18.勇者と魔王の初対面

「勇者様、こちらが魔王様の居城となります」


 一晩経過し、俺達は魔王の城に来ていた。正直に言うと……魔王を確実に助けられる作戦と言うのは立てることはできなかった。ある程度の対策と言うものは立てることができたのだが、そもそも時間が無いので検証するまでには至っていない。

 ただ、ここで戻って時間をかければそれだけ助けられる可能性も減っていくので、俺達はまず魔王と会うことにした。


 昨日の作戦会議では魔王の現在の状態はどうなっているのか、参謀も詳細はわからないと言う事だった。わかっているのはあくまでも魔力が先代魔王の物になっていると言う事だけらしい。

 それだけで先代魔王に乗っ取られているという判断を下すのはいささか早計だと思い、先代魔王の魂が身体に入っているかどうか調べる方法はないのかと聞いてみたのだが、そう言う伝説級の能力を持ったものはいないらしく、魔力については別途、測定器で調べたそうだ。


 やっぱり判断が早計な気もするが……少なくとも立ち振る舞いや雰囲気はまだ今の魔王のままだというので完全に乗っ取られてはいないだろうというのが参謀の判断だった。

 だから俺達はまず、魔王にあって事情を説明することを選択した。本人にも知らせて原因を探り、魔王から先代魔王の魂だけを排除する。

 参謀は本人に知らせることに対して抵抗をしていたが、本人に知らせずに俺達と合わせたら戦うしかなくなるので納得してもらった。


 それに……大抵こういう場合って本人に知らせないで行動すると絶対ややこしい事になるんだよね。相手の事を思っての行動でも、やっぱり話し合いは大事なんだと思う。俺はそれを、数日前の王女様達との一件で痛感していたりするし……。

 まぁ、これなら俺がすぐに国に戻ることも無いし、旅が延長できるからと言う考えがあるのは否定しない。あの人達の事を考えたら、このまま逃げ出したくなってきた。


「誰もいないんだな」


 俺達は魔王城の中を先導する参謀に案内されて歩いていた。周囲には人の気配はなく異様に静かで、俺達の足音だけがやけに大きく響いていた。

 俺達の後ろからは残っていたという魔王軍の精鋭たちが数人程付いてきているだけだった。


「はい、既に非戦闘員は全員の避難を完了しています。残っているのは侍女長と魔王様のみとなります」


 参謀からの説明に、俺は無言で首肯すると、そのまま無言で魔王城の中を進む。魔王は謁見の間にいると言う事なのでそこを目指しているのだが、今から魔王に会うのだと思うととても楽しい会話をするきにはなれなかった。

 そんな風に無言で歩いていると、唐突に参謀が口を開きだした。


「勇者様は……何故魔王様を救おうと考えたのですか?」


「……なんだいきなり?」


「勇者様は国に帰るために魔王様を倒そうとしているとお聞きしてました。その目的から考えると、魔王様を救わずに倒してしまった方が目的には近道だったのでは」


 沈黙に耐えかねて話しかけてきたというわけではなさそうだが、その質問に俺は少しだけ返答に詰まった。確かに前までならすぐに国に帰りたかったけれども、今はもう帰りたくないくらいだし……。

 ……魔王とこの参謀が、騎士団長と王女様が知らない間に懇ろになっていた自分と重なったとは正直に言えないし。


「……あんなに可愛い女性を犠牲にしてまで、魔王を討伐して国に帰るなんてできなかっただけだよ。安心してくれ、お前はちゃんと好きな人と結ばれるようにしてやるよ」


とりあえず、当たり障りのない勇者っぽい事を言っていく。参謀は俺の言葉に反応はしなかったが、納得はしてくれたのかそれ以上の追求は無かった。無かったのだが……。


「……おい、勇者が可愛いなんて女に言うの聞いたことあるか? まさか魔王に一目惚れしたのか?」


「……ない……少なくとも私は言われたことない」


「私もありませんわね。……ちょっとだけ……ほんのちょっとだけですが妬けてしまいますわね」


 後ろの仲間達にはなんだが誤解が発生していた。……言ったことなかったっけ?そう言われるってことは無かったんだろうな……。

 今ここで二人に言うか……いや、なんか余計に面倒なことになりそうだからやめておこう。特に魔法使いと戦士がそれで喧嘩でも始めたら嫌だし。


 そうこうしている間に、参謀がひときわ大きく豪奢な扉の前で足を止めた。扉は閉ざされておりその中を伺い知ることはできないのだが、何故か異様な威圧感のある扉だった。


「ここです。ここに魔王様がいらっしゃいます」


 この先の向こうに魔王がいるのかと、今更ながらに緊張してきた……。しんとした空間に俺が唾を飲みこむ音が響いた気がする。少しだけ指先が冷たくなり、緊張からか額から変な汗が出てきた。

 それは参謀も同様の様で、額からは汗が出ており扉にかけた手には若干の震えが見られた。


 そのまま参謀は無言で扉に対して力を込める。金属同士のこすれ合うような不快な鈍い音が辺りに響き、扉はゆっくりと開いていく。

 扉が完全に開かれ謁見の間に入ると、そこには禍々しい玉座に座り、禍々しい衣装に身を包んだ可愛らしい女性がいた。……あれが魔王か。写真で見るより可愛らしいな。……とても先代に乗っ取られているとは思えないな。


 魔王は俺達を一瞥すると、柔らかく微笑んだ。


「ようこそ勇者様、私が当代の魔王です」


 微笑んだままで取り乱す様子もなく俺達を見据えたその目は、何もかもを知っているかのようだった。その目を見た俺は少しだけ背筋が冷たくなる。

 そんな中で参謀は一歩を踏み出して、魔王の顔を見ない様にして魔王の前に跪いた。


「魔王様、申し訳ございません。……お話がございます……」


「……なんの話でしょうか? 今は勇者様がお見えになっているのですから、後では駄目なのですか?」


 頭を下げる参謀に対して、魔王は優しく笑顔を向ける。少しだけ小さく肩を揺らしながら笑っているその姿に、俺は違和感を覚えた。

 なんだか場にそぐわない笑顔を浮かべているのが、気になった。


「実は……」


「あぁ、もしかして。私が父様に乗っ取られているかもしれないという話ですか?」


 参謀が何かを言うよりも早くに魔王が口に出したのは、今まさに参謀が告げようとしていたことだった。頭を下げていた参謀が驚きから勢いよく頭を上げて魔王を見ていた。

 俺の仲間達も驚きの目を魔王に向けているのだが……俺には小さな違和感だけが感じられた。なんだこの違和感は……?


「何で知ってるかって顔ですね? そりゃあ知ってるよ、自分の事だからなぁ!!」


「なんで……」


 ますます笑みを深くした魔王は堪えきれないという様子で狂気じみた笑顔を浮かべ、大声を上げて叫び出す。しんとした室内に彼女の大きな叫び声だけが響いていたのだが、その笑い声が徐々に徐々に低い男性のものへと変わっていく。

 声の変化が終わった頃には、その声は先ほどまでの可愛らしい女性の声ではなく、野太い男性の声へと完全に変化していた。

 変化していたのだが……えーと……いや、俺はこれに対してどう反応すればいいんだろうか?


「その声は……!!」


「おや、父の声を忘れていなかったのか? 孝行息子を持って私は幸せだな。いや、私を殺したのだから親不孝者か? まぁ、どっちでもいいさ。私はこうして復活したのだからな」


 怒りと憎しみをにじませた声を上げて、参謀はおそらく魔王を睨みつけているのだろう。魔王はその視線を受けてますます楽しそうに哄笑する。先ほどまでの微笑からは一変したその姿に、俺の仲間達は驚愕の表情を浮かべている。

 俺も俺でびっくりしているのだが、ここにきてはっきりと判明する。いや、先ほどからわかってはいたんだけど、能力の判断間違いかなと思っていたのだけれども……。


 なんであの子、嘘ついてるの?


「黙れ! 貴様を父と思ったことなどない!! 魔王様は……あの子はどうした……!!」


「ははは……わかっているんだろう? もういないよ。消して飲み込んでしまったよ。それに、その方がお前には都合が良いだろう? あの娘さえいなければお前は本当に愛する者と大手を振って一緒になれるんだ。私に感謝しろよ。いや、息子を応援するのは父として当然かな?」


 参謀が勢いよく立ち上がり、その指先を自称先代魔王……に向けている。

 魔王の発言に俺は更に戸惑いを隠せなかった。どういうことかわからず頭が混乱するが、俺には魔王の発言が嘘だと言う事がわかっていた。いや、ほんとどうすればいいのこの状況。

 混乱する俺の気持ちを他所に、目の前の自称魔王と参謀たちの寸劇にしか見えない会話は続いていく。


「黙れ!! 感謝などするかぁ!! 貴様さえ!! 貴様さえいなければ!!」


「何を怒っている? あぁ、この女が父のお下がりであることに対する憤りか? なに、気にすることは無い、私は気にしないのだから。おめでとう息子よ!! 祝福するぞ!!」


「キャッ?!」


「何をする?!」


 おっと、ここで侍女長さん登場ですか、そうですか。

 皆で俺の事だましてないよね?周りの皆は驚愕していたり、武器を構えていたりといたって真剣な表情を浮かべていますが……魔王、別に乗っ取られてなさそうですよ?

 なんでこんな嘘をつくのだろうか……そっちの方が俺を説得しやすいと思ってやってるのかな?

 そんな風に、一人だけ状況についていけていない状況で呆然としていると、聞き逃せない一言が俺の耳に届いた。


「お前が本当に愛しているのはこの女なのだろう? だいたいお前、先ほど私さえいなければと言うが、私が居なければこの娘も……お前の妹も生まれなかったのだぞ? こんなかわいい妹が居るのだから、妹でも楽しんでしまえば良かったではないか!! 本当に私の息子かお前?」


「貴様が私の母を奪っただけで、私と貴様に血の繋がりなど無い!!」


 ……今なんて言った? 魔王の前半の言葉にだけ、嘘は感じられなかった。妹? 妹と婚約してたのかこいつ?

 しかも、先ほど……目の前の侍女長の方が愛している女とか言ってなかったか? 婚約者以外の女を?でも婚約者は妹で……。

 気がつくと、俺は参謀の真横まで移動していた。そして俺は真横の参謀を首と肩だけを動かして覗き込むように凝視する。


「…………妹……?」


 零れ出た一言に対して、参謀は身体を大きく震わせたかと思うと、苦渋の表情を浮かべて俺に視線を送ってきた。俺は何の感情もわかない頭で参謀の次の一言を待つ。いつの間にか仲間達も俺のところまで移動してきていた。


「彼女は……私と父親違いの妹です。だからこそ……彼女には魔王なんてなって欲しくなかったし、幸せになって欲しかったのに……。なんで、こんなことに……」


「妹と婚約って……」


「鬼畜……」


「まぁ……神話とかではよく聞く話ですわ……」


 参謀の言葉に、他の仲間の冷ややかな視線を向けているのだが、俺の興味はそこには無かった。こいつは妹と婚約したと言うが、実は違う女性を愛していた……いや、それ自体はむしろ健全だよな。

 しかし、俺の中で嫌な記憶が蘇る。彼等を詰問した時ではない。その前だ。俺にとっての転機となった記憶。彼等が交わっている記憶が、再生されて欲しくないのに脳裏に映像として再生されてしまう。


「誤解しないでください!! 私が妹と婚約したのは彼女のためです!! 手を出すつもりはありませんでしたよ!!」


「誰のためだって? お前がこいつと婚約したのは自分が魔王になるためだろうが? 抱く度胸も何も無かった形だけの婚約者……陰でこっそりと侍女長と逢瀬を重ねておきながら、妹には指一本も触れられない情けない男……。本当に私の息子なのかお前は? 私なぞ、娘が大きくなってからどうやって犯してやるかを楽しみにしていたというのになぁ!! お前のおかげで、それも叶わぬ夢となったが」


 ……参謀が言っていることは本当だった。そして、魔王の言っていることは嘘と本当がごちゃ混ぜになっている。他の女性と逢瀬をと言う部分は本当で、それ以外の部分が嘘。何だこの状況は、意味がわからない。妹に手を出す気は無いのは正しい事なんだろうけど、婚約しといて他の女性と密会していたのは駄目だろう……。いや、この場合はどうなんだ。畜生、考えがまとまらない。能力がおかしくなったのか? 意味がわからない。


「貴様ぁ……!!」


「ひどいな……あれはもう駄目だ……戦うしかないだろう勇者」


「……魔王……倒す」


「やりましょう勇者様……」


 参謀は怒声を上げ、三人はそれぞれ武器を構えて臨戦態勢を整えるが、俺の身体は動いてくれなかった。まるで凍り付いたようにガチガチに関節が固まってしまい、その場から一歩も動けなくなってしまう。

 俺の様子がおかしい事は、魔王に釘付けになっている彼等は気づいていない様だった。俺は一人で思考がグルグル回り、呼吸が荒くなっていく。もう吹っ切ったと思っていたのだが全然ダメだった。むしろ悪化している気がする……。変な汗まで出てくるのを止められない。わけのわからない状況を解決しようと、ひたすら考える。


「おぉ、勇者の仲間には女が二人いるのか……それじゃあお前たち全員を倒した後は、その二人で楽しませてもらおうか。殺しはしない、動けないお前たちの目の前で楽しむことにしよう。男としては経験豊富だが、女の身体でやるのは初めてだな……勇者の仲間相手なら良い試運転になるだろうな」


「人の嫁に何言ってくれてんだこの野郎……!!」


「……最低」


「億分の一でそうなっても自害しますわ……勇者様以外が触れられると思わないでください」


 舌なめずりをしながら魔王は魔法使いと僧侶に対して品定めするような視線を送っているが……これも嘘だ。なんでこんなに嘘ばかりついているんだこいつは?何が目的で? やっていることの意味が理解できず、頭の中が混乱していく……。


「この女は退室いただこうか。後でお前たちを倒した後で一緒に楽しませてもらうがな。息子に下げた使い古しを久々に味わうのも良いだろうな!!」


「貴様っ!! 何をっ?!」


 俺の混乱を他所に、目の前の状況は目まぐるしく変わっていく。衣服の一部を残した状態で侍女長はこの場から消え去った。あくまでも消えただけで……いや、なんで下着だけ残して消したんだ? なんだかちょっと動揺してないか魔王?


「貴様……!! こんな辱めを……!!」


「……他者への強制移動魔法……凄い……超高等技術」


 ヒラヒラと落ちてきた下着を見て少しだけ冷静になれた……嫌な冷静さの取り戻し方だが……。ともあれ、今の俺がやるべきことがはっきりとわかった。難しい事は今は置いておいていい。今の俺がするべきことは、こいつが先代魔王なのかどうか。それが嘘か本当かで全部の前提が変わってくる。そこをはっきりさせる。それだけを考える。

 まるで錆びた鎧の関節の様になかなか動かない足を、俺はゆっくりと動かす。非常に鈍い動きで、震えながらも俺は参謀の少し前まで移動する。たった少しの距離を移動しただけなのに、まるで長距離を走った時の様に呼吸が荒かった。


「魔王……一つ聞かせろ」


 俺は冷静に……努めて冷静になるように静かに魔王に声をかける。魔王は俺の問いかけに対して何の反応も示さない。だから俺はそのまま言葉を続けることにした。


「お前は先代の魔王なのか?」


「聞いていなかったのか? それとも理解力が無いのか? そうだよ、勇者よ。はじめまして、私がお前が倒したがっていた魔王だ。女勇者ではないのが残念だが……お前は私を倒しに来たのだろう?どんな気分だ? 抱きたい女と別れて私のところに来るというのは? そもそも……」


 嘘だった。


 はっきりと嘘だとわかる。なぜそんな嘘をつくのか意味は解らないが、こいつは先代魔王じゃない。それがはっきりした。だから俺は念を押すように、再度確認を取る。


「今の魔王の中に、先代魔王の魂がいるのか? 今の魔王を乗っ取っているのか?」


「質問が増えてるぞ勇者。まぁ答えてやろう。そうだよ。娘の身体だ、父親である私に使う権利があるだろう?なかなか良い身体をしている……そうだ、死ぬ前に試させてやろうか?女側の快楽を味わうというのも良いかもしれないしな……。あぁ、娘の魂はもう無いぞ、私が吸収させてもらったからな。天に還ったわけではないから生まれ変わりも無い」


 これも嘘だった。


 何というか……茶番みたいな話だが……いや、この場合はお遊戯か? こいつは先代魔王に乗っ取られてなんかいない。乗っ取られたふりをしている今の魔王だ。魔王を継いでしまった普通の女の子が、何らかの理由で演技をしているだけだ。


「勇者様……こうなってはもう……。魔王様を……妹を救ってください!!」


 参謀の言葉に嘘はない、嘘はないが……こいつはきっと知らないだけだ。だから救ってほしいという言葉にも嘘は無いし、昨日言っていた「幸せになって欲しかった」と言う言葉にも嘘は無いのだろう。

 彼女が先代魔王じゃないと言う事を知らないから乗っ取られたというのを真実だと思っている。だから言葉に嘘が無いと判断してしまっている。また一つ、検証はできたが嬉しくは無かった。


 しかし……何も知らないからと言って……許される行為なのか。結果だけを見ればこいつは父親違いとは言え実の妹を殺して、自分は愛する人と結ばれようとしているという事になる。

 昨日はあんなに親近感を覚えたというのに、それは間違いだった。


 こいつはあっち側の人間だった。それを理解した瞬間に、俺の頭に一気に血が上り、衝動的に身体を動かした。


「ふん、そろそろやるか勇者よ……。さぁ!! かかってくるが……!!」


 俺の激昂を魔王は臨戦態勢と捉えたのかもしれないが、俺は魔王の言葉を最後まで聞かず、右手で剣を握りつつ中腰になり左足を軸にしてその場で半回転する。回転する勢いを利用しながら、左腕を小さく折り畳んで腰と共に後方へと回転させる。

そして、剣を握った右手を目標に向けて真っ直ぐに突き出す。あくまでも目標にぶつけるのは剣の刃ではなく、剣の柄を握っている右拳だ。


「ぶぐぎゃっ?!」


 俺の突き出した右拳は参謀の顔面のちょうど鼻と口の中間辺りにぶち当たった。濁った水音と肉と骨のぶつかる鈍い音が俺の耳に響くと同時に、当てた拳に乾燥した細い木の枝を折ったような感触が伝わってきた。鼻の骨か何かを折ったのかもしれない。

 変な悲鳴を上げて参謀はそのまま後方へと吹き飛んで、地面へと数回激突をしながら、壁へと背中を打ち付け、そのまま地面へと顔面から倒れ伏した。その顔からは赤い血が流れ出ており、地面に赤い染みをいくつか形作っていた。


「ゆ……ゆうじゃ……ざま……なにを……?」


 参謀が痙攣しながら左手の掌をこちらに向けている。生きているか。まぁ、殺す気も無かったし、手加減をして殴ったからな。それでも、ちょっとだけ気分は晴れやかだ。


「……拳に歯が突き刺さっちまったか」


 うめき声を上げる参謀を無視し、少しだけ拳に痛みが走るので見てみると、手の甲に殴った際に折れた参謀の歯が一本刺さっていた。血と唾液に濡れたそれを拳から引き抜くと、俺は参謀の元にその歯を投げた。投げた歯は遠くまでは届かずに、地面から乾いた音を響かせる。

 俺はそのまま、回転をして魔王の方へと向き直る。仲間達の目が点になっていたがその辺りは気にしないことにした。急な俺の行動に驚いたのだろう。魔王の方を見ると、彼女の目も点になっていた。


「……はい?」


口から漏れ出た魔王の言葉は、先ほどまでの野太い男の声ではなく、最初の可愛らしい女性の声だった。

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