3.勇者は能力を得る

 今現在、俺の目には簡易な服を着た二人の男女が正座して座っている姿が映っている。寝間着のようなものだろうか、もしかしたら事後に着るつもりだったのかもしれないが裸でいられるよりはマシなのでそこは追及しないでおく。

 別に正座する必要性はどこにもないのだが、二人は水晶の目の前で非常に青ざめた顔をしていた。別にこれは一汗かいて体が冷えているからとかそういうわけでは無いだろう。


 重苦しい沈黙が場を支配していた。まずはどうするか……と、俺はまずは何をするかを考えていて沈黙しているのだが、二人とも沈黙しているのは意外だった。二人とも黙っているので、こちらが口を開くまでは何も話さないのかと思ったのだが、騎士団長がそのままの姿勢で頭を下げると、沈黙を破り口を開いた。


「ゆ……勇者殿……申し訳ありません。これは……これは、僕の方が姫様を誘ったのです。全ての責任は僕にあります。どうか、この度の罪は私の命で許していただけないでしょうか」


 場における最初の発言は、騎士団長からの謝罪だった。


 土下座の姿勢をしてるその姿は、俺が世話になった騎士団長の姿からはかけ離れていた。俺に敬語を使い許しを請うその姿を見て……俺は悲しくなった。あの強く頼もしい人のそんな姿を見たくは無かったというのが正直なところで、少しも気が晴れることは無かった。


 騎士団長は命を持って償うというが、そんなものは要らない……貰っても仕方無いし、だいたい……水晶玉の向こうの人間の命を貰って俺にどうしろと言うのだろうか。俺が魔王を倒してから帰って、騎士団長をその場で処刑しろと? そんなことしたら、むしろ俺が魔王じゃないか。

 喜びに震える国が一転して恐怖に震えるぞ。俺が討伐されてしまいそうだ。


「勇者様違います!! 誘ったのは私の方なのです! だから……だから彼の命だけは助けてください!! 私はどうなっても……どうなってもかまいません!!」


 騎士団長の言葉を聞いて青ざめた王女様が必死に俺に懇願してくる。もしかしたら俺が騎士団長を見る目がかなり冷たく見えて、俺が彼をどうやって殺そうかと考えているかと誤解されているのかもしれない。実際にはそんなことを言われて悲しいやら情けないやら呆れるやらで見ていただけなのだが。

 今まで聞いたことの無い大声で俺に懇願するその姿は、過去に見ていた朗らかな笑顔の女性と同一人物とはとても思えず、ただただ愛する人を失わない様にと必死になっている一人の女性だった。

 騎士団長の方はそんな王女様の姿を見て焦っている。そして王女の言葉に被せる様に自分が誘ったのだと叫び、自分の命で償うと主張をし続ける。


 俺が無言な中で、二人はお互いを庇うための言葉を叫んでいる。お互いがお互いを庇いあっているその姿を、俺は美しい光景と見るべきなのか、それとも滑稽な光景と見るべきなのかは判断ができなかった。

 まぁ、どっちかが嘘をついて相手を庇っているのは明白だが、俺にはどちらが嘘を言っているのかはわからない。そもそも、どっちが先に誘ったとかどうでもいいのだが……少なくともその辺りをはっきりしなければ先には進みそうもない。

 どうせなら、何もかも知ったうえで俺は対応をしたいのだが、これでは難しいだろう。


 まぁ、予想通りと言えば予想通りだ。きっと二人はお互いを庇うし、相手が悪いなんて口が裂けても言わない。そもそも遠く離れた二人に対して何かをする手段を今の俺は持っていない。


 だから俺は、嘘がわかるようになればいいんだと結論を出していた。


「二人とも、勇者を選ぶ聖剣ですけど……聖剣に選ばれた人間に与えられる恩恵ってご存じですよね?」


 お互いを庇い続ける二人は、初めての俺の発言に注目するようにお互いを庇いあう言葉を止める。そして俺は、わざわざ二人に見せるように聖剣を逆手に持って水晶の前に掲げた。

 俺を勇者に選んだ聖剣。旅立ってからずっと一緒に戦ってきた相棒ではあるが、俺が今こんな状況にあるのはこいつが主な原因だとも言える。今さら言っても仕方ないが、本当にこいつは何で俺なんかを選んだのか……。素直に騎士団長を選んでくれていれば、こんなことにはなっていないというのに。


 ともあれ、こいつはただの剣じゃない。勇者を選び、魔王を倒すための武器……。実際に色々な能力を持っていたりするかなりの便利な剣ではあるのだが、武器として以外にもう一つ特性があった。

 それは、聖剣に選ばれた勇者に対して、一つだけ勇者が望む能力を与えるというものだ。それが聖剣に選ばれた勇者に与えられる恩恵だ。それくらいやらないと魔王を倒すのは厳しいという事なのか、誰が創ったか知らないがそんな能力を剣に与えていた。なんだっけ、神様だか女神様だかが伝説では作ったんだっけ。


 製造元に文句を言いたいところだが、流石に言えないので仕方ないと割り切るしかない。


 話を戻すと、能力を一つ与えてくれる剣……過去の勇者はこれで様々な能力を得たという。並ぶ者のいない単純な腕力を望んだ勇者、無限に身体から湧き上がる魔力を望んだ勇者、自由に空を舞う能力を望んだ勇者、どんな敵でも切り裂ける剣の腕を望んだ勇者……。

 その時代の勇者は、自身が望んだ力を使いこなしてその時代の魔王を討伐したという話だ。


 そう言えば、このことを教えてくれた人は不老不死だけは望むのをやめておけと言っていたっけ。過去にその能力を選んだ勇者は死ぬことができずに、今も世界のどこかを彷徨っているというお伽噺が残っているとか……。まぁ、本当にそうだったらその勇者がずっと勇者をやっているだろうから、無理だろうけどねと笑ってはいたが、もし本当なら恐ろしい話だ。真偽を試す気にもなれない。


 また、話が逸れたな。とりあえず能力の話だ。


「俺は貧乏性って言うんですかね、旅立つときは欲しい能力が思いつかなかったんですよ。だから今の今まで聖剣のその恩恵を使わないで来たんです。もったいなくて使えなかったというか……どこかで本当に必要な時に、聖剣から能力を貰おうって考えてたんです」


 過去にも苦戦はあったのだが、その度に仲間達と力を合わせて何とかしてきた。単純に、俺が能力取得について踏ん切りがつかなかったのと、都合よく能力を得てもその局面を打開できるとは思えなかったというのもある。その選択自体は、正しかったと今でも思っている。そのおかげで、地力は上がった。

 だからまさか、自分がこんなことで能力を得ようとするとは……想像もしていなかった。


「まさか……勇者殿……?!」


 俺の考えに気付いた騎士団長が顔を上げて、まるで静止するように片手を俺に向けている。だけど、彼は水晶玉の向こうにいるので俺の行動を止めることはできない。王女様は気づいていないのか、不思議そうな表情を浮かべて俺と騎士団長を交互に見ている。

 二人に見せるように俺は聖剣を掲げる。言い方は何でもいいと、その時に欲しい能力を聖剣にたいして示せば聖剣は答えてくれると教わった。だから、特に大仰な言い方もせず、俺は友人に話しかけるように聖剣に静かに語り掛ける。


「聖剣よ、頼む。俺に……他者の虚偽を判断して、見抜く力を授けてくれ」


 俺の言葉に反応したのか、聖剣は弱弱しい光を放ち始める。その弱弱しい光は、まるで俺に本当にその能力でいいのかを確認するかのように明滅する。まるで聖剣が戸惑っているようなその光に、俺は少しだけ笑いながらも言葉を続けた。


「いいんだ。戦いには役に立たない力かもしれないけど、今の俺はその力が欲しいんだ。戦いは仲間達と力を合わせれば何とかなってきたからさ。お前にも力を借りてきたから、わかるだろ」


 しばらく弱弱しく明滅していた聖剣だったが、俺の意思が固いとみると、諦めたかのように徐々に光を強くする。目が眩むほどに光が強くなると、その光が聖剣から俺の身体へとゆっくりと移ってくる。暖かく優しい光に全身が包まれると、誰かに抱きしめられた時のような安心感が心を満たしてくれた。

 その光は徐々に弱まっていきやがて完全に消えると、それまであった暖かさや安心感も消失する。


 これで俺は嘘を見抜く能力を手に入れたんだろうか?いまいちピンと来ていないのだが、疑っている俺に抗議するかのように聖剣が一瞬だけ光る。こんな能力を求める勇者で本当に申し訳ない気持ちになりながら、俺は聖剣の柄を撫でながらありがとうと感謝の言葉を口にした。


 さて、お目当ての能力をくれた聖剣のためにも。ごく個人的なこの問題に決着を付けようか。能力の試運転も兼ねて……陰鬱な気分になりながらも俺は水晶玉の二人に向き合った。


「さて……それじゃあ話を聞かせてもらいましょうか。……嘘は吐かないでくださいね」


 騎士団長は項垂れていた。……俺が嘘がわかる能力と言うのを手に入れたことに対して失望しているのだろうか、それともそんな能力を選ばせてしまった自身に絶望しているのか。どっちにしろ、もう能力は取得してしまったのだ。やり直すことはできない。

 王女様は状況が良くわかっていないのか、不安げな顔で騎士団長の方を見ている。


 とりあえず、黙ったままでいられては話にならないので俺は二人に先ほどの言葉をもう一度言ってもらうことにした。どちらが誘ったのかと、二人にはっきりと声に出してもらう。


「もう一度、先ほどの台詞を言ってもらえませんか? ……どちらが誘ったのですか?」


「私です!! 私が騎士団長を誘ったのです……!!」


 王女様は真っ先に、俺の言葉に対して即答してきた。その言葉からは特に何も感じない。先ほどと同じ言葉を繰り返しただけだ。

 対して、騎士団長の方は歯切れが悪い。明確に回答することを躊躇っているようだった。その所作だけで誰が嘘を言っているかは明白ではあるのだが、俺はただ黙って騎士団長の言葉を待つ。

 そして、騎士団長は観念したかのように重い口をゆっくりと開いた。


「……僕です。……僕が王女様を誘ったんです。勇者殿がいると知りながら……僕が」


……なるほど、なるほど。


 先ほど何も感じなかった騎士団長の言葉に対して、非常に強い違和感を覚えるようになった。別に何か嘘だとわかるような何かが出ているわけでは無いが、感覚でその言葉が嘘だと理解できている。


 何かわかりやすい表示があるわけでは無いし、特に大げさな何かが俺の中に出るわけでは無い。聖剣も何も反応を示さないということは、あくまでも俺だけが感じている違和感か。

 これが嘘がわかる能力なのか。戦闘時に何か意味はあるんだろうか。勇者としてはこの能力を選んだのは叱責されてしかるべきかもしれない。でも、今の俺にはこの上なく有用な能力だ。


 今手に入れたばかりの能力なので、嘘がわかるというのはどれだけの精度なのか、嘘でも本当でもない曖昧な言葉に対してはどうなのかとか、検証するべきことは多々あるだろうけど、今はこれで十分だ。

 まずはこの場を終了させることだけを考えよう。


 しかし……そっかぁ……。


 騎士団長を誘ったのは王女様だったんだなぁ……。

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