16.魔王はダラダラする

「あれま……兄さんの計画が怪しくなってきましたね」


 覗き魔法で見ている映像と会話が、私の脳内にダイレクトに投影されます。どうやら勇者達は私を父の魔の手から救ってくれるようです。そんな魔の手はありませんが。


 私は勇者達と兄さんの会話をすべて覗いていました。勇者達には、もしかしたら気づかれるかもしれないかと思いましたが、どうやら杞憂だったようです。

 まぁ、普段覗いてる時よりも気合いを入れて隠蔽処理をしていたので当然と言えば当然ですが。勇者達にもバレなかったというのは、覗き魔法に関しては父さん以上と自信を持っても良さそうです。何の自慢にもならなそうですけど……。


 勇者達は兄さんも交えて、今日一晩で作戦会議を行うようです。兄さんの目論見とは違う、私を救うための作戦会議を……。たぶん今頃、兄さんは頭を悩ませていることでしょう。


 お気に入りの部屋着を着たままベッドに寝転がっていた私は、そのままゴロゴロと寝返りを打ち続けます。今は城内にはほぼ誰もいません。兄さんと侍女長が勇者と一緒にいるため私は実質一人なので、今日はもう仕事もサボって自堕落に過ごしていました。

 まぁ、勇者が来たという情報が来たので、私はこうやって自室待機と言う仕事を任されたわけですが。


 城下町の避難も完了。城に残っていた僅かな非戦闘員も全員避難済み。後は残った少数精鋭で勇者を迎える……。実際には私を部屋に閉じ込めて、勇者達と合流した参謀が私に対してその少数精鋭で挑むということになっていました。


 しかし、勇者の提案でその計画も見直しになりそうですね。ここにきて勇者の提案を突っぱねるわけにもいかないし、敵対されたらそっちの方が厄介なのでまずは勇者に合わせるみたいですね。


 今日一晩で作戦会議をすると言う事は、期せずして私の余命が一日伸びました。てっきり今日までの命だと思っていたのですが、これを幸運と取るか不運と取るか……。まぁ、せっかく伸びた余命なのですからできなかったことをして過ごしましょうか。


 昨日はほぼ一晩中、魔王の装具を研究していたので結構な倦怠感が身体にのしかかっています。

 なので、今日の昼間はダラダラと過ごします。普段食べれないようなお菓子も飲み物も大量に準備しました。侍女長もいないので怒られる心配もないですし、一人プチ宴会と洒落こみましょう。

 魔王の装具の研究の続きは、このプチ宴会の後にしましょうか。割と良いところまで行ってると思うんですよね。あと、純粋にいじるのが楽しいというのもありました。


 まぁいいです。まずはプチ宴会です。そうと決まればさっそく準備に取り掛かりましょうか。


「それにしても……私を助ける……ですか」


 ベッドから降りていそいそと宴会の準備を始める私は、勇者の言ってくれた一言を呟きます。助けてくれるという言葉は久しく聞いていなかったもので嬉しくなります。

 覗いていた時はだいたい私をどうやって殺すかの計画だったり、どうやって魔王の装具を自分のものにするかとかだったりと、殺伐とした内容ばかりでしたからね。兄さんも私に対しての悪意はなかったんですが、あれはあれで気が滅入ります。


 まさか私を殺しに来ると思っていた勇者が私を助けると言ってくれて、こんなに温かい気持ちになるとは思ってもいませんでした。久しぶりに優しい気持ちに触れた気がします。

 ……まぁ、私は父さんに乗っ取られているわけでは無いので無駄なことをさせてしまうのは非常に申し訳ないのですが。それでもその気持ちが嬉しかったりします。


 ベッドの上にお菓子を広げ、近くに移動したテーブルの上に飲み物を置きます。読みかけていた本もこの際全部読んでしまいましょうか……後は兄さん達の作戦会議を常に覗き見してどういう計画なのかを知っておけばばっちりですね。明日はその計画を潰さなければならないので。潰すというか、台無しにするというか……。


 私はベッドの上に飛び込むと、そのまま置いたお菓子を……毒の入っていないお菓子を一つまみして口に運び、そのまま寝転んだ姿勢で本を手に取ります。普段なら絶対にできないし、やったとしたら怒られますが今の私は誰に咎められることなくすることができます。

 ……お菓子の汚れが少し本についてしまいましたが、それも気にしません。侍女長が知ったら烈火のごとく怒り出すでしょうが、侍女長もいませんし……。確かあのまま避難するはずですから、こっちにも戻らないでしょうね。


 なんだか最後の最後に、非常に自由を得ている気がします。なんでしょうかこの解放感は。私は自由だ!自由なんだ!!……一人で叫んでみたら思いのほか楽しかったです。


 今まで感じたことの無い解放感に戸惑いつつも、私は本を読みながら兄さんたちの会話に耳を傾けます。先ほどまでは映像も見ていましたが本を読みたいので音声だけにしています。覗き見している先では勇者が事の経緯などの詳細を兄さんから聞いているようです。


「そもそも、先代魔王はどんな奴だったんだ?……いや、色々と人づてに話は聞いているけど、詳しい奴から話を聞きたくてな」


「……聞きたいですか?」


 ……あー、その質問は兄さんには地雷と言うか、スイッチが入ってしまう質問です。兄さんの低い声から察するに、父さんへの愚痴……と言うか悪行を詳らかに語るつもりです。

 そこからしばらくは予想通り、兄さんの独演会のようになりました。


 実の父を殺されたこと、そして母を目の前で奪われたこと。母の懇願により命だけは助かったが奪われた母とは会うことは許してもらえず、祖父に育てられたこと。その後必死に力を付けて魔王の参謀にまで上り詰め、いよいよ母と会うことができるかというところで、母が死んでしまったこと……。

 最初のうちは冷静に説明していた兄さんですが、徐々に話す声に感情が乗り、最後の方は涙ながらに独白していました。


 さらには自分がされた仕打ちのみならず、父が他者にした悪行をも勇者達に伝えます。できたばかりの彼女を取られたとか、新婚ほやほやの新妻を取られたとか、娘を取られたとか、母を取られたとか、祖母を取られたとか……。妹を……。女性関係ばっかりですね。

 うん、改めて聞くと父さんはクソ外道ですね。外道と言うか鬼畜と言うか性欲魔王と言うか……。兄さんの口からも女性関係の悪行が九割以上です。この世にいても害悪しか残していなかったでしょうね。よく子供が私だけで済んだものです。


 ……いや、本当に済んでるんでしょうか?実は兄さん以外にも弟とか妹とか兄とか姉とかいないですよね……?出てこないですよね。今更ながら父さんの子供がいるのかどうか気になってきましたが、調べる時間は無いので……その辺りは置いておくことにしました。たぶん、いないでしょう。


 勇者達の反応は……非常に親身になって聞いているようで、鼻を啜る音や涙声で兄さんを慰める様子が聞こえてきます。みんないい人たちですね。特に勇者が一番親身になっています。先ほどまではどこか警戒心があったと思われるのに、今では真っ先に兄さんを励ましています。


「辛かったろう……大好きな人を取られるって言うのは身を引き裂かれる思いだよな……。わかる、わかるぞぉ……。ぐすっ……ううぅ……。大丈夫だぁ、俺が全部助けてやるぅ……。あぁ、もう死んでるんだったか魔王は……」


 ……勇者が物凄い勢いで泣いてます。


 気になったので音声だけではなく映像も見てみると、いつの間にか勇者は兄さんの隣に座って肩を組んでいます。兄さんがちょっと引いていますが、これだけ親身になられるのは悪い気分ではないのでしょうか、少しだけ嬉しそうです。


「……何があったんだ勇者のやつ。酒も入ってないのに……いや、酒が入っててもあんなに泣くところなんて見た事ないぞ」


「なんか……思い出しちゃったのかな……トラウマ的なのを? 昔そういう……恋愛してたとか?」


「勇者様が過去にそのような恋愛をなさったとは聞いたことがありませんが……。そもそも彼女とかいたことが無いですし」


「……なんで勇者の恋愛事情、把握してんだ?」


 勇者のお仲間さんは先ほどまでは一緒になって泣いていたのですが、勇者の行動に涙も引っ込んでかなりドン引きしています。どうやら彼等もこんな姿の勇者は初めて見るようです。

 ……何があったんでしょうかね。確かに私達の元に来ていた情報とはかなりズレがあるように感じます。


 勇者は敵対する魔族には容赦なく、魔王を倒すことを第一目的にしていると聞いていました。その理由も魔王を倒して国で待つ愛する人の元に一刻も早く帰りたいからと言う事だったので、倒すチャンスと言うのがあれば貪欲に来ると思っていたのですが……。

 半面、敵対しなければ魔族だろうとどんな種族だろうと分け隔てなく接せられる、非常に優しい勇者とも聞いているので、苛烈な噂だけが独り歩きしてしまったというやつでしょうか。あれですね、噂は決してあてにならないという事でしょう。噂と実際が違うなんてのはよくある話です。父さんも、噂なんかよりもっともっとひどい人でしたし。


「俺が……俺がついているぞ……!!」


「勇者様……!! ありがとうございます……!!」


 最初のうちは勇者の反応に引いていましたが、自分のために涙を流してくれた勇者の気持ちに動かされたのでしょうか。涙を流す勇者と涙を流す兄さんが熱い抱擁を交わします。

 ……私は何を見ているのでしょうか。勇者と実の兄の抱擁って。


 まぁ、兄さんと勇者が仲たがいすることなく、問題なく手を組んでくれたようなのでその点は良かったと思いましょうか。後は私を助けようとする作戦を聞いて……それを台無しにすればいいだけですね。

 助けようとしてくれる方たちの好意を無碍にするようで心苦しいですが、仕方ありません。


 さてそれでは気になっていた本の続きを読みましょうか。それはよくある冒険譚の完結巻で、最後に主人公はヒロインと無事に結ばれ、後日談で二人の間に子供ができたというところで終わりとなりました。

 私も、違う選択をしていればこういうハッピーエンドを迎えられたんでしょうかね。


「まぁ、今となってはもう遅いですね……」


 自嘲気味に笑うと、私はそのままゴロゴロと、ダラダラと最後の一日を過ごしました。

 読みかけの本はすべて読み、広げたお菓子もあらかた食べて……やることも無く勇者達の作戦を聞いていたら、いつの間にかそのままベッドの上で眠ってしまったようです。

 退屈すぎるとダメですね、まぁほぼ作戦は聞けたので問題ないですが。問題は目が覚めた時に起きました。


 目が覚めた時、私の目の前には笑顔のままで怒った顔の侍女長がいました。


「……お嬢さまー? ……何をなさっているんですか……?」


「えっと……」


 侍女長の目には、部屋着のままでベッドにお菓子やら本やらを広げたまま眠っていた私は、さぞはしたなく見えたでしょう……。

 てっきり戻ってこないと思っていたのですが、勇者達と兄さんはまだ一緒のようなのでどうやら侍女長だけ戻ってきたようです。いや、それにしたって貴方は避難するって話だったでしょう。


「お嬢さまをおひとりになんてできないでしょう?だから私は避難しないことに決めたのです。そう思って来てみれば……」


 その後私は、勇者は今日は来なかったが、兄さん達は警戒のため街に泊まると説明を受けた後、侍女長にこってりとお説教されました。最後の最後の、いつも通りのお説教です。


 侍女長にこうして怒られるのもこれで最後かと思うと、少し感慨深いものがあります。

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