいなんだよ」


 その言い方はルナを物みたいに扱われているようで少しだけ苛立つが、それをおくびにも出さずに気にしないでくれとだけ返答する。三人組の最後の一人のリルだけはルナには行かずディアノの横に立っていた。ディアノの答えのなにが面白いのか、背中をバンバン叩いて大声で笑っている。


 もしかしたら悪気はなく、ルナと離れたディアノに気を使っているのかと思ったのだが、どうもそういう感じもしなかった。単に粗野なだけなのかもしれない。


「リルは、あっちに行かなくていいのか?」


「あん? 俺は別に女なんて何でもいいからな。魔族でも獣族でも人族でも、種族はあまり重要視してねえよ……それよりも……俺は兄ちゃんに興味がある」


 やはり女性を軽視するような物言いに不快感を感じるが、その不快感以上の事態がディアノを襲う。

 まるで獲物を狙う獣のような目で、リルはディアノを射抜くように視線を送る。その視線に臆されたわけでは無いのだが、先ほど感じた不快感以上の、得体の知れない嫌なものをその視線から感じた。この男の視線はいったい何なのだろうか、できることなら今すぐにこの視線から逃げ出したかった。


「兄ちゃん、かなり強いだろ。平凡な見た目してるくせに、腰の得物はやたら立派だしよ。剣に使われている……ってわけじゃあ無さそうだ、そんくらいは見りゃわかる」


 鋭い視線をこちらに向けるリルは、舌なめずりをしながら獰猛に笑う。言葉だけは強者と戦いたいという戦闘狂のそれだ。そういう人物は旅の間にいくらでも見てきたのだが……こいつの笑みはそのどれとも違う。骨の髄から寒気がしてくる笑みだった。


「ルーを守るために鍛えたからね。ちょっとは自信あるよ」


 実際にはそのルナと殺し合いをしたのだが、ここでそれを言うわけにはいかないので適当にそれっぽい事を言って誤魔化した。リルはその答えが気に入ったのか、大声で笑いながら肩を組んできた。


「良いねぇ、兄ちゃん。今度俺と……」


「あー、ディさん気を付けてねー。リルってば気にいったら見境無いからさー、そっちの気が無いなら拒否しないと危ないよー」


「おいおい、人聞きの悪い事言うなよトゥール。せっかく久々に強い奴と会えたのによー」


 ……トゥールのその一言に、肩を組まれた当人であるディアノが反応するよりも先に、ルナが反応した。超高速でディアノの元まで移動するとリルをディアノから引きはがす。その移動速度の速さに、ニエトとトゥールも目を丸くしていた。


「……すいません、リルさん。ディさんは私のなので、そう言うのは遠慮していただけますか?」


 にこやかにリルに告げるルナは、その腕の中にディアノをすっぽりと包み込む。豊かな胸の間に挟まれてディアノは思わず赤面してしまうが、その心地いい感触から自分から逃れようとする気力は起きなかった。

 ……さっき守ると誓ったばかりなのに、逆にこうやって守られてしまうのは何とも情けない姿だなと自嘲気味に笑うのだが、谷間に挟まっている状態なのでどこか滑稽に見えていた。


「おぉ、すまなかったな姉ちゃん。いやぁ、姉ちゃんはたいして強くないと思っていたけど、流石は魔族ってところか。なかなか良い動きするじゃねえか」


「ディさんが私を守ってくれるように、私もディさんを守ろうと鍛えてますから」


 先程の会話は聞かれていたかと、ディアノは少しだけ赤面する。

 ディアノをひったくられたリルは、その行動に怒るわけでも不快感を滲ませるわけでも無く、げらげらと楽しそうに笑いながら腹を抱えていた。そして、楽しみが増えたとばかりに鼻歌を歌いながら屋敷へと入っていく。


 ルナの腕の中から脱出したディアノは、あの不気味さは自身に好意を向けられていたからなのかと考えるのだが……何かそれも違う気がしていた。そう言う純粋な物とは全く異なる視線だった。


(強いて言うなら……魔物の視線が一番近いか……? 獲物を狩ろうとする知能のある魔物……相手をどう嬲ってやろうか考えている時の……)


 屋敷へ入って行ったリルを見送ると、ニエトが頭を下げて謝罪してきた。トゥールは特に頭は下げていないが、両手を顔の前で合わせて謝罪のポーズを作っている。


「申し訳ありませんねお二人とも、リルにはあとできつく言っておきますので、ご容赦ください」


「ごめんね~、ルーちゃん。あいつ基本的に筋肉バカだから~」


 謝罪する二人に対して、二人は揃って気にしないでと言いつつ、リルに続いてそのまま屋敷に入ろうとしたところ……屋敷の横にひときわ大きな馬車が置かれていた。あれが買い出しに使っているという馬車なのだろう。


 それはかなりの大きさの馬車であり、これを三人で使用しているのだとしたら大きすぎないだろうかと言う疑問が残る。それに……馬車があるのにそれをけん引する馬の姿がどこにも見えなかった。かなりの大きさの屋敷だし、どこか別の場所にいるのだろうかとディアノは周囲を見回す。

 そのディアノの周囲を見渡す所作に気づいたのか、ニエトが馬車について説明をし始めた。


「かなり大きな馬車でしょう? 何回も町に行くのは非効率なので、食料品などを大量にまとめ買いするのにはあれくらいの大きい方が便利なんですよ。」


「でも、あの大きさなら結構な馬力の馬が数頭は必要なんじゃないか? それらしいのは見えないが……どこかに繋げているのか……?」


 ディアノにしてみれば何気ない疑問を口にしただけだったのだが、そのディアノの疑問を聞いた瞬間にニエトの瞳には輝きが増して、トゥールは顔を引きつらせて眉を顰めた表情を浮かべていた。

 そのトゥールの表情を見たディアノは何かまずい事を聞いただろうかと首を傾げるのだが、ニエトの顔は満面の笑みを浮かべて……まるで爆発したかのように早口で捲し立てる。


「あの馬車を牽引する馬について今聞かれましたか? 聞かれましたね? その点に注目されるとは実にお目が高い!! あの馬車ですがあの巨大さに見合わず重量は極限まで軽く作られているのです、その上で通常の馬車などとは比較にならないほどの強度を誇るのです!! あぁ、馬でしたね。そう馬……これはその点でも非常に優れた馬車なのです。何故ならこの馬車は馬を必要としない馬車なのです!! これは世界でも五台しか確認されていない稀有な魔法道具であり、これはその六台目と言えるでしょう。そして私は研究の末、この馬車を動かすことに成功したのです。どうですか、素晴らしいでしょう!!」


 早口で捲し立てられ呆気に取られるディアノだが、ニエトの話はそこで終わってはいなかった。引き続きいかにこの馬車が優れているのか、どのようにして動くのか、そしてそれを動かせるようになるまでになった自身のすばらしさを声高に語る。

 要約すると、この馬車は魔力を通すことで動くことができるようなのだが、その必要とされる魔力量と操作難度はかなりの困難を極めるのだが、ニエトは研究の末にそれを克服したのだとか。

 操作すると丸一日は疲労感が抜けないのだが、最初は三日以上動けなくなったことを考えると日々進歩しているのだとか。


(この手の魔法の道具はルーも好きなんじゃないかな? もしかして食いつくんじゃ……)


 そう考えてチラリと横目でルナを見るのだが、彼女はニエトの話に関心を示す様子は一切なく、それどころか首を傾げながら「凄いですねー。私はそう言うのよくわからないですけど」と言い出す始末だ。

 その態度にはディアノの方が首を傾げてしまう。ただ、ニエトはそんな二人には構うことなく喋り続けている。気が付けばその内容は以下に自分が凄いかという話ばかりになっていた。


「ルーちゃーん。ほっといて入ろーよー。ニエトのヤツ、あぁなると自分が満足するまで喋り続けるから、周りに人いなくても平気だよ。満足したら来るよー」


 意外にも一番言動が幼いと思っていたトゥールが、二人を屋敷の中へと案内してくれた。ニエトは移動を始めた三人を気にした様子もなくまだ喋り続けている。今は、自身がいかに魔法道具の研究に心血を注いでいるかの語りに入っている。


 屋敷の中は日の光が入ってきており、外見と異なり特に華美な装飾は無く、家具や調度品なんかも上品な物でそろえられていた。この建物には二階は無いが部屋数はかなりあるようで、いくつかの部屋は扉が開きっぱなしになっている。


 屋敷の中はどこにもおかしな点は無い。無い様子なのだが……ディアノは言い知れない嫌な雰囲気を感じ取る。安心したことから気が抜けてしまったから今までの疲労が一気に来たのだろうと考え、とにかく早く休みたいと考えていた。


「部屋は開いてるところならどこでも使っていいからねー。あ、ルーちゃんは僕と一緒の部屋にする?」


「いえ、私はディさんと一緒の部屋にさせてもらいますね」


「ふーん、そっか。まぁ、いいや。僕の部屋に来たくなったらいつでも来てね? 僕の部屋はあそこの端っこの部屋だからさ。あ、二人部屋はそっちの大きな扉の方ね。あ、そうそう。この屋敷って地下室があるんだけどさ……そこは入んないでね」


 断られても特にめげることは無く、自分の部屋を指で示すとそのまま頭の後ろで手を組みながらスタスタと自身の部屋にトゥールは入っていく。それを見送った後に、二人は教えてもらった二人部屋に入室する。

 かなり広めの部屋で、大きめのテーブルとソファが一つ、それと椅子が二つ、ベッドが二つ隣同士に、少しだけ距離を開けて置かれている部屋だった。

 枕や毛布は乱雑に置かれていた。埃は被っていないが長期間放置はされていたようで、これは少し洗ってから使った方がいいかなと思いながらもまずは疲れた体を休めたいと、そのベッドに横になる。


 ホッと一息ついたところで、そのすぐ横にルナが腰かける。椅子でもソファに座るでもなく、ディアノの寝転がっているベッドにわざわざ腰かけていた。


「ディさん……あの三人についてどう思います?」


 一見すると好戦的なようだが怪しい視線をディアノに送るリル、仮にも最初の自己紹介で結婚する相手と一緒だと言った女性を躊躇なく口説くトゥール、魔法道具について一人で捲し立てるニエト……。

 三人の姿を思い浮かべて……ディアノはため息をつく。


「……泊めてもらってなんだけどさ……滅茶苦茶怪しいよなあの三人……こんなところに住んでるのも含めてだけどさ……」


「ですよねぇ……」


 二人で顔を見合わせて苦笑する。怪しい事は怪しいのだが、今のところはそれだけなので……一晩だけ泊めてもらうのであれば、特に実害はないだろうとディアノは考えている。とりあえず、一眠りさせてもらおうかと目を閉じたところで、ルナの声が耳に響く。


「ディさん、私……この屋敷を知ってます。正確に言うと、私の記憶と知識じゃ無いんですけど……この場所を私は知っています」


 確信を持ったその言葉に、閉じていた瞳を開いて上半身を起こす。ルナの顔を見ると、まるで非常に気が重い事実を告げる医師のような緊張と不安が入り混じった表情でディアノを見返している。

 そして、自身が知っているというこの屋敷についての情報を口にする。


「ここたぶん……私の父が秘かに所有していた屋敷です」


「……うわぁ」


 あの最低最悪の魔王と言われたルナの父が所有していた屋敷……そこに秘かに住む怪しい三人の男……。嫌な予感しかしない状況でうんざりしたように呟いたディアノは、そのまま片手で顔を覆いながら再びベッドに倒れ込んだ。

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