15.勇者は共感する

 全てを話す。そう言って参謀の男が語りだした内容は、普通であれば到底信じられないような内容だった。


 既に魔王は自分達の反乱により死んでいること。そして、魔王によって疲弊している魔族達にこれ以上の抗戦の意思は無く、全面的に降伏するつもりだと言うことだった。

 その事を公表せずに隠していたのは、勇者である俺が到着した際に、魔王を倒した功績を勇者に渡して、魔族が降伏する際にできる限りの便宜を図ってもらいたいということからだった。

 現魔王に反感を持った魔族達が、到着した勇者一行と協力して共に魔王を倒したということにしてもらえれば、降伏した魔族達の立場もある程度は確保できるとの算段らしい。


「……魔王を殺したのを隠したのは、本当にそれだけが理由か?」


「後は、先代が死んだことを公表して周囲の国家に攻め込まれないためですかね……認めたくはありませんが先代の力は非常に強く、侵略からと言う意味では抑止力にはなっていましたから」


 参謀は、その抑止力のせいで自分達は瀕死の状態ですけどねと自嘲気味に笑った。


 ここまでの話に嘘はない……嘘は無いのだが何かしらの違和感がある。なんだろうか、嘘を判断する時とは違う小さな違和感と言うか……。なんだろうか。

 俺以外の戦士達の三人は、男の話に対して信じられないと言った表情を浮かべている。まぁ、旅の目的がいきなり消失してしまったんだから無理もない。俺も気持ちの面では信じられていない。

 先ほどまで、今日は相当に厳しく激しい戦闘になることを覚悟していたので、この結末は拍子抜けしたのかもしれない。三人とも納得いかないという表情をしている。


「みんな、どう思う?」


「正直に言うと信じらんねーな」


「……私も信じられない」


「私も信じられませんが……このような嘘をつく意味がわかりません」


 三人からの答えは予想通りのものだった。その反応を予想していたのか、参謀は苦笑を浮かべるだけで特に反論はしてこない。ここでこいつの言葉が真実だと言うのは俺にしかわかっていない。それを三人に伝える術が俺には無いのが悔やまれる。


「信じていただけないのも無理はありませんが……嘘は無いと信じていただくしかないのが現状です。ただ、道中で前魔王の所業を聞いているのであれば、それもあり得ると思っていただけるのではないかと」


 俺は三人と顔を見合わせる。確かに……道中で他の魔族から魔王を倒すために旅をしているというとかなり応援される確率が高かったから、それもあり得ない話ではないのか。事前に予想……できないよなさすがに、こればっかりは。

 俺は表面上は平静を装って、三人と真偽を話し合う。話し合いをしながら俺が考えていたことは……余計な事してくれたなぁと……それだけだった。


 勇者として、仲間を危険に晒すような戦いを回避できたのは喜ぶべきことだということはわかっている。魔王が既に倒されたのだ、これが本当であれば喜びこそすれ非難することではない。むしろ国民のために魔王を裏切った彼らの行動は、賞賛されてしかるべきだろう。

 しかし、今回は事情が違う。あくまでも俺の個人的な事情で俺以外には全く関係のない事情だが、俺にとって魔王が既に倒されていたなど不都合しかない。


 このままだと、俺は王女様と騎士団長の待つ国に帰らなければならない。


 ……俺は何か悪い事をしてしまったのだろうか?ここ最近は何か呪われているのではないかと思う程にひどい事の連続だ。何もかもがうまくいかない。何もかもがうまくいく人生なんてありえないとは分かっているが、流石にこれは無いでしょうと文句を言いたくなる。文句を言う相手は誰なのかわからないが。あの二人か。何かの間違いで再会してしまった時はぶん殴っても許されそうだ。


 情報取集のために街に入ってその目的は達成されたというのに……それどころか、知らない間に最終目的すら達成していたというのに俺の気分は沈みっぱなしだった。


「とりあえず俺は勇者の判断に従うよ。話としては信じられないが、お前の判断についていく」


「……私も……勇者が言うならその通りにする。……騙されたら全力で魔法撃てばいいだけだし」


「私も問題ないかと。このタイミングでつく嘘としては不自然ですし」


 とりあえず、三人は渋々というような体ではあるがいったん参謀の話を信じることにしてくれた。信じてくれたのは参謀の話ではなく俺の判断か。信じてくれる仲間達の存在に、沈んでいた気持ちが少しだけ軽くなる。参謀の男も俺達の結論に胸を撫でおろしたよう安堵の表情を浮かべていた。

 しかし、その表情もすぐに真剣なものに切り替わる。


「ありがとうございます。信じていただけて。しかし……実は現在、一つの問題が発生したいるのです」


 参謀は言いづらそうに問題があると口にしたが……今の俺以上に問題があるとは思えないが……。そもそも、魔王を倒しておいて問題なんてあるんだろうか。


「……問題?」


「えぇ、今の魔王様についてです」


 あぁ……なるほど。そりゃそうだよな。前の魔王が倒されたのなら今の魔王がいるはずだよな。違和感の正体はこれか。魔王を倒したのなら、今の魔王は誰なんだという話になってくる……。

 更にそこに問題があるという事は……まさか今の魔王もかなりのひどい男ってことなのか……?それは反乱起こした意味は無いだろうに……。


 魔族の男はどこからか一枚の写し絵を俺達に差し出してきた。そこにはなんだかぎこちない笑顔を浮かべ、顔の横で指を二本立てている非常に可愛らしい、少女と言っても差し支えない女性の姿が映っている。

 参謀と同じ金色の髪を肩まで伸ばしており、少し垂れた目が優し気な柔らかい印象を与えてくる。この女性の何が問題だというのだろうか?……おそらく魔族なのだろうけど、ごく普通の女性にしか見えないが。


「その写真に写っているが今の魔王様です。私は今の魔王様の参謀……そして彼女の婚約者と言う立場にあります」


 こんな可愛らしい女性が婚約者とは今の俺には羨ましすぎる……。いや、違う。こんな女性に魔王と言う立場を与えるとはどういうつもりなんだこいつら?写真と参謀の顔を俺は交互に見ると、少しだけ参謀が委縮したように身を震わせた。


「……誤解しないでいただきたいのは魔王様は望んでなったわけではありません。魔王を継ぐのは自らの意思は関係ないんです。彼女は選ばれてしまったんです」


 ……思ったよりも俺の目つきが鋭く、睨んでいると思われたのか、参謀は慌てて言い訳を始めた。しかし、魔王になるのに自分の意思が関係ないとは……望んで勇者になったわけでは無い俺みたいだな。少しだけ親近感を覚える。


「それが問題なのか?」


「いえ……問題は彼女が魔王になったことではなく……彼女に私達が殺した先代魔王が憑依しているという点です」


「……は?」


「日に日に彼女の魔力が小さくなっていき、先代魔王のものが大きくなっています。……おそらくは、もう手遅れでしょう」


 思わず間の抜けた声が俺の口から洩れたが、そんな俺の反応にかまわず参謀は勝手に話を続ける。

 気がついたのは数日前。一気に彼女の魔力が膨れ上がり、その中に覚えのある魔力を感じたという。そして、独自に調査したところその魔力が先代魔王の物だったと。見た目、立ち振る舞いこそは彼女のままではあるが、おそらく数日で先代魔王が彼女の肉体で復活するだろうと言う事だった。

 せっかく倒した先代魔王が復活するというのは、彼等としても看過できないことだったが……。


「だから勇者様にお願いがあるのです……」


 ……嫌な予感がする。このタイミングでのお願いなど、碌なことではないのは明白だ。いや、俺の想像通りなら俺がこいつを衝動的に殺してしまわない様に自制する必要がある。

 とりあえず、何を聞いても取り乱さない心持ちで俺は参謀の次の言葉を待つ。


「私の愛する彼女が魔王に完全に乗っ取られる前に……彼女を殺していただきたい」


 想像通りの言葉に、俺の身体から変な汗が噴き出してきた。酷く冷たいその汗を不快に感じながら、俺は衝動的に剣に手をかけなかった自分を褒めてやりたい気分になっていた。

 仲間の三人は無言だが、参謀のその言葉に対して憤っているように感じられた。


「殺すって……穏やかじゃないな。助ける方法は無いのか? 彼女は魔王になるのは望んでいなかったんだろ?」


 できるだけ感情を押し殺して、今すぐ切りかかりたい衝動を俺は抑えながら俺は努めて冷静に会話を続ける。こいつの言葉には嘘が無い。だから質が悪い。愛する彼女と言っているのに、俺に助けを求めるでもなく先代魔王諸共に殺そうとしている。それが今の俺にはひどく気にいらない。


「助ける方法は……おそらく憑依の初期段階であれば可能だったでしょう。今では彼女自身の魔力と混ざり合う様に先代の魔力が上書きされてしまっていますので……」


 もう助けるのは手遅れだと、参謀は沈んだ声で俺達に改めて告げる。悔しそうな表情を浮かべる参謀の目からは、涙がこぼれていた。

 俺はため息を一つつき仲間達に顔を向ける。ちょっと前の魔王を倒すことだけを考えていた俺なら、あっさりと参謀の提案に乗って魔王を殺す選択をしただろうが、今はとてもそうは思えなかった。


 数日前に王女と騎士団長からあんな裏切りを受けた俺は、婚約者である参謀からも見捨てられて殺されそうになっている女性を放っておくことができなかった。自分と重なって、彼女に対して同情してしまった。倒した方がきっと良い事なんだろうけど、同情してしまったらもう駄目だ。


 だから俺はその提案をすんなりと飲むことを止めた。皆には反対されるかもしれないがまずは彼女を助ける努力をしたいと思ってしまった。その結果、自分は窮地に立たされるがそれはまた別で考えればいい。

 好きな人に裏切られるのは俺だけでもう十分だ。


 一度目を閉じ深呼吸をした俺は、意を決して口を開いた。


「みんな、俺はまずは今の魔王を助けたいと思う。それがダメだった時に、俺は彼女を殺すがそれは最終手段だ。まずは基本路線として助ける方向で動こうと思う」


「勇者様?! 何を?!」


 俺の言葉に参謀が驚きの声を上げた。勢いよく立ち上がったその勢いで、先ほどまで座っていた椅子はそのまま床に倒れて行ったようだった。

 ただ、俺の言葉に驚いたのは俺の仲間も同様だったようで、あんぐりと口を上げて呆けたように俺を見ていた。


「いや、まさか……お前からそんな言葉が聞けるとはな。お前は今が魔王を倒す最大のチャンスだとか言って容赦なく行くと思ったんだけど」


「俺はそこまでひどい奴じゃないつもりなんだが……。どういう目で俺を見てたんだよ」


 俺は頬をかきながら言う戦士の評価に軽くショックを受ける。そこまで俺はひどい奴と言う評価を受けていたのだろうか?確かに敵には容赦はしない方だとは自覚してるが……。

 俺の抗議の声にも気にした風もなく、戦士は俺に対して半眼を向けつつ言葉を続けた。


「いや、魔王を倒せば王女様と結婚だって、今まで息巻いてかなり情け容赦なかったからさ……」


「……うん……正直、勇者の説得が一番苦労すると思っていた」


「私は勇者様がお決めになったことであればなんでも従いますが、確かに意外でしたわ」


 戦士に続き魔法使い、僧侶も俺に対しての評価を口にする。そんなに前の俺はひどかったのだろうか……?自覚はあまりなかったのだが、確かにあの事が発覚する前までは早く帰りたくて仕方なかったからな。


 今はもう帰りたくないけどな。


 ただまぁ、皆も魔王を助けたいというのは賛同してくれるようだった。ありがたい。良い奴らだ。


 まぁ、魔王を助けたら俺の「魔王と相打ちになったフリして行方をくらまそう」という当初の計画は完全に瓦解するが仕方ない。望まず魔王になったという女性を犠牲にしてまでやることではない。

 結果がどうなるかはわからないが……最悪、俺が逃げればいい話だ。きっと逃亡生活も悪くない。そうなったら、皆には事情を話してしまおう。


 まずは、魔王を救うことを優先だ。


「じゃあ、魔王を救う方向で作戦を考えよう。難しいかもしれないが、やれることは全部やるぞ」


「そうだな、俺もこんな女の子を犠牲にしてまで魔王討伐の栄誉は欲しくねえや。寝覚めが悪い」


「……魔力が混ざっているならまずはその混ざった魔力を分離。……難しいけどできない事じゃない」


「憑依と言うなら、もしかしたら呪いと同じ系統かもしれませんわね、それであればお任せください」


 俺もてっきり皆に反対されると思っていたので、賛成してくれたのはありがたかった。旅の中でも色々と似たような現象にも遭遇してたし、きっと俺達ならなんとかできるだろう。


「お前もそれでいいか?俺達はまず殺すんじゃなく助ける方向で動く。それであるなら協力しよう。そのうえで降伏を受け入れる」


 立ち上がったまま固まっていた参謀は俺の一言で我に返ったように動き出した。その表情は俺達の提案に戸惑っているようだった。少なくとも、助けるという提案に対して喜んでいるようには見えなかった。


「……え……えぇ、お願いします……私も彼女には幸せになってもらいたかったですから……」


 表情に違和感は感じたが、絞り出すような参謀のその言葉、嘘ではなかった。

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