5.勇者は本音を言う

「……え……?」


 貴方のことは別に好きではありませんでした。


 俺の言葉に、涙目だった王女様の目が点になる。幼馴染だと仕草まで似るのだろうか? その姿が先ほどの騎士団長と重なる。そっくりな反応だった。

 涙も引っ込んだのか、俺の次の言葉を待つように王女様は口をポカンと開けたままで静止していた。いつの間にか隣の騎士団長も顔を上げて、俺と王女様の顔を交互に見ている。


「覚えていますか? 初めて会った時は……少し背が小さめで大きな丸い目をしていた貴方は、ふわふわと柔らかい金髪が光に反射して眩しくて、そしてどこか幼さを残した笑顔を向けてくれて……まるで絵本や英雄譚に出てくるヒロインのような、まさに絵に描いたようなお姫様だって印象だったんですが……」


 俺の言葉に王女様の顔が少しだけ表情を取り戻す。ほんの少しの不安と困惑……先ほど俺が言った言葉の意味を考えあぐねているかのような表情だった。隣の騎士団長は先ほどの俺との言葉と今の台詞が噛みあわないのか、首を少し傾げている。

 俺は嘘はついていない。最初の印象は言った通り、本当に可愛い人だなと。浮世離れと言うか……俺には全く縁のないタイプの人だったので、強烈にその事は覚えている。

 そう、可愛いとは思ったのだ……しかし……。


「可愛いけど……完全に俺の好みのタイプじゃ無いなって思いました。外れているなと」


 その一言に王女様が完全に固まった。混乱しているのか、引きつった笑みを顔に浮かべている。俺はそんな王女様には構わずに畳みかける様に言葉を続ける。

 ただし、先ほどの騎士団長の時の様に叫ぶことはしない。相手は女性だ。怒鳴りつけてしまっては怖い思いをさせてしまうかもしれないからあくまでも冷静に、淡々と事実を伝えることを俺は心がける。怒鳴ってはいけない。


 伝える内容はともかく、伝え方には気を使わなければならない。


「いや、別に嫌いとかでは無いんですけどね。俺の好みのタイプはもうちょっと背が高くて目が鋭くて髪の毛もセミロングくらいで……一言で言うとお姉さんタイプが好きなんですよね。胸も大きい方が好みですし。王女様って割とその辺慎ましいじゃないですか……。色々と……。それらを考えると王女様は俺の好みとは全く真逆でした。嫌いって程では無いですが好きにはならないなと。正直、王様が結婚が褒美だって仰っていてもピンと来てなかったんですよ。むしろ嫌と言うか……不安でしたね色々と」


 俺の言葉に対して王女様は固まったままだ。彼女自身や、彼女の周りの環境や人々を見れば明らかだが、このような形で他人から責められることに対して一切の耐性が王女様には無い。精神的に打たれ弱いとか言うレベルではなく、今まで言われたことの無い言葉に対して情報を処理しきれていないのだと思う。

 でもここでそれを指摘する気は無い。このまま俺は喋らせてもらう。


「え……っと……?」


「だから王様からね、お互いを知るためにとか言ってこの通信用の水晶を持たされたわけじゃないですか。これも非常に重いと言うか迷惑と言うか……コレ物凄い貴重で高価なものでしょ? こんなもの渡されても何話せばいいんだって話ですよ。一回目の通信の時なんて、下手に機嫌損ねたら、帰ってから殺されるんじゃないかと気が気がじゃなかったですし、ありていに言って嫌でしたよ」


 嫌でしたと言う言葉がきっかけとなったのか、まるで金縛りの様に固まって居た王女様に動きがみられる。顔色は悪いのだが、その顔には納得がいかないのか少しだけ怒りのようなものが浮かんでいるのは気のせいではないだろう。蝶よ花よと育てられた彼女が、嫌だと言われたのはもしかしたのは初めてなのかもしれない。

 騎士団長はそんな王女様の表情は見た事が無かったのか、驚愕の表情で王女様の顔を見つめていた。


「……だったら……私が嫌なら最初から言ってくだされば……」


 こんなことにはならなかったと言いたいのだろうか?俺に責任を求められても困るが、確かにその言には一理あるだろう。今回の件は俺が王女様と結婚する気は無いと言っていれば、逆に王女様と団長が結婚をしたいと申し出ていれば防げたはずかもしれないのだ。

 もう起こった後に言ってしまっても、何の意味も無いのだが。それに……。


「いや、王女様。考えてみてくださいよ。王様が王女様との結婚を前に出していて、ひょんなことから俺は勇者に選ばれました。そして俺と王女様との初対面は、王様や皆が見守る中で大々的に、劇的に演出された状態でだったんですよ?そんな中で『王女様は好みのタイプじゃないんで結婚はしたくないです。』とか『他の人に変えてください。』とか言えますか?言えるわけないじゃないですか。一般兵で庶民にすぎないこの俺が」


 そんな事をしたらどうなるか。みんなの前なら確実に白けるというか……雰囲気が悪くなるというか……最悪の事態としては、メンツが潰されたとか、わけのわからない言いがかりをつけられていた可能性もある。

 俺と王女様が旅立つ前に会ったのはほんの数回しかなかったというのも悪い方に働いた。……俺が勇者に選ばれてしまった時が最初で、その後はほんの少し顔を合わせる程度だ。しかも周りにはお偉いさんも含めて大勢の人間がいるのだ。そんな中で拒否する勇気は俺には無かった。勇者に選ばれたのに勇気が無かったとか洒落にもならないが。


 旅立つまでは団長とかと訓練の日々でしっかりと話す暇などほとんどなかったし……。もしも、騎士団長と恋仲だったと俺が知っていればその時に相談できていたかもしれない……周囲がわざと俺に知らせなかったのか、それとも偶然なのか、それを俺が知ることは無かったわけだ。

 もしも色々と気を使われた結果なのだとしたら、皮肉にもほどがある。


 王女様は顔面を蒼白にしていた。当時の状況と俺の言い分を聞いて、公衆の面前で自分が拒否された場合を想像したのかもしれない。そして小さく左右に首を振ると、持ち直したのか申し訳なさそうな面持ちで俺に頭を下げてきた。


「ごめんなさい……言えるわけないですよね……。私も言えませんでしたし……自身のことを棚に上げて申し訳ございません……」


 理解してくれたのか王女様は俺に謝罪をする。俺はその言葉に対しては特に反応は示さずに続ける。しかし、仕方ないとはいえ今日はよく謝罪される日だ。こうやって連続で謝罪を受けるというのは、ただただ苦痛なのだとはじめて知ったが。できることなら、一生知りたくは無かったことだ。


「……最初のうちは確かに苦痛でしたよ。あまり女性慣れしてませんからね、機嫌を損ねたらどうなるかと思うとおっかなくて……何を話そうか、何を話していいのかと試行錯誤の毎日でしたよ」


 当時を思い出すと、苦痛……とまではいかないが憂鬱だった。いや、可愛らしい女性と話すのにそう思うのは贅沢だとわかっているのだが、相手は一国の王女様だ、下手なこと言って魔王を倒して帰ったら不敬罪で死刑とかなったらどうしようとか、そんなネガティブなことばっかり考えていた気がする。

 それでも毎日毎日、彼女と話をしていて俺は自分のある変化に気付いていた。


「それでもね、なんだかんだで楽しかったんですよ。俺が食べた地方の料理を聞いて目を丸くして驚いて自分も食べてみたいと言ってきたりとか、体験したことの無い冒険話を目をキラキラさせて聞いてくれたり、たまに怪我したときは気遣ってくれたり、一日通信が遅れた際には何かあったんじゃないかって凄く心配したって怒ってましたよね。そうやって行くうちに気づいたら、過酷な旅の中で毎日の通信が非常に楽しみになってました」


 俺の言葉に二人は息を呑むのが伝わってくる。そして、向こうの二人はただ黙って俺の話を聞いている。相槌を打つことも、俺の話に割り込むこともしてこなかった。俺も先ほどの騎士団長と話したときとは違い、あくまでも静かに、淡々と話すことを心がけていた。そうしないと、無様に泣いてしまうかもしれないからだ。流石に自分が泣くのだけは避けたかった。


「それで思ったんですよ、最初は全然好みのタイプじゃ無かったし、確かにどっちかと言うと苦手な部類の人だなと思っていたけれども、王女様のことが好きになったんだなぁって。……それを自覚したのは二ヵ月ほど前ですかね」


 声が少しだけ震えていたかもしれないが、俺は泣きそうになるのを必死に堪えていた。手を力いっぱい握り、その痛みで気を反らす。向こうからは見えていないだろうが、おそらく俺の掌は爪が食い込んで軽く出血しているだろう。その痛みが何とか涙を出ない様に抑えてくれていた。


「気づくの遅いと思います? 我ながらそう思います。たぶん、我ながら単純だって言うのを認めたくなかったのかな。好きになった人が好みのタイプとか当たり障りのない事を言うつもりなかったんで、そういうのが気恥ずかしかったのかもしれませんね。そして自覚したと思ったら……これですよ」


 もしかしたら、王女様を好きだと自覚してからの俺の言動はあからさまに好意丸出しだったのかもしれない。童貞だしな。こういうのは自分ではわからないが、第三者には非常に分かりやすいと聞く。そんな俺の態度の変化に王女様が気付き……自分が俺と結婚すると言う事を強く意識してしまった結果、積年の思いが爆発してしまったのだろうか?


 確かめる手段は無いが、もしもそうなんだとしたら……非常に皮肉な話だろう。俺が王女様を好きだと認識していなかったらこんなことにはなっていなかったかもしれないなんて。別に俺が悪いわけじゃあないとは思いたいが。


「……ごめんなさい。……勇者様ごめんなさい」


 向こうで王女様がか細い声で、うつむいたままで今日何度目かもわからない俺に対して謝罪の言葉を口にする。しかし、嘘はないその謝罪が何に対しての謝罪なのか……もう俺には判断ができなかった。


「王女様、俺はさっき貴方に初めて愛してるって言いましたよね。いや、ほんとあれってはじめて口に出したけど照れますね。実は、その時点ではその後の行動次第で貴方を許そうと思ってたんですよ」


 はじめて俺の口から出た許すという言葉に反応を示したのは騎士団長だった。まるで、何かの希望にすがるように俺に期待をした視線を送っている。しかし、王女様の方はうつむいたままで何の反応も示さない。おそらく、わざわざ過去形で言った俺の言葉の意味を理解しているのだろう。


「今日、何も無ければ……。騎士団長と会っても何もないか、その関係を終わらせてくれれば、俺は何も見なかったことにして、水に流して、魔王を倒して帰るつもりでしたよ。でも結局、貴方が選んだのは騎士団長の方だったみたいですけどね」


 愛してるなんて言ったことの無い事を言えば思い直してくれるかも……と勝手に淡い期待を持ったのは俺自身なので、それを最後のチャンスとするのはいささか酷かもしれないが、俺にはそんな事しか思いつくことができなかった。

 ただ、こうなるだろうなと言うのは予想していた。俺の言葉に王女様は好きですとしか答えてくれなかったのだから。意識的か無意識なのか、俺に愛していると答えてはくれなかった。だからもう、その時点で許すチャンスは終わったともいえる。


「まぁ、二人の立場で考えると俺の方が突然出てきた障害だったんでしょうけどね……。とんだ道化と言うかなんというか……」


「そんな……」


「それは……その……」


 自虐的に笑う俺に対して、二人は声を詰まらせる。明確な否定の言葉が出てこないということは思い当たるふしでもあるのだろう。言ったところで俺には下手な気休めは嘘だとわかるのだから、何の意味も無い事を言おうとして気づいたのかもしれない。意識的に障害だとは考えていなかったかもしれないが、思わなかったはずがないのだ、俺さえいなければ……と。


 そう考えると、この二人のした行動はともあれ、性根が善人と言うのは幸いしたかもしれない。これがなりふり構わない人たちだったら、俺を亡き者にしようとしていたかもしれないのだから。下手したら魔王に殺されるように画策したかもしれないし、戻ってから殺されていたかもしれない。

 ……それをされなかっただけ、まだ良い方かな。


 今だって相手は水晶玉の向こうにいるのだ。律儀に座して話を聞く必要もない。ここで逃げてあることない事を吹聴して俺が国に帰っても知らぬ存ぜぬを通せるようにしとくことだってできる。仮にも王族と貴族だ、できないわけがない。

 でも、それをしないだけの善性と良心がこの人たちにはあるのだと思う。……それを不幸中の幸いと思うのは流石に前向きにとらえすぎかな。


「最後に……王女様聞かせてください。はっきりと、嘘偽りなく。貴方は俺を愛していませんよね?」


 王女様がどう答えるかはわかりきっているが、俺はあえて最後の質問を王女様にぶつける。王女様は一瞬だけ躊躇うようなそぶりを見せたが、目に涙を一杯に溜めて俺の方をまっすぐに見た。

 そして、先ほどまでのか細い謝罪の声とは異なり、はっきりとした声で俺の耳に届くように答えてくれた。


「勇者様のことは好きです。好きですが……それは友人としての好意にしかなりませんでした。私が男性として愛しているのは……この人だけなんです。申し訳ありません」


 王女様の両目からは涙が溢れ出ていた。頬を伝う涙を拭うこともせずに、俺をまっすぐに見ている。王女様のその言葉には、嘘偽りは一切なかった。……取得しておいてなんだが、嫌になる能力だなこれ。俺を愛することができないというのが


 本当だってわかるんだから、これは精神的に来るものがある。


 本当のことがわかる方がダメージがある場合もある。一つまた能力について学べたな。嫌な学び方だ。


 あー……その言葉はせめて……旅立つ前に聞きたかったな。まぁ、王女様もきっと言えなかったんだろうけど。俺と同じだ。


 友人としての好意にしかならなかった……と言う言葉から考えると、、王女様は俺の事を好きになれる様に努力はしてくれたんだろう。でも、騎士団長が近くにいたからなのか、どうしても駄目だった。

 努力しても駄目だった王女様は焦ったのだろう……そして焦った結果、最後の思い出つくりと称してこんなことを起こしたわけだ。

 この人もこの人で必死にやって溜め込んでしまったんだろうな。そしてその結果、俺にとって最悪の行動を取ってしまった。


 彼女にも彼女なりの辛い立場があったかと思う。それは理解するけれども、擁護も同情もできない。する気もない。結局、この二人は俺を裏切ったことには変わりないのだから。


「……最後に、本当の事を言ってくれて、ありがとうございます」


 俺は真っ直ぐに王女様を見返して、笑顔で王女様に最後のお礼の言葉を送った。


 これで、俺の決心は固まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る