17.魔王と勇者の初対面

 今日はいよいよ、私の元へと勇者が訪れる人なりました。私にとっても兄さんにとっても、誰にとっても運命の日となります。なります。……なるのですが。


「侍女長……この服……何ですか……?」


「伝統的な魔王の衣装です。勇者様をお迎えするのですから、やはり正装でなければ」


 そう言って着せられた服は、真黒いダボダボのローブのようなもので、肩には禍々しい髑髏の意匠が施されています。なんかトゲも生えています。その肩の意匠からは不自然にチェーンが垂れさがっており、左右の両肩を結んでいます。動くたびにジャラジャラと音が鳴り、肩も動かしずらく邪魔くさいです。

 ローブの中は身体にぴったりと張り付くような、これまた黒い服なのですが、その背中には魔族の言葉で「魔王」と赤文字で記されています。


 ……一言で言うとダサいです。私のような女の子が着ると、余計にダサさが際立ちます。お爺ちゃんもこんな服を着ていたんでしょうか……。何ですかこのチェーン……なんか一本一本に装飾が施されてて無駄に凝った作りなのが腹立ちます。


「……私嫌なんですけど、この衣装」


「お客様をお迎えする正装ですので、我慢してください」


 どう見ても敵対する側なんですけどこの衣装……。まぁ、仕方ありません。私はとりあえず謁見の間で玉座に座っています。この玉座も何と言うか悪趣味ですよね……金で作られたのかやたらと光を反射していますし、これもなんか髑髏とか獣とかの意匠が多いです。

 どうせならもうちょっとこう……可愛くできないものでしょうか。色も金とかじゃなくて、淡い感じの青とか……爽やかな感じが私は好きなんですけど。意匠もどうせなら花とか平和な感じで。

 まぁ、そんな魔王の玉座は無いですよね。私は諦めて座ったままでため息をつきました。


「魔王様、もう勇者様はいらっしゃいますので……」


 私の後ろに控えた侍女長が、すました感じで両の手を腰のエプロンあたりに揃えて置いています。そろそろ到着ですか。私もじゃあ、準備をしましょうか。私は、自分の中の魔力を操作していつでも動けるようにしておきます。

 そして、金属同士の擦れ合う音を響かせながら、部屋の大扉が開かれます。


 そして、扉が開かれた部屋の中に兄さんとその後ろに四人の人間……勇者と戦士と魔法使いと僧侶が一緒に入ってきます。その後ろからは城に残っていた数名の戦闘要員も一緒です。全員集合ですね。

 ゆっくりと入ってきた彼等は、私から少し距離を取ったところで立ち止まりました。


「ようこそ勇者様、私が当代の魔王です」


 立ち止まってこちらを見ている勇者様を、私は笑顔でお迎えしたのですが……勇者達の顔はちょっと引きつっています。やっぱりこの衣装が問題じゃ無いんでしょうか。いくら伝統的な衣装とは言え、これでお迎えは無いと思うんです。普通で良かったんじゃないでしょうか。

 曖昧に笑っている勇者達を尻目に、兄さんが一歩前に出て私の前で跪きました。早々に話をするようですね、私も心の準備はできています。


「魔王様、申し訳ございません。……お話がございます……」


「……なんの話でしょうか? 今は勇者様がお見えになっているのですから、後では駄目なのですか?」


 私はにこやかに笑って兄さんへと視線を送ります。兄さんは言いづらそうに顔を一度だけそむけると、意を決したように私を見て口を開きます。


「実は……」


「あぁ、もしかして。私が父様に乗っ取られているかもしれないという話ですか?」


 私は薄く微笑んだままで兄さんの言葉を遮り、兄さんが私に告げたかったことを先に言います。兄さんは私の言葉に目を見開き、驚愕の表情を浮かべて私を凝視します。他の人も全員が、私に対して同じような表情を浮かべて私を見ています。私の後ろの侍女長からも視線を感じます。

 私はここで身体の中の魔力を操作して、ある魔法を発動します。はた目には私が父の魔力を外に出したように見えるでしょうが、そのタイミングでバレない様に魔法を発動します。


「何で知ってるかって顔ですね? そりゃあ知ってるよ、自分の事だからなぁ!!」


 最初の言葉は私の声で、後半の声は父の声になるように、私の喋る声を父の声へと変えてしまいます。かなり不快な喋り方と声ですが、そこは我慢です。

 これぞ、父の得意技の一つ。変声魔法です。対象の声を変える……それだけの魔法です。魔力効率が酷く悪く、戦闘にも一切使えない魔法ですが、父はこの魔法を……ただ狙った女性を手中に収めるためだけに使っていました。

 例えば、狙った女性に恋人がいた場合はその恋人の声に自分の声を変えて浮気現場を演出したり、ある時は違う女性に狙った女性の声を出させて、その恋人に女性が浮気をしていると誤認させたり……。そう言う最低な使い方しかしていないですが、今の私には非常に役に立つ魔法です。


 他にも色々と魔法の無駄遣いと言えるような技が多々ありますが……本当にろくでもない人です。


「なんで……」


「その声は……!!」


 後ろの侍女長と、兄さんからの驚きの声が上がります。周囲もざわついており、私の方を睨みつけてきています。勇者達は、事態についていけてないのか驚きの表情を浮かべたままですが、しっかりと武器を握っているあたりいつでも戦えるようにはしていそうです。

 ……あれ、なんか勇者だけ驚きの表情が他の三人とは違うような気が……? まぁ、いいです。私はまずは兄さんに向けて言葉を続けます。


「おや、父の声を忘れていなかったのか? 孝行息子を持って私は幸せだな。いや、私を殺したのだから親不孝者か? まぁ、どっちでもいいさ。私はこうして復活したのだからな。」


「黙れ! 貴様を父と思ったことなどない!! 魔王様は……あの子はどうした……!!」


 跪いていた兄さんはその場で勢いよく立ち上がると、私に対して指を向けます。その目は驚きと憎しみに染まっており、私に敵意と殺意を向けてきているのがわかります。

 本気の殺意とかむけられたことの無い私は、内心で少しだけ泣きそうになるのを隠しながらも、父らしく不遜な態度を取り続けます。頑張れ私。


「ははは……わかっているんだろう? もういないよ。消して飲み込んでしまったよ。それに、その方がお前には都合が良いだろう? あの娘さえいなければお前は本当に愛する者と大手を振って一緒になれるんだ。私に感謝しろよ。いや、息子を応援するのは父として当然かな?」


「黙れ!! 感謝などするかぁ!! 貴様さえ、貴様さえいなければ!!」


「何を怒っている? あぁ、この女が父のお下がりであることに対する憤りか? なに、気にすることは無い、私は気にしないのだから。おめでとう息子よ!! 祝福するぞ!!」


「キャッ?!」


 激昂する兄さんを煽りつつ、私は後ろで動けなくなっていた侍女長を魔法で浮遊させて前に出します。ごめんなさい侍女長、ちょっとだけ我慢してくださいね。

 私は苦し気にうめく侍女長を前に出して、更に兄さんに言葉をぶつけます。


「何をする?!」


「お前が本当に愛しているのはこの女なのだろう? だいたいお前、先ほど私さえいなければと言うが、私が居なければこの娘も……お前の妹も生まれなかったのだぞ?こんなかわいい妹が居るのだから、妹でも楽しんでしまえば良かったではないか!! 本当に私の息子かお前?」


「貴様が私の母を奪っただけで、私と貴様に血の繋がりなど無い!!」


 私はつまらなそうにため息を一つついて、肩を竦めてニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべます。さて、そろそろ激昂した兄さんが私と戦うという事を……あれ? 勇者がなんか兄さんの横まで来て私を見るのではなく兄さんの方を見ています。


「…………妹……?」


 ぽつりと呟いた勇者の一言に、兄さんは驚き身体を竦ませて勇者に視線を移動します。ほんと、いつの間に移動したんでしょうかこの勇者。お仲間も慌てて兄さんの近くまで駆け寄ってきています。

 兄さんは観念したかのように、勇者達に私のことを説明します。


「彼女は……私と父親違いの妹です。だからこそ……彼女には魔王なんてなって欲しくなかったし、幸せになって欲しかったのに……。なんで、こんなことに……。」


 絞り出すような声で説明する兄さんに、勇者達の視線が突き刺さります。……あれ? 少し兄さんに対して侮蔑するような、警戒するような視線が混ざっている気が……。


「妹と婚約って……」


「鬼畜……」


「まぁ……神話とかではよく聞く話ですわ……」


なんかちょっと変わった理解をされてしまいました。兄さんもそんな風に言われるとは思っていなかったのか、慌ててその言葉を否定しにかかります。


「誤解しないでください!! 私が妹と婚約したのは彼女のためです!! 手を出すつもりはありませんでしたよ!!」


 否定の言葉に少しだけ三人の目元の警戒が和らぎます。……さっきから勇者が黙っていますね。なんなんでしょうか?なんか身体が震えているような気もしますが……。

 ともあれ、ここでダメ押しの演技を続けましょうか。これで敵意が完全に私が向いてくれればいいのですが。


「誰のためだって? お前がこいつと婚約したのは自分が魔王になるためだろうが? 抱く度胸も何も無かった形だけの婚約者……陰でこっそりと侍女長と逢瀬を重ねておきながら、妹には指一本も触れられない情けない男……。本当に私の息子なのかお前は? 私なぞ、娘が大きくなってからどうやって犯してやるかを楽しみにしていたというのになぁ!! お前のおかげで、それも叶わぬ夢となったが。」


 大げさに手振りを交えながら、兄さんに対して私は大声で笑います。人を傷つける言葉はこちらにもダメージがあります……よくもまぁ父はこんなようなセリフを数多く言っておきながら、心が痛まなかったものです。


「貴様ぁ……!!」


「ひどいな……あれはもう駄目だ……戦うしかないだろう勇者」


「……魔王……倒す」


「やりましょう勇者様……」


 兄さんと勇者の仲間は武器を構えて私に向けてきます。後方にいる人たちも、それぞれが臨戦態勢を取っているのがわかりますが、目の前の侍女長の存在が私に飛び掛かるのを躊躇させているのでしょう。とりあえず勇者達にもダメ押しをしてから侍女長は解放しましょうか。


「おぉ、勇者の仲間には女が二人いるのか……それじゃあお前たち全員を倒した後は、その二人で楽しませてもらおうか。殺しはしない、動けないお前たちの目の前で楽しむことにしよう。男としては経験豊富だが、女の身体でやるのは初めてだな……勇者の仲間相手なら良い試運転になるだろうな」


「人の嫁に何言ってくれてんだこの野郎……!!」


「……最低」


「億分の一でそうなっても自害しますわ……勇者様以外が触れられると思わないでください」


 よし、良い感じに敵意が私に向けられました。……さっきから勇者だけが反応無しなのが気になります。なんでこんなに無反応なんでしょうかこの人? 怖気づいた? 仲間がこんなにやる気なのに? 仲間達も勇者のあまりの無反応に、怪訝な視線を向けています。

 ……とりあえず、開始の合図として侍女長を安全な処まで避難させますか。私は魔力を練って、別な魔法を発動します。変声魔法を使っている最中なので、失敗しないように慎重に……。


「この女は退室いただこうか。後でお前たちを倒した後で一緒に楽しませてもらうがな。息子に下げた使い古しを久々に味わうのも良いだろうな!!」


「貴様っ!! 何をっ?!」


 私が魔力を込めると、侍女長に光の輪が巻き付きます。侍女長は救いを求めるように兄さんに向かって手を伸ばし、兄さんもそんな侍女長に手を伸ばしますが、その手は触れることなく侍女長は光の中に消えていきます。侍女長が消えた後には、ヒラヒラと侍女長の下着だけが落ちてきます……。下着?!

 しまった!! ちょっとだけ失敗しました!! やっぱりまだまだ魔法の扱いには慣れてないからなのか……衣服全部残らなかっただけマシですが……。


「貴様……!! こんな辱めを……!!」


「……他者への強制移動魔法……凄い……超高等技術」


 この失敗は良い方に作用したようで、兄さんはますます私に対して怒りの目を向けてきます。魔法使いさんの方は私に対して畏怖とも尊敬ともつかない目を向けていますが、どうやら説明の必要はなさそうです。

 勇者以外の全員が私に対して武器を構え、魔法の発動を準備し、臨戦態勢を整えました。いよいよ、戦いの始まりです。始まりなんですが……勇者だけ何もせずに突っ立ったままです。


 ちょっとだけ私が困惑していると、勇者は他の人より一歩だけ前に進み、武器を構えることなく少しだけ顔を俯いたままで口を開きます。


「魔王……一つ聞かせろ」


 それは静かですが、一言で怒りに満ちているのがわかる声色でした。無意識に身体が一歩後ろに下がりそうになりましたが、何とかその気持ちを押しとどめて、私は勇者の言葉を待ちます。


「お前は先代の魔王なのか?」


 ……さっきから私はそう言っているのに、人の話を聞いていなかったのでしょうか?あんなに頑張って演技していたのに、聞いてもらえなかったのはちょっと悲しいです。

 まぁ、仕方ないですね……二度手間ですがここで勇者に対してもちょっと煽っておきましょうか。


「聞いていなかったのか? それとも理解力が無いのか? そうだよ、勇者よ。はじめまして、私がお前が倒したがっていた魔王だ。女勇者ではないのが残念だが……お前は私を倒しに来たのだろう? どんな気分だ? 抱きたい女と別れて私のところに来るというのは? そもそも……」


「今の魔王の中に、先代魔王の魂がいるのか? 今の魔王を乗っ取っているのか?」


 私の言葉を遮って、勇者は立て続けに質問してきています。というか、その質問って先ほどの質問と何が違うんでしょうか?怪訝に思いながらも、それで勇者がやる気を出してくれるのであればと、私はその質問に答えます。できる限りのいやらしさを演じながら。


「質問が増えてるぞ勇者。まぁ答えてやろう。そうだよ。娘の身体だ、父親である私に使う権利があるだろう? なかなか良い身体をしている……そうだ、死ぬ前に試させてやろうか? 女側の快楽を味わうというのも良いかもしれないしな……。あぁ、娘の魂はもう無いぞ、私が吸収させてもらったからな。天に還ったわけではないから生まれ変わりも無い」


 勇者は、私の質問の答えに身を震わせ、私を睨みつけてきます。その目からは、燃えるような怒りの感情がはっきりと理解できます。良い感じに、勇者の怒りにも火を付けられたようです。

 これでお膳立てはもう十分でしょう。ここからは、勇者による魔王討伐です。


「勇者様……こうなってはもう……。魔王様を……妹を救ってください!!」


「ふん、そろそろやるか勇者よ……。さぁ!! かかってくるが……!!」


 私の言葉の終わりを待たずして、勇者はその手に剣を握ったかと思うと左足を軸にしてその場で勢いよく半回転すると、半回転する前に、剣を握った手を振りかぶるのではなく腰に構えているのがわかりました。

 そして、まるで爆弾が爆発したような破裂音が勇者の足元から聞こえてきます。それは勇者の足が地面を思いきり踏みしめた音で、そのまま勇者は回転の勢いを殺さずに剣を握った右腕を真っ直ぐに突き出しました。


 その拳は、兄さんの顔面に吸い込まれるように、綺麗に入りました。


「ぶぐぎゃっ?!」


 完全に不意打ちで、拳を顔面に叩きこまれた兄さんは、そのまま一回転……二回転……三回転……地面に身体をぶつけて弾ませながら後方へと吹き飛ばされていきます。

 そして、兄さんは勢いそのままに壁へと激突してしまいます。壁がへこみ、土煙のようなものを上げながら、兄さんは小さく痙攣してうめき声を上げました。


「ゆ……ゆうじゃ……ざま……なにを……?」


「……拳に歯が突き刺さっちまったか」


 兄さんの疑問には一切答えず、勇者は拳に突き刺さった兄さんの歯を抜き取り、指先ではじきます。歯と地面のぶつかった乾いた音が辺りに響きました。

 勇者の周りの仲間達の目が点になっています。後ろで控えていた精鋭達の目も点になっています。兄さんは血をダラダラと流しながら細かく痙攣しています。


「……はい?」


 思わず私は、変声魔法を使うことを忘れて素の声を上げてしまっていました。


 何してんのこの勇者?!

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