寝取られ勇者は魔王と駆け落ちする ~何者でもなくなった二人は世界をブラブラと見て回ることにした~
結石
第一章「寝取られ勇者と新米魔王」
1.勇者は知りたくもない事を知る
唐突ですが勇者です。物語とかに良くある話で、魔王を討伐するために選ばれたので嫌々ながら頑張って旅を続けています。
そんな私ですが、非常に今は絶望的な気分になっています。どうしてこうなったのだろうか。うん、本当にどうしてこうなったのか……たぶん俺は悪くないと思うんだけど。
俺は宿屋の一室にて一人でこの状況をどうすればいいのかを、声を殺して、物音一つ立てずに悩んでいた。
とにかく呼吸音さえもできる限り小さくして、俺の耳に響いてくる音だけを聞いている。聞きたくもないのに聞かされている。
音源は旅立つときに国の人に渡された通信用の道具である水晶玉で、二つの水晶玉の繋げて音声や映像を双方向に届けられるという希少で高価な道具だ。国宝級なんじゃないかな。
俺はそんな高価な水晶玉を、俺を勇者に選んだ国の王女様との毎夜毎夜のちょっとした連絡用に使っていたりする。何故かって? 魔王を倒した報酬が、王女様との結婚だからだ。だから、これで旅の合間に会話でもしてお互いをよく知ると良いと、王様がわざわざ俺に貸してくれた。あくまでも貸してくれただけだ。
王女様とは、俺が勇者として何故か聖剣に選ばれて、王様にも認められて旅立つ直前にちょっと会ったくらいで、可愛らしい人だなとは思ったけれども結婚と言われても正直な話、ピンと来てなかった。
水晶玉を貸してくれたのはそんな俺の心情を察してなのかもしれない。もしかしたら、俺が旅の途中で逃げ出さない様に監視をするという意味もあったかもしれないが、あくまでも好意で貸してくれたものだと思う。
俺はその水晶玉を使って毎日毎日、王女様と連絡を取り合った。今日は何を食べたかと言う至極くだらない話、旅先で助けた人にお礼として宝石を貰った話、敵に大怪我をさせられたが何とか倒したという話……色々な話を王女様にして、王女様はその話を時に楽しそうに、時に心配そうに、俺が落ち込んでいる時は慰めたり励ましたりしてくれて、俺も王女様と話すのが一日の楽しみになっていった。
今日も先ほどまで連絡を取っていた。くだらない話を交えつつ、魔王城までは後七日程で到着すると思うので、魔王を倒してきっと帰りますので、そうしたら直接会って色々とお話ししましょうと伝えた。
魔王討伐の報酬で決まっているとはいえ、流石にその場で結婚してくださいというのはなんだか憚られたのでその程度にとどめて……おやすみの挨拶をして水晶玉の通信を終了した。
そして俺が就寝し……しばらくしてからおかしな物音が鳴っていることに気付いた。まるで猫の泣き声のような甲高い音が聞こえてきていたので、ベッドの中で微睡んでいた俺はその音が気になって起きてしまった。……よせばいいのに、起きてしまったのだ。
窓を開けても外からは何も聞こえてきておらず、夜の街は静かなものだった。音の発生源が外には無いという事で、部屋の中からだろうかと俺は音の発生源を探すことにした。
音の発生源はすぐに見つかった。
そして、発生源を見た俺の思考は停止する。
結論から言うと、音は水晶玉から聞こえてきていた。なぜか水晶玉は通信が切れておらず、映像と音声がつながったままの状態で、現在の王女の部屋の状態を俺に伝えてきていた。
音の正体は声だった。
詳しく言うと王女の声だった。
もっと詳しく言うと、王女の声を押し殺すような、でも確かに響く喘ぎ声だった。
「……え……なんで?」
音の発生源を突き止めた俺に徐々に思考が戻ってくる。起きるんじゃなかったと後悔した。こんなことなら水晶玉など貰うんじゃなかったと後悔した。そもそも勇者として旅立つんじゃなかったと後悔した。
思考が戻って来て、様々な後悔の念が俺の頭の中に渦巻いた。
目の前の現実の認識を拒否したいが、俺はその映像から目が離せないでいた。
そこには、裸になって抱き合っている一組の男女がいた。
女は当然の様に王女様で……男は俺が旅立つ前に世話になっていた騎士団の団長だった。
若くして団長にまで上り詰めた実力者であり、端正な顔立ちとその誠実な人柄で老若男女問わず人気のある男性だ。俺も、この人が絶対に勇者に選ばれるだろうと思っていた人だ。勇者としてこの人が旅に出ている間は、国の安全は俺達で守るぞと兵士仲間と話していた。
それが何の間違いか、一介の兵士にすぎない俺が勇者に選ばれてしまった。それに対しても妬むことも怒ることも無く、慌てる俺を励ましてくれたり、勇者になったのだから強くならなきゃなと旅立つまで俺に稽古をつけてくれたりと、色々と世話を焼いてくれた人だった。
戦う時の基本的な心構えから魔法の使い方、剣の振り方、旅に役立つ知識なんかも熱心に教えてくれた。兄弟のいない俺は兄がいればこんな感じなのかと慕っていた人だった。
そんな人が、裸で王女と……。
『どんなことも最初の一回が肝心だよ。どんな戦士も初陣は絶対に緊張する。逆に言うと、一回経験すれば後は徐々に慣れていくだけなんだ。旅を不安に思っているんだろうけど、大丈夫。旅立ってさえしまえば「なんだ、こんなものか。」ってすぐになれるよ。でも、これは悪い事にも言えてね。薬や盗みなんかは一回やってしまうと後の敷居が下がってズルズルと続いてしまい、いずれ身を亡ぼす。いいかい、最初の一回だ。旅の最中には様々な誘惑があるだろうけど……。大丈夫、君は僕の教え子なんだ。変な誘惑に負けないと信じてるよ。』
旅立つ前に、不安を抱えていた俺に言ってくれた言葉が蘇る。思い出すのはそんな風に魔王を倒す旅そのものを不安に思っていた俺を励ましてくれた、彼の笑顔だった。彼から様々なことを教わったおかげで、俺は仲間達と旅を続けることができたのだから。
そんな人が……何故……なんで王女様とまぐわっているんだ?
ただただ一組の男女がお互いを求めるその映像はまるで冗談の様だったが、紛れもなく現実だった。しばらくの俺はその映像をただ黙ってみることしかできず、事が終わっても結局、色々な感情と考えが頭の中をグルグルと巡り、その日は一睡もできなかった。
気がつくと通信はいつの間にか切れていた。自分が切ったのかもしれないが、正直そんなことは覚えていなかった。ただ、冷たい汗がびっしょりと全身を覆い、寝間着は汗で濡れ身体に張り付いて気持ち悪かった。
身体中の水分が全て出たのかと思うくらいに服は濡れ、指先は氷の様に冷たく震えていた。
朝になり……通信用の水晶玉から王女様の声が聞こえてきた。いつもは王女様の声で俺は起こされるのだが、今日は先に起きていたことに王女様は驚いて、俺に朝の挨拶をしてきた。
昨晩の映像が嘘のようないつも通りの優しい笑顔だった。
どうやら一睡もしていない俺の顔はひどく憔悴していたようで、挨拶をした後にかなり心配されたのだが、貴方と騎士団長の密会を見たからですよとは言えず、俺は魔王城に近づいているし、旅の終わりも近くなってきたので緊張してなかなか寝付けなくったからだと適当にごまかした。
そんな俺に王女様はハーブティーを飲むと心が落ち着きますよと優しく言ってきてくれた。
その声は俺の事を心から心配してくれているようで、本当に昨日の映像は彼女を映したものだったのだろうか? 旅の終わりが近づいてきて、ナーバスになった俺が見た悪夢だったんじゃないか? と自分の方がおかしかったのではないかと思えてきた。そう思いたかったというのもある。
とりあえずその日の朝は、王女様とはそのまま少し他愛のない話をして終了した。そして出発する時刻になって水晶玉の通信をいつも通りに切ったところ……水晶玉の通信が昨日の夜と同じく繋がったままになっていることに俺は気づいた。王女様はその事に気付かず部屋からいなくなっていた。
少し調べると、通信が切れない原因は簡単に分かった。この道具は通信を入れるときと切る時でそれぞれ魔力を水晶玉に直接流すのだが、通信を切る際の機能の何かが壊れたのか、通常よりも多くの魔力を流さなければ水晶の通信は切れなくなっていたのだ。それに気づかなかったため、昨日は通信が繋がりっぱなしになっていたようだった。
通信を入れる時の倍くらいの魔力を通して、こちらからの通信が切れたことを確認した。
……と言う事は、やっぱりあれは現実だったのか。
一晩経っても一睡もできていない俺の中に、酷く醜い気持ちが湧きあがってきた。冷静に考えることはできず、なんで、王女様が騎士団長と? 騎士団長は何故王女様と?いったいいつから? 俺を騙すつもりだったのか? 結婚させるという王様の言葉自体が嘘だったのか? 俺はこのまま旅を続けても良いのだろうか、今すぐに国に帰って問いただせば解決するのだろうか。
魔王を倒す直前だというのに、気持ちがぐちゃぐちゃで定まらない。何も手につかないという気持ちが続く。
結局その日は終始その事を考えてしまい、俺が何をしたのかをいまいち覚えていない。
後から仲間達に聞いたところ、今日の俺は獅子奮迅の活躍だったとか。容赦なくモンスターを蹴散らし、圧倒的な力で魔王軍の幹部とやらを叩きのめしたらしい。いつもより無駄のない動きで、それはもう容赦なく徹底的に叩きのめしていたとか……。鬼気迫る勢いだったとか。
女性陣はそんな俺を怖がったようなのだが、気の良い戦士が「これなら魔王も楽勝だな。今日ほどお前を頼もしいと思った日は無いよ。」と言ってくれた。しかし、生憎と何をしたのか全く覚えていなかった。俺が一方的に叩きのめした幹部とやらも全く印象に残っていない。そんなやついたんだろうか。
ただ俺はぼんやりと、もしかしてこいつも俺を裏切っているのではないかと言う疑念が沸き上がったことだけ覚えている。いつも笑顔で頼りになるこの戦士も、裏では俺を裏切っているのではと疑心暗鬼になった。
即座にそんなことは無いとその考えを打ち消したが、どんどんと嫌な気持ちだけが湧き上がっていった。そんな俺を心配した皆は、激戦で疲れたのだから今日は早めに休もうと提案してきてくれて、そんな皆を疑った自分を恥じて涙が出た。
その日はいつもよりも早めに近くの街で宿を取ったのだが、その時には俺は相当にひどい顔色をしていたらしい。心配された仲間にすぐ休むように促され、俺は一人ベッドで横になっていた。一人でベッドで寝ていると考えたくないのに、昨日の映像が頭の中で繰り返し再生されさらに気分が沈んでいった。
救われたのは、仲間達がかわるがわる見舞いに来てくれたことか。街で流行っている甘味や、疲れの取れるというお茶を差し入れてくれる仲間たちの姿に安堵し、気がつけば昨晩の徹夜もあってか俺は眠っていたようだった。
起きた時には日もすでに落ちており、ベッドの横の椅子に仲間の一人の僧侶が座ってくれていた。起きた俺に優しく微笑みかけてくれた僧侶の笑顔を見て、また俺は自分でも気がつかないうちに涙を流していた。
俺の涙を見て慌てながらも俺を心配してくれる僧侶に、あくびが出ただけだとごまかした。
少し寝て顔色のよくなった俺は仲間達と夕食を取った。皆は俺の顔色を見てまだ心配そうにしていたのが、心配ないと笑顔を浮かべる俺に対してそれ以上何も言ってこなかった。
ただその時に、もうすぐ魔王との決戦なのだから何か心配事があるなら相談してくれと言ってくれた。そんな仲間達をありがたく思ったが、少なくとも昨晩の王女のことは相談しなかった。相談……できるわけもないのだから。
ただ、ほんの短時間でも眠れたおかげか頭の中は少しだけスッキリとしていた。そのため、俺はもう一度……今夜あれが夢でなかったのかを確かめてみようと考えたのだ。仲間達と談笑しながら食事をしている間に、俺は心の中で一人で決意を固めていた。確かめて、決着をつける。
「しかし、これで魔王を倒せば勇者も王女様と結婚かー。魔王を倒してあんな可愛いお姫様と結婚とか、英雄譚みたいな話って本当にあるんだなー」
仲間達と談笑している中での戦士の一言に、俺は心臓の鼓動が不自然に強くなったことを自覚した。その一言を皮切りに、汗が全身から吹き出すというのに身体中に得体の知れない悪寒が走る。
呼吸もうまくできていない気がするので、落ち着けるために飲み物を口に含むのだが、全然味がわからなくなってしまっている。王女様と結婚……少し前までなら嬉しくなった一言が、今の俺にはひどく不快な響きに感じられてしまっている。
「ちょっと……? どうしたの……?」
戦士の隣に座っている魔法使いが俺の様子がおかしくなったことに対して、心配そうに聞いてきた。俺は咄嗟に「いや……王女様と結婚なんて実感がわかなくてね。今から俺に務まるかどうか不安なんだよ」と適当なことを言って誤魔化す。不安である……と言う点に関しては概ね事実ではあるが。
戦士は「もう魔王を倒した気でいるのか、頼もしいな」と大口を開けて笑い、魔法使いは「気が早いわよ。でも、そのためにも生きて帰らなきゃね」と苦笑し、僧侶は「式には呼んでくださいね。精一杯お祝いします」と優しく微笑んでくれた。
そんな三人の顔を見ても、俺の頭に浮かぶのは昨晩に見た王女様と騎士団長の密通の現場だ。そのため、俺は反射的に王女様と騎士団長の事を話題に出してしまった。よせばいいのに二人のことを口に出してしまっていた。
「そういえば、王女様と騎士団長って仲良いのかな? 騎士団長からは王女様の事をことあるごとによろしく頼まれたんだよね。」
実際に騎士団長と王女様は仲良くしていたわけなのだが……俺はその事を当然の事ながら仲間達には告げなかった。俺のその言葉に仲間三人の表情が固まった。先ほどまでの笑顔が嘘のように戦士はポカンと口を開いて俺を見ており、魔法使いと僧侶はバツが悪そうな視線を俺に向けている。感づかれたのかと思ったのだが、そういうわけでも無いらしい。なんか変なことを聞いてしまったのだろうか。
やがて、僧侶が重苦しそうに口を開く。
「ご存じなかったんですね……あの二人は昔からの幼馴染なんですよ。」
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