2.勇者は自分の立ち位置を知る

 王女様と騎士団長。あの二人は昔からの幼馴染であるとのことだった。


 俺は知らなかったのだが、それは知る人ぞ知る有名な話であるらしい。団長も身分は貴族なので、年の近かった二人は幼いころから常に行動を共にしており、王位争いから王女様が外れていたこともあってか、騎士団長が今の地位についた頃には二人の結婚話まで持ち上がったほどだったとか……。


 そんな中、王様が勇者として聖剣に認められ魔王を討伐した者が王女様と結婚できるとお触れを出した。きっとそこには色々な思惑があったのだと思う。きっと、騎士団長なら勇者になれるだろうと。勇者に選ばれた騎士団長なら、大手を振って、誰にも邪魔が入ることなく王女様と結婚が可能になると。


 しかし、勇者として選ばれたのは何故か俺だった。


 きっと周囲は焦ったことだろう。目論見が外れて、何よりも騎士団長が勇者に選ばれなかったという事に対して。だけど、勇者を選ぶのは聖剣だ。それは誰にもどうしようもない。


 俺の仲間の三人はそんな状況にもかかわらず、俺に王女様をよろしくと言って祝福していた騎士団長を立派な人だと褒め称えていた。しかし実際には、あの二人は……。結局、俺は曖昧に笑って誤魔化すことしかできなかった。何もかもここでぶちまけたらどうなるのだろうかと考えたが、結局は何もせずに終わった。


 なんとか食事を終えた俺は、まだ本調子ではないからと戦士からの飲みの誘いを丁重に断って、一人で部屋に戻り、そのまま一人になりたかったが、いつも通りの行動をしないと怪しまれるかと言う気持ちもあったので、いつも通りに王女様と通信をした。


 王女様は俺の顔色が良くなったことを喜んでくれたが、俺は嫌悪感などの感情を表情に出さない様に必死だったので何を話したのかはよく覚えていない。たぶん、幹部を倒したこととかそんなことを話したんだと思う。王女は俺に大きな怪我が無かったことを安堵してくれていたと思う。


 会話の最後の方で、俺は騎士団長のことをわざと話題に出した。彼には世話になったが元気にしているのか、良ければ通信で話がしたいというものだ。しかし王女様は彼は今別任務で数日間留守にしているため彼は不在だと俺に告げる。俺はそんな王女様に笑顔で、戻ってきたら彼に宜しく伝えてくれと言った。

 最後に、俺は今まであえて口に出していなかった、出せなかった一言を王女様に告げた。王女様に、俺は初めて愛していますという言葉を言ったのだ。

 ……王女様は笑顔で私も好きですと答えてくれた。


 ……その時に俺は、屈託のない笑顔で嘘を吐ける王女様を凄いと思った。彼女が王族だからなのか、それとも女性はそういうものなのだろうかと言うのはわからなかったが。心底凄いなと思ってしまった。少女の様に笑う、その笑顔に見惚れていた。

 俺はそのまま通信を切ったフリをする。今日は寝ないで確認するためだ。最初から、最後まで。そのために最後に言ったことの無い台詞まで言ったのだ。覚悟を決めるために。決して、揺るがない様に。


 それから俺はしばらく待った。今までの旅……いや、人生すべてを含めてもこんなに待つというのが長く感じられたことは無かったと思う。数分も経過していないのにまるで何日も待ったような気分だった。

 額からは嫌に冷たい汗がとめどなく流れ、緊張から指先は震えて、血液が一切通っていないかのように冷たく白くなっていた。

 気付けば指先だけではなく全身が小刻みに震えており、なぜか吐き気もこみあげてくる。このまま吐いたとしても楽になるわけでは無いと思い、戻すのだけは必死に堪えていた。


 そうして王女様と話をしてから何時間経過したのか……もしかしたら1時間ほどしか経過してないかもしれないが、体感的には数時間経過した気分だった。王女様の部屋にノック音が響き、誰かが王女様の部屋に入ってきた。俺はその時まで、一縷の望みを持っていた。部屋には騎士団長は来ない。不在だと王女様が言ったのだから。いや、仮に来たとしても何も起こるはずがないと。

 しかし、その望みは一瞬で砕かれる。部屋に入ってきたのは騎士団長その人で、そして扉が閉まった瞬間に二人は抱擁を交わしていた。お互いがお互いを力強く抱きしめており、明らかにそれは友好目的の抱擁などではなく、恋人同士の抱擁だった。そもそも、こんな夜更けに部屋に来ておいて友好目的もクソも無いかと、俺は


 絶望的な光景を眺めていた。


 それから、二人はベッドの上に腰かけて、ぽつりぽつりと話し始める。会話の内容は、俺の話題だ。王女様は今日俺からされた報告内容や、俺の顔色が酷く悪く、体調を崩していたのかを心配するという内容だ。

 そこだけを切り取ってみると、ただ仲の良い男女が談笑しているだけにも見える……距離はやけに近いが。近いというか、はっきりとベッドの上でお互いの手を握っていたりするのだが。


「……こうして、勇者を裏切っている僕に彼を心配する権利はあるんでしょうか」


「……そんな……ことは……。いえ……私も……」


 騎士団長の苦笑交じりの発言に、王女様は顔を青ざめて気休めの言葉を口にする。騎士団長に俺を裏切っているという考えがあったのは意外だった。この様子を見ると、王女様も同様の考えなのだろうか。それが少しだけ意外だった。てっきり、罪悪感などないか、俺をあざ笑いバカにしているのかと思ったからだ。


「これは私の我儘です……勇者様が帰ってきたら私は彼の妻になります。……だから、それまでは幼いころの様に一緒にいて欲しいんです。今だけ……今だけですから」


「姫様……」


 そう言うと二人はベッドの上でお互いを優しく抱擁し合うと、そのままベッドへと倒れこみ、どちらからともなく口づけを交わした。口づけの音と衣擦れの音、そしてお互いの息遣いが段々と荒くなっていくところまで俺は見せつけられる。

 ……大根役者のひどい演劇を見せつけられている気分だ。話を聞いているだけできつかったのに、さらに情事を見せつけれられるのは非常に精神に来るものがある。まるで頭を鈍器で殴られ続けているかのような鈍痛が起こり、眩暈がする。このまま通信を切ってしまおうかと思ったくらいだ。……そういうわけにもいかないのでこのまま通信は続けておくが、これで理解できたことがある。


 二人にしてみれば、間男は俺の方だったわけだ。


 ラブロマンスなんかで良くある話だ。お互いを思いあっている男女……王女様と騎士だったり、貴族と平民だったり、貴族と奴隷だったり、平民同士だったりがいて、二人は小さいころから一緒にいて、幼い頃に他愛のない結婚の約束なんかをする。

 そしてそれが大人になって難しくなってくると、姫や貴族は政略結婚の道具にされたり、平民は貴族に見初められたり、奴隷は家族の反対にあったりと、とにかくなんでもいいが男女二人の間には障害が発生する。

 その発生した障害を時には一人で、時には二人で……様々な形で乗り越えて、物語の最後には思いあっている二人は結ばれ、めでたしめでたしと言うものだ。障害が大きければ大きいほどに、二人の愛は燃え上がり、ハッピーエンドまでの経緯が情熱的に描かれる。


 そう言った物語は俺も読んだことがある。そう言った物語に出てくる障害は大抵が非常に性格の悪い貴族と言うか、いかにもわかりやすい悪役が現れるという形で書かれていた。

 だからこそ主役である男女を無条件に応援することができて、どういう形であっても二人が結ばれることで、それが最適な、幸せな結末とすることができていた。

障害がわかりやすい悪役ではない場合……相手が人格者であった場合には、二人で何もかもを捨てて逃げて逃げた先で結ばれたり、相手が二人を認めて自分は身を引くという形のものもあった気がする。


 今回の事をそう考えると、王女様と騎士の間に発生した障害が……俺と言う事になる。


 幼い頃から一緒だった男女、その二人は長い間に愛を育んでいよいよ結婚できるということになったとたん、第三者が現れてしまい引き裂かれる二人……物語としては非常にわかりやすく、ありがちだ。

 物語であれば、俺もきっと二人を応援していたかもしれない。騎士団長は王女様を連れて逃げ出しても、それは良かったと言える結末だと思えただろう。あくまでも、それが物語であればだ。

 俺は布団をかぶりながら、未だに行為を続けている二人には聞こえない様に小さく呟いた。


「これ……やられた側はきついなぁ……。こんなに辛いとは……。今までの旅で一番ダメージでかいよこれは……」


 俺の立場は性格の悪い悪役ではないと思いたいが……少なくとも物語に準えると当て馬役ではあるだろう。今まで物語の主役に感情移入することはあっても、相手役に移入することはあまりなかった……。

 よくもまぁ、ここまで辛い気持ちを押し殺して相手に譲ることができるものだ……そんな風に、自分が思ったより冷静になれているのが少しおかしかった。逆に俺は頭がおかしくなってしまったのかもしれない。


 さて……現状がわかったところで二人の行為が終わる前に俺は結論を出さなくてはならない。……現時点で俺が取れる選択肢は三つあると思う。


 一つ目は、このまま何も見なかったことにして魔王を倒し、王女様の元に帰って彼女と結婚すること。


 二つ目は、魔王なんてほっぽって今すぐに二人のところに戻ること。


 三つめは、ここで二人に声をかけて二人と話をすること。


 しかしまぁ……一つ目はありえない。ここまでのことを見せつけられて、何も無かったことにできるわけがないというのもあるが……俺が帰ってから王女様を愛していく自信が無い。自信が無いどころか、おそらくは常に疑ってかかることになるだろう。

 秘密を抱えられたままで常に相手を疑うというのは、精神的な負担が大きすぎるし、仮に子供が生まれた際に、本当に自分の子供かを疑わなければならないというのは……。それを回避する手段はあるにはあるが……、あまり取りたくはない方法だ。


 何よりも王女様が先ほど騎士団長に言った言葉が信じられない。今だけなんて言って、俺が戻ってからも関係を続ける気じゃないだろうか? 本当に言葉通りに本当に騎士団長との関係をリセットするのかもしれないが、疑念は常に付きまとう。

 それに、関係を続けられていた場合には俺が何をするかわからない。……やっぱり一つ目の案は無しだな。


 二つ目の案は……魔王を放って今更二人のところに戻ってどうしようというのだろうか。……何しに戻ってきたのかと不思議がられるだろうし、戻って二人に会ったところでしらばっくれられたらそれでお終いだ。証拠は通信している今しかないのだから。

 まぁ、後からでも証拠なんていくらでも集められそうだが、仮にも相手は王族だ。握りつぶされる可能性だってある……そうなったら最悪、俺が魔王の代わりに国を滅ぼす気になってしまうかもしれない。

 別にそれならそれでいいと思っている自分がいるが……流石に現時点で憎んでいない人たちを巻き込むことには抵抗があるし、ここまでついてきてくれた仲間にも申し訳が無い。


 となるとまぁ……やっぱり取るのは三つ目の案になるよな。それは覚悟していた話だけれども、同時に尻込みもしてしまう話だ。ただ声をかけるということがこれほどまでに苦痛になるとは思いもしなかった。しかし……見逃すのも無し、二人の前に行くのも無し、このまま秘密のままにはしたくないとなると、避けては通れない道だ。


 そうなると、思ったよりも冷静な自分が救いだ。このまま感情に流されて罵倒しても……おそらく俺の期待する結果は得られないだろう。とりあえず……あとは話しかけるタイミングだが……。

 ちょっと考え込んでいる間にも、二人の情事は継続中である。傍から見ると俺は単なる覗き魔だな……。逆に笑えて来る。

 ……今このタイミングで話しかける勇気は無いから、少し待つか。そうだな、待っている間に準備をしておこうか。


 それから三十分程の時間が経過し、二人の行為はいったん終わったようだ。その間、俺は色々と問い詰めるための準備をしていた。わざわざ聖剣も手元に持ってきている。


 さて……準備も終わったし二人に声をかけるか……と俺は重い腰を上げようとするのだが……声をかける前はまるで初めて戦場に出た時の様に……いや、それ以上に緊張していた。あの時だってこんなに冷や汗は出なかったし、鼓動も早く無かった気がする。勇気が出ない。

 しかし、声をかけるタイミングはここしかない。流石にこの光景を見せられてもう一晩過ごせるほどに俺の精神は強くない……たぶん……心が折れる。折れてしまっては、何もできなくなる。


「すー……ふー……」


 一度だけ鼻から大きく息を吸い込み、口から大きく吐き出した。気持ちを落ち着ける効果のある呼吸法だと、聞いた覚えがあったのだが、気持ちは一切落ち着かなかった。情報源は騎士団長だった気がする。だから、落ち着かないのだろうか。

それでも俺は、震える手で水晶を持ち上げ、そこに向けて大きく声を張った。二人に確実に聞こえるように、でも叫ばない程度の声量で。


「二人とも、俺は全部を見ていたよ。話を聞かせてもらえるかな?」


 台詞をとちらない様に、声が擦れない様に……俺はただこれだけの台詞を言うのに必死になっていた。これだけを台詞を言うだけで、全精力を使い果たしたかと思うほどの疲労感を感じた。

 二人に声は届いたのだろうか、向こうからの反応が無ければわからなかったが、これで聞こえていなかったらもう一度言う気力は俺には残っていないのだが・・・幸い、反応はすぐに返ってきた。


「……勇者……様?」


「……勇……者……殿」


 二人はそこで初めて映像が繋がったままになっていることに気がついたようで、水晶に対して驚愕の視線を向けてきていた。そんな二人の青ざめた表情を見た時、俺はひどく悲しい気持ちになったのと同時に、少しだけ溜飲が下がるのを感じた。本当に、ほんの少しだけ。


「まずは……服を着ましょうか。汗が気持ち悪いかもしれませんが、それは我慢してください。」


 俺は可能な限り優しい声色を出すようにした。もしかしたら、声は震えていたかもしれない。

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