第84話【痴女の出る教室】

盗撮犯探しを始めてから4日、俺たちは未だに手がかりを掴めずにいた。


部活後は生徒会室に集まって対策を話し合っているが、現状特に進展はない。

下校時にも怪しい人影は見つからないし、問題のツイッターも更新されないままだ。


「そろそろ仕掛けてみるわ」

「え?」


3限が終わり昼休みが始まったタイミングで、俺は教科書とノートを片付けている宮本に小声で話し掛けた。


「なに? なにかするの?」

「このまま待ってるだけじゃこっちが根負けするしな。とりあえず、早いうちに1つだけでも可能性を潰しときたい」

「柏くん、何か思いついたの?」

「まあ見てろって。ちょっと行ってくる」


宮本にだけ聞こえるボリュームでそう告げ、俺は少し離れた席に移動した。


「よう、ちょっといいか?」

「なんだよ虹輝、とっとと学食行かないと席が埋まっちまうんだよ。話なら後にしてくれ」


迷惑そうな顔で「NO」と手のひらを突き付けてくる冬馬。

そのまま腕を掴んで内股でも掛けてやろうかと思ったが、ここを穏便に済ませなければ計画の入口にも立てない。


俺は敢えてゆったり間を取って、意味ありげに声のトーンを落とした。


「いいのか? そんなこと言って」

「なんだよ…………なんか良い話でもあるのか?」


俺の様子がいつもと違うことを瞬時に察知したのか、冬馬は同じく低いトーンでそう聞き返してくる。こういう感覚だけはやたら鋭いな。


俺はコホンと咳払いをして、わざとらしく口角を上げた。


「お前にはいつも世話になってるからな。その礼だと思ってくれ」

「よく分からんが受け取ろう」

「顔を寄せろ。あのな……」


冬馬の耳に口元を近づけ、俺は授業中に考えた内容をぽつぽつと伝えた。


「いいか? 次の日曜──で宮本が──っていう情報を掴んだ」

「っ!? マジで言ってるのか?」

「ああ。生徒会室で会長と話してるのを聞いたんだ。間違いない」

「その情報筋なら信頼度は高いか……。で──の面積は?」

「詳しくは分からないけど、多く見積もっても10%ってとこらしい」

「おいおい嘘だろ……!」


質問に答えると、冬馬は目をこれでもかと大きく見開いた。


「分かった。情報に感謝する」

「気にするな、いつもの礼だ」

「俺はこれからすぐに準備に取り掛かる。これはお前に託そう」


賄賂でも渡すのかという手際で、俺の手に小さな紙切れを握らせる冬馬。

俺がそれを受け取ると、冬馬は何事もなかったかのように無音で教室を出て行った。


……ふう、まず1人。次は田原だな。


冬馬の姿が見えなくなったのを確認し、俺は席に座ったまま大あくびをしている田原の元へ足を運んだ。


「おい、ちょっといいか」

「なんだよ虹輝、今から学食行くんだけど。お前も来る?」

「いや俺はいい。それより、話があるから耳を貸せ」

「……なんだよ? 良い話でもあるのか?」


冬馬同様無駄に察しが良い田原に対し、俺は今さっき冬馬に話したことと同じ内容を田原に伝える。

田原は最後まで無言で俺の言葉に耳を傾けると、これまた冬馬と同じように目を見開き教室を去っていった。


……よし、順調だ。次は大橋。


冬馬たちと同じ要領で、大橋や森下など数人に順番に声を掛けていく。

なんとか目星を付けていた連中全員を捕まえ、最後の1人が教室から出て行くのを見届けて、俺は宮本が待つ席へと戻った。


「えっと……なに話してたの?」

「ここで口にするようなことじゃないんだけど、今聞く?」

「ちょっと待って、口にできないようなことを話してたの?」


俺の問いを受け、宮本は怪訝そうに眉をひそめる。


「口にできないって訳じゃないんだけどさ、1つだけ約束してほしい」

「約束……?」

「怒らないと誓ってほしい」

「なにそれ? よく分からないけど、そもそも私が巻き込んじゃってるんだし怒らないよ」

「そうか」


お墨付きをもらい、俺は宮本の真後ろの席に腰掛けた。


「まず犯人が男だって可能性を消したかったからさ、うちのクラスで特に怪しい何人かに餌を撒いて来たんだよ」

「細坂くんたちが怪しかったの?」

「ああ。ここにいる連中は大抵どっかおかしいけど、冬馬に田原大橋森下──あの辺は明日獄中にいても驚かないからな」


むしろ、よくここまで1人の犯罪者も出さずにこれてると思う。


「そこは驚いてよ……。で、餌って?」

「ああ、それなんだけど──」


俺は周囲のクラスメイトに聞こえないよう、少し身を乗り出して宮本に顔を近づけた。


「日曜の夜、宮本がドエロい格好で出歩くって偽情報をリークしてきた。これで怪しい動きが無ければあいつらは白だ」

「白も黒もない!」


そう叫んで、宮本は俺のワイシャツの襟を両手で掴んだ。


「バカ、デカイ声出すなって」

「バカは柏くんだよ!」

「周りのやつに聞かれたらどうすんだ!?」

「私が痴女だって思われたらどうするの!?」

「と、とにかく落ち着け。周り見ろ」


宮本が大声を出したことで、教室に残っていたクラスメイトたちの視線が俺たちに集まっていた。


『痴女……?』

『痴女がいるのか?』

『え、どこ?』

『痴女どこ?』


俺のシャツの襟を引きちぎる勢いで絞り上げていた宮本だったが、痴女という単語に色めき立った周囲の反応ではっと我に返った。


「うっ…………で、他には?」

「他って?」

「他にもなにか話してなかった? なんか面積がどうとか聞こえたんだけど」

「ああそれな」


至近距離で問い詰めるように見つめてくる宮本に、俺は冬馬との会話の内容を伝える。


「ドエロい格好って具体的にどの程度だって聞かれたから、布地面積は多くて10%だって答えたんだよ。ハッ、そんなので喜ぶなんてあいつらもバカだよな」

「だからバカは柏くんだよ!?」


目をバキバキに見開き、器用に小声で凄む宮本。


「ちょっと待て、俺はバカじゃない。ていうか話が違うぞ」

「……違うってなにが?」

「怒らないって誓っただろ」

「怒るに決まってるでしょ! ていうか、10%ってどういうこと? 9割露出してるってどんな服なの!?」

「そりゃお前……ここで話すようなことじゃねえよ」

「ここで話せない服ってなに!? 私は何を着ることになってるの!?」


宮本はシャツから手を離し、そのまま頭を抱えた。


「落ち着けよ、別にマジでそんな格好するって訳じゃないんだから」

「え……そうなの?」

「当たり前だろ」


神にすがるような目を向けてくる宮本に、俺は自分が仕掛けた策について説明した。


「とにかく、これで冬馬たちの中では、日曜に超絶クールビズの宮本が出歩いていることになってるはずだ」

「それだけで十分過ぎるぐらい嫌なんだけど……」

「もしあいつらが黒なら、そんな機会を見逃すわけないだろ?」


盗撮にしろなんにしろ、何かしらのアクションを起こしてくるとみて間違いない。

少なくとも、現場には確実に現れる。


「それはそうかもしれないけど……私はどうしたらいいの?」

「宮本は何もしなくていい。当日は俺がリークした場所に行って、もしあいつらがカメラだのスマホだの構えてたらその場で──」

「その場で?」

「──殺す」

「それじゃどっちが犯罪者か分からないよ……はぁ……」


盛大に溜め息をついて、宮本はジトーっと目を細めた。


「そんなので上手くいくの? 私が無駄に辱められて終わる気がするんだけど」

「上手くいくかはやってみなきゃ分からないけど、少なくとも動きはあるだろ」


今は犯人のあてがまったくない状態だ。

冬馬たちの誰かが黒ならそれで終わりだし、白なら白でハッキリさせたい。


「ともかく、この件は俺に任せてくれていいよ」

「……心配だなぁ」

「大丈夫。影からやつらを監視して、怪しい動きを見せたらとっちめるだけだから」


現場に宮本がいる必要はないし、黒だと分かるまでは俺だって出て行く必要がない。

冬馬たちに伝えた内容がアホなのは認めるところだけど、安全に配慮できてる意味では悪くないはずだ。


「あ、そうだ」


俺はポケットに手を入れ、冬馬たちがこぞって渡してきた賄賂を取り出す。


「これ宮本にもやるよ」

「え?」

「学食の定食の回数券。あいつらに宮本のこと話したら、お礼にってこんなに貰ったわ」


情報の対価としてあいつらが差し出してきたのは、今日の昼飯。


「ホント、バカばっかり……もらうけど」


宮本は食券を数枚手に取ると、また1つ大きく溜め息を吐いた。

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