6.勇者は今後の提案をする

「さて、それじゃあ……これからの事を話しましょうか」


「え……?」


「これから……ですか……?」


 俺は気持ちを切り替える様に、両の手を勢いよく叩いて乾いた音を周囲に響かせる。もう俺にはこれ以上二人を糾弾する気は……少しはあるが今はそれをする気は無かった。

 ここでこれ以上に二人を問い詰めたところで起こったことは変えられないし、もうどうしようもない。そもそも俺と彼等は遠く離れた場所にいる。ここにきて逃げられてしまったら俺にはどうしようもない。


 だから、これから二人には俺のために協力をしてもらう。これはそのための話だ。今ならたぶん、どんなことでも俺の意見は通るだろう。


「まず最初に言っておきますが、俺は二人を許すつもりは一切ありません。今後も許さないです。ですから、俺は王女様とは結婚しませんので、それを前提としてください。絶対に結婚しません」


 念を押すように結婚しないという事を二回ほど言う。


 水晶玉の向こうの二人は呆けたような表情を浮かべているが、その二人を置いて俺は話を進める。俺は先ほどの言葉である程度は吹っ切れたので、ここからは少しだけスッキリした気分で話ができている。

 そのため、許さないと言っている俺の言葉と、明るく勤めている俺の表情が合っていないからかもしれない。まぁ、空元気と言う部分も無いわけでは無いが。暗く話す内容でもない。


「まぁ、王女様と結婚しない理由は説明するまでも無いですが……大きく言えば二つですね。俺が王女様を愛していく自信が無いという点と……もう一点はおそらく二人の関係は周囲にバレているからです」


「そんなはずは……!!」


「部屋には防音の魔法もかけていますし、部屋の移動だって……」


 二人は驚愕の表情を同時に浮かべる。その表情はそんなはずは無いという思いがひしひしと感じられるのだが、普通に考えてバレていないわけがない。知らぬは当人ばかりなりと言う状態だと俺は考えている。

 まぁ、積年の思いが実って恋の炎の熱に浮かされている二人には仕方ないのかもしれないが、それでも騎士団長らしからぬ失態だと思う。あの国の今後が心配になるレベルだ。


 おそらくは……俺が不在の現状で、最後に交流するくらいはと周囲には見逃されているのだろうと思う。


 もしかしたらそこには二人を引き離そうとしている罪悪感もあったのかもしれないし……騎士団長の人柄から流石に肉体関係は持たないだろうと考えられているのだと思う。分別のある彼がそこまではするはずがないと。

 実際はやりまくりなわけだが。そこまではバレて……バレてないよな?それもバレているうえで見逃されているなら……。絶対に国に帰りたくないな……。


「俺にバレたくらいですよ。周囲にバレてないわけがないでしょう。そんな状態で俺が帰って王女様と結婚して、どうなると思います? 俺は陰で良い笑いものでしょうね」


「……では、勇者様は戻って来られた際には姫様との婚約を解消するというのですか……?」


「もう敬語やめましょうよ騎士団長。いつも通りの喋りでお願いします」


 俺が話しかけてからずっと騎士団長は俺に対して敬語で喋っているのだが、普段はもう少し砕けた口調で喋っている。俺の立場と謝罪の場面と言う事なので意識的に敬語を使っているのだろうが……もう俺は言いたいことを言い終えたのだから、ここからはいつも通りで対応をしてもらいたい。


「そういうわけには……いや……そうだな。勇者がそう望むならそうするよ」


「はい。それで」


 俺の提案に、少しだけ騎士団長の表情が柔らかくなる。隣の王女様もそんな騎士団長の顔を見て表情をほんの少しだけ綻ばせた。別に許したわけでは無いのだが、これくらいはいいだろう。

 しかし、これで和解に前進したと思われるのは癪なので俺は釘をさすことにした。


「だいたいね、二人とも詰めが甘いんですよ。これ、俺が極悪人だったらどうするつもりだったんですか? 油断しすぎですよ。もしも俺が色んな意味で極悪人だったら……」


 そして俺は、以前に大きな街で見た私製の春本の内容を思い出す。あれは確か……戦士がなんかいい本があるとか珍しく大量に持ってきていて……宿屋の一室で鑑賞会が開かれたんだったか。うん。

 内容はかなりえげつない内容で、卑猥と言う言葉を体現したかのような本だった。……嫌いじゃ無かったけど、確か僧侶に見つかって全部燃やされたんだっけ……。

 あの時は戦士と二人で泣いたけど……それから僧侶と魔法使いは二週間くらいまともに口きいてくれなかったっけ……。


「例えば俺が極悪人だったら……まずこのことをネタに王女様を脅迫して、身体を好きに使いますね。さらには浮気もし放題と強要するとか、目の前で〇〇〇〇をさせたり、□□□をしたりとか、△△△と一緒にとかもありますね。同時に騎士団長の方にも脅しを入れます。それを盾に騎士団長の目の前で……」


 とりあえず俺は春本の内容を思い出しながら、もしも俺が極悪人だったらという仮定の話をしていく。俺にそんな趣味は無いし、そもそもあったなら今ここでこんな風に話をしていないのだが……。俺の話す内容に、二人の顔がどんどんと青ざめていき……あれ?


「勇者様どうか……どうか僕にできることならなんでも致しますので、それだけはご勘弁を……」


「そんな……そんな恐ろしい事を……」


 気付けば二人はガタガタと震えながら土下座の姿勢を取っていた。見て分かるくらいに身体が振動している……。騎士団長の言葉遣いも敬語に戻ってしまっている。仮にと言ったのだが……脅しが効きすぎたようだ。


「いやいやいや、例えばの話ですよ! やりませんよ! 言ったでしょ!! 仮にって!」


 慌てて叫んだ俺の言葉を聞いた二人は、ゆっくりと顔を上げる。よく見ると冷や汗も顔中にびっしりとかいていた。そして俺の顔を見ると、安堵の表情を浮かべた。

 いったい俺をなんだと思っているんだ……。仮にと言ったのに……。


「良かった……あの勇者からそんな恐ろしい発想が出てくるなんて思いもしなかったので……びっくりしてしまってね……。旅の最中にそんな悪人がいたんだね……」


 騎士団長はゆっくりと深呼吸をしながら気持ちを落ち着けているようだった。とりあえず、王女様も胸の前で手を組んで大きく息を吐きだしていた。……ちょっと発言が不用意すぎたか。確かに、戦士と一緒にあの本を読んでなかったら思いつかない内容だしな……。俺も汚れてしまったと言う事か……。いやらしい本からの知識ですというのは黙っておこう。


 俺はわざとらしく咳払いを一つして、話題の転換と続きを話し始める。


「とにかくまぁ、あれです。二人のことは周囲にバレていると思ってください。そのうえで、先ほど団長が言ってた婚約解消についてですが……結果的にはそうなるでしょうが、俺からする気はありません」


「えーと……どういうことだ?姫様から婚約解消を進言しろと言う事か?」


「……勇者様がお望みなら、いくらでも私から進言しますが」


「いえ、そういうわけでも無いですね」


 俺の説明に騎士団長も王女様も揃って首を傾げる。俺は結婚する気も無いし、婚約解消についても俺からも王女様からもする気は無いと言っているのだから無理もないだろう。

 まず、俺が戻って婚約解消を申し出てそれが受け入れられるかは不確定だし、微妙だ。俺がどんなに嫌がっても無理矢理に結婚させられる可能性が非常に高い。なんせ国が一度出したことだ、メンツやらなんやらで強行する輩は絶対に出てくる。


 それは王女様から婚約解消を申しだされた場合も同様だ……国として約束したのにそれを王女側から違えるというのは信用を著しく落とす行為だ。それを国が承諾するとは思えない。今まで旅をしてきて感じたのは、国が発する約束と言うのは俺が想像している以上に重たいという事だ。


 つまり、俺が国に戻った段階で、この結婚はたとえどんなにお互いが嫌がっても成立してしまう可能性が高いと思っている。


 まぁ、仮に婚約解消を受け入れられたとしても……その後で王女様と騎士団長がくっついたら、俺は婚約者を取られた間抜けな勇者、騎士団長は勇者がいないのを良い事に婚約者を取った男と言う噂が流れるだろう……。噂じゃなくてそれは完全に正しい話なのだが、それはごめんこうむりたかった。


 と言うかそういう噂話が出る程度で済めばいいんだよな。最悪、もう用済みと殺される可能性だってある。強くなった自信はあるが、四六時中命を狙われる暗殺を防げるかと言われると自信が無い。


 だから、俺の取れる選択肢は既に一つしか無いのだ。


「俺は、魔王を倒したらそのままこっそりと旅に出ます。国に戻ることは無いでしょう。そうですね……後腐れない様に、魔王と相打ちになったとかそういうことにしときましょうか。聖剣とか水晶玉とか、本来は国に返さなきゃいけない物については慰謝料代わりに貰っていきますね」


「はぁっ?!」


「何を言ってるんですか勇者様?!」


 大声を出しながら二人は身を乗り出してきた。確かに、聖剣は魔王との戦いが終わったら国に返還しなきゃいけない物だから二人が声を荒げるのも当然か。国宝を盗むって言っているようなものだし、それを慰謝料代わりとか言ったら怒るよなぁ……。

 でも、一人で旅に出るうえで信頼できる武器が無いというのはちょっと不安だし、わざわざ戻しに行くのも嫌だ……その場に捨てていくってのは絶対に嫌だ。こいつに申し訳が立たない。


「まぁ、確かに聖剣が国の至宝ってのはわかってるんですけど……旅に出るうえでやっぱり武器は必要ですからねぇ。それにわざわざ戻しに行くのも嫌ですし……」


「いや、そっちじゃないです勇者様」


「聖剣は別に良いんだ……、勇者が戻らないというのはどういうことなんだ」


 二人は呆れたような視線を俺に向けてくる。てっきり聖剣を勝手に持っていくことをとがめられると思ったのだが、どうやら俺の心配の方をしてくれているようだ。意外だったので、それは少し嬉しかった。

 でも……団長、聖剣を別に良いんだって言っちゃうのはどうなんでしょうか……。


「そのままの意味ですよ。戻ってもたぶん俺の望む方向には動かないと思うんですよね。無理矢理にでも王女様と結婚させられちゃうくらいなら、死んだことにして旅立った方が気楽かなと。ほら、それなら二人も気兼ねなく結婚できるでしょう?」


「そんなっ……」


「ほかに方法は無いのか……? ……君に……その……告白してきたという女性たちに事情を話すとか?」


 二人とも俺が戻らない方が都合が良いだろうに、俺が戻らないと言う事に対してショックを受けているようだった。団長に至っては、たぶん自分でも最低なことを言っているという自覚はあるのだろう。顔を顰めながらも俺に他の方法が無いかを提案してくる。

 当然だがそんなことはできるわけがないので、俺はそれを丁重にお断りする。


「方法は無いと思いますよ。それに団長、今更ですよそれは。王女様に振られたからって自分が振った女性に言い寄るなんて、彼女達にも失礼です。そもそも、そんなことを言っても彼女達は受け入れてくれないでしょうね」


「……そうだな……確かにそうだ……。軽率だった。すまない」


 団長はそう言うと深く頭を下げてくる。受け入れられるわけは無いと思っていたのだろうが、言わずにはいられなかったのだろうか……。そんなことが今更できるわけがないというのに。

 いや、まぁ……王女と団長の話をすればもしかしたら受け入れてくれるかもしれないのだけれども、流石に彼等にもそれを言うつもりは俺には無かった。


 そもそも、身近な所では仲間の魔法使いは既に戦士と付き合っている。俺が魔法使いの告白を断った後に、わざわざ戦士は俺に許可を求めてきた。魔法使いを口説いても良いかと。

 それから、戦士は魔法使いに必死にアプローチをして、徐々に二人の距離は縮まっていき……つい最近になって付き合うことになった。その時なんか、戦士は律儀に俺に報告に来ていた。当然、俺は二人の幸せを祝福した。


 僧侶は信仰を捨てずに生涯を俺や皆の幸せのために祈り、独身でいると決心していると言っていた。たぶん、俺が求めれば答えてくれる可能性はあるのかもしれないが……俺の都合で今更その決心に水を差すのも申し訳が無い。


 他の娘達も、わざわざ出会った村や町に戻ったところで、きっともう既に良い人が見つかっているはずだ。それぞれがそれぞれに、俺にはもったいないくらいの魅力的な女性達だったのだから。

 ……それに、勇者じゃないなら要らないとか言われたら凹んで立ち直れなくなるし。いや、そんなことを言う人たちだと思いたくないけど。


「しかし、それで良いのか……? 帰ってくれば君は国の英雄になれるんだぞ……。僕が全て悪いんだ、相打ちになるって言うことは……君がそんな風にする事は……」


 団長は混乱しているのか、言いづらそうにしながらも口をつぐむ。何を言いたいかはわかっている。相打ちになって国に戻らないと言う事は、俺は親しい人たちとはもう会えなくなるということだ。死んでしまったことにするのだから当然だ。仲間である三人にも、もう会うことはできなくなる。


 それは少しだけ……いや、かなり寂しい事だった。

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