第3章【ユイムズとカシワトソン】

第82話【寝不足と優しい決意】

週が明けた月曜日、駐輪場に自転車を停めた俺は教室をスルー。

ちらほら集まっている生徒たちから離れ、そのまま階段を登り続けた。


「あ、柏くん。おはよー……」

「おっす……大丈夫か?」


前と同じように、屋上へとつながるドアに背をつけて座る宮本。

俺を見るといつも通り笑って片手をあげたが、あきらかに覇気がない。


「目元、すっげえクマだぞ。眠れなかったのか?」

「あー……うん、昨日はあれから色々考えちゃってね。恥ずいからあんまりこっち見ないで」

「わ、わり」


宮本にそう言われ、俺は正面ではなく宮本の横に腰掛ける。

たいしたスペースもなく肩が触れそうな距離になってしまうが、まあ仕方ない。


「これ、見たよ。増えてたな」


そう時間もないのでさっそく本題を切り出す。

隣に座る宮本は、俺が差し出したスマホの画面を見ると「はぁー」と大きく溜め息をついた。


「増えちゃってたね……」

「自分で見つけたのか?」

「うん。昨日の夜、そういえばアレってどうなったのかなーって覗いてみたんだよ。先週見たときは更新されてなかったら、念のためのチェックぐらいのつもりだったんだけど……」

「確認したら投稿が増えてたと」

「なんなら撮れたてホヤホヤだった」


事の経緯を簡単に説明し、座ったまま両膝を抱える宮本。


「しかもさ、柏くん気付いてる?」

「ん?」

「フォロワー数も前より増えちゃってるんだよね」


宮本はそう言うと、俺のスマホを横から操作。

美女図鑑NO.7のアカウント画面を指差した。


「フォロワー1000人……マジか」


前に見たときは400人ちょっとだったはずだから、2週間でちょうど倍増したことになる。


「なんでツイート2回でこんなことに……」

「なんでって……まあ、それだけ宮本が美女だってことだろ。自信もってけ」

「…………」

「…………あ、いやゴメンて」


とりあえず励まそうとしたのだが、そういうのはいらなかったらしい。

目を細め無言で抗議していた宮本は、俺が謝ると桜色の唇を少し尖らせた。


「これが盗撮じゃなければ素直に喜べたんだけどね」

「盗撮……まあ、そうだよな」


前に投稿されたツイートには複数の写真が張り付けられていたが、今回は1枚だけ。

そのすべてに共通するのは、宮本がカメラの方向を向いていないことだ。


「これ、駅前で集合してから映画館に向かってるときだよな。周りの明るさ的に」

「そうだね。柏くんは何か気が付かなかった? 撮られた瞬間とか」

「いや、まったく」

「だよね。私も全然気が付かなかったよ。すぐ近くで撮られたっぽいのに」


そう言って、小さく肩をすくめる宮本。

写真を改めて見てみると、たしかに歩いている場所や通路の幅的に、撮ったやつは数メートルという近距離から撮影したことが分かる。


「念のため一応聞いておくけどさ」

「?」

「犯人、柏くんじゃないよね?」

「んなわけあるか!」


唐突に着せられた濡れ衣を即座に振り払う。


「でも、柏くんが無実だっていう証拠はないよね?」

「悪魔の証明じゃねえか。てか、それ言い始めたら全員同じだろ」

「いや、緋彩さんは服が写ってるから違うし」

「姫乃は?」

「かわいいから違う」

「ガバガバじゃねえか」


どうやら、宮本に探偵の素質はないらしい。

とはいえ冗談を言えるぐらいには落ち着いてきているようで、俺は少し安心した。


「んで、この後のことだけどさ」

「うん」

「どうするよ? とりあえず先生に伝えた方がいいんじゃないか?」


こういう場合の対処法は分からないが、それを聞く意味でも大人に相談するべきだと思う。


「前は一旦無視の方向だったけどさ、結局また撮られてるわけだし。次がないとも限らないだろ?」


現状直接的な危害や脅し文句はないにせよ、後々エスカレートする可能性はある。

俺がそう伝えると、宮本は「うーん」と歯切れの悪い反応をみせた。


「ん? やっぱあれか。変に刺激するのが怖いとか?」

「うん、それもあるんだけどね。なんていうかさー」

「?」

「私、この写真撮ったのってうちの生徒だと思うんだよね」

「え、生徒? なんで?」


俺のなかでは、犯人のイメージは一眼レフをもったオッサンで固まっていた。


「あの日映画行くのってさ、前日急に決まったじゃん?」

「だな。緋彩さんの思いつきだし」

「遊びに行くのは親にしか伝えてないし、そう考えると犯人は学校から後をついてきてたんじゃないかって思うんだよ。だから生徒の誰かじゃないかなって」

「……なるほどな」


都合よく街中で鉢合わせたんじゃなければ、学校からつけられてたってことになるのか。


「でも、外部の人間が校門で待ち伏せてたってパターンもあり得るだろ。そこで待ってれば、いつかは宮本が出てくるわけだし」


俺だって怖がらせたいわけではないけど、楽観的に考えていい問題でもない。

そういった可能性があることを伝えると、宮本はちっちと指を振った。


「いや、それはないと思うよ」

「なんで?」

「うちの学校、休日でも警備員の人が1人はいるじゃん。門のところに」

「あー、そうか。いるな」


数年前まで純粋な女子校だった頃の名残からか、校門のすぐ側には守衛室があり、平日・休日を問わず警備員が最低1人は立っている。


「あそこでウロチョロしてたら、普通に声を掛けられると思うんだよ」

「まあ、そうだな。それで生徒ってわけか」


生徒であれば、門の近くで待っててもさほど不自然ではない。

宮本が所属する陸上部はグラウンドで活動しているし、なんなら駐輪場でも校舎内でも終わる時間は確認できる。


「そう言われると、たしかに生徒っぽい気がするな」

「カシワトソンくんもそう思う?」

「助手かな?」


宮本の探偵力を見直していたら、勝手に相方にされてしまった。


「でさ、もし本当にあの写真を撮ったのが生徒の誰かなら、やっぱり大事にはしたくないんだよね。大人に伝えたらどうしたってそうなっちゃうだろうし」

「まあ、そりゃな」


あっさり犯人が見つかって反省すればそれで済むだろうけど、投稿が止まらなければ警察まで話がいくかもしれない。

仮に学校内で収まったとしても、どこからか話は漏れ、尾ひれ背びれがついてそれこそツイートのように拡散されてしまうだろう。


「隠し撮りしてたって皆にバレちゃったらさ、学校にもいずらくなっちゃうと思うんだよね。そうはなってほしくないなー、なんて」


穏やかな口調でそう言って、宮本は抱えていた足を伸ばす。


「……宮本お前、優しいな」

「えっ!? いや、そんなことないよ。私はただ──」

「冬馬たちをブタ箱に送り込まないなんて、女神かよ」

「──あ、柏くんの中ではもう犯人は細坂くんたちになってるんだね」


何故か少し肩を落とした宮本は、ぱっと顔を上げると俺を正面から見据えた。

相変わらず目の下にクマはあるが、十数分前にはなかった力強さが瞳に宿っている。


「柏くん、お願いがあるの」

「ん?」


目を見た瞬間、宮本が次に何を言うのかはなんとなく理解できた。


「私、写真を撮ってる生徒を見つけなきゃならない。手伝ってくれる?」

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