13.魔王はお別れする

 私の質問にお爺ちゃんの表情が強張ります。先ほどまであった和やかな空気は一変し、張り詰めたような雰囲気がこちらまで伝わってきました。先ほどまで悲しそうに私を見ていたお爺ちゃんは、真剣な顔で私を見てきています。私とお爺ちゃんはそのまま睨み合うような形でしばらくお互いを見ていました。


「……知っとったのか?」


 一つため息をつきながら、お爺ちゃんは少しだけ目線を下に逸らし、苦しそうな表情を浮かべます。お爺ちゃんの性格上とぼけることは無いと思ってましたが、そんな顔をさせてしまうのを申し訳なく思いつつ、私は笑顔を浮かべながら答えます。


「えぇ、お爺ちゃんが先々代……父が死んだから先々々代ですか、三代前の魔王様だったんですね。そして、私の父に息子さん……先々代の魔王様を殺されていたことも知ってます」


 お爺ちゃんはさらに深くため息をつくと、目をつぶって頭を左右に振ります。そのまま顔をゆっくりと上げて私を改めて見つめます。その目には深い悲しみと少しの怒りが見て取れます。


「……誰から聞いたんじゃ全く、余計な事を……。嬢ちゃんには何も知らないでいて欲しかったものじゃが」


「まぁ、ちょっと色々あって……。本当、碌でもない父で申し訳が無いです。父はもういませんが、代わって謝罪します」


「……あの男が何か記録でも残していたのか?」


「そんなようなものです」


 実際には父の記憶を半ば無理矢理に見せられたわけなんですが、この場では混乱させるだけですし、それは黙っておきます。ただ、お爺ちゃんは私が父の記録を見たということに対して苦虫を噛み潰したような顔をしていました。

 確かに父が記録を残していた場合、それは碌なものではないことは容易く想像できます。そんなものを私が見たともなれば、こんな顔にもなるというものです。


「本当に……死んでも厄介なことをやらかす男じゃな……。悪趣味な……」


 奇しくも私と同じ感想を抱いたお爺ちゃんに、私は静かに同意します。本当、父は生きていても死んでいても周りに迷惑をかける人です。

 気持ちを切り替える様に、お爺ちゃんはカップに残っていたお茶を一気に飲み干します。カップからは湯気が出ていたためまだ熱いかと思うのですが、そんなことは気にもしていないようです。

 そしてカップを置くと、その表情は先ほどまでの苦虫を噛み潰したようなものから、静かで穏やかな物へと変化していました。


「正直に言うと……息子の仇が討てたことは嬉しかったよ。お前さんには悪いがな……やっと……やっと息子とその嫁の無念を晴らせたかと思うと気分が本当に晴れやかになったよ……でもな……」


 この口ぶりからすると、お爺ちゃんは父が殺されたことには関係しているようです。父の記憶内にはお爺ちゃんは出てきていませんでしたが……何かしらの協力はしていたのでしょう。

 お爺ちゃんはそこで言葉を切って、私の指についた魔王の装具に視線を落とします。


「……私が魔王を継いだのは想定外でしたか」


「そうじゃ。本来ならばあの男が死んで、参謀のヤツが次の魔王を継ぐはずじゃったんだが。何故か継いだのは嬢ちゃんだった」


「なんでそうなったか、お爺ちゃんでも原因はわかりませんか」


「わからんのう……。そもそも、装具についてはわからんことも多くてな。儂の息子の時は、息子が儂に挑戦してきて、息子が儂を倒した段階で継承が決まったんで、儂が死ぬことは無かったんじゃよ……。ただ、普通は魔王になろうとして挑戦した者が勝利して、次の魔王になってきたんじゃ。嬢ちゃんみたいに全然関係ない第三者が継承した例は聞いたことが無い」


 やっぱり私の継承は例外だったみたいです。……まぁ、父が装具に宿って私に継承できるように何かしてたんでしょうねきっと。実際に私への継承を成功させているわけですから。

 ……こんなことなら父さんの記憶も全部消さずに残しておけばよかったです。おそらく、記憶の中には継承させるための方法もあったでしょうに……。父さんの……何と言うかその……趣味……と言うか……その辺りの記憶のインパクトが強すぎて他はあんまり見なかったんで……。


 でも、もしかして……父の魂が装具から出てきたことに何かしらヒントがあるのでは……?魔力に関係があるんでしょうか……。私は父から奪った分もあるので、魔力だけは強いし、魔力のコントロールにも長けてるので、装具に対して色々と試してみるのもいいですね……時間があまりないですが。うまくいけば兄さんに確実に魔王を継いでもらうことができると思います。

 私がぶつぶつと下を向きながら考え込んでいると、お爺ちゃんが何かを言いづらそうにしていることに気がつきました。顔を上げると、やっぱり言いづらそうにしているのですが、やがておずおずと口を開き始めました。


「……その……なんじゃ……。嬢ちゃん、全てを知ってしまったという事は……参謀のヤツのことは……」


 ……あぁ、その事ですか。そう言えば明言していませんでしたね。お爺ちゃんには言っておきましょうか。


「えぇ、兄さんなんですよね、あの人。で、お爺ちゃんのお孫さんだったんですね。全然知りませんでしたよ……。まさか先々代の息子で、お爺ちゃんの孫だったなんて」


 私の一言に、お爺ちゃんは両の手で頭を抱えだしてしまいました。


「本当に……本当に余計な記録を残してくれたの……!! あの野郎……!!」


 怨嗟に満ちた声が私の耳に届きます。本当に、お爺ちゃんは私には何も知られたく無かったのでしょう。悔しさと怒りで身体が震えています。


「ちなみにどこまで知っとるんじゃ? 聞かせてくれんか?」


「えぇと……父が最低で下衆な魔王で、病死ってことになってるけど暗殺されたんですよね?で、兄さんが次の魔王になるはずだったけど私が何故か継承しちゃったって……」


「……なんで暗殺されたって知っとるんじゃ?」


 しまった、口が滑りました。私は父の遺品を見て父の悪行を知ったって体だったので、確かに暗殺された後に、父が殺されたという事は知るのはふつう難しいでしょう。とりあえず私は咄嗟に言い訳を考えます。

 あくまでも表面上は動揺を悟られない様に、平静を装った微笑を浮かべながら言い訳を口にします。


「父の残した記録にその事もあったんですよ、暗殺されるかもしれないって。その場合は私に仇を取って欲しいって……。……皆からは病死って聞いてたけど、お爺ちゃんの反応でやっぱり暗殺だったんだって確信できましたよ。他の記録を見て全部知っちゃったら、碌な映像も残ってなかったから……仇を取る気なんて全く起きませんでしたけどね」


「……カマをかけられたか。あの素直で可愛い嬢ちゃんがそんなことするとは……よっぽど酷い記録を残しておったんじゃな……。映像まで……。悪趣味な」


 お爺ちゃんは頭をガリガリとかきながら、面白くなさそうに苦痛に満ちた表情を浮かべ、最後の方の父への罵倒は吐き捨てるように呟きました。どうやら、自身の失態で私に知られたくないことを知られてしまったと思ってくれたようです。誤魔化されてくれたようで良かったです。

 まぁ、記録を見たというのはある意味では嘘じゃないですよね……。実際に父の記憶を見せつけられたわけですし……。

 ちょっとだけ私が罪悪感を感じていると、お爺ちゃんは顔を上げて、気持ちを切り替えるように自分の頬を両の手で軽く叩きました。乾いた音が響き、私が驚いていると、少しだけ晴れやかな笑顔を浮かべたお爺ちゃんの顔がそこにはありました。


「まぁ、知ってしまったものは仕方ないわい。考えようによっては、孫みたいな嬢ちゃんが魔王になって、実の孫のあやつが一緒になってくれるんじゃ。疲弊した国も今後も安泰じゃろう。曾孫の顔にも期待するぞ。二人の子供なら可愛いじゃろうなぁ」


 とんでもない事を言い出したお爺ちゃんに、私は慌てて首を振ります。いや、そもそも兄妹で結婚しないでしょ。なんで普通にくっ付けようとしているんですか。私の抗議の声に、お爺ちゃんは心底不思議そうに首を傾げます。


「儂の時代は片親が違う兄妹との結婚とかたまにあったんじゃがのう……今はそう言うのはせんのか。時代の流れじゃのう……。まぁ、嬢ちゃんが嫌なら無理にとは言わんが」


「えぇ、父親違いとは言え、私は流石に実の兄と結婚する気は無いです」


 お爺ちゃんは本当に残念そうにため息をついてましたが、その顔は少しだけ安心したように笑っています。どうやらお爺ちゃんは侍女長と兄さんの関係は知らないようです。もっと言えば……兄さんの計画も知らないようです。お爺ちゃんも避難するから、計画についてはあえて話していないんでしょうか。

 お爺ちゃんも計画を知っていたら悲しかったので、少しだけ救われた気分になります。


「……なぁ、嬢ちゃん。儂と一緒に逃げんか?」


 私がそんな風に胸を撫でおろしていると、唐突なお爺ちゃんの申し出に目を丸くして驚きました。お爺ちゃんは至極真面目な表情をしています。これが愛の告白であればかなり気持ちが傾くくらいに格好いいです。ナイスミドルと言うやつでしょうか。


「そんな急に愛の告白をされてしまうと、私もさすがにびっくりしますよ。お爺ちゃんから女として見られていたとは……。ちょっとグラっと来ました」


「おぉ、儂もまだまだイケる……。いや、違う。アホゥ、そんなんじゃないわい。孫娘の様に思っとるやつをそんな目で見るわけないじゃろ。儂もビックリじゃ」


 なんだ、違うんですか。まぁ、わかってはいましたが。お爺ちゃんなら見た目も割と格好良いし、昔からよく知っているし、割と気持ちがぐらついたのは事実です。

 まぁでも、仮にそういう意味だったとしても、私はその提案を受け入れるわけにはいかないですが。


 私がここでお爺ちゃんと一緒に逃げてしまったら、たぶん彼らは私を探すでしょう。魔王が継げないという問題よりも、父さんが生き延びる可能性は万が一にも許せないはずですから。

 実際にはそんな脅威が無いのだとしても、彼らはそれを知りませんし。

 本当、何もかも考えずに逃げられたらどんなに楽でしょうか。できることならそうしたかったです……。


「ありがとうございます。でも、ごめんなさい。私は逃げるわけにはいきません。曲がりなりにも私が今は魔王ですから。降伏するとは言え、勇者から逃げるわけにはいきません」


 私は深々と頭を下げてお礼を言います。頭を下げているため、今の私はお爺ちゃんがどんな顔をしているのかはわかりません。せっかくの提案を断ってしまい、どんな顔をしているのかを見るのが怖くて私は頭を下げたままでしばらく固まってしまいます。

 しばらく、私は頭を下げたままの姿勢を保っていたのですが、お爺ちゃんは何の言葉も発せず、ただ黙って私のことを見ているようでした。そのまま少しの間、お互いが沈黙したままになりました。


「儂は無力じゃなぁ……」


 お爺ちゃんの声は震えていました。


「儂の後を継いだ息子を殺され、自身の手で仇も討てず……。魔力も何もかも枯れつくしたあげくに、息子の嫁と孫の体のいい人質にされて……。何が、元魔王じゃ……肝心な時に儂は何も守れんかった……。情けない」


「お爺ちゃん……」


 背中を小さく丸めて、お爺ちゃんは悲しそうに呟きました。私はそれに対して何も声をかけることができませんでした。私にはお爺ちゃんがどうしてこうなったのか知りません。何を言っても気休めにもならないし、むしろ父の子供である私が何かを言ったらむしろお爺ちゃんを余計に悲しませてしまいそうだったので……。


「……お嬢ちゃんが決めた事なら、儂は反対せんよ」


 いつの間にか背中を真っ直ぐに伸ばしたお爺ちゃんが、私に顔を向けて言いました。私は恐る恐る、ゆっくりとお爺ちゃんの表情を見ます。その顔は優しく微笑んでいました。


「ただ……もしも危ないと思ったらさっさと逃げてしまえ。あの男の尻ぬぐいで嬢ちゃんが死ぬことは無いわ。そうじゃな、全部終わったら今度は儂の手料理をごちそうするぞ。これでも料理はできるからの。約束じゃ」


 その優しい言葉に思わず私は涙ぐみそうになりましたが、何とか堪えます。こんなに泣きそうになってしまうのは、こんな風に裏表なく接してもらったのは本当に久しぶりだからかもしれません……。


「はい、次はお爺ちゃんの手料理を食べさせてくださいね」


 私は精一杯の笑顔をお爺ちゃんに向けます。でも、泣きそうになるのを必死に堪えているので、少し歪な笑顔になってしまったかもしれません。それでもお爺ちゃんは笑ってくれました。私もそのままお爺ちゃんと一緒に笑います。


「……それじゃあ帰りますね。お邪魔しました。お爺ちゃん、避難先でもお元気で。あ、今日の事は皆に内緒にしてくださいね。私が全部知っているというのは私とお爺ちゃんだけの秘密ですよ。何があっても……ね」


 椅子から立ち上がった私は、人差し指を口元に持っていき、片目を閉じながらお爺ちゃんにお願いします。お爺ちゃんは「どこでそんな仕草覚えたんじゃ」とか言いながら、私のことを半眼で見てきます。


「……わかったわい。老い先短い身じゃが、今日の事は墓場まで持っていく。どうせ今から知らせたところで、時間も足りんわい」


 少しだけ納得していない様にも見えますが、了承してくれて一安心です。私はその言葉に対して笑顔で返答します。お爺ちゃんは約束を守る人ですし、きっと大丈夫でしょう。私はお爺ちゃんを信じることにしました。お爺ちゃんも、最後は私に笑顔を返してくれました。


「またな、嬢ちゃん」


「さようなら、お爺ちゃん」


 笑顔でお爺ちゃんは私に手を振ってきます。私もお爺ちゃんに手を振り返し、小屋から出ていきました。小屋の扉は入ってきた時と同じく軋んだ音を立てながらゆっくりと閉まっていきます。

 完全に扉が閉まった時、私はこれでお別れなのだという実感が湧いてきました。少し寂しいですが、最後に一緒に食事をし、挨拶できたのはとても嬉しかったです。

 心残りがあるとすれば、最後の約束は絶対に果たせないことくらいでしょうか。


 お爺ちゃん、約束を守れなくてごめんなさい。でも、代わりと言ってはなんですが、貴方のお孫さんは……兄さんは私が必ず魔王にしますので、それで許してください。


 私は改めて決意をすると、お爺ちゃんの小屋を後にしました。

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