第83話【ユイムズとカシワトソン】

いつも通り部活を終え、時刻は19時半。

俺は生徒会室の指定席に腰掛けていた。


スマホを見ながら問題のツイートについて考えを巡らせること数分、生徒会室のドアがゆっくりと開く。


「……あ、柏くん。もう来てたんだ」

「おう。今さっき部活終わったとこ」

「そうなんだ。お疲れさま」


そう言って、顔だけをドアから覗かせてキョロキョロと室内を確認する宮本。

俺以外に誰もいないことを確認するとそのまま忍び込むように入室し、音が鳴らないぐらいのスピードでドアを閉めた。


「ふぅー……緋彩さんたちは?」

「俺が来たときにはもう誰もいなかったよ。この時間だし、流石に帰ったんじゃないか?」


比較的長めにやってる部活であっても、そろそろ全体練習は切り上げる時間だ。

図書室もたしか19時に閉まるはずだし、部活動に所属していない生徒は大抵帰宅している。


「ていうか、鍵空いてたんだね。緋彩さん閉め忘れたのかな?」

「かもな。まあ、ラッキーってことで」

「だね」


朝は便宜的に屋上前の階段で話をしていたけど、放課後にあんな人気のないところで宮本とコソコソ相談事をするわけにはいかない。

とりあえず生徒会室前に集合してからその後の流れを決めようって話だったわけだけど、無人で開いていたおかげで場所探しの手間がはぶけた。


「まあ、ここって鍵を閉めろって言われてるわけじゃないしねー」

「そうなの?」

「うん。緋彩さんが鍵を預かってて、閉めたときは職員室に返してるってだけで。私たちも盗られて困るものなんて置いてないからね」


宮本はそう言うとバッグを椅子の上に置き、自分は床に座り込んだ。


「え……地べた派? 俺も椅子の文化捨てた方がいい感じ?」

「違うって。ストレッチが足りてないから、やりながら話したいだけ」

「ああ、そうか。そうだよな」


流れるように座り込むもんだから、突然文明が退化したのかと。


「柏くんはストレッチ終わったの? 一緒にやる?」

「いや、俺は着替える前にやってきたからいいわ」

「そっか。じゃあ私は失礼して……」


座ったまま足を大きく開き、前屈を始める宮本。

その動きに合わせて、運動後とは思えない甘い匂いが鼻をくすぐる。


……てか、スカートのまま足開くなよ。見えちゃうだろ。


誘われたままに座り込まなかったことをほんの少しだけ後悔しながら、俺は気合いで目線を手元のスマホに戻した。


「で、盗撮のことなんだけどさ」

「うん」

「犯人がうちの生徒だってなら、選択肢はそんなに多くないよな」

「?」

「冬馬か田原か大橋──森下も怪しいな」

「全員クラスメイトじゃん……。嫌だよそんな容疑者だらけのクラス」


俺の見解を伝えると、宮本はうえっと顔をしかめた。


「俺だって嫌だけどさ、あいつらの頭が変態的にイカれちゃってるのは宮本も知ってるだろ?」

「まあ……それはそうだね」

「だろ?」

「でも、うーん」


足の裏をつけて股関節を伸ばしながら、宮本は首を捻る。


「細坂くんたちならやりかねない気もするんだけど、盗撮はなんかイメージと違うっていうか」

「違うってなにが?」

「上手く言えないんだけど、やるならもっと豪快な犯罪に手を染めそうな気がするんだよ」

「……俺より酷いこと言ってんぞ」

「え!? いや、そういう意味で信頼してるってことなんだけど」

「豪快な犯罪に手を染めそうな信頼ってヤバすぎるだろ」


とまあ一応ツッコんではみたものの、宮本の言わんとしていることは多少理解できた。


「たしかに、俺もそこは引っ掛かってたんだよな」


冬馬たちが一線を越えるなんていつものことだし、なんなら一線を越えるんピックでもあれば全員メダリスト候補ともいえる。

だけど、果たしてあいつらが盗撮なんてみみっちいマネをするだろうか。


「あいつらの場合、宮本の写真がほしいって欲求が爆発したら普通に一眼レフ持参で撮影会とか始める気がするんだよな。盗撮なんてせずに」

「そうそう」

「それか宮本をショーケースに詰め込んで家で鑑賞するとか」

「……怖すぎるけど、まあそういうこと」


口元を引きつらせながら、宮本は小さく頷いた。


「こう言っちゃあれだけど、この学校の男子って良くも悪くもアホの集まりだと思うんだよ」

「ぐうの音も出ないな」

「緋彩さんや姫乃ちゃんの話を聞く限り1・3年生も似たような感じみたいだし、柏くんみたいに比較的まともな人ですらほとんどいないんだよね」

「だろうな────ってあれ、比較的?」

「そういう意味じゃ、一番盗撮しそうな男子は柏くんなんだよ」

「なんでだよ!?」


アホの集まりを差しおいて、何故かいの一番に疑われてしまった。


「っていうのは比較的冗談なんだけど」

「そこは絶対的に冗談であってくれ……」

「盗撮とか、わざわざツイッターのアカウントを作って拡散とか、細坂くんたちがそんなことするとは思えないんだよね」


健康的な脚を無防備に晒しながら、宮本はそう自分の意見をまとめた。

俺の犯罪係数が高めだったことに異論はあるけど、盗撮っていう手段が冬馬たちの性格と結びつかないことには同意見だ。


「まあ、あいつらが犯人にせよ違うにせよ、可能性は1つずつ潰していく方がいいだろうな」

「潰すって、どうやって?」

「それは……これから考える」

「あ、名案があるってわけじゃないんだね」

「名案どころか、ノーアイディアだな」

「ちょっと、しっかりしてよカシワトソンくん」

「無茶言うなよユイムズ」


こちとら、推理の引き出しなんて相棒とコナンくんしかない。

どっちもスプラッタ専門みたいなところがあるし、今回は役に立たないだろう。というかお願いだから立たないでほしい。


「冬馬たちのことは俺に任せてくれていいよ。近いうちに探り入れてみるわ」


不本意ながらあいつらのことは多少分かってるし、なんとでもなるだろう。

宮本にそう伝え、俺は鞄を手に取り席を立つ。


「どうしたの?」

「いや、今日のところはボチボチ帰った方がいいだろ」

「……あ、もうこんな時間か」

「お互い部活終わりだしな」


壁に掛かった時計はちょうど20時を過ぎたところ。

宮本が到着してから30分も経ってないけど、そろそろ校舎に残っていたら不自然な時間帯だ。


宮本は座った状態から飛び跳ねるように立ち上がると、舞い上がりかけたスカートを手でパンパンと払った。


「そうだね、見回りの先生が来る前に退散しよう」

「先生もだけど、俺はそれこそ冬馬たちがこえーよ」


こんな時間に宮本といるところを見られたら、良くて尋問。悪けりゃ拷問まであり得る。

俺がその危険性を伝えると、宮本は「あはは……」と苦笑いして手をドアに向けた。


「じゃあ別々に出よっか。私来るの遅れちゃったし、柏くんお先にどうぞ」

「は? なに言ってんだ?」

「え?」

「ストーカーがいるって話してんのに、こんな時間に一人で帰すわけないだろ。家まで送ってくっての」

「家まで…………えぇ!?」


ドアの方に手を向けたまま、素っ頓狂な声を出す宮本。


「ビックリした、そんな驚くなよ。それに驚くわ」

「いや普通に驚くでしょ──っていうか、家まで来てくれるの?」

「だからそう言ってるだろ。早く行こうぜ」


鞄を肩に掛けて生徒会室を出ると、後ろから宮本がトテトテ小走りで追いついてきた。


盗撮されてる宮本を一人にさせるのは危ないし、犯人の心当たりもない以上、推理を重ねるより現行犯で捕まえるのが一番手っ取り早い。

そういう考えから当たり前の提案をしたつもりだったのだけど──


「えっと……じゃあお願いします」


──宮本が何故か敬語で、何故か摘まむように袖を掴んできて、俺は後ろを振り返ることができなかった。

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