14.勇者は到着する
俺が王女様と騎士団長と最後に通信をして別れを告げてから数日が経過した。その間も俺達の旅は続いていたのだが、戦士と魔法使いが結ばれたりと喜ばしい出来事もあり、俺は幾分かすっきりとした晴れやかな気分になれていた。
少なくとも、もやもやとした不安を抱える必要が無くなったので、あの晩に声をかけた自分の判断は正しかったのだと思う。あのまま見逃して旅を続けていたらどうなっていたことやら。
その代わり……違うことで頭を悩ますことが増えた。
あの晩に俺は二人に対して「魔王とは相打ちになったことにして国には戻らない。」と言ったのだが……正直な話どうやってそれを成功させたものか……。ただもう国に戻りたくない一心で、思いつくままに喋ってしまっていたのだが……いくつか計画は練っているが、かなり困難を伴うのも事実だ。
これが俺の一人旅であったら何の問題も無かったのだろうが……俺には幸か不幸か……いや、幸運にも頼もしい仲間達がいる。戦士、魔法使い、僧侶の三人とはここまで助け合って旅を続けてきた。強敵に対しては四人の連携で挑むことだってあった。
どんな強敵にだって俺達であれば倒せる自信はある。それがたとえ魔王相手だろうと仲間と一緒なら絶対に勝てるはずだ。そう、仲間がいれば勝てる自信はかなりある。絶対に近いレベルまで自信はある。
しかしそれは、逆に俺一人では魔王には勝てないのではないかと言う話にもなる。俺が今、一人で魔王に挑んで勝てる自信はあるかと問われれば……たぶん、無いと答える。仮にも魔王だ、そんな甘い相手じゃ無いはずだ。一人で勝てると豪語できるほど、俺はうぬぼれていない。
魔王を倒す。これはまず大前提だ。
しかし、倒すには四人の力を合わせる必要がある。
そして、俺は魔王を倒した後は三人の仲間達に知られない様にいなくなる必要がある。
……考えれば考える程に難しいんじゃないかと思えてくるんだが。
四人で魔王を倒すところまでは問題無く行けると思う。きっと。そこまでは安心だ、何の不安もない。だけど、そこからどうやって相打ちに持ち込むか。正確に言うと相打ちになったように見せられるか。
一つ考えているのは、終盤で「ここは俺に任せて、先に逃げろ!!」と言う展開だな。王道と言うか、やってみたい展開ではある。やってみたい展開ではあるのだが……。たぶん、あいつらは逃げないような気がするんだよなぁ……。そこまでピンチになったら、絶対に一緒に戦うって言う。
他にも、魔王を倒した後で疲れたから少し休んでいくから先に行ってくれと言ってそのまま失踪する、魔王に単身突っ込んで行って移動魔法を使って俺と魔王の二人だけで一騎打ちにする、他の魔族達の相手を戦士達に任せてから俺は魔王と戦い、誰も他に入って来られないようにする……。
……色々考えたけど、どれも穴が大きい作戦なんだよなぁ……。一騎打ちで魔王に勝てるかは不確定だし、倒した後に一人にしてくれるとは思えない。
……ここまで困難だと、いっそのこと事情を全部話してしまうというのはどうだろうかと考えて、ちょっと前にそれとなく三人に……もしも帰って王女様と騎士団長がくっついてたら笑うよなとか言ってみたのだが……。
もしもそうなった時の三人がどうするのかと言うと……。
戦士曰く「騎士団長をぶっ殺す」
魔法使い曰く「……王女を呪います」
僧侶曰く「国を滅ぼしますわ」
あくまでも冗談、仮定の話として出したのに、三人はその可能性もあり得ないことじゃないと思っているのだろうか?笑ってはいたのだが目だけが笑っていなかった。背筋に冷たいものが走ったくらいだ。
僧侶が一番物騒なのもびっくりした。戦士と魔法使いはそれぞれ個人に対してなのに国丸ごとって……。「勇者様を裏切ったのですから、国一つくらい神も許してくれますわ。大丈夫です、無関係な方は大丈夫なようにしますから。」って……。絶対に彼女にだけは知られちゃいけない。
何より怖いのは、三人の言葉には嘘が一切感じられなかった。本気でやる。絶対にやる。
この能力を手に入れた時に、今後は嘘がわかることで心労を感じることが増えるんだろうなとは思っていたんだけど、まさか本当のことで心労を感じるとは思わなかった。
三人とも相当強くなっているので、国を敵に回してもそれができるかもしれないというのも厄介だ。いや、たぶん……三人が組んだら下手したら一国を落とすくらいはできるかもしれない……旅の道中でできたつてもフル活用するだろうし……。
なので、三人に打ち明けるのも駄目になってしまった。
良い打開策が思い浮かばず、あの二人の事を知らないふりして帰っていた方がいっそ良かったのではないかと弱気になり始めた頃に……俺達はとうとう魔王城の城下町へと到着した。……してしまった。
何だろうか、前はあんなに早く到着しないかと思っていた場所なのに、早く魔王を倒さないといけないというのはわかっているのに……今はまだ到着したくないと思ってしまっている。ここは出たとこ勝負で何とかするしかないかな……。
「なんだ……? どうなってんだあれは?」
城下町付近へと到着したことに俺が頭を悩ませていた時、戦士が城下町の入り口を見て困惑した声を上げていた。何か困惑するようなことでもあったのだろうかと、俺と他の二人も一緒に戦士の視線の先へと顔を向ける。
城下町はぐるりと壁で囲われており1つの大きな門が入り口として存在していた。禍々しいデザインではあるが、それ以外は特に他の街とは大差ない、ごく普通の街の入り口の様に見える。特に戦士が困惑しているような理由も俺には見当たらなかった。
「何か変か? 俺にはおかしなところは特に見当たらないが……」
「いや、変だろ。なんで城下町の入り口が普通に開きっぱなしになってるんだよ?門番すらいないぞ」
「……あ。」
俺は言われて初めて城下町の門が開いていることに気がついた。他の二人は気がついていたようで俺に怪訝な視線を向けてくる。考え事をしていたからそこまで気を配れていなかった……。
確かにおかしい……普通だったら入り口の門は閉まっていて門番かなんかがいるだろうに……魔王の城だからそう言うのは不要とかそういう自信の表れとかか……?
いや、そんなはずないよな。他の魔族の街にもいくつか行ったけどこういうタイプの街には必ず門番はいたし……魔王を倒すために旅をしている勇者だって明かしたら逆に歓迎と応援をされたっけ……同族からも嫌われすぎだろ今の魔王……。
「……もしかして、この街の魔族達も魔王を倒して欲しいと思っているとか?」
「仮にも魔王城の城下町でか……? 流石にそれは無いだろ……」
「どうしますか勇者様……? 罠の可能性を考えていったん引き返しますか……?」
「……とりあえず、魔法ぶっ放してみる?」
とりあえずで魔法を打ちたがる魔法使いを戦士に抑えてもらい、俺と僧侶は少し考え込む。俺としてはここで引き返すのは願ったり叶ったりだ。ここでいったん引き返せば考える時間が増えるからな、非常にありがたい。ただ……ここで戻ったところでいい考えが思い浮かぶ気がしないのが問題だ……。たぶん、戻ってもどうしようって考えこんで終わる気がする。
「……僧侶、門が開きっぱなしになっている可能性としては何があるかな?」
「うっかり閉め忘れたというのはありえませんので……罠が最も可能性が高いと思いますが……何らかの理由で街を放棄したとかもあり得るかと……。」
街を放棄する……その可能性はあるのだろうか?その行動は聞いていた魔王像からは最も遠い行動のようにも思えるけれども……判断するには情報が足りないな。
そうなると、罠の可能性を考えても城下町で情報収集をまずはするべきだろうか。幸いなことに戦闘の準備は十分にしているし、仮に罠にかかったとしても最悪、逃げに徹すれば問題なく対応可能だろう。
「……罠の可能性はあると思うが、情報が足りない。城下町に入るだけ入ってみよう。場合によっては撤退も視野に入れる」
俺の言葉に隣の僧侶と、魔法使いを羽交い絞めにしていた戦士と、不服そうに拘束されていた魔法使いはそのままの体勢で頷いてくれた。……見ようによっては戦士と魔法使いがいちゃついているように見えて、ちょっとだけ羨ましくなってしまう……。いや、それは置いておこう。とにかく今は街の中に入るとしようか。
俺達は周囲を警戒しつつ入り口に移動し、そのまま街中へと入っていく。拍子抜けするほど何もなく、やっぱりこれは罠ではないかと不安になるくらいだった。
そうして入った街中には誰もいなかった。人っ子一人見当たらず。民家も商店もひとつ残らず閉まっており、家の中にいるのかと思ったのだがそのような気配は欠片もなく、完全に街が丸ごと無人になっているようだった。
「……誰もいないな」
ぽつりと呟いた戦士の言葉がやけに鮮明に響いた。誰もいない街と言うのはここまで音が響くものなのだろうか。どんな田舎の村でも、ここまで誰もいないということは無かった気がする。
俺達は何か情報は無いかと街中を進む。通り過ぎていく家にはそこにどんな住人が住んでいるのかの写真が貼られていた。防犯と言う意味では危なくないだろうかと少し違和感を感じつつ、誰かがいたという痕跡が見て分かるのは少しだけ安心できる……。
いくつかの家々を見て回ると、どの家にも住人の写真が貼られており、こういうお国柄なのだろうかと思ったのだが、数件見たところで違和感の正体に気付いた。
家には、女性の写真しか貼られていなかった。
その光景は以前に訪れた大きな街で、戦士と二人でこっそりと行った色街のようにも見えたのだが……。
しかし、あの時に見た色街の光景はどこか煌びやかで華やかなものだったが、この光景はひたすらに暗く、よどんでいるように見えた。
……ちなみにその時、俺と戦士はあまりの色街の煌びやかさ加減に怖気づいて、ちょっと色っぽいお姉ちゃんとお酒でも飲もうかとか考えていただけなのに、すごすごと逃げ帰ってしまったのだが……これは行ったこと自体も含めて女性二人には内緒の話だ。
魔王の評判は聞いていたが……まさか……これ、そう言う意味なのか?この街……全部が?
もしも俺の想像通りの意味ならば、あまりの悪趣味さと悍ましさに吐き気すらこみあげてくる。俺が青い顔をしていると、皆も察したのか顔色を悪くしていた。
俺達はただお互いを見ると、無言で頷き合って先を進むことにした。
しばらく進むと街の中心らしきところに到着し、そこにはひときわ大きな建物があった。真っ白な壁をしたその建物は他の民家とは異なり窓も何もなく、ぽつんと空いた入り口だけがある真四角の建物だった。
「……なんだろうなあれ。集会場か何かか?あそこだけ扉が開いているぞ」
「……入ってみるか」
流石に誰もいないさそうだとわかっていても扉の閉まっている民家には入りづらかったのだが、開いているのであれば多少なりとも入りやすい。それに、この状態で扉が開いている建物ということは俺達にそこに入れと言う事なのだろう。
誘い込まれているようだが他に情報を得る方法も無い……俺達はその建物内に入っていくことにした。
建物内は窓がなくただ四角い壁で覆われているだけなのに非常に明るく、そこかしこに雑多に物が置かれていて、まるで子供が玩具を出しっぱなしのままにして片付けをしていないような部屋だった。
そんな部屋の中に、一人の真っ黒な軍服を身に着けた一人の魔族が立っていた。。
「ようこそおいでくださいました、勇者様。私は魔王軍の参謀役を務めさせていただいております。貴方達のお越しを心より歓迎させていただきます」
長い綺麗な金色の髪を横で1本に束ねており、銀色の眼鏡をかけた男だ。一見すると女性のようにも見えるが、先ほどの声から男性だと思う。所謂、美丈夫と言うやつだろうか。
魔族の男は慇懃な態度で俺達に一礼をする。周囲には他の魔族の姿は見えず、この男一人の様だった。発言から察するに、ここに俺達が来るのはこの男が想定していたことなのだろう。
「……一人とはいい度胸だな」
「えぇ、ここには私しかおりません。武器を収めてはいただけませんか? 私はこの通り、丸腰ですので。貴方達に敵対する気はありません。話をさせていただけませんか?」
敵意は無い事をアピールしているのか、魔族の男はにこやかな笑みを浮かべて両の手を上げて俺達に見せる。言葉には嘘が無く、確かに軍服姿ではあるが武器は何も携帯していないようだった。
だけど、その顔に浮かべている笑顔も相まってか非常にうさん臭く見える。
「……勇者」
「あぁ、わかってる」
戦士が相手に聞こえない様に小声で俺に呼び掛けてくる。俺にはこの男の言葉が本当のことであるとは理解できているが、戦士達はそうはいかない。警戒するのは当然だ。俺も、敵対する意思は無いというがそれを理由に油断したりはしない。
俺はいつでも応戦できるように、聖剣を意識したままにしておく。皆も構えてはいないがいつでも戦えるように気持ちだけは切らさないでいた。
「敵意が無いなら、なんでわざわざ俺達の前に現れた? それと、この街の現状はどうなっている? お前がやったのか?」
「そうですね……疑問については可能な限りお答えしましょう。立ち話もなんですし、場所を変えましょうか」
……俺自身が信じられないが、この男は嘘をついていない。それでも問答無用で切りかかって倒すこともできるが、それをしたところで俺には何の得も無い……どころかマイナスになる可能性が高い。
現状に対しての情報が足りないのも事実なので、俺はこの男についていくことにした。俺は他の三人に目線を送り、魔族の男についていくのを了承したことを示すために小さく頷いた。三人は俺の決定に戸惑いつつも俺に小さく頷き返してくれた。
そのまま俺達は無言で魔族の男の後をついていく。場所は今いる場所の隣の部屋で、そこはテーブルと人数分の椅子しかない部屋だったが、先ほどまでの場所とは違って綺麗に片付けられていた。
そこには一人のメイド姿の女性魔族が控えており、俺達の人数分のお茶の準備をしている所だった。
「どうぞ、おかけください。あぁ、飲み物に毒は入っていませんのでご安心を。お菓子も良ければどうぞ」
とりあえず俺達は促されるままに席につくが、飲み物や食べ物には流石に口を付ける気にはなれなかったのでそのままにしておいた。やっぱりその言葉にも嘘が無いのは理解できたのだが……毒以外の物が入っている可能性はあるのと、気分的なもので口を付ける気にはなれなかった。
そんな俺達に特に気分を害した風もなく、彼は自分の目の前のカップを手に取り口を付けていた。茶の味を確かめるとメイド姿の女性へと視線を送った。そして退室するように手振りで促したのか、メイド姿の女性は一礼をしてこの部屋から去って行った。
「さて……それでは現状について全てをお話ししましょうか。」
そう言うとテーブルの上で指を組んだ男……参謀はゆっくりと口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます