27.僧侶は詰問する

 後悔……人は必ず後悔いたします。後悔の無い選択をすると……後悔しないと希望に満ち溢れた方も、その選択が失敗に終わってしまった時には、その時の選択に対して後悔してしまいます。

 そんな大きな選択では無くても、小さな選択や日常の何気ない事……それら全てに対して後悔しないなんて言う方はいらっしゃらないでしょう。皆さん、何かしらの後悔を抱えて日々を過ごされているのです。後悔するのは、人として当たり前の事なのです。


 でも、中には後悔によって動けなくなってしまう方がいらっしゃいます。私達はそんな後悔された方々の心が少しでも軽くなるように、再び立ち上がれるようにと……聖職者として微力ながらお手伝いをして参りました。

 私達が救うなどと傲慢な事は申し上げられません。人を本当の意味で許しお救いできるのは神様のみなのです。残念ですが我々にできるのは、その方が自分の力で再び立ち上がれるように、そっと寄り添い力になってあげることだけなのです。


 大切なのは後悔したことを反省し、同じような後悔をしないように努めること……。それでも再び後悔する時はやってきます。でもその時に、後悔から立ち直ったという事実があれば、人はまた努力できるのです。

 だから、私達にできることはすべてが終わってからのみで……行動を起こし、その結果で後悔された方に対して力になるのが、正しい事だと信じていたのです。


 つい先日までは、そう信じていたのです。


「……後悔先に立たず……とはよく言ったものです……」


 私は誰に言うわけでも無く小さく呟きます。誰の耳にも届かない独り言です。


 先ほど、私は誰かを救うなど傲慢な事……と言いましたが、きっと私は知らず知らずのうちに傲慢になっていたのでしょう。私は後悔された方へと寄り添う側であり、私自身は己の行いには後悔することは無いなどと、そんな浅はかな事を無意識に考えてしまっていたのです。

 数多くの後悔する方々を見ていながら、人は後悔するものだとわかったようなことを語り、どうすれば後悔しないで済むのかという大切なことを蔑ろにしてきた……。


 だからこそ、これは私に与えられた罰なのです。


 私は今になって、己の行いを後悔しているのですから。


「……ねぇ、騎士団長様。そろそろ話をしていただけませんか? 勇者様について、貴方が……貴方達がご存じの事を」


 私は子供に呼び掛けるように騎士団長様に語り掛けます。私は今、騎士団が訓練に使う訓練場に居ます。この場には、騎士団長様と私……そして王女様の三名だけがいらっしゃいます。それ以外の方は人払いをしており、誰もいらっしゃいません。


 少し離れた所にいる王女様に視線を送ると、真っ青な顔をしてガタガタと震えていらっしゃいます。怖い思いをさせていて申し訳ないですが、これは仕方ない事なのです。

 王女様の視線は私ではなく、私の足元へと注がれており……私も改めてそこに視線を送ります。私の足元に血塗れで転がる、騎士団長様の姿へと。

 仰向けに倒れており、額や頬から流れ出た血は端正な顔を赤く染めており、衣服にも同様に赤い染みが広がっています。身体中に裂傷ができていているのでしょう。


 私は呻くように身体を捻る騎士団長様の顔へと視線を移します。この方は確か……貴族から平民まで、様々な女性から大変に人気であるとお聞きしています。確かに顔立ちは整っているかと思いますが……私はどうも好きにはなれません。

 この方はどうにも小綺麗ぎるのです。聖職者としてあるまじきことかもしれませんが、私はどうもその綺麗さが鼻について好きになれないのです。なんでしょう……こういうのを、生理的嫌悪感と言うのでしょうか?


 ふらふらと立ちながら騎士団長様は、その手にしている木剣を私に構えます。回復魔法を自身にかけたのでしょうか、傷はあらかた塞がっているようです。


「……強いね……勇者の仲間だから……強いとは思っていたけど……まさか僕がここまでやられるとは……」


「私を僧侶だからと侮ったのがお間違いかと……そろそろ、負けを認めて全てを話していただけませんか?」


 私の言葉に騎士団長様は横目で少しだけ王女様を見ると、首を振りながら私を真っ直ぐに見据えてきます。……どうやら、まだ負けを認めていただけないようなので、私は手にした訓練用の木剣を構えます。と言っても、わたくしは剣を扱えないので杖の様に構えているだけですが。


 なぜこのようなことになっているかと言うと、時間は少し遡ります。


 私達は仲間の戦士さん達と共に魔王様を王国までお連れしました。その日から私達は城で軟禁……いえ、城内で生活をするようになったのです。ただ、その生活はある程度の自由は保障されていたため、私としては好都合でした。

 私は秘かに勇者様の件について調査を開始しました。……と言っても、難しい事は何もしていません。まずは城内にいる方や、かつての勇者様の同僚の方々に、ある一言を言うだけです。


『勇者様について、お話を聞かせていただけますか?』


 この一言を言うと、最初は皆さん首を傾げられます。そして、一緒に旅をしていた私の方が勇者様については詳しいだろうと、むしろ旅の話を聞かせてくれないかと返してきます。細部は異なりますが、皆さんの反応は似たようなものでした。

 それに対し私は「勇者様について、後世へと語り継ぎたいのです。私個人としては何かに書き残したいとも考えていまして……。私の知らない勇者様のお話を聞かせてくださいませんか?」と返します。

 こう言うと、皆さん快くお話を聞かせてくださいます。おかげで勇者様の兵士時代の話とか、過去の様々な情報をお聞きできたのは嬉しい誤算でした。お返しに、私も勇者様の旅のお話をさせていただきましたら、皆さん涙を流しながら聞いてくださいました。


 まぁ……中には、私を口説こうとする不埒な方もいらっしゃいましたのが、そう言う方はお仕置き……いえ、丁重にお断りさせていただきましたので、実害はありませんでした。


 そんな形で、知らない勇者様の情報が集まっていく中で、私は騎士団長様にも同じ言葉を投げかけました。その時は聴取も終わり、たまたま部屋まで送っていただいた時で周囲に誰も居ないので、何気ない会話を装って聞いてみたのです。

 そして、騎士団長様だけが私の言葉に対して皆様とは違う反応をされました。


 ほんの刹那の動揺と、その動揺を隠す気配。


 その後は普通に笑顔で私の質問に対応していただけましたが、私に勇者様の情報を伝えるだけで、私から勇者様の旅の情報を聞こうともいたしません。

 他の方はどのような形であれ、旅の勇者様の話を聞きたがるのに……どのように活躍されたのか、特に最後がどうだったのかを皆さん聞きたがるのに……。

 まるで既に自分からは触れたくない事柄であるかのように、私に勇者様の事を一切聞いてこないのです。


 確信とは言えませんが、かつて剣を教えていた弟子とも言える勇者の存在をここまで気にかけないのは不自然だと感じた私は、まずは調べるのを騎士団長様に絞ることにしました。

 何も手掛かりがない状態でしたので、まずは現れた手掛かりに注力し、失敗してもまた別の方から調べ直せばいいだけとその時は考えておりました。


 結果として、私は当たりを引いたようなのです……。これも神の思し召しでしょうかと一瞬思いましたが、そんなことはないですね。だって神様がいらっしゃるなら、勇者様はここにいるはずなんですから。


 私はそれからは、騎士団長様についての話を周囲から聞くことにいたしました。後世へ残す勇者様の記録に、師とも言える方の情報も正確に記録しておきたいという事にして。……自分もその記録に残して欲しいと言われる方が非常に多かったのは誤算でしたが。

 その話から非常に興味深いお話を聞けました。騎士団長様と王女様のお話……下世話な噂話です。


 皆さん、その噂話は信じておられないようでしたが……私はその噂話が……非常に気になりました。その内容がもしも真実なら、到底許せるものではありませんでした。

 ですが、噂以上の証拠もないので……どうしようかと私は非常に悩みました。

 悩んで悩んで……悩んだ末に私は、騎士団長様に直接問いただすことにしたのです。


『……勇者様の行先を、教えていただけませんか?』


 と……えぇ、何も知りませんが、まるで全てを知っているかのように、意味深な微笑みを浮かべながらお聞きしました。ありていに言えば鎌をかけさせていただいたわけです。

 その言葉の効果は抜群でした。その時の騎士団長様の狼狽ぶりと言ったら……目は泳ぎ変な汗を顔中から吹き出させて、その姿から少なくとも何かを知っていることは明らかでした。素直なのは宜しいですが、腹芸とかやるの難しそうですねこの方は。


 私は何かを言おうとする騎士団長様に背を向けて、『訓練場でお待ちしてます。王女様とお越しくださいね?』とだけ言うと、騎士団長様と別れました。あの様子だと、きっと噂は真実なのでしょう。

 少し腹立たしい気持ちを抑えて、私は訓練場へとやってきました。おあつらえ向きに訓練場には誰も居らっしゃなかったので、私は一人で騎士団長が来るのをそこで待っておりました。


 ほどなくして……騎士団長が王女様を連れて訓練場へといらっしゃいました。他には誰も連れてきておらず、二人だけでいらっしゃいました。周囲にはほかの方の気配もなく、非常に都合が良い状態となっておりました。


 王女様は不安げな顔で私に視線を送ってきており、騎士団長様はそんな王女様を守る様にして立っています。別に私は王女様に危害を加える気は無いのですが……ただ、来たというのに特に何を言うわけでも無く、騎士団長様も少し不安げにこちらを見られています。

 黙っていても仕方ないのですが、向こうからは口を開こうとしない団長様に対して、私は提案を致しました。


『騎士団長様、私と勝負いたしませんか? あなたが勝ったら私は全てを忘れて諦めます。でも、貴方が負けたら勇者様に関する全てを教えてくださいませ』


 騎士団長様は私の提案に少し躊躇われていたようですが、私が引かないことを知ると了承してくださいました。……そして、現在へと繋がります。

 騎士団長様は負けを認めておらず木剣を私に構えたままなのですが……ふらふらと覚束ない足取りをされており、まだ回復はしきれていないようですが、目はまだ諦めておりませんでした。


 そのまま、団長様は私の懐目掛けて一直線に突っ込んできます。そして、速度を乗せた突きを私に向けて放ちます。しかし怪我のせいか体力が消耗しているせいか……速度が著しく低下しています。

 速度が低下しているにも関わらず、普段通りの攻撃をするため私の目からはその姿が丸見えで……すぐにカウンターを合わせることができてしまいます。

 私に向けて放たれた突きを、私はほんの少し体をずらすだけで躱しました。攻撃は私のお腹の辺りを、ほんの少し掠めることもなく空を切ります。そのまま私は突進してきた騎士団長様の顎に目掛けて、両手で持った木剣をかち上げるように振りぬきます。


 私の木剣の一撃を受けた騎士団長様は、また仰向けで倒れてしまいます。口が切れてしまったのか、口の端からは血が流れています。通常であればここで、地面に倒れた敵の関節を踏みつける等の追撃をするのですが、そこまではいたしません。


 ……しかし、これが騎士団長様の実力なのでしょうか? 私はあれほどまでに強いと言われていた騎士団長様の実力にため息をついています。勇者様ならあのように疲労した状態になっても、継続して戦えるように様々な工夫をするのですが……。

 常に最前線で戦われていた勇者様と、訓練だけで実戦から遠ざかっている騎士団長様ではやはり違うという事でしょう。私の様な僧侶相手と油断してここまでやられてしまうのですから。勇者様であれば、敵対すれば私相手でも油断など一切しませんのに。


「何を躊躇われているのかわかりませんが……もう勝ち目は無いかと思いますよ? 団長様が勝つには、最初の段階で油断せずに全力で気絶させるほどの一撃を加えるだけで良かったのに……」


 溜息をつきながら私は騎士団長様をまた見下ろします。私が怖かったのは、体力が全快の状態での全力の一撃でした。いくら私も強くなったとはいえ、男性の全力の一撃を受けては無事ではいられません。

 しかし、彼は私相手に油断し……全力を出さずに様子見を致しました。そのおかげで、私は先に全力で攻撃を当てることができたのですが……。いくら私が僧侶だからと言って、勇者様と魔王討伐の旅に出ていた者が、攻撃が不得手なんて言ってられませんのに……。


「すまない……僕は……負けを認めるわけにはいかないんだ」


 団長様は再び立ち上がりますが……そこまで口を閉ざす意味が私にはわかりませんでした。その後も団長様は起きては倒され、倒れれては起きてを繰り返し……騎士団長様の姿は見るも無残にボロボロになっていきます。私は困惑いたしますが、手を緩めるわけにはいきません。

 ここまでされて喋らないという事は……よっぽどの秘密を抱えているのでしょう。何としても聞きださないと……何をしても。


 そんな風に私が気持ちを引き締めた段階で……王女様が私と騎士団長様の間に割って入ってきました。目に涙を溜めて騎士団長様を庇う様にして両手を広げて私と騎士団長様の間に入ってきました。これ以上ボロボロになる団長を見たくないという事でしょうか。私はその姿を見て、構えていた木剣を下ろします。


 ……思ったよりも、割って入ってくるのが遅かったようで、そこが意外でした。てっきり、もっと早くに王女様が知っていることを喋ってくださると思っていたのですが……どういうことなのでしょうか?

 王女様と一緒にと言ったのはこれが理由です。……きっと王女様は倒される騎士団長を見ていられずに情報を出してくれるだろうと……。


 これで勇者様の情報が聞けるとホッと胸を撫でおろしたところで……王女様は騎士団長の方を振り向き、その両手を包むように優しく握ると、騎士団長へと謝罪の言葉を口にします。


「申し訳ありません……でも、もういいのです……私のことは気にせず、僧侶様に全てをお話しください」


「……それは……できません……それならば姫様からお話ください……私のことは良いのです」


 何故か……王女様が騎士団長様の説得を、騎士団長は王女様の説得を始められました。いや、お二人ともご自分で話せばいいのではないでしょうか? なぜに頑なに相手に喋らせようとしているのでしょうか……?

 何か理由でもあるのでしょうかと考えを巡らしますが、理由が思い浮かびません。答えが出ない問題に私が頭を悩ませていると、騎士団長様が姫様を押しのけて私に対して懇願してきました。

 

「僧侶殿……どうか姫様から話をお聞きください……」


「負けを認めるという事で、宜しいのですか?」


 騎士団長様は苦渋の表情を浮かべて首肯します。どうも負けを認めたという事実よりも、王女様に割って入られた自身の力量に対して屈辱を感じているようでした。……そんな風に負けを認めるのなら自分の口で喋ってもらいたいのですが、何故に頑なに自身の口で喋ることを拒むのでしょうか。

 私は王女様の方へと視線を向けるのですが、王女様は首を横に振るだけで口を開こうとしません。


 ……仕方ないので、まずは答えられそうな質問を私はすることにしました。


「はぁ……それではこれは答えられますか……? 今、城内に蔓延っている噂……『騎士団長は勇者様を裏切って王女様と密通していた』……これは事実ですか?」


 私の質問にお二人は一瞬だけ目を見合わせます。少しだけ口ごもりますが、騎士団長様が先ほどとは異なり私にきちんと答えてくださいました。


「……それは……事実だ……」


 ……恥ずかしげもなくぬけぬけと口にした騎士団長様の言葉に、私は頭を鈍器で殴られてような衝撃を感じました。そして、私の脳裏には在りし日の勇者様のお姿が映し出されます。

 王女様を思っていた勇者様、一緒に初めてお酒を飲んだ時の勇者様、戦う時の凛々しい勇者様……そして私の告白をはっきりと断ってくださった勇者様。

 そんな勇者様を、この方々は裏切ったのですね。


 ……あぁ……改めて自覚いたしました。私は聖職者失格です。私の中に二人に対するどす黒い感情が広がっていくのが分かります。今すぐに何もかも壊してしまいたくなってしまう衝動……。


 これが、他者への殺意と言うものですか。

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