32.二人は宿を確保する

 人里に行くには数日は歩かなければならないという言葉に、ディアノは目が点になる。首を油の切れたブリキ人形の様にギギギと動かしてルナの方を見る。もう少し、もう少ししたら町が見えると思ったからこそルナをおぶって歩いてきたというのに……その町が無いというのだから仕方ないかもしれない。


「……なんで?」


「えっと……怒んないでくださいね? 私の移動魔法って見た事のある場所しか行けないんですよ。んで、最初に移動したところって、城の窓から見えてた丘だと思うんですよね……」


 泣きそうな声を出すディアノに罪悪感を感じたルナは、慌てて説明を始める。それでもおぶさったままなのはおんぶ魔王としての気概なのか、それとも少しでもサービスして慰めようという心意気なのかは不明だが、そのままの姿勢で説明を始める。

 ディアノは特に相槌は打たずに静かにルナの話に聞き入る。


「……でですね……父が魔王やってた頃ってこの辺りって魔王城が近くにあったせいか治安最悪と言うか……可愛い子は攫ってハーレム入りと言うか……とにかく、酷い状況だったわけですよ。当然ながらですね……そんな城の周辺になんて町は新たにできず……人も寄り付かず……」


 そこまで言った段階で、ルナは体に浮遊感を感じた。視界が下へと滑っていき……臀部が地面へ激突して痛みが走る。


「きゃんっ‼︎」


 唐突な痛みに思わず悲鳴が上がる。そこでディアノの背から落ちたのだと気付いた。

 臀部をさすりながら、怒って落とされたのかと思いディアノの方を見ると、彼は地面に膝から崩れて四つん這いの姿勢となっている。


「うわー……そりゃそうだよな……考えたらわかるじゃん……せめて地図買うとかの準備しろよ俺……」


 その姿勢のままで、自身の準備不足を嘆いていた。てっきり怒られるかと思っていたルナは少し安心して座ったままディアノの顔を覗き込むと、その姿勢のまま横を向くディアノと目が合う。


「ルー……念のため聞きたいが……家を出す魔法とか食べ物を出す魔法とかババーンと色んなものを取り寄せられる魔法とか使えないか? もしくは魔法でどっかに色んな物を収納しているとか」


「そんな魔法あるわけないじゃないですか……」


 悲しそうな目でこちらを見るディアノにルナは苦笑を返す。ディアノもそんな夢みたいな魔法があるとは思ってなかったので、あくまで確認のために聞いただけだったため、ショックはそこまで大きくは無かった。


「だよなー……無いよなそんな都合のいい魔法……」


「そう言う魔法を研究している人はいるかもしれませんが……そもそも剣とか物とかに魔力流すのって普通はできませんからね……私の装具や聖剣は例外で、伝説級の物じゃないと……」


「そっかー……そうなんだ……勉強になるわー……」


 現状を確認したディアノは、四つん這いの姿勢をやめてゆっくりと立ち上がった。上体をそらしてから軽く屈伸運動をする。先程までルナを背負っていたからか、身体の硬くなった部分をほぐすと、両の手で頬を軽く張る。


「よし! 落ち込むの終了! だったら急いで野営の準備しないとな……どっかにでかい樹洞か洞窟でもあればいいんだが……細っこい木ばっかりだし、期待はできなそうだな……」


 気を取り直したディアノにルナも安心したような笑顔を浮かべると、立ち上がり自身にできることを提案する。


「食べ物はどうしましょうかね。火とか水は魔法で出せますけど……」


「最悪我慢だけど、何か腹に入れたいな……果実……獣……蛇……最悪……食える虫がいれば……」


「……ごめんなさい、虫は勘弁してください。それなら私は我慢します」


 流石に最後の一言だけは聞き逃せなかった。食べられる虫がいるとは知識では知っているが流石に実体験はしたく無いと、顔を青くさせながら断りを入れた。

 ディアノはそこで、かつての仲間とは感覚が異なることに初めて思い至り、虫を取るのは本当の最後の最後にしようと決めた。


 その前に、ディアノは念のために周囲に向けて大声を上げる。獣は逃げてしまうかもしれないが、できることは全部やっておいた方が良いと、息を大きく吸い込んだ。


「誰かいないかー!?」


 その言葉は周囲の森に木霊するが、やがてはしんと静まり返る。突然の大声にルナが驚いた顔をしていた。

 これで誰かの気配でもすればみっけものだったが、そう都合よくは行かないなと気持ちを切り替えて、準備を始めようとしたところで……彼にしては珍しくその都合の良いことが起こった。


『誰かいるんですかー?!』


 遠くから、誰か男性の声が聞こえてきた。予想外の事態にディアノとルナは顔を見合わせてから笑みを浮かべると、そのまま声の主に向かって叫び返す。


「ここだー!! ここにいるぞー!!」


「誰かわかりませんけど助けてくださいー!!」


 二人が叫ぶと、向こうも叫び声を返してくれたので、その誰かが到着するまで必死に二人は叫び続ける。

 そして……森から出てきたのは三人の男だった。


「本当にいましたね……こんな所に人がいるなんて珍しい……」


「あ、女の子いるじゃん女の子!! うっわ可愛い。僕、魔族の女の子って初めて見たよ」


「今日の獲物を取ろうって出てきたけど、とんだ良いものが引っ掛かったな」


 最初に声出したのは眼鏡をかけた金色の髪を一つ縛りにした、知的な雰囲気を醸し出している男性で、中指で眼鏡を押しあげると値踏みするように二人へと視線を送っている。腰には杖をぶら下げており、それが彼の得物なのだろう。


 次に声をあげたのは少し小柄な少年のようなあどけなさを持つ男性で、こちらは茶色の髪を短く刈りそろえて、人懐っこい笑顔を浮かべている。

 こちらも腰に武器をぶら下げているが、それは複数本のナイフだった。前後左右で八本もぶら下げている。


 最後に声を上げたのは浅黒い肌をした黒髪の長髪の男性で、野性的な顔つきでその顔には獰猛な笑みを浮かべている。かなりの筋肉質であり、上半身はその筋肉を見せつけるようにタンクトップだけを着用していた。最後の男は特に得物らしい得物は持っていなかった。


 タイプのまるで違う三人だが、全員が揃ってかなりの美形である。ディアノとは異なり、きっと女性にモテるだろうと感じさせられる佇まいだ。


 こんな場所でこんな美形がいることは不自然だとは思ったが、人に会えたことの安堵がディアノの心を満たす。少し後ろにいるルナに振り向いて顔を見合わせると、そちらも安堵の表情を浮かべていた。

 

「お二人とも、このような場所でどうされたのですか? ここは人がいるような場所では無いかと思うんですが」


「あぁ、俺たちは……」


 言いかけたディアノ言葉をルナは遮るように一歩前に出た。そして、にこやかに微笑みながら小首を傾げながら口を開く。


「私たち、幼なじみなんです。私は彼と結婚したかったんですけど、故郷は魔族と人間を許してくれてなくて……それで二人で結婚できる国に行こうって駆け落ちしたんです」


 そこまで言い終えると確認するようにチラリとディアノの方を見る。そして、三人には分からないように片目を瞑り目配せしてきた、どうやら話を合わせろということらしい。


「そうなんだよ。彼女は魔族ってだけで迫害に合っててな…それが許せなくて故郷を飛び出してきたんだ」


「それは……大変でしたね」


「こんな可愛い子なら魔族でも良いけどねー僕は」


「種族なんてどうでもいいだろーに、くだらねーな」


 若干棒読み加減になってしまったが、三人はそれぞれの反応を見せ、その辺りは疑ってこないようだった。しかしまあ、よく咄嗟に嘘が出るものだと、ディアノは感心するようにルナを見る。

 ルナは三人に見えないように、背中でピースサインを作っていた。それを見てディアノはクスリと笑う。


「それで…えっと…あなた方は…何故ここに? 私たちは人に会えて助かりましたが…」


「あぁ、私達はとある事情があって、この森の中にある屋敷に住んでるんですよ」


「と言っても、捨てられてた空き家を勝手に使ってるだけなんだけどねー」


「男の秘密基地ってやつだな。そっちの兄ちゃんならわかるんじゃないかそういうのは?」


 こんな魔王城近くの森に屋敷なんてあるのかと首を傾げるが、三人の言葉に嘘は無かった。信じられないが屋敷は実在し、そこに住んでいるのだろう。

 捨てられた空き家と言っていることから、昔住んでいた人が治安の悪化に伴い逃げ出した家なのかもしれないと結論づけた。


「こんなとこに住んでるって、不便じゃ無いのか?」


「そうでも無いですよ。馬車で一日か二日行った所に街がありますので……。よろしければ、今日は私達の屋敷に泊まりませんか? この辺は野宿できるところもありませんし」


「あ、いーねそれ!! 女の子は大歓迎だよー、おいでよー」


「野郎三人しかいないから不安かもだけど、そっちの兄ちゃんがいれば平気だろ?」


「……ありがたい申し出だが……迷惑じゃ無いか?」


 少し警戒するようにディアノは相手の出方を伺う。ここでこの申し出は確かにありがたいのだが、ほんの少しの不安がディアノにはあった。


「歓迎しますよ。見飽きた顔ばかりなので、たまにはお客様が欲しいところだったんです」


 その言葉を聞いて、ほんの少しだけ考え込むディアノの隙をつく形で、ルナが先んじて答えてしまう。


「それじゃあ、お言葉に甘えてお世話になります。私はルー。彼はディと言います」


「これはこれは……申し遅れました、私の名前はニエトと申します。以後お見知り置きを……」


「トゥールだよー。よろしくね、ルーちゃん」


「俺はリルってんだ、短い間かもだがよろしくな二人とも」


 ディアノは先に答えたルナを咎めようとするが、話は進んでしまい断れる雰囲気ではなくなってしまう。

 友好的な笑顔を浮かべる三人だが、この時ディアノは先程の言葉の中に一つの嘘を感じていた。


 男三人しかいない。


 その言葉が嘘だったが、何のためにそんな嘘をついているのかが分からなかった。

 ルナを安心させるためならむしろ女性もいると嘘を付くべきじゃないだろうか?そんな疑問がディアノの頭に浮かんでくる。


 ルナがなにを考えて承諾したかも分からず、不安を感じたディアノに、ルナは覗き込むようにして笑顔を見せてくる。


「これで今日の宿は確保できましたね、ディさん」


 その笑顔を見てディアノもルナに笑顔を返し、心中で一つの決意をする。


(何かあっても、俺がルーを守ればいい)


 惜しむらくは守ると決意した相手が魔王であり、守らなくても大丈夫なくらいの強者に分類されることなのだが……それでもディアノは男の意地として、守ると決意を固めた。

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