8.勇者は戦士の背中を押す

「なぁ、戦士よ」


「なんだ、勇者」


「お前って、まだ童貞?」


「……童貞じゃない」


 おぉ、嘘だ。能力の無駄遣いだけど嘘だってわかってしまった。こういう使い方をしていると怒られる気がするけど、ちょっと面白かった。童貞発見勇者って酷い肩書だけど。


 少しだけ頬を赤らめた戦士を、俺は凝視する。


 短く乱雑に刈った若干の癖が見て取れる栗毛で、額を完全に露出させており、ちょっとでも長くなると自分で適当に切っている姿をよく見かける。しかも自前の斧で。皆が怖いからやめてと言っているのだが一向に止めてくれない。

 服の上からもわかるくらいの筋肉質なのだが、太いという印象は無い。服には無頓着で白い簡素なシャツと茶色い上下一体型の作業着を常に着ているのだが、それが魔法使いには不評で一緒に服を買いに行くと文句を言われるとだらしない顔で若干惚気ていた。

 鋭い眼光の強面だが、誰よりも気を使う優しい兄貴分……俺にとって戦士はそんな男だ。


 今俺達のいる場所は宿屋の俺の部屋。男同士の話がしたいと、僧侶と魔法使いが買い物に行っている間に俺は戦士を部屋に招いていた。

 ちなみに部屋割りは俺、戦士と魔法使い、僧侶で三部屋取っている。路銀に余裕はあるので一人一部屋でも問題は無いのだが、とりあえず気遣いで戦士と魔法使いは同じ部屋にした。


 あれから二日ほど経過した。今は次の街に来ているのだが、俺の気分も大分落ち着いている。あれ以来、王女様たちには連絡を取っていないので向こうがどうなっているのかはわからない。せめて反省してくれていると思いたいが、もうどうでもいい話だ。……嘘だ、ちょっと引きずってる。


「あーもー、嘘だよ。まだ童貞だよ俺も。魔法使いとは……接吻止まりだ」


「接吻て、また古風な言い方を」


 うんまぁ、嘘だってのは知ってたけど。降参とばかりに白状した戦士は、短く乱雑に刈っただけの頭部をガリガリとかきながらバツが悪そうに俺から目線を反らす。接吻止まりと言う言葉に嘘はなく、耳まで真っ赤にしている。普段は敵の返り血で真っ赤になっている姿からは想像もできない平和な赤さだ。

 ……キスは済ませてたのか、いつの間に……。てっきり手を繋ぐで留まっているかと。くそう、羨ましいな。


 俺が「嘘がわかる」と言う能力を取得したことについては仲間には報告していない。報告したら王女様達のことも必然的に話さなければならないのでそれは避けたかったからだ。この三人には、正直言って聞かせたくない話だというのも大きい。


 しかしそうか、気を使って同じ部屋にしたというのに、まだ戦士は童貞仲間か……。ちょっとだけ安心したが、そうも言っていられない。おそらく、後数日もすれば魔王の居城に到着する。

 おそらくは、そこで最終決戦となるだろう。だから戦士にはその前に魔法使いと完全にくっついてもらう。主に俺のために。今日はそのために戦士を部屋に呼んだのだから。


「せっかく二人を同じ部屋にしたんだからさ、そろそろやることやっちゃいなよ」


「はぁ?!何言ってんだよお前……。そんなことできるわけないだろ……」


 俺の言葉に目を見開いて驚きながら、戦士は訝し気な視線を俺に送ってくる。別に付き合っているのだから、あとは雰囲気さえ作れば行けるのではないだろうか。したことないから、よくわからないけど。俺は行動に移す前に終わってしまったけれど。あ、ヤバい、ちょっとぶり返しそう。


 ……少し心を落ち着けて……戦士のできるわけがないという言葉……その言葉には嘘はなさそうだが、何が障害になっているのだろうか。チラチラと俺の方を見ながら、所在無さげに頭をかいたり落ち着きなく身体を揺らしている。


 この挙動は前に見た事がある……。確かあれは、律儀に俺に対して魔法使いを口説いても良いかと聞いてきた時だ……戦闘時は割と豪快で大雑把なくせに、そう言うときだけやたらと気を回すと言うか、気にするというか……。


 …………あれ……もしかして障害って俺か?


「もしかして、俺お邪魔だったか?今日ももしかして魔法使いと二人でデートに行きたかったのか、その時に決めるつもりだったんだな、本当ごめん、気が利かなくて。いや、本当に悪かった……。本当ダメだな俺は……。気が利かなくて。そういうところお前を見習いたいと思っているのに、思うだけじゃだめだよな、やっぱり行動が伴わないと、本当悪い。今からでも……」


「違う違う違う!! お前が邪魔だとかそういうわけじゃねーよ!」


 早口でまくし立てるように謝罪する俺に対して、戦士は慌てて俺が邪魔なわけでは無いと全力で否定してきた。そして、大げさにため息を一つつきながら項垂れる。少しだけその反応が腹立たしく感じられたが、何か言いづらい内容があるのだという事は理解できた。何を言いづらそうにしているのだろうか。


「じゃあなんだよ。別に障害が無いなら結ばれてしかるべきだろ」


 口をとがらせる俺に、戦士は理解できない者を見るような目を俺に向けてくる。呆れているというか、なんでわかんないんだろうかとか、聞き分けの無い子供に対して向ける視線の様で、少しだけムッとした。


「……いや、まぁ。お前が邪魔って言うわけじゃないんだよ。それは本当にそう。誤解しないで欲しいんだけど」


 立ち上がった戦士は口元を右手でかくし、左手は腰のところに沿えて俺から顔を反らしている。慎重に言葉を選んでいるようで、そのまま少しだけ無言の時間が流れた。俺はその間、戦士が言葉を発するまでは黙って待っている。こういう時に急かしたりしても本当に戦士が俺に伝えたいことは聞くことはできないので、彼の中で言葉が整理されるのを待つ。

 そして、口元から手を離した戦士はぽつりと呟いた。


「お前が姫さんと離れているのに、俺だけ魔法使いとそう言う事はできないだろ……」


 ……その一言に、一気に目頭が熱くなりかける。一人だったら泣いていたかもしれない。


 あぁ、こいつは俺に対して気を使ってくれていたのか。その気遣いが非常にありがたいと思うと同時に、申し訳ないとも思ってしまった。どこかの誰かに見習わせたい。

 でも、悪い言い方をすれば、俺が邪魔者だって言った俺の言葉は正鵠を得ていたのではないだろうか。なんで先ほどのは嘘だと感じなかったんだろう……。基準が良くわからないけれども、相手が俺を騙そうとしていないという事であれば嘘と感じないんだろうか。


 思わぬところで能力の検証が少しできた……と思っていいのだろうか。もうちょっと能力の検証は必要そうだな。でもまぁ、俺を邪魔だと思ってはいないというのが嘘じゃなくてなんだかホッとした半面、やっぱり改めて申し訳なくなる。

だから俺は、改めてこいつを焚きつける。誰のためでもなく、俺自身のために。


「よし。じゃあ今夜決めろ」


「お前俺の話聞いてた?!」


 笑顔で宣言する俺に、戦士は威嚇するように両手を上げながら抗議の声を上げる。まぁ、こいつもこいつで頑固だからな。普通に言っても言う事は聞かないだろう。だから、話を反らしつつ納得をさせる。

 その為にどういう説得をするのかを色々と考えてきたからな。だから戦士よ、お前には魔法使いと身も心も結ばれてもらうぞ。


「話は聞いたよ。その上でだ。これから俺達は魔王との最終決戦に挑む。おそらくは後数日と言うところだろう。だけどな、お前……心残りがある状態で、戦闘時に十二分な実力が発揮できるというのか?」


「……話を聞こうか」


 食いついた。まずは掴みは行けた。こいつは基本的に戦闘に関わることなら真面目に話を聞く。普段は大雑把で適当でがさつに見せているが、細やかな気配りや周囲の状況を慮る能力は人一倍だ。勉強はできないけど、特化したことに対しては地頭が良いタイプだ。

 俺は畳みかけるようには話を続けず、あくまでもゆっくりと、理解しやすさを心がけて話を続ける。


「戦闘時において一番大事なのは実力もそうだが集中力とモチベーションが大事だ。どんな強者も、相手を舐めて油断して負けるなんてことはザラにある。どんな簡単なことも全力で取り組む姿勢が無い人間は、大きなことを成すことはできない。ここまでは良いか?」


「そうだな、でもそれと俺の魔法使いが……その……えっと……そう言う事をしないのに何の関係があるんだよ」


 直接的な表現を避けて口ごもりながら戦士は少しだけ頬を染める。野郎がいちいちそう言う反応をするな。魔法使いに見せろそう言う反応は。たぶん可愛いと思ってくれるぞ。


「大いに関係がある。集中力の問題だ。魔王との戦いは想像を絶する苦戦になるはずだ。俺達はピンチに陥る可能性だってある。もしかしたら死ぬ一歩手前まで行くかもしれない。そんなときに『あぁ、あの時に魔法使いを抱いていれば……。』と思うかもしれないだろう」


「……それは逆にその場で発奮する材料になるんじゃないか?こんなところで死んでられないって。だったらやっぱり事に及ばない方が……」


「違うよ。後悔からの発奮は焦りを生むんだ。そして焦っている時、人は最大のパフォーマンスを発揮することができなくなり、それは僅かな隙を生む。魔王レベルの相手だとそれはほとんど致命的な隙だ。だから戦闘は心残りを極力減らし、万全の精神状態と体調で望まなければならないんだ」


 俺は戦士の言葉を即座に否定する。意を介さぬ断言系で。まぁ、実際は戦士の言う通り、負けられない理由がある方が強くなるというのが正しい気もするのだが……それを認めてしまうと今回の話は終わってしまう。

 俺の強い口調と断言で、戦士はだいぶ揺らいでいる。腕を組んで悩ましそうにしかめっ面で考えている。俺の言葉にも一理あると思い始めているのだ。しかし俺はここで畳みかけることはせず、戦士の言葉を待つ。


 我ながら無茶な論法であるし、実は冷静に考えると全然説得力なんてない。しかし、不思議なもので間違っている知識でも自信満々に堂々と言えばある程度「本当なんじゃない?」と相手を説得できてしまうことがままある。

 何回もやると何れは完全に信用を無くす方法なので、良い子は絶対に真似していけない方法だ。


「でもよう……それならお前もそうだろ……。今から姫さんの所に引き返すわけにもいかないし……俺だけその……そう言う事をするのは……」


 戦闘面での利点についてはある程度納得できたのだろう。だから、別角度からの反論をしてきたのだが……。これに関しては……確かにその通りなのだ。これに反論する術を俺は持たない。戦士も俺を考えてくれてのことだからこれについては明確な反論はしない。だからこの点に関しては、俺は禁じ手を使わせてもらう。


「実はな……黙っていたんだけれど……実は……聖剣は……童貞じゃ無ければ使えないんだ」


 俺は顔を伏せながら、言い淀みつつ戦士に告げる。この時、戦士の顔は見ない。あくまでも言いづらい事を決心して吐露しているという雰囲気を作るのが重要だ。

向かいの戦士の息を呑む音が聞こえてくる。衝撃の事実を知ってしまい、驚愕に慄いているというところだろう……。


 もちろん、嘘である。


 ……いや、もしかしたら本当のことかもしれないが、少なくともそんな伝承は残っていない。団長も勇者選定の時は童貞だったみたいだし。たぶん、嘘だろう。


 なんか今日は俺、嘘ばっかりついてる気がする。真面目に生きてきた反動だろうか。今回は悪意があって騙すわけでは無いので許してもらいたいものだ。あくまでもこいつらをくっ付けるため、嘘も方便だ。

 フラフラとふらついた戦士が、足をぶつけた椅子にそのまま身体を投げ出すようにして座る。激しく椅子が揺れる音と共に座った戦士は、そのまま右手で額を覆って呟いた。


「……じゃあなんだ……騎士団長のやつ……あいつ……あんなに姫さん一筋ですって顔しといて……勇者選定の時にはもう童貞じゃ無かったのかよっ?!」


 ……予想外の食いつき方だった。


 いや、そうか。そうなっちゃうか。確かにそうだ。言われるまで気づかなかったけど、あの人聖剣に選ばれてないからそういう考えにも至るのか。


 ……まぁ良いか別に。


「畜生!! そうだよな!! 金も地位も名誉も顔だって良いもんな!! 絶対に影ではやりまくりだよな!」


「まぁ、そうかもしれないけれども、騎士団長の話は今は良いじゃないか。とりあえず、俺の方はそういう理由だからさ。俺に気兼ねしないで良いんだよ」


 あらぬ誤解が騎士団長に生まれるが特に訂正することはしない。そう言えば……戦士は勇者の選定には参加していなかったんだっけか。聖剣に頼らなくたって俺の力で魔王を倒してやるよ!! と言って旅に同行してくれたもんだ。団長にもこいつくらいの思いきりの良さがあれば……いや、もう彼等のことを考えるのはやめよう。


 とりあえず戦士は俺の言葉に渋々ながら納得してくれたようだ。それでもまだ、うんうん唸って何かを悩んでいる。そして不安そうな目を俺に向けて、縋るように声を絞り出す。


「でもよぉ……どうやって誘ったらいいんだよ……。いや、ホント。初めてだからよこういうの。戦いなら修行して力上げて挑めばいいけどよ……」


 戦士は子供の様に不安げにしており、普段の頼もしさ、勇ましさは影を潜めている。うん、俺だってわからんし、どうすればいいのか聞きたいよ。

 だけどそれを言って突き放しては俺の目的は達成されない……だから作戦を考えてきた。


 俺は自信たっぷりに口の片方だけを持ち上げるように笑い、戦士の前に意味ありげに一つの部屋のカギを差し出した。目の前に出された鍵を凝視して、戦士は首を傾げる。


「……なんだよ、この鍵?」


「この街で一番良い宿の、一番良い部屋の鍵だ。今日はお前、そこに魔法使いと泊まれ。料金ももう払ってる。見たけど、落ち着いた雰囲気でめっちゃ良い部屋だったぞ」


「……お前……ここにきてどうしたんだよ……。いきなり……。なんかあったのか?」


 目を見開いて鍵を見た後、流石にここまですることに対して疑念を抱いたのか、戦士は半眼で刺すような視線を俺に向けてくる。まぁ、そう言われるよなぁ。

 誤魔化すように咳ばらいを一つして、俺は視線を戦士から反らしつつも戦士の疑問へと答える。


「いや、王女様とこの前話をした時にさ、色々と考えを改めなきゃいけないことが増えたんだよね。それでまずは、お前ら二人を悔いなく見守って最終決戦に臨もうとしてるんだよ」


 これは嘘じゃない。この間、王女様と話をして色々とあったし考えを改めたのも本当だ。あれがあったからこそ俺は今日のこの行動を起こそうと思ったんだから。


「ついでに、これもやるよ」


 まだ納得いってなさそうな表情の戦士に、俺は二つの小さな小箱を手渡す。戦士は首を傾げながらもその小箱を受け取り、箱の上蓋を開けて中身を確認する。確認した戦士の目が見開かれ、視線が俺に注がれる。


「お前これ……?! 姫さんへの土産にするんだって言ってた指輪じゃねえか?! 確か……弱いけど妖精の加護がある珍しい指輪だって、助けた商人のおっさんからもらったものだろ?!」


 そう、それはこの前、王女様へのお土産用の荷物を整理した時に出てきた指輪だ。あれには色々なお土産をとにかく突っ込んでいたのだが、もう俺は国に戻る気は無いので……それなら指輪も二人に使ってもらった方がいい。俺からの二人への贈り物だ。


「いや、改めて王女様のお土産整理してたらさ、指輪だけで何種類もあったんだよね。そんなに指輪送ってどうするんだよって話でさ。考えなしにお土産を選んだらダメだな。あ、竜のご夫婦の指輪は取っといてるから安心しろよ。そっちの指輪も貴重品だし、婚約用の指輪にでもお前たちに使ってもらった方が良いなと思ってさ」


 そう、竜のご夫婦からもらったあの指輪は取っておいている。あれはある意味で呪いの指輪だから、この二人には下手に渡せない。発動条件も聞いているし、何よりこの二人ならその呪いの方が発動するようなことは絶対に起きないと信じているのだが……。それでも万が一があるから渡すことはできない。


「あー……竜のおっさんの指輪を渡されたらかなり困るわ……。あいつ、あの指輪バラしたがってたからな……解析して分析したいって……。下手に貰っても何されるかわからんわ……」


 うん、流石に貰い物をバラされるのは駄目なので、やっぱり渡さなくて正解だった。まぁ、その辺の話は良いんだ、大事なのはこの指輪を戦士に受け取ってもらうことだ。

 俺は指輪を凝視して受け取ろうとしない戦士に向けて、挑発するように口の端を歪めていやらしい笑みを顔に浮かべる。そして、できる限り嘲るような調子を心がけてから口を開く。


「まさかお前、ここまでお膳立てされて逃げるのか?情けねえなあ……。とんだヘタレだよ」


「なんだとこの野郎!!」


 挑発的な言葉を肩を竦めて鼻から息を吹きつつ放ち、そして、首を左右にゆっくりと振る。我ながら見ていて腹がたつだろう挙動だが、目論見通りに戦士は激昂し、俺の手からひったくるようにして指輪を奪っていった。


「誰がヘタレだ! よーし、その挑発乗ってやるよ!! 後悔するなよ!! 俺は今日……男になる!!」


「おー、やれやれー。できるもんならなー」


 棒読みで煽る俺に対し、戦士は俺を鋭い目つきで睨んでくる。ちょっと前の不安げな男の視線から、すっかりと頼もしい戦士の視線へと変わっていた。そのまま俺に右手の親指を一本立てると、勢いのままに部屋の外へと出ていった。激しい音と共に閉じられた扉の向こうで、重低音の足音を響かせながら戦士は去って行く。

 ……と思ったら、ちょっとだけ扉が開いて不安げに戦士が顔を覗かせる。


「……魔法使いが嫌がったら、無理にはやらないからね?」


「いいからはよ行けヘタレ戦士!! あ、どうせなら夕飯も二人で食ってこい! なるべく良さげな店にしろよ! 最後の贅沢だ!!」


 今度こそ扉を閉めた戦士は重低音の足音を響かせながら去って行った。魔法使いが嫌がったらと言うのは当然の配慮だが、その心配は皆無だ。何故なら、魔法使いと二人で出かけている僧侶に、魔法使いを焚きつけるようにお願いしているからだ。

 その辺を話したらもうノリノリで「私に全てお任せくださいませ。見事、彼女の覚悟を決めさせて見せますわ。戦士さんと完全にくっ付けちゃいましょう」と宣言していた。聖職者がそれでいいのかは置いといて、非常に頼もしかった。


 ……僧侶にも何かお礼しないとな。そうだな、今日の飯は俺の奢りでちょっと良いところに行こう。あいつらと重ならないようにはしとかないと……。


 それからしばらく、土産物袋を物色していた俺の部屋に控えめなノックの音が響く。部屋に招き入れると、ノックの主は僧侶で「バッチリです」と顔の横で指で丸印を作った。あっちもうまくいったようだ。


 良かった。これで俺の目的は達成されるな。あの二人が俺の目の届く範囲で完全に結婚が確信できるところまで関係を進めさせる。戦士はここまでやったら魔法使いと結婚するだろうことは確実だ。

 なんせ俺は国に戻る気が無いから、あいつらの結婚式には出られないんだ。これくらいやっても罰は当たるまい。


「ありがとうな、んじゃ今日は一緒に飯行くか。お礼に奢るよ」


「いえいえ、勇者様の頼みですからお気になさらず。まぁ、ありがたく奢っていただきますわ。お酒も良いのいただいていいです?」


 ちゃっかりと要求されたので俺は苦笑しながらも了承した。昔は酒なんて絶対飲まないと言ってたのに、すっかりとまぁ飲んべさんになっちゃってまぁ……。

 それから俺達は飯を食って、他愛の無い話をして久々にのんびりと過ごした。最後の、のんびりとした時間だと思う。ちなみに俺は僧侶には手を出していないことも付け加えておく。と言うか、酒強いんだよね僧侶。かなり飲んだのにちょっと頬染める程度だし。


 そして次の日……こっそりと元の宿屋に戻ってきていた戦士に俺は声をかけた。


「なぁ、戦士よ」


「なんだ、勇者」


「お前って、まだ童貞?」


「童貞じゃねーよ」


 晴れがましい笑顔を俺に向けた戦士の言葉からは嘘を感じず、その指には俺があげた指輪が光っていた。


 よし、目的達成だ。

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