30.魔法使いは抵抗しない

 ……僧侶が私達の前から姿を消してから五日程が経過した。……彼女は勇者にもう合流できただろうかとそんなことを考えるのだが、よくよく考えたら私達が国に戻ってから割と日も空いているので、流石にまだ合流はできていないだろうな……。

 良いところ、元魔王城の城下町周辺についたくらいだろう。もしかしたら真っ直ぐは行かずに、別の通りを経由して迂回しているのかもしれない。


 今日は勝利を祝うために大々的なお披露目がされる日で、私達は朝から慌ただしく準備をしていた……。今は国の人達に渡された豪華なドレスに着替えて部屋に待機している。……正直、着慣れないドレスで肩が凝るのだが、今だけなので我慢している……。早く脱ぎたい……。

 実は僧侶の手紙に書いてあったように、大々的なパレードが開催される予定だったのだが、勇者も僧侶もいないのでそれは中止になった。個人的には助かった……人前で見世物みたいにされるのは苦手……私は部屋に籠ってひっそりと魔法の研究とかしていたいのに……。


 今はこの部屋には私と戦士の二人きりだが、戦士の方も慣れない礼服のような、白を基調としたやたらと豪華な服を着ていて、不快そうな表情を……ぷぷっ……。


「……笑うなら笑ってくれよ。中途半端に吹き出されるのが一番心に来る」


 ……足を組みながら、不機嫌そうに鼻から息を吹き出させている。正直、似合っていないわけでは無いのだ。髪もわざわざオールバックに整えていて、ちゃんと格好良いのだ。

 ……ただ、こうやって畏まった服装を見るのが初めてなので、見慣れないからどうしても笑いがこみあげてきちゃう……とりあえず、ちゃんと格好良いというのは伝えてあげないと。


「……大丈……ぷぷっ……、ちゃんと……ぷぷっ……格好良いよ……ぷぷっ……王子様……ぷっ……みたい」


「似合ってないのは分かってるよ……ケッ……」


 ……私の反応に、戦士は不貞腐れたように背を向けてしまった。いや、違うの。ちゃんと伝えたいんだけど、どうしても普段とのギャップが酷すぎて笑いがこみあげちゃうの……。

 私は慌てて戦士の元へと近づくと、来ている服の形が崩れない様に優しく背中から抱き着いた。


「……ごめんね……似合ってるのはホント……でも……違和感があって……つい……」


 ……こういう時、口下手な自分が嫌になる。普段はあんまり喋らないから語彙も豊富じゃ無いし、気の利いたことも言えない。頭の中ではいろいろと考えられるのに、中々口には出すことができない。だから、こうやって態度で示すしかなかった。

 私の気持ちが伝わったのか、彼は私の頭に器用に手を置くと二回ほどポンポンと掌を弾ませる。私が背中から離れると、戦士は振り向いて私に笑顔を向けてくれた。


「いや、大丈夫だ。俺だって逆の立場なら思いっきり笑ってる……憂鬱なのはこれで皆の前に出なきゃいけないから、絶対にダチのやつらには爆笑されるってことだ」


「……あぁ……あの人たち……? そんなこと……良い人そうだったけど……」


「……良い奴らだけど、それとこれとは別なんだよ」


 再び苦虫を噛み潰したような顔をするのだけど、そんな風に笑う人たちなのかなと少しだけ疑問だった。私は友達が多い方じゃ無かったからわからないけど、そう言うのが普通なのかな?

 ……数日前に、戦士が私のことを自身の彼女だと紹介してくれた友人さん達の顔を思い浮かべる。皆、凄く驚いて私達を祝福してくれてたけど……そう言えば、戦士が殴られていることが多かったような気もする……。


 ……僧侶がいなくなった次の日に、魔王と私達は情報交換と今後についての話し合いを行った。あの日、魔王が訪ねてきた日は本当にびっくりした。部屋の奥で着替えてて戻ったら、いきなり魔王がいて戦士と差し向かいで話しているんだもの……。


 ……とりあえず、三人分のお茶を出して……朝食はまだだったので部屋で取れる軽食を三人分ほど城の人に持ってきてもらい、食べながら話をすることにした……。

 私達も魔王も、城から出ないのであればある程度の自由は許されていたので、魔王が私達の部屋にいるのもそこまで不自然では無かったのは幸いだったと思う……。


 そうして情報交換を行ったんだけど……魔王の持っている情報は私達とさほど変わらない状態で……。勇者が生きていたこと、魔王の妹さんが生きていたこと、何故か二人が一緒に旅をしていること……いや、本当に何で一緒に? その辺りの疑問は僧侶も知らなかったみたいなんで三人で首を傾げることになった。

 ともあれ、僧侶は私達と魔王の手紙には書き方こそ違うものの、勇者についての情報は特に差異は持たせていなかったみたい。差異があったのはそれ以外の事……私達や魔王について国がどうするつもりかという情報……。


 その情報をもとに、私達は話し合いに多くの時間を割いた……。勇者達を追いかけるかどうか……国への対応をどうするか……。


 ……結論から言うと、私と戦士は勇者を追いかけることに……魔王は追いかけずに魔族達の復興に力を注ぐということになった。魔王はどちらかと言うと、私達に情報を教えるために来てくれたみたいで、そもそも追いかけるつもりは無いらしい。


『妹を犠牲にしようとしていた私が、彼女を追いかける資格は無いです……それに、仲間達の復興を放っておいたら私が妹に殺されてしまいますよ』


 その顔に後悔を滲ませながら、魔王は自嘲気味に呟いた。確かに、魔王が不在で復興も何もないだろう……。こればっかりは仕方ない。

 ちなみに女性の方の魔王は、今は避難している魔族達に戦いが終わったことを教えるためにあちこち移動しているのだとか。彼女が自分が行くと言ってきかなかったので、やむを得ず自分がここに残ったのだとか。


 むしろ私達の方が少し揉めた……。……戦士のやつは最初は一人で行くつもりだったとか言い出したからだ。私は故郷に戻って研究を続けた方がいいのではないかと考えていたと……当然、私は怒った。

 ……私だって勇者には言いたいことが沢山あるし……なによりも……あの手紙の内容を見てしまった今は戦士と離れるなんて考えられないからだ。


 ……それは戦士の方も同じだったみたいで、今では一緒に行くことしか考えられないと私に告げた……。……早合点から怒ってしまった私は赤面したのだが、そんな私を戦士は優しく撫でてくれた。嬉しいけど、人前ではやめてほしかった……。


 そしてその日から、私達は旅に出るための準備を色々と始めた。こっそりと城を抜け出して町に出て、戦士のお友達に会って私を紹介してもらったり、戦士のご両親に私のことを紹介してもらったりと、やり残したことが無いように様々な事をやった。

 城を抜け出たのがバレると城の人達からは結構怒られたんだけど……そもそも城の外に出してくれない彼等が悪いと……そんな事を気にする私達じゃ無かったので、この数日間は割と楽しかった。

 ……私はこの町の出身じゃなく、後から勇者達の仲間になったので色々と新鮮で……。元々は勇者、戦士、僧侶の三人で旅をしていたところに私が転がり込んだんだよなぁ……。


 その辺の思い出は今は置いておいて……私達は色々と準備をしたうえで今日と言う日を迎えたのだ。抜かりは無いし、たぶん上手くいくはずだ。

 そんな風に考えていると、控えの部屋の扉がノックされた。


「お二人とも、そろそろ式典が始まりますのでご準備をお願いします」


 ……どうやら、式典が始まるようだ。私も戦士もため息をつきつつも立ち上がり、大人しく呼びに来た城の人についていくことにした。基本的には喋るのはほとんど国王なのだが、私達と魔王も喋る機会が設けられている。

 魔王はこの国に対しての敗北と降伏の宣言をして、私と戦士は皆の前で演説をする……。とはいっても、私達は渡された原稿を読み上げるだけなんだけど。内容は何と言うか……勇者の事も僧侶の事も触れずに、なんだか綺麗な言葉を難しく並べ立てているだけで中身はそんなに無い文章だ。


「じゃ、行くか」


「……うん」


 戦士は私の手を取って、一緒に歩き始める。場所は城のバルコニーで、そこから城下町が一望できるような場所だ。試しに案内されて行ったときに見た光景はすごく綺麗だった。

 私達がこれからその場所で行動を起こすと考えると、ほんの少しだけ緊張してくる。そんな私の手を、彼は強く握り返してくれた。


「大丈夫だ、任せとけ。何かあれば、俺が守るからよ」


「……わかった」


 その力強さに私は安心して手を握り返す。嬉しそうに笑う彼に対して、私も口の端を持ち上げて微笑を返した。


 そして……式典は始まった。


 バルコニーから見えるその光景に、私は思わず圧倒されてしまう。こういうのを圧巻と言うのだろうか。国中の人が集まっているのか、見渡す限りに無数の人がこちらを見ていて、その顔は一様に笑顔が溢れていた。

 私はその光景を見て……ほんの少しだけ胸が痛くなった。勇者は生きていて……それは私達しか知らないことで……みんなを騙しているようで心苦しい気持ちと、勇者が死んでいるのにもう笑えている皆が少しだけ腹立たしく……自分勝手な己の考え方に失望する。


 やっぱりこういう式典は出たくなかったな……私は籠って研究するのが性に合っている。私の隣に立つ戦士は堂々としたもので、顔色一つ変えずに真っ直ぐに立っている。……こういう時は本当に頼りになる。

 今はもう手を繋げてないけど、その姿を見て私は少しだけ気持ちが軽くなる。


 そのまま、式典はつつがなく進行した。音楽隊による軽快な音楽が鳴り響き、まるで自分が勝利を掴んだかのような国王の言葉で民衆は盛り上がる。

 そして、魔王の降伏宣言とそれを受け入れる王様の手で条約文に調印がされ、国王の魔王の間で握手が交わされる。国王と魔王の握手の瞬間には、自国の勝利への喜びと、今後の魔族達との関係改善を期待するかのように大きな歓声が起きた。

 私はそれをどこか他人ひとごとの様に眺めていた。戦士の目もどこか冷めているように見えたのは気のせいじゃないだろう……。まぁ、私達の本番はこれからなので……仕方ないかな。


 そして……ひときわ大きな歓声が鳴り響いたかと思うと戦士が一歩前に出る。ボーっと考えてたらいつの間にか私達の番になったようだ。……緊張する。……戦士はこんな雰囲気でよく堂々とできるなぁ。

 戦士はそのまま全員から見えるように一番前まで進むと、城の関係者から渡されていた原稿を懐から取り出し……。


 そのまま、その場で破り捨てた。


 戦士のその行動に、集まっていた国民は先ほどまでの喧騒が嘘の様に静まり返り、国王やその周囲の関係者は唐突なその行動に呆気に取られてしまう。その光景に固まらなかったのは事前にこのことを知っていた私と魔王くらいだ。


 そのまま戦士は更に前に突き進むと、バルコニーの少し高くなっている端部分に足をかけ、落ちるか落ちないかギリギリの場所に乗り上げる。私もそのすぐ近くまで移動する。怖いので戦士の様に端には立たないけど、そのすぐ後ろにいることにした。


「お前等ー!! 知ってるのか?! 勇者も死んだ!! 僧侶のやつもそれを気にしていなくなりやがった!! これで俺達は完全に勝ったなんて言えるのか!? 俺は言えないと考えてる!!」


 いきなり禁句としていたことに触れられた叫び声に周辺の人達は慌てるが、喋り出した戦士を止めることができないのか、その場で周囲を見回したり、焦ったりするだけで動くことはできていなかった。

 それは国民達も同様で、勇者が死んだという事は知っていたが、僧侶がいなくなったことを唐突に知らされてザワザワと騒がしくなり、困惑している様子がここまで伝わってきた。

 戦士は、そんな周囲にはお構いなしに更に叫び声を続ける。


「情けねえ話だけど俺達は最後の戦いで役に立たなかった!! 最後は勇者が一人で全部やっちまった!! 俺はそれが情けなくて、悔しくて、自分自身に腹が立っている!! こんな俺が英雄だなんだとか言われてるみたいだが、ちゃんちゃらおかしい話だ!! なによりも俺自身がそれを受け入れられねえ!!」


 まるで自分の罪を告白するかの様に叫ぶ戦士の言葉に、周囲には動揺が走り静まり返る。これは本当の事だ。いや、そもそも見ていることすら私達はできなかった。勇者がどうなったかもわからず、自分の無力さが嫌になった。私達はとても勝者とは言えない、あの場にいた皆が敗北感を感じていた……。


「俺達はまだまだ弱くて勇者の足元にも及ばないという事を痛感した!! このままだと俺は肝心な時に誰も守れない!! だからみんなに頼みがある!!」


 ……戦士の言葉をみんな固唾を呑んで聞いている。戦士が言う頼みとは何なのか、その言葉を聞き逃すまいとその場は静寂に包まれる。戦士は一拍だけ置いて、さらに大きな声で叫ぶ。


「俺達はこれから強くなるための修行の旅に出る!! それをみんなに許して欲しい!!」


 そして戦士と私は皆に向けて深々と頭を下げる。その言葉を聞いた周囲が息を呑むのが分かった。特に、後ろにいるお偉いさん達が慌てているのが空気で理解できたのだが、彼等は何もできない。周囲が静寂に包まれた中では、私達の後ろにいる人たちは誰も声を上げられずにいた。

 しかし、群衆の中から聞こえてきた声がその静寂を破る。


「行って来いよ英雄!! もっと強くなったら戻って来いよ!!」


 その言葉を聞いてもまだ私達は頭を上げない。だが、その言葉をきっかけに群衆からは次々と声が上がる。


「少しは休めばいいのにまだ頑張るのかよ!! 応援するぞ!!」


「疲れたらいつでも帰って来いよ!!」


「どんだけ強くなる気だよ!! 脳ミソまで筋肉にする気か?!」


「そんな可愛い娘と二人旅って羨ましいぞ!! イチャつきすぎて逆に弱くなるなよ!!」


 次々と出てくる声はほとんどが肯定的なもので、その言葉は徐々に広がりを見せ、気づけばほとんどの人が拍手や歓声を持って私達が旅に出ることを許してくれた。

 ……ちょっと心苦しい。最初に叫んだ人の声は聞き覚えがある。以前に紹介された戦士の友達と言う人の声だ。その次の声もおそらくは友人のものだろう。


 私たちはこの数日で準備をしてきた。町に下りて戦士の友人たちに事情を説明……勇者が生きているから追いかけることは濁して、事情があって旅に出るから協力してほしいとお願いした……。

 彼等にはこの式典に参加してもらい、私達が旅に出られるように協力をしてくれないかと。彼等は私達の願いを快く引き受けてくれた。対価として私が戦士にどう告白されたか根掘り葉掘り聞かれて、彼が顔を真っ赤にするという事態は発生したが、それくらいは何でもなかった。


 そして、その試みは運良く成功できた。それは運だけじゃなく、昔からこの国に住んでる戦士の人柄もあったのかもしれない。皆、冷やかし交じりの声で私達を快く送り出そうとしてくれている。

 私達はそこで初めて顔を上げて皆を見る。まだ不安そうにしている人もいるが、多くの人は笑顔で私達に手を振ったりしてくれている。

 そんな人たちの不安を払拭するように、戦士はそこから更に叫び続ける。


「みんな!! ありがとう!! 俺達がいない間は、皆の事は俺の友人がしっかりと守ってくれる!! こいつはそう約束してくれた!! 来てくれ!!」


 不安げな顔を浮かべている人達も、戦士の横に並び立つその人の出現に驚きを隠せなかった。その人は、先ほどまで降伏を宣言していた魔王だった。唐突なその出現に、先ほどまで歓声を上げてくれていた人も驚きの声を上げた。


「新しい魔王は俺……このクイロンと友になってくれた!! そして、俺が不在の間は国民の守りは自分に任せろとも言ってくれた!! こんなに頼もしいことは無いだろ!?」


 ……自身の名前を大声で叫ぶ彼……クイロンに、周囲はどよめき驚きの声を漏らす。既に知っている友人たちは新しい友人の出現に驚きながらも嬉しそうに顔を綻ばせている。……いや、魔王を紹介するとは聞いてたけど、名前をこんな大勢の前で叫ぶなんて私聞いてないんだけど……。

 たぶん、それは彼なりに誠意を見せた証なんだろうけど……これ、私も名前言わなきゃいけないのかな?まぁ良いかと思いながら、私も覚悟を決めた。

 ……でも、そんな私の覚悟が霞む出来事が直後に起こる。


「私は……魔王として……一人の魔族であるロウザ・アウランティウムとして、私の国の国民と同じように、皆さんも守ることを、この国の国王様と、友であるクイロンに誓いましょう!!」


 ……魔王まで自分の名前を名乗りだしたのだ……いや、貴方はまずいでしょ。先ほどの国王との調印でも名乗らなかった名前をここで名乗るって……みんな滅茶苦茶に驚いてるんだけど。

 でも、その効果は抜群だったのか群衆からは魔王を称える声が聞こえ始める。ちらりと後ろを見ると、国王やお偉いさんが焦っているのが良く分かった。その焦る様子が面白く、私は内心で笑みを浮かべていた。


 ……次は私の番だ……予定外の事はあったが、私も一歩前に出て少し怖いけどクイロンの隣に立つ。うん、ちょっと怖い。けど、隣にいる彼の顔を見ると安心した私は、私に出せる限りの大声を出す。


「……私……クイロンの恋人……ポープルです!! ……えっと……私は彼について行って……ずっと一緒に……えっと……彼を……支えていきます!!」


「どーだ!! これが俺の恋人だ!! 可愛いだろう皆!! 誰にもやらんぞ!!」


 私の言葉が終わるや否や、クイロンは私を抱えて皆に見せびらかすように……って怖い怖い!! ここバルコニーの端っこなんだから落ちる!! やめて怖い!!

 恐怖から思わずクイロンに抱き着いたのだが、周囲からはそう捉えられなかったのか歓声が巻き起こる。


「可愛いぞー!! クロー!! お前にはもったいねーぞ!!」


「そんなガサツ男じゃなくて俺と付き合ってくれー!!」


「お幸せになー!!」


 祝福の言葉と妬みの声が合わせて聞こえてくる。クロと言うのは彼の愛称で、それと発言したのが彼の友人だと良くわかる言葉だった。彼はその言葉の主を睨みつけ、私を抱える手にますます力を込める。

 抱えられた拍子に後ろに視線が行ったのだが、一部の貴族が私達の恋人宣言に苦い顔をしているのが見えた。私はその顔を見ていい気味だと内心で毒づく。


 僧侶の手紙には、一部の貴族が私達を別れさせて、自分達に都合の良い様に取り込もうとしていると書いてあった。魔王を倒した英雄を引き込めれば、発言力や存在感が増すとかその程度の理由で、私達を別れさせようと画策し始めていたらしい。苦い顔をしているのはそれを目論んでいた連中だろう。

 だから私達は、こんな宣言をしたうえで国を出ることにした。これで、下手なことはできないだろう。

 さらには魔王がクイロンとの約束で自国の民だけではなく王国の国民を守るとも宣言したのだ……。これで私達がいなくなってからも安心できる……と思う。

 ……話し合いの席で、クイロンが魔王に言った言葉が印象的だった。


『どうせなら、魔王らしく自分の国だけじゃなくこの国も実質的に支配しちまえよ。武力とかじゃなくて、国民に真っ当に慕われりゃそれも可能だろ』


 ……彼のこれからの行動によっては、それも夢じゃないと思う。王国は勝利したはずなのに、敗北したはずの魔王に実質的に支配されるというのは笑い話にもならないが……勇者を見つけられて、万が一この国に戻ることになった場合……そうなっていればきっと戻りやすいはずだ。

 ……まずは魔族達の復興が優先と言っていたけど、この魔王ならそれもやってくれそうな気がする。もちろん、容易な道じゃないだろうけどね……。


 ……私がそんな風に考えて、この式典も終わりかなと安堵しかけたことでそれは起こった。それは予想だにしていない事であり、そんなことを言うなんてこの場の誰も想定していなかった。


「二人ともー!! 旅立つ前にこの場で仲良いところ見せてくれよー!!」


「良いなそれ!! キスしろキスー!! 見せつけてくれよー!!」


 悪乗りしたクイロンの友人が発した言葉を皮切りに、周囲は私達のキスをするように大合唱し始める。唐突のキスコールに私も彼もおろおろしていると、魔王が私達の横に来た。助けに来てくれたのかと思いきや……。


「キース、キース」


「魔王まで?!」


 味方はおらず周囲で起こるそのコールに、クイロンも顔を真っ赤にさせるのだが……横顔がやばい。これは……。この顔は……。


「よっしゃてめーら!! やってやろーじゃねえか!! 見せつけてやろうじゃねえか!!」


 予想通り挑発に乗せられた彼は私に近づいてきて……待って!! 待ってってば!! ここで……ここでするの?! ヤダ!! いや、嫌なわけじゃないんだけど……でも……!! 待って!! 落ち着いて?!

 私の願いもむなしく、彼は私の肩に優しく手を置き顔を近づけてくる。待って!! 止めて!! 後ろの貴族共もお前等止めようとしてよ!! 何で皆して真剣な顔で見守ってるのよ!! おかしいでしょ?!


 ……本気で嫌なら抵抗することもできるのだが、私は抵抗らしい抵抗もできずに戦士のされるがままとなる。そう……本気で嫌なら抵抗できるのだ。狼狽しているのは恥ずかしいからで……ここでキスして旅立つのが一番良いと私の中の冷静な部分が判断している。でも、それでも……恥ずかしい。


 その直後、私以上に顔を真っ赤にさせた戦士の、少しがさついているけど柔らかな唇が私の唇に触れると同時に、周囲からは感嘆の声が漏れ出した。そして、彼が私から離れると同時に空気が震える程の大歓声と拍手が巻き起こる。……今日一番の盛り上がりだった。


 周囲が最高に盛り上がったその時に、クイロンは腰の抜けた私をお姫様抱っこすると、バルコニーから群衆に向けて降り立った。ふわりと重さを感じさせない着地をすると、そのまま走り出す。皆は私達のために道を開けてくれて、クイロンが皆に叩かれながら颯爽とその間を駆け抜ける。


「それじゃあ皆!! また会おうぜ!! その時には、僧侶も探して連れてくるからよ!!」


 私を抱えたまま彼が拳を掲げると、皆はさらに歓声を上げる。後は、彼の友達の一人がこっそりと用意してくれている馬車の所まで行くだけだ。

 バルコニー上では国王や騎士団長達がバルコニーの端に集まり、そこから落ちるんじゃないかってくらいに身を乗り出して私達を見ていた。ここまで国民の期待を煽って、魔王まで出てきた中では止めることはできないだろう。そもそも、止まる気もない。魔王だけは、その場で深々と私達に一礼をしていた。


 ……うん……ここまでやっちゃったらしばらくこの国に近づけないよ……私が恥ずかしくて死んじゃう……。主にキスのせいだけど……。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、彼の楽しそうな声が私の耳に届いた。

 その言葉は周囲の大歓声もあり、私達にしか聞こえない。


「さーて、二人旅だ。勇者のやつを見つけて、まずはボコボコに殴ってやろうぜぇ」


 楽しそうに、子供みたいに笑うこの人の頬を撫でながら、私は微笑みながら答える。


「……うん、絶対に……勇者も……僧侶も……そして魔王も……みんなと合流しよう」

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