第二章「逃げる者達、追う者達」

24.参謀は再会する

 計画と言うものは成功する可能性よりも、不測の事態で失敗する可能性を考えなければならない。問題はその不測の事態をどう成功に結び付けられるかというのが重要になってくる。

 参謀もその事は重々承知していたはずなのだが、彼の計画は要にしていた勇者と言う存在によって失敗した。そして、彼は自身の計画の失敗による絶望的な光景を目の当たりにする。


 目の前で城が強大な光の球に飲み込まれていくのを、周囲の人々はただ黙って見ていくことしかできなかった。城下町に張られていた結界を破壊しようとしていた者達も、その光景に思わず手を止めて破壊の行く末を注視するしかできなかった。


「……なんだよありゃあ⁉」


 己の両の拳を無謀にも結界に叩きつけ、あろうことか物理攻撃で結界を破壊しようとしていた戦士も、その手を止めて光の球を見上げていた。かなりの硬度の結界に拳を叩きつけているというのに、その拳には聊かの負傷も見受けられなかった。


 戦士のその行動を最初は止めていたのだが、結界を拳で殴りつけても一切の怪我をしない様子に呆れ、最後には止めることは諦めて一緒に結界の破壊に参加していた魔法使いも、光の球を一緒に見上げている。

 ただ、戦士とは異なり魔法使いにはその光の球が魔法であることが理解できていた。破壊力に特化した光の球、ただ対象を破壊して消滅させていくという極々単純なものだが、単純ゆえに強力な魔法だった。戦士は驚愕から手を止めていたのだが、魔法使いは驚愕と言う意味では同じだが、その魔法に見惚れてしまったからこそ手を止めていた。


 僧侶は二人から少し離れた所でその光景を見上げていた。僧侶は自身には結界を破壊することができないと判断し、結界の破壊を試みる魔族達の手当てをして回っていた。この結界の破壊を試みて怪我をしない戦士と魔法使いが異常なのであり、普通は結界を破壊しようとする反動で怪我をしてしまうからだ。

 光の球を見上げる僧侶の表情は、驚愕と困惑で彩られている。その表情は、戦士と魔法使い、周囲の魔族とも毛色の違うものだったが、気づくものは誰もいなかった。


「……勇者様?」


 呟いた言葉は城の破壊音でかき消され、誰の耳にも届くことは無かった。僧侶はただ、その場に呆然と立ち尽くすだけだった。


「あれは……まさか?!」


「……お嬢さま!!」


 参謀はその目に映る破壊魔法に見覚えがあった。あの男が好んで使っていた、ただ破壊だけに特化していた魔法。自分の実の父に止めを刺した魔法が、見た事もない大きさで放たれていた。妹が使えるはずのない魔法を参謀は睨みつける。

 侍女長はその魔法の強大さに、妹の様に可愛がっていた自身の主の事を案じた。今さら自分に身を案じる資格などないことは分かっているのだが、それでも案じずにはいられなかった。


 全員が呆然と見守る中で光の球は城を飲み込んでいき、やがて城が完全に崩壊したとほぼ同時に、城下町に張られていた結界が消失する。それが意味することを理解した侍女長は、その場に膝から崩れ落ちて滂沱の涙を流す。

 結界が消えたことで周囲に集まっていた魔族と、勇者の仲間は城へと一斉に駆け出す。その顔には一様に焦りが見て取れた。今何が起こっているのか、誰もが少しでも早く情報を欲しがった。


「……君はここにいるんだ。後から迎えに来る」


 参謀は、涙を流す侍女長をこの場に残して自身も城へと向かおうとする。凄惨な破壊現場を見せたくないという気遣いからもだが、何が起こるかわからない場所に連れて行きたくないという思いの方が強かった。万が一、魔王が生き残っていた場合、守り切れる自信が無かったからだ。しかし、そんな参謀を侍女長は見上げるように睨みつけた。


「私も行きます……お嬢様がどうなったのか……私にも見届ける義務があるのですから」


 そう言われてしまうと返す言葉もない参謀は、余計な気遣いをしたと苦笑しつつ、侍女長に手を貸して立ち上がらせると、周囲よりも遅れたが二人で城へと向かっていく。道中で家々の一部が破壊されているのも見るが、先代の悪趣味によりつくられた町が崩壊しているという事実に、少しだけ胸のすく思いが去来したが、まだ油断はできないと自身を諫めた。

 ほどなくして、城の建っていた跡地に辿り着くと、その場には大きく窪んだ地面だけが残っており……誰もが呆然とその地面を見ていた。


「何が……どうなったんだ……勇者様は……? ……先代……いや……妹はどうなったんだ?」


 その言葉に応えられる人物は誰もいなかった。勇者の仲間もその地面を前に呆然とするばかりだった。戦士は膝を曲げて地面に座り込み俯き、魔法使いはその場にへたり込んでいた。僧侶は気丈にも立ったままでその窪んだ地面を睨みつけるようにして凝視している。

 まさか……どちらも消滅してしまったのだろうかと想像し、参謀は顔を青くした。勇者には先代が嘘をついているという言葉の真意を聞きたかった。

 あれは妹だったのか、妹ではなかったのか。声も言い放つ言葉も先代で、妹には使えるはずのない魔法を使っていた存在。それが何を意味していたのか。本当に、妹が乗っ取られていなかったのだとしたら……何のためにそんなことをしたのか。乗っ取られていたが身体の中では必死に抗っていたのを勇者だけが感じていたのか。もはや正解は分からず疑問符だけが頭の中を巡っていく。

 結局、自分達がしたことは何だったのかと後悔の念が押し寄せてくるが……真実を知る者は既に誰もいない。


 誰もが口を開けずにいると、上空からまた光る何かが下りてきた。


 その光から破壊魔法が再び上空から降ってきたのかと誰もが身構える。勇者の仲間も瞬時に臨戦態勢を整え、参謀も先代が生きているのかと警戒心を強め、侍女長を自身の後ろへと庇う様に隠す。


 しかし、上空から下りてきたのは一対の指輪だった。


 魔王の装具の指輪……それだけが上空から白い光を伴いゆっくりと降りてくる。他の装具は見当たらず、指輪が二つだけというのが参謀の目には奇妙に映る。指輪はそのまま、ゆっくりと参謀の元へと移動する。参謀はその指輪を両手を伸ばし手に取ろうとするのだが……参謀の手が指輪に触れるか触れないかと言う瞬間に、指輪は一瞬で姿を消す。


 そして次の瞬間、その事に驚愕する間もなく参謀の顔が下から上に勢いよく跳ね上がる。何事かと全員の視線が参謀に集まると、参謀の顔のすぐ上に指輪が一本だけ浮遊しているのが確認できた。

 唯一、戦士だけがその瞬間を認識していた。指輪は消えたのではなく一瞬で地面すれすれまで降下していたのだ。そして、地を這うような低空を高速移動し始める。参謀の死角……顎の下に到達したところで、まるで気流に乗るかの様に天を目指して高速で上昇すると、そのまま的確に参謀の顎を下から上へかち上げたのだった。


 その流れるような攻撃に戦士が驚いているが、一番驚いていたのは参謀だった。魔王の装具が自分を攻撃してきたと理解したのは、視界に指輪が見えたからだったのだが、その事実はある可能性を参謀の脳裏に浮かび上がらせた。痛む顎を抑えながら、参謀は周囲へと警戒を促すように大声で叫ぶ。


「まさか……!? 先代が指輪に……?!」


 呆気に取られていた周囲もその一言で我に返り、各々が武器を手に取り警戒をし始めた。ただ、誰もが結界を壊すのに体力や魔力を使ってしまっており、疲労の色は隠せない。それでも何が起きてもいい様にと警戒をするのだが……。

 皆の視線が指輪に注視する中、指輪は参謀から少し離れた所に移動すると、その光を徐々に強くしていく。そして、目も眩むほどに光が強くなると……指輪からはそれぞれ男性と女性の姿が現れた。

 戦士達は現れた誰かに対し警戒を強め、いつでも飛び出せるように身構えるのだが、その二人が現れた瞬間から周囲が騒めき、警戒していたはずの魔族達の様子がおかしくなった事に気がつく。


 先ほどまで武器を手に取り警戒を強めていた魔族達は一様に棒立ちとなる。視線は二人の男女に注がれており、武器を持っていた者はその手から武器を落とし、感極まったように崩れ落ち、泣き出す者まで現れだした。その反応に戦士達は困惑の色を強める。

 それは参謀も同じで、目を見開いて指輪から現れた男女にひと際に強い視線を注いでいた。その目には涙を浮かべている。


「父……さん……? 母……さん……?」


 それだけを呟くと、参謀はフラフラと覚束ない足取りで自身の両親であるその男女へと近づいていく。誰もその動きは止められず、ただ黙って参謀が二人の元へとたどり着くのを固唾を呑んで見守る。

 そして、参謀が二人を抱きしめようと手を広げた瞬間……またもや指輪は参謀へと弧を描きながら激突する。先ほどは片方だけだったが、今度は両方の指輪が上から一発と下から一発ずつ参謀の頭部へとぶち当たる。そのまま不意を打たれた参謀は、その場に大の字になって後方へと倒れていった。


 感動的な親子再会の場面になるかと思いきや、全く予想していなかった状況に周囲の目が点になる。


 ただ、指輪がぶち当たった参謀は妙に得心したという顔をしつつ、よろよろと立ち上がる。指輪が当たった箇所を少しだけ嬉しそうに摩ると、そのまま目の前の両親へと深々と頭を下げる。その瞳には涙が浮かんでいるようにも見えた。

 その姿を見た母の方は、少しだけ申し訳なさそうに、悲しそうに微笑むと、参謀の下げた頭に手を撫でるように乗せる。


『……これで……あの子を見殺しにしようとしたことを……私達は許してあげます……。あの子は……あなたを恨んでいませんでしたから……』


 少しだけ悲しそうに女性が呟くと、参謀はゆっくりと頭を上げて真っ直ぐに両親を見る。震える声で両親へと尋ねた。


「妹は……どうなりましたか……?」


 参謀は先代とは言わず、あえて妹と表現する。その言葉に対して、女性は目を閉じてゆっくりと首を左右に振ると、そのまま静かに言葉を続けた。


『……私達にはあまり時間が残されていませんから手短に伝えます。……あの子は先代に抗い……勇者様に救われました……全てを終わらせて行ってしまい……私達が残ったのです』


「……そうですか」


 参謀は自身の母の言葉を目を閉じる。母の言葉を信じるならば、自身の妹は先代にやはり乗っ取られていたのだろうが、完全ではなかったのだろうと考える。それを見抜けずに短絡に殺す事を選択してしまった自身のふがいなさと、全ての後始末を勇者に押し付けてしまった情けなさに身体を震わせる。妹を幸せにしたいと言いながらそんな選択を自分がしたのだから、殴られて当然だと結論付けた。


 実際には勇者の個人的な事情から、半ば八つ当たり気味に殴られただけなのだが、それをこの場で知るであろう参謀の両親はその事をあえて口にしない。

 全てを知るがそのことを事細かに説明している時間が二人に残されていないのも理由の一つだが、何よりも全てから解放され、新たな旅に出た二人を今はまだ追わせるわけにはいかないと考えていた。

 さりとて、ここで嘘をつくわけにもいかないため、いつか兄妹が再会することを信じて、今はまだその時ではないと母親はあえて曖昧に言葉を濁していた。


『すまなかったな……私が不甲斐ないばかりに……お前には重荷を背負させてしまった…。辛い道を……歩ませてしまったな……。それでも……仇を討ってくれてありがとう……。本当に……立派になったな』


 父親が一歩前に出ると、そのまま息子に対して頭を下げて礼をする。参謀はその父親の姿を見て、感極まったかのように涙を流す。記憶の時そのままの父の姿であり、当時から一切老けていない、自分自身とそう年の変わらないであろうその姿に哀しさを覚える。

 可能ならばいっしょに年を取っていきたかったし、親孝行をさせてもらいたかったが、今はこうやって再会し、そして仇を討ったことを感謝してくれただけで満足だった。仇を討とうと考えた自分の人生は間違っていなかったのだと、参謀は報われた気持ちになっていた。


「いいえ、父さん。貴方は僕の誇りです。貴方達のために、僕は今まで生きてきました。そうやって言っていただけて……報われました」


 その言葉に父親も満足そうに微笑む。そして、そのまま自身の息子を抱きしめた。その身体の感触は一切存在していないのだが、それでも父親に抱きしめられたことに参謀は更に涙を流す。その上から母親も一緒に参謀を微笑を浮かべて抱きしめる。

 本来であればあり得ない親子の抱擁の図に、周囲の魔族達も嗚咽を漏らしていた。 


 しかし、その抱擁は長くは続かず……両親の姿はまるで蜃気楼の様にぶれ始めた。その事を確認すると、二人は参謀から離れて戦士達へと身体を向けて頭を下げた。


『……出てこられるのはここまでのようです……最後に……勇者様のお仲間の方々……貴方達にも御礼申し上げます』


『……私が死んだことで貴方方にも迷惑をかけた……。どうか……これからの新しい魔王と魔族に対し……友好に接していただけるようにお願いする……』


「敵対しないなら別に俺は何かするつもりはねーよ……悪い事にならない様に気にかけてだってやるさ。だから、一つだけ聞かせてくれ」


 代表するように戦士は二人の言葉に指を一本だけを立てて言葉を返す。時間が無いと言っていたので、長々と何かを聞く気も無かったし、ここに至っては聞くことは一つだけだった。時間をかける必要もないと、戦士は一言だけを呟くように告げた。


「勇者は……あいつはどうなった?」


 ここにいないもう一人。自身の仲間のことについて情報を求める。絶対に何かあったのは明白だった、詳しい話を聞きたいのに、その友はもういない。仲間達は藁をもつかむ思いで二人からの返答を待つ。

 戦士の真っ直ぐな、期待を滲ませるその眼差しを正面から受け止めた二人は、勇者の仲間達から目を逸らすことなく真っ直ぐに見返すと、端的な言葉だけを返す。


『聖剣は……もう王国には戻りません……私が言えるのはそれだけです』


 戦士はその言葉を聞くと、その言葉の意味を考えるように口元に手を置いた。魔法使いと僧侶の二人はそんな戦士の顔を覗いている。そして戦士は、十分だと言わんばかりに口の端を歪めて笑みを作る。そして、簡単な礼の言葉だけを二人に返す。


「そうか……ありがとな」


 拍子抜けするようなその言葉に魔法使いは少しだけ眉を顰め、僧侶はただ目を閉じて頷いた。これ以上聞くことは無いと判断したのか、二人は参謀の方へと向きを変えると少しだけ前へと進む。

 父である先々代の魔王が右腕を掌を上に向けて上げると、指輪がその動きに反応してその掌の上へと収まる。


『我が息子に……魔王の装具であるこの指輪を与え、次期の魔王とする。お前は魔王として民のため、国のための礎となる覚悟はあるか?』


 参謀はゆっくりと父の前まで歩みを進めると、跪き、胸に手を当て顔を上げる。


「……拝命いたします。我が身を民のため、国のために捧げる……父の様な魔王となることをここに誓います」


 その言葉に、父は嬉しそうな、満足気な笑みを浮かべる。そして参謀は立ち上がると、父の手から魔王の装具の指輪を受け取り、受け取った指輪を指に装着する。

 以前には無反応だったその指輪は、参謀が装着すると眩い光で周囲を照らした。父は再度、自身の息子を名残惜しそうに抱擁をする。その瞬間、周囲の魔族は先々代の魔王に対し一礼を送った。それは同時に、次の魔王に対して忠誠を誓うという意味も込めて……。悲願であった先々代の忘れ形見が魔王となったことを、誰もが喜んでいた。


 たっぷりと抱擁をした後に父が離れると、参謀はそのまま母親の方へと向くと父から受け取った時と同じように母の手に乗る指輪を受け取ろうとするのだが……参謀の手を母親はひょいと避ける。


「……母さん?」


『……どうした?』


『貴方は一人で考えすぎるから……止めてくれる人が必要だと思うの……私の代わりにね……』


 父と参謀の二人が、母のその言葉に少しだけ首を傾げた。そして、母の持つ指輪がゆっくりと移動すると、一人の魔族の前…侍女長の前で止まった。侍女長は、自身の前に来た指輪と参謀の母へと視線を交互に送る。


『息子の事……頼めるかしら?』


 微笑みながら指輪を差し出すその姿に、侍女長は慌てたように周囲を見渡す。そして、少し離れた所にいる参謀の方へと視線を送ると……彼は侍女長に近寄りその傍らにただ立つ。侍女長が困惑した顔を浮かべているのに対して、参謀は優しい笑顔を侍女長に向ける。

 その笑顔に、少し落ち着いた侍女長は参謀の母の方へと視線を向けて口を開く。


「……私で……いいんでしょうか?」


『えぇ……貴方は私の義娘になるんでしょう……? これくらいは……送らせてください』


 侍女長は差し出された指輪を受け取ろうと震える手で躊躇いがちに手を伸ばす。伸ばすが最後の受け取るという行為ができずにいると、その肩に参謀の両手が優しく乗せられる。

 参謀の顔を見て視線を交差させると、意を決したように口元を結び、震えの止まった手で指輪を受け取った。


「拝命いたします……お義母様……、お義父様。私はこの方を……お嬢さまへできなかった分まで支えてまいります」


 その言葉に父も母も、見ることが叶わないと思っていた息子のお嫁さんを見られたという満足感から柔らかく微笑む。そして侍女長が受け取った指輪を指へと付けると、指輪からは先ほどと同様に眩い光が周囲を照らす。

 その姿を見届けたところで、二人の姿は徐々に薄くなっていく。


『私達が出られるのはここまでのようです……皆さん、ありがとうございました』


『私達は消えるが……指輪の中からいつまでも皆を見守っているぞ』


 二人は周囲を見渡すと、最後に深々と頭を下げる。魔族達が見守る中でその姿は徐々に薄くなっていき、

やがて完全に消失する。後には、二人の魔王だけが残っていた。


 その光景を見ていた戦士は、後頭部をガリガリとかきながらうんざりしたようにため息をついた。そして、二人の新たな魔王に対してぶっきらぼうに声をかけた。


「どーすんだい?新魔王さん……。新魔王さん達か。まさか魔王が二人になるとはねぇ……今戦って勝てるかねぇ……」


 挑発的な物言いではあるが、戦士は相手の出方を伺う。即座に新しい魔王が二人も現れたことから、どこか釈然としない敗北感から自然と口調が荒くなってしまっていた。

 もしも戦闘になってしまった場合、不利な状況なのは否めないのだが……おそらく戦闘にはならないだろうと戦士は考えていた。


「変わりませんよ。我々は降伏します。まずは疲弊した国を立て直すのが先決です。ですので、王国で魔族の保護と我々の国への庇護をしていただけないか……勇者の仲間である貴方方から、話を通していただけませんか?」


 その言葉に戦士は内心で安堵する。他の仲間も、安堵したように大きく息をついた。予想通りではあるが、もしも戦っていたらどうなっていたかと思うと、背筋に冷たい汗が流れてしまう。

 しかし、参謀……新魔王は当初からぶれることなく降伏すると言って来た。それならば戦士達が取る行動は決まっていた。国に帰り、まずは戦いが終わったことを報告することだ。


「よしっ、じゃあ帰るか。行くのは魔王のお二人さんだけでいいよな?他の奴らをぞろぞろ連れ歩けないし……国に帰るだけなら一週間くらいあれば行けるだろ……あーでも連絡どうすっかな……通信用の水晶は勇者しか持ってないし……なんか方法無いかな……。」


 気持ちを切り替えるように、踵を返しぶつぶつと一人で思考しながら歩く戦士の後ろを、魔法使いと僧侶が付いて行った。新魔王の二人も周囲の魔族に、避難している人たちの元へ行き、戦いが終わったことを報告するように告げると彼等の後を付いていく。

 ぶつぶつと周囲に聞こえるように、これからどうするかを考えながら歩く戦士だったが、その胸中では全く別の事を考えていた。その考えから、歯をむき出しにした獰猛な、怒りを含んだ笑みを顔に浮かべていた。


(あいつがこの程度の爆発で死んでるわけねえだろ……!! 国に戻って準備を終えたら、絶対に探しに行くぞ!! 一発…いや、十発くらいは殴らねえと気が収まらねえ!! 絶対に見つけてやる!!)


 きっかけは、新魔王の母親の言葉だった。どうなったかという戦士の言葉に、彼女は明確に勇者は死んだと口にはしなかった。実は勇者がどうなったかを知らないのか……それとも、口にできない理由があったのかだが、勇者の死は確認できていないと戦士は結論付ける。

 そして戦士には、それだけで勇者を探しに行く理由としては十分だった。可能性があるなら、諦める理由は無かった。今まで旅をしてきたのだから、今更その旅が延長したところで気にはしない。

 魔法使いと僧侶の二人には話してから行くつもりだが、もしも行かないと言われても一人で行くつもりだし、きっとそんな事にはならないだろうと戦士は確信していた。


 一度立ち止まると、背後を振り返ると確認するようにある方向を真っ直ぐに見据えた。王国とは逆方向の……おそらく自分達が探しに行くべき方向を。

 奇しくもその見据えた方向は、勇者が魔王をおぶって行った方向と同じだった。


魔法使いは立ち止まった戦士の背中を見て考える。


(……きっとこの人は勇者を探しに行く……私も絶対についていく……旦那様を支えるのが妻なら……私はこの人を支える……なにがあっても……。……それに……もしも勇者が生きてたなら……魔法を十回くらい撃っても問題ないよね……うん……これだけ心配させといて……何もしないなんてありえない……)


 戦士の心中を慮って魔法使いは決意する。再会した時に何をするかという点も含めて、思考が似ている二人だった。勇者が再会した時に無事でいられるのか……それは戦士と魔法使いの二人次第だろう。


 僧侶は戦士の見つめる方向を、同じように見つめて考える。


(勇者様……まずは何があったかを調べなければ……。動くのはそれからですわ……)


 その心は後悔と焦燥から穏やかではなかった。ここ数日、勇者の様子がおかしい事に僧侶は気づいていた。しかし、その事はあえて口にしなかった。それが僧侶には悔やまれていた。だからこそ、逸る気持ちを今は抑える。もしも何かが起きていて、それが勇者を苛んでいたのだとしたら……。

 落とし前は絶対に付けさせると、誰に言うこともなく秘かに決心し、僧侶は薄い笑みを浮かべた。


 計画と言うものは不測の事態で失敗する。その点で言えば、不測の事態にも対応した勇者と魔王の計画は、現時点では成功と言っていいだろう。彼等は結局、全てのしがらみを置いて二人で新たな旅に出たのだから。


 しかし、その計画も成功し続けられるとは限らない。


 少なくとも、彼の仲間は誰一人諦めることなく、勇者を探すことを決意していた。

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