19.二人の初めての言い争い

 唐突に目の前で行われた勇者から参謀への蛮行に対し、その場にいる誰もが呆気に取られ、動くことも声を出すこともできずにいた。しかも、手に持った剣で斬り付けるわけでは無く、殴るという行動を取ったことが周囲に勇者の怒りを感じさせていた。あの短いやり取りの間に何があったのか、誰もが憶測すら出せずに目の前の光景を眺めている。


 そんな中で一番混乱していたのは、一番間近で兄が殴られる様子を見せつけられた魔王だろう。


(いきなり何やってるんですかあの勇者は?! 目の前で剣を抜いたから私に向かってくるかと思ったら!! 剣を握ったまま兄さんを勢いよくぶん殴ってしまいましたよ?!)


 自分が演じた父の……先代魔王の演技は完璧であると信じて疑わない魔王は何をもって勇者が参謀を殴ったのか見当がつかない。勇者にされたことと言えば自分が先代であることを確認するかのような質問だけであり、その時の受け答えで勇者が怒りに燃えたとして……その怒りは自分に向かうはずだったと考えている彼女にはまるで意味がわからないことだった。

 実際には、勇者の能力によって魔王の演技はすべてが見通され、彼女が乗っ取られてなどいないという事は勇者には明白となっているのだが、それを知るのは勇者のみなので理解できないのは無理も無い事なのだが……。


(あぁ……兄さんが顔面からダラダラと血を流しています……。鼻も折れて曲がっているし、歯も1本折れてしまっているようです。兄さんの男前が台無しです!! 重ねて言いますが何をしてくれているんでしょうかこの勇者は!!)


 魔王は殴られて遠くへ吹き飛ばされた自身の兄の身を案じているが、表面上はそれを出さずに演技を続けることに努めていた。先ほどは思わず変声魔法を解除してしまい、素の声を出してしまったのだが、幸いなことに参謀が殴られたことに気を取られ、それに気づいている人間はいなさそうだというのが魔王の判断だった。実際には素の声を出したことも勇者に全てバレているのだが。


 周囲や魔王の動揺を他所に、当の勇者は殴り終えたことで満足したのか、非常に爽やかな顔をしていた。先ほどまでは集中力も欠き、暗く淀んで、まるで死んだ魚のような目をしていた勇者は、幾分かマシになった顔でまるで検分するかのように魔王の方をじっと見ている。


 仲間達に声をかけることなく真っ直ぐに魔王を見ている勇者のその目からは、何を考えているのか伺うことはできないため、魔王は次の勇者の言葉を戦々恐々として待つこととなっていた。勇者の行動は彼の仲間達にも予想外であったために、彼等も勇者に何を言っていいのかわからず戸惑っていた。


 そんな沈黙を破る様に魔王は声を発する。もちろん、変声魔法で声を変えるのは忘れない。あくまでも自分は先代魔王なのだという事を意識して、慎重に口を開いた。


「ふん、勇者よ何のつもりだ? まさか今更、命乞いでもする気か? いいだろう、そこの女二人を差し出すなら命だけは助けて……」


「魔王、お前って本当に先代に乗っ取られてるのか?」


 魔王の言葉を最後まで聞くことなく、勇者は先ほどと同じ質問を繰り返す。そのしつこさに少し苛立ちを感じた魔王は、腹立たし気に舌打ちをしてから溜息をつきながら吐き捨てるように答える。勇者の顔に、場に似つかわしくない笑顔が浮かんでいるのには気づかぬままに。


「先ほどもそうだと答えたはずだが……理解力が無いのか? それともあまりの恐怖に今更怖気づいたとでも言うのか? だったら……」


「なんでそんな嘘つくんだ?」


 またもや魔王の言葉を遮りながら、勇者は間髪入れずに続けざまに疑問を問いかける。しかし、勇者のその言葉を聞いた魔王は先ほどまでの苛立ちが何処かへと去り、冷や水を浴びせられた様に一気に身体から血の気が引くのを感じた。

 そこではじめて魔王は勇者の顔を直視する。その顔にはまるで場に似つかわしくない優しい笑みが浮かんでいた。まるで、微笑ましい子供の悪戯を見守る親のような微笑だった。その笑みを見て、魔王はますます血の気が引いていく。その頬には、一筋の冷や汗が流れていた。


「顔色が悪いぞ魔王。言葉に詰まるってことは図星なのか?」


 魔王はすぐさま、思わず言葉に詰まってしまった自分の失態を感じた。周囲は勇者の言葉を受けて、どういうことかと騒がしくなり始めていた。勇者の仲間達も、勇者に説明を求めるように問い詰めている。勇者はその言葉には特に答えず、何かを待つように魔王をただ見つめていた。

 魔王は周囲の動揺を吹き飛ばすかのように、自身の体内の魔力をコントロールし、先代魔王の魔力を最大限に全面に押し出す。魔王の周囲に禍々しい目に見える程の黒い魔力が溢れ出していた。


「何を言うか貴様!! 嘘だと?! これを見てもそう言えるのか!!」


 吹き出した黒い大きな魔力に、集まった周囲の精鋭たちが恐怖したかのように顔を青ざめており、中には力を取り戻した魔王の復活の光景に震えだすものもいた。勇者の仲間達もあまりの魔力の巨大さに、勇者へと問い詰めることも中断して武器を身構えて戦闘態勢を整えている。

 だと言うのに、勇者だけは身構える様子はなくただ呆れたように、困ったように笑顔を浮かべていた。


「……うん、嘘だね。でもわからないんだよね、目的が……なんでそんな嘘をついているのか」


 溢れる魔力の中でも確信をもって断言する勇者の言葉に、魔王は焦り始めた。勇者が何を根拠にここまで確信を持っているのかがわからない。しかし、自分が嘘をついているというのは何よりも魔王自身がわかりきっていることだった。だから、勇者の指摘に対しては言葉ではなく先代魔王としての証を見せる必要があるのだが、何をしてもこの勇者は嘘だと言ってきそうな気がして、魔王は次の行動に移ることができなかった。


 何が悪かったのか、嘘だとわかったきっかけは何だったのか、魔王は自身の行動を振り返るが特に根拠となりそうな行動は思い浮かばない。そうこうしている間にも、勇者は一人でぶつぶつと魔王の行動の根拠を考えていた。

 勇者の質問に対して動揺しないまでも言葉に詰まっている魔王の姿を見て、周囲の何人かも疑問を感じ始めていた。本当にあの子は、先代魔王なのかと。何かの一押しで嘘がバレてしまう可能性もある、それは彼女にしてみれば不本意な事ではあった。

 いや、嘘がバレるだけなら良いのだ。全員が嘘だと理解してくれるならそれはそれで望む展開でもある。問題なのはここで、自分が先代魔王ではないという人と、先代魔王だという人で、意見が割れることが一番の問題だった。それは後々まで禍根を残す可能性が高い。だから、自分は先代魔王として殺されるつもりだったというのに、勇者のせいでそれも瓦解してしまいそうだった。


「あぁ……もしかして……」


(これ以上は不味い!!)


 勇者が口を開こうとした瞬間、魔王は先代魔王の魔力を使用して、その場にいる勇者以外の全員に対して光の輪を巻き付ける。先ほど侍女長に対して使用したものと同様の魔法であり、全員がその輪に拘束されると、抵抗をする間も何か声を上げる間もなく、光の輪が発光すると同時に、拘束された全員がその場から消失した。後にはその物が身に着けていたであろう服や装備品の一部が地面に落ちていた。

 勇者の仲間も例外ではなく、その場から姿を消している。後には斧と腕輪と首飾りが残されている。おそらくは彼等の装備品だろうことは容易に想像できた。


 流石に全員を無事に強制移動させるのは制御が難しかったのか、急激に魔力を失った魔王はほんの少しだけ眩暈を覚えながらも、次の瞬間には別な魔法を発動させる。移動させた者たちが入って来ない様に、城下町全体に結界魔法を張り巡らせる。

 これで城内には誰も入って来れないと、魔王はほんの少しだけ胸を撫でおろす。


「……強制移動魔法か。……まさか全員同時にできるとはね。……なんかちょっと残ってるけど、十分に凄いな」


 そんな風に額に汗をにじませながら周囲を見渡す勇者を、魔王は肩で荒い息をしながら睨みつける。流石に先代魔王の魔力があるとは言え、一気に魔力を消費したことによる疲労は隠せなかったが、これでこの勇者が余計な事を言っても誰にも聞かれることは無い。

 そして、何故かはわからないが、勇者に自分の嘘がバレている状況ではこれ以上の演技も必要なくなったのと、変声魔法を使い続けて魔力を消費するのを抑えるためにも、魔王は勇者と二人となった今は素の自分で話すことにした。

 一度、鼻から息を吸い込んで大きく口から息を吐き深呼吸を行うと、荒かった息もある程度は収まった。そして、勇者を改めて睨みつける。


「……なんでわかったんですか……勇者さん」


 先代魔王の男の声ではなく、自分自身の声で魔王は勇者に対して問いかける。勇者はその問いかけに気にした風もなく、笑みを消して呆れたような表情を浮かべながら魔王の疑問への回答を口にする。


「まぁ、ちょっとした事情があってね……俺は他人の嘘がわかるんだよ。……それで? なんで君は先代魔王のふりなんかしてたんだ?」


「私も諸事情があるんですよ。詮索しないでください」


 口をとがらせながら憮然とした表情を浮かべた魔王は、自身の情報収集の甘さに憤っていた。勇者にそんな力があるなんて、過去にさかのぼってみても、どこからも報告が上がっていなかった情報だ。

 過去に勇者が騙されてピンチに陥った話等も聞いていたので、そんな能力を持っているなどとは完全に想像の外だった。……その当時は能力を持っていなかったのだろうか、だとすれば能力を得たのはいつなのだろうか、そんなこと考えながらも、完全な誤算にこれからどうすれば良いのかを魔王は思索する。


 勇者の方も勇者の方で、期せずして魔王と二人だけの状況になったことに戸惑いを隠せなかった。ただ、彼にとってもそれは自身の目的を達成するための好機であり、どのようにして自身の話を切り出したものかと、良い切り出し方を考えあぐねていた。


 ほんの僅かな時間ではあるが、思考した内容を言語化まで落とし込んだのは魔王の方が早く、先に自身の考えを口にできたのは魔王の方だった。勇者の方は自身の考えを口にすることができずに、魔王の考えを聞くことになった。

 ただ、もしもこの順番が逆であったとしても、勇者の方が先に自身の考えを口にしたとしても、この後の展開は変わらなかっただろう。


「まぁ……いいです。嘘は通じないみたいなので、正直に言っちゃいますね。勇者さん、貴方は私をそのまま殺してください。それで全部お終い。万事ハッピーエンドでお終いです」


「は?」


 魔王とはいえ、目の前の少女から唐突に自身を殺して欲しいと提案された勇者は、一瞬自身の聞き間違いかと呆けた表情と言葉を返すことしかできなかった。しかし、魔王の表情は真剣なものでありふざけている様子は一切ない。言葉にも嘘はなく、本当に自分を殺して欲しいと思っているのが勇者には理解できていた。

 魔王はそれ以上は何も言葉を発さない。勇者からの返答を待っているようで、その目は期待と不安に満ちていた。


「どういう意味だ?」


 勇者は簡潔に、それだけを魔王に答える。もちろん、発言の意味は理解できている。しかしそうする理由がわからなかった。そんな事を言われて即座に了解と答えて目の前の少女を斬り殺すことなどできるわけがない。そもそも、魔王を倒して帰国するわけにはいかない勇者に取ってみれば飲めない提案なのだ。

 だから、何故そんなことを言うのか、魔王へと真意を問いただす。


「……理由なんてどうでもいいじゃないですか。私は死ななきゃならないんです。貴方が握っているその聖剣で私を殺せば、貴方は魔王殺しの英雄として帰国できるし、兄さんは魔王を継ぐことができるし、皆は先代の影に怯えることなく生活できます。みんな幸せになれるんですよ」


 それに対しての魔王の返答は要領を得ないものだった。自身の真意は語らず、結果だけを語っている。あくまでも相手にメリットがあるように語っているのだが、今の勇者にはそれらはメリットになり得ない。それを知らない


「俺達は先代魔王に乗っ取られた君を救おうとしてたんだぞ。そんな提案を飲むとでも?」


「その気持ちはありがたいですけどね、正直、迷惑なんですよ。私は救われたいと思っていないんですから。そもそも、乗っ取られてなんていなかったんですし」


「なんだ……その……君は死にたいのか?」


「正直、死にたくは無いですよ。でも死ななきゃいけないんです私は」


 魔王が嘘をついているとわかった時に勇者が考えていたのは、魔王が皆を担いでいるという可能性だった。父の振りをして皆を驚かして、後からネタバラシをして笑い話にするというある意味で洒落にならないが、平和的な嘘をついたのだと思いたがっていた。

 しかし、演技や言葉の内容から相手の敵意をひたすらに煽っていたことからもそれはありえなかった。そして今の言葉。死にたくはない、でも死ななきゃいけないというのは嘘では無かった。


 勇者は頭をガリガリとかきながら陰鬱な気分にある。こんな少女が死ななきゃいけない状況って言うのはどういう状況なんだと、展開の重さについ逃げ出したくなってしまう。だから、無駄かもしれないが言えるだけのことは言っておくことにした。


「乗っ取られていないなら、それを周囲の皆に説明すればいいだろう。それで皆にも謝罪して、国を盛り立てて行けばいいじゃないか。そっちの方がよっぽどハッピーエンドじゃないのか? まぁ、お兄さんの所業は許せるものじゃないと思うけど……」


「無理ですよ」


 勇者の言葉を魔王は即座に否定する。否定されるのはわかっていたのだが、そこまで強く拒絶されるとは思っていなかった勇者は魔王の顔を反射的に睨みつける。その表情は臍を噛むような表情を浮かべており、その悲壮とも言える表情に勇者は少しだけ気圧されてしまう。


「無理なんですよ……。皆、表面上は納得するかもしれない。でも、私が父に乗っ取られていないと保証できるものはない。それを疑う人は絶対に出てくる。……疑心暗鬼が一番不味いんです。今後の国のためにも、きっちり決着は付けておかないと」


 既に覚悟を決めている魔王には、生半可な説得は通じそうには無い事を勇者は理解した。このまま押し問答を続けても事態が好転することは無い……何せ勇者にはその提案を受けるつもりは無いのだから、どこまでもこの議論は平行線になるしかない。

 勇者は現状を打開するべく少しだけ考え、そのまま魔王へと背を向ける。向かう先は入ってきた扉の方だった。そこへと歩みを進める勇者の背中へ、その行動を読んでいた魔王が声をかける。


「外に出ようとしても無駄ですよ。城下町全体とこの部屋に結界を張らせてもらいました。私を殺すか、私が自ら解除しない限りは外にも出れませんし、誰も入って来れません」


 その言葉を聞いても、勇者は構わず扉に手をかける。しかし、どれだけ力を入れても扉がびくともしなかった。魔王の言う通り、ここからは出られなくなっていたことから、勇者は舌打ちする。仲間達か、最悪、先ほどの部屋にいた誰とでもいいから合流ができれば魔王の現状を説明できたというのに……。


「諦めてください、勇者さん。良いじゃないですか、もともと魔王を倒しに来たんだし。私は恨みませんよ。大手を振って、凱旋できるじゃないですか。王女様と結婚するんでしょう? ようやく念願が叶うじゃないですか。何の問題も無い、ハッピーエンドじゃないですか」


 優しい微笑を浮かべながら、魔王は両手を開いて手招きするように勇者を誘う。勇者はその微笑を見て聖剣を持つ手に力を込める。そのまま魔王の元へと近づいていき、少し考えるように俯いてから……顔を上げ真っ直ぐに魔王の目をむいて口を開いた。


「断る」


 勇者のその言葉に、魔王は笑みを消してその顔から表情を消す。勇者の答えは予想していたのだろうが、失望したかのように顔を横に振りながらため息をついた。


「はぁ……なんでそんなに頑ななんですか。貴方の目的には私を殺すのが一番手っ取り早いでしょうに……。予想外すぎるんですけど……」


 困惑したように表情を歪ませる魔王に対して、若干の罪悪感が生まれたのか勇者の方も苦笑を浮かべる。だから勇者も、自身の身の上を少しだけ話すことにした。詳しく話すことはしたくないので、話すのはあくまでも表面上の理由だけである。


「……悪いけど、俺にも事情があってね。実は、今はもう国に帰りたくないんだよね。むしろそうだな……君には、俺を殺したことにしてもらいたいんだよね? お願いできないかな?」


「……は?」


 唐突な勇者の提案に魔王の目が点になる。先ほどまで自分がしていた提案と似たようなことをされたことに対する驚きと、国に帰ることを目的にしていたはずの勇者から出てきた予想外の「帰りたくない」という発言に意味がわからず、思考が追い付かなくなる。


「……何言ってるんですか? ……国に帰りたくないって……何やったんですか?」


「いや、ほら……そこは……ちょっと色々あってね……。提案なんだけどさ、君は俺と戦って激戦を繰り広げた末に俺を殺したんだけど、その激戦で中から先代魔王を撃退して元に戻ったって言うことにするのはどうだろうか?俺の仲間達には俺に助けてもらったって言えば、あいつらならきっと君に報復するなんてしないと思うし。……あ、ほんとには殺さないでね。フリだけでいいんで……」


 ここぞとばかりに自身に都合の良い提案をする勇者を、最初は呆けた表情を浮かべていた魔王も半分だけ目を開いて疑念に満ちた視線を送っていた。そして、勇者の言葉を最後まで聞くと、怒りで顔を真っ赤にして身体を小刻みに震えさせる。

 そして次に口を開いた際には、露骨に顔を不快そうに顰めており、勇者のことを理解できないものを見るような目で睨みつけながら声を荒げて反応する。勇者としては自身の発言は魔王の発言とそう変わらないものなのにそこまでの反応をされるのは内心では心外だったのだが、魔王の方は顔を紅潮させるほどに興奮して、先ほどまでとうって変わって声を荒げていた。


「できるわけないでしょ!! 私の意見なんて全部無視してるじゃないですか!! 何ですかその私にメリットの無い提案?! 何があったらそんな考えに行きつくんですか!! むしろ私をちゃんと殺してくださいよ!!」


 唐突な魔王の激昂に勇者も面食らってしまうのだが、自身の考えを頑なに変えない魔王に段々と腹が立ち、勇者の方も声を荒げてしまう。第三者がここに居たらお互いの発言は五十歩百歩なのだが、それを指摘できる第三者は、魔王のせいでこの場に誰もいなかった。


「それこそできるわけないだろ!! 俺に何の罪もない女の子を殺せって言うのか?!」


「罪ならあります!! 私の父がやらかした罪がいっぱい!! その責任は私が取らなきゃいけないんです!!」


「そんなこと関係ないだろ!! 親が何やったって子供が責任を取らなきゃいけないなんて……あるかもしれないけど、死ぬことないだろ絶対に!!」


 そのまま二人はお互いの主張を通すべく言い争いを続けるが、魔王は自分を殺してもらいたい、勇者は自分を殺したフリをしてもらいたい。そんな意見が平行線から脱出できるわけもなく……無駄にお互いが声を荒げるだけに終始してしまう。


 声が擦れるくらいに口論を続けた二人は、結局のところ議論では決着がつかないことを理解した。


 だから、その提案をしたのは必然だったのかもしれない。


「わかった! じゃあ勝負だ!!」


「勝負?! 良いでしょう!! 受けて立ちますよ!! 勝った方が自分の意見を通せるってことで良いですね?!」


「良いぞ!! やってやろうじゃねえか!!」


 売り言葉に買い言葉も多分に交じって入るが、興奮した二人はお互いを見据えて臨戦態勢を整える。そのまま向かい合った二人は、自身の望みを口にした。


「私が勝ったら……あなたに私を殺してもらって、凱旋していただきます!」


「俺が勝ったら……君には俺を殺したことにして、皆と生きてもらうぞ!!」


 こうして、お互いに相手を生かすことを前提とした、奇妙な一騎打ちの幕が切って落とされた。

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