12.魔王は訪ねる
午後からの仕事をほぼ放りだして参謀と侍女長と遊んだ次の日、私はとある小屋の前に一人でいました。……いや、残っている仕事はちゃんと終わらせましたよ?兄さんにもちゃんと手伝わせました。だいぶ遅くまでかかりましたけど。侍女長は夜食を作ってくれました。それは急だったので毒入りでは無かったようですが。
それはともかく……そこは、城の近くにあるとある小さな小屋です。参謀も侍女長も今日は私とは同行していません。
勇者がとうとう、明日にも城下町に到着するとの報告が上がったため、今日は残っている全員で最終確認の会議を終えた後は、それぞれが思い思いに過ごすといことになりました。万が一に戦闘になった時に悔いが残らない様にとのことです。避難している家族もいるので、会うことができていない人の方が多いですが……。なんだか申し訳ない気分になります。
今日は一緒に過ごさないかと、兄さんと侍女長に誘われましたが私は断りました。たぶん、二人は一緒に過ごしているでしょう。私が居ないことで気兼ねなく恋人同士としてふるまえるはずです。そのイチャイチャを見たかったですが仕方ありません。
城に残っていた非戦闘員の人も今日には全員が避難を完了しますので、侍女長もその最後の避難団たちと一緒に避難をするはずです。少しの間ではありますが、最後の二人っきりの期間です。存分に楽しんでもらいましょう。本当、見られないのが悔しいです。
……明日の計画では私を勇者に殺してもらうために、兄さんが単独で勇者を案内して、万が一に備えて周りに他の人が待機するという計画になっていますが、計画通りにいかない可能性もあります。勇者と戦わざるを得ない状況に陥る可能性もあるので、たぶんそうなったらどうするのか、作戦として詰めている人達も多いと思いますが、せめて前日くらいは平穏に過ごしてもらいたいです。
また話が逸れましたが、そんな中で私は一人でこの離れの小屋に来ていました。最後に会いたい人がいたからです。最後に一緒にお昼を食べようと思って、私が作った料理の入ったバスケットを持って。父から奪った魔力については小さく小さく凝縮して、さらに私自身の魔力で覆っていますので、万が一にも気づかれることは無いでしょう。今日お会いする人には兄さんの様に気づかれるわけにはいかないので……魔力量も普段通りの私程度に抑えています。
私はゆっくりと小屋へと近づくと、小屋の扉を三回ほど叩きます。木の扉の軽い音が響き、少しすると小屋の中から「空いてるよ。」と言う低い声が聞こえてきました。
私は扉に手をかけてそのまま力を入れます。木の扉は立て付けが悪いのか、普通の扉よりも開くときに力が要りました。少し軋んだ音を辺りに響かせながら、ゆっくりと開いていきます。
「おじゃまします」
扉を開けて小屋の中に入った私は、扉から手を離します。ゆっくりと軋んだ音をたてながら扉は閉まっていきます。軋んだ音が止み、扉が完全に閉まったと同時に小屋の中にいた一人の老人が私の方に身体を向けます。作業用のつなぎに身を包んだ、大柄な老人です。背中が少し丸まっているので、今日は腰が痛いのかもしれません。
「おぉ、これはこれは……魔王様でしたか。大変に失礼いたしました……。こんな粗末な小屋に、この爺に何の御用ですかな?」
「お久しぶりです。お爺ちゃん。あ、座ったままで結構ですよ」
椅子から立ち上がろうとする老人に対して私は告げますが、彼はゆっくりと立ち上がると、私に対して立ち上がった時と同じくらいの速度でゆっくりと頭を下げます。もしかしたら、腰が痛いのかもしれません。
そのままゆっくりと、慎重に椅子に座り直したお爺ちゃんは私に対して優しい笑顔を向けてくれます。
彼は私の実の祖父ではありませんが、私はお爺ちゃんと呼んで慕っています。お爺ちゃんとの出会いは偶然でした。私が城の中ではある程度自由を与えられていましたが、場外にはほとんど出してもらえませんでした。だけど、子供はやってはいけないことほどやってしまいます。私は城の外にこっそり抜け出して……迷子になったのです。
その迷子の私を偶然保護してくれたのがお爺ちゃんでした。この離れの小屋に住んでいて、庭の手入れや城の壁の補修などの細かい作業をやってくれており、皆からも慕われています。
私はそれから、父にバレて厳重に監視されるまで度々部屋を抜け出してお爺ちゃんの小屋へと遊びに来ていました。
本当に何でもできる人で、私も小さい頃は破けてしまったぬいぐるみを直してくれたりとか色々と助けてもらいました。母からもらったぬいぐるみだったので、母には頼みづらかったんですよね……。
そんな何でもできる人が、何でこんな離れの小屋に住んでいるのかはわかりませんが、本人に聞くと「隠居した老人なんでな、ここで十分じゃよ」と笑っていました。
なぜこんな離れにずっと住んでいたのか……その疑問に対する答えは、父さんに記憶にありました。だから、私は最後にお爺ちゃんに会いに来たんです。
「お爺ちゃん今日で避難しちゃいますよね?だから、最後に挨拶したいなと思ったんです。それにほら、最後に私の作った料理を食べてもらいたいんです」
私はそう言うと、手に持っていたバスケットをお爺ちゃんに差し出します。中身は昨日の兄さんの真似をしてサンドイッチを沢山いれています。もちろん、毒は入れていません。流石に、そんなところまでは真似していません。うまくできているかは……味見したので大丈夫だと思いたいです。
「おぉ、これは美味そうですのう……。それじゃあ儂はお茶を淹れましょうか……」
「あぁ、いいですよ。私が淹れますので座っててください」
腰を浮かしかけたお爺ちゃんを止めると、私はバスケットをテーブルの上に置いて台所へと向かいお茶の準備を始めます。茶葉は城から良いものを持ってきたのでそれを使います。
ついでに、何か暖かいスープでも作りましょうか。私はお爺ちゃんに許可を取って保存されていた食料を使用してスープを作ることにしました。避難するためか、保存されていた食料はそこまで多くはありませんでしたが、スープを作るには十分でした。
簡単な野菜スープを作った私は、お茶と一緒にそれを持ってお爺ちゃんの元へと戻ります。お爺ちゃんはテーブルのセットをしてくれていたようで、バスケットのサンドイッチが大皿に並べられていました。
「もう、お爺ちゃん。座って待ってて良かったのに」
「いやいや、ただ待っているだけでも退屈でしたのでな。並べただけですし、楽なものですよ」
「無理はしないでくださいね。はい、スープとお茶です」
「おぉ、これもまた美味そうですな。魔王様自ら作っていただけるとは有り難いことですのう」
笑うお爺ちゃんのところにお茶とスープを置いて、私は向かいに座ります。そのまま、お爺ちゃんと私は手を合わせて食事を始めます。……今更ながらお茶は後で入れても良かったですかね。スープと重なってしまいましたが……まぁしてしまったものは仕方ないです。変ではないでしょう。
お爺ちゃんは私が作ったサンドイッチをゆっくりとした動作で口に運びます。この時、私は自分が作ったものを人に食べてもらうというのは非常に緊張するものだと言う事を初めて知りました。侍女長も兄さんもこんな気持ちだったのでしょうか?口に運ばれたサンドイッチが一口齧られ、咀嚼されます。
味を確かめる様に頷きながらお爺ちゃんはその一口を丁寧に味わっています。そして、ごくりと喉を鳴らしながら飲み込むと、私に笑顔を向けてくれました。
「これは非常に美味ですな。魔王様は料理もお上手なようで……」
緊張していた私はその言葉にホッと安堵します。自分のために料理をすることは何回かありましたが、完全に自分の好みの味付けしかしていなかったので、お爺ちゃんの好みと合っているかは不安だったので……。次にお爺ちゃんは、先ほど作ったスープに口を付けます。
音を立てずにスプーンですくったその一口を、姿勢を正しているのに零すことなく口に運んでいきます。私はスープを飲むときは、よくスプーンからテーブルの上に零してしまうのでその所作に感心してしまいます。どうしても雫が垂れちゃうんですよね……。
「こちらのスープも優しい味がしますな。魔王様のお人柄が出ているようで……。美味しいですぞ」
お爺ちゃんに美味しいと言われて安心した私も食事を始めることにしました。料理はどちらも我ながらよくできたものだと思います。お爺ちゃんの好みに合っていたのもよかったです。
……こんな風に喜ばれるなら、喜んでもらえることがこんなに嬉しいとわかっていたなら、兄さんと侍女長にも一度くらい作ってあげればよかったかもしれませんね。
あの二人との場合は、だいたい作ってくれた物を私が食べるだけでしたからね……。
「美味しいですね、お爺ちゃん」
「えぇ、まさか魔王様の手料理をいただける日が来るとは。長生きはするものですな」
「……さっきから魔王様魔王様って言ってますけど、いつもの通り嬢ちゃんとかで良いんですよ?喋り方も普通で良いですし……」
「流石に魔王に成られた方にそれは……」
私は食事の手を止めて、黙ってお爺ちゃんを見つめます。お爺ちゃんも食事の手を止めて私を見つめ返してきます。しばらく睨み合いのような視線の交差が続いたのですが、お爺ちゃんは根負けしたように私から視線を外すと、頭を左右に振ります。
どうやら、私の勝ちのようです。私は心の中でガッツポーズを取ります。
「……あぁ、もうわかったわい。いつも通りにするよ。嬢ちゃん、今日は何か随分と強引じゃの」
頭を荒っぽく掻きながらお爺ちゃんは正していた姿勢も崩します。ついでに来ている作業着のボタンを少し外して服を緩めました。どうやら私の前だからとボタンを全部止めていたようです。大柄な体型にぴったりな作業着なので少し苦しかったのかもしれません。
「お爺ちゃんに、丁寧な言葉遣いはあんまり似合いませんよ」
「まぁ、儂も使っててなんか気持ち悪いというか……むず痒かったのは確かじゃがな。これでも昔は、そういう機会も多かったんじゃがのう……」
口元に手を当てて笑う私を、お爺ちゃんは少し面白くなさそうに口元をへの字に曲げて、半眼で見てきます。先ほどまでの上品で丁寧な応対よりも私はこちらの素の対応の方が私の好みです。
素の態度に戻ったお爺ちゃんは、今度はサンドイッチを豪快につかむと、そのまま大口を開けてかぶりつきます。ほんの二口ほどで一個を完食しました。
「言っとくが、美味いって言うのはお世辞じゃあないからの。ホントに美味いわい」
お爺ちゃんはそう言いながら次々にサンドイッチを掴んでは口に運びます。年の割に沢山食べるというのは知っていましたが、その食欲にはビックリしてしまいます。こんなふうに美味しそうに食べて貰えて私は幸せ者ですね。またいい思い出が一つ増えました。
そして私とお爺ちゃんは、しばらく他愛の無い話をしながら食事を続けました。
「……しかし、こんな年寄りのところに本当に何しに来たんじゃ?本当に、一緒に食事したかっただけとかじゃあないじゃろ?」
作ってきたサンドイッチが完食されて満腹になり、食後に改めて入れたお茶を飲んでいる時に、お爺ちゃんが怪訝そうな表情を浮かべ私に聞いてきます。
「本当に一緒に食事がしたかっただけですよ。最後ですしね」
「それじゃよ。さっきからやたら最後と言っとるが……。勇者との戦いが一段落したらまた会えるじゃろう。そもそも、勇者には降伏するんじゃろ?」
「うーん……まぁ、世の中何が起こるかわかりませんから。父が亡くなったのも突然ですし」
私の曖昧な答えにお爺ちゃんは怪訝そうな表情を浮かべています。先ほどの私への言葉とこの表情……どうやらお爺ちゃんは今回の兄さんの計画を知らないみたいです。知っていて隠しているとしたら大したものですが、これからする質問が非常にやりにくです……。
「そうそう、お爺ちゃんに聞きたいことがあるんですよ。それも目的と言えば目的です」
「お、なんじゃ。儂に答えられるなら何でも教えてあげるぞ」
私は心を落ち着けるために深呼吸を一つしてお爺ちゃんを真っ直ぐに見つめます。言葉を出そうとしますがうまく口が動かず、不思議そうにお爺ちゃんは首を傾げました。それから二度三度と深呼吸をして、私はゆっくりと口を開きます。その間、お爺ちゃんは何も言わずに私の言葉を待っていてくれました。
私は顔から表情を消して、お爺ちゃんを真っ直ぐに見つめて口を開きます。
「……父が死んで……息子さんの敵が討てて、やっぱり嬉しかったですか?」
それまであった和やかな雰囲気が一転し、お爺ちゃんの見開かれた目が、悲しそうに私を見つめてきました。
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