第1章【美女図鑑No.7】
第72話【そんなのどうでもいい】
「やあ! おはよう虹輝!」
「あ?」
1ヶ月と少しぶりに教室のドアを開けると、筋肉質の男が手をブンブン振りながら近づいて来た。
「……なんだよ、気持ちわりーな」
「おいおいそりゃないだろブラザー。俺のどこが気持ち悪いってんだ?」
「全部だよ全部。なんだブラザーって」
突発的に人に襲い掛かる病を患っているやつが、無駄に白い歯をむき出しにして歩み寄ってきているのだ。そりゃもう違和感しかない。
なんなら最後に会った夏祭りの日も追い回されているわけで、そもそも笑顔の意味が分からない。
出会って0.5秒で顔を曇らせた俺を気にする様子もなく、この夏でさらに日焼けが進んだ冬馬は俊敏な動きで俺の肩に腕を回した。
「おいやめろ! 暑苦しい!」
「大きな声出すなって。耳がキーンってするだろ」
「知るか! こっちは首がヌメーっとしてんだよ」
「まあまあ、落ち着けって」
冬馬はなだめるようにそう言うと、耳打ちするようにさらに顔を近づけてきた。不快だ。
「虹輝よ、俺は確信してるんだ。今日からの俺は、図らずもクソモテ街道を歩んでしまうってことに」
「……朝からなんの話だよ」
「夏を経て進化と変化を重ねた俺はモテまくり不可避って話だよ。お前なら分かるだろ、この違い!」
俺の肩から手を離し、自信満々な表情で両手を広げる冬馬。
抵抗しても埒が明かないので、違いとやらを探すために頭から爪先まで一通り目を向ける。
「……?」
「どうよ」
「いや、全然わかんねーよ」
強いて言えば、前より日に焼けていて顔や腕は真っ黒。夏の間に相当鍛えたのか、筋肉量が増して身体が一回り大きくなったように感じる。
ただ、元から人並み以上に筋肉はあるわけだし、それでモテるようになるとは思えない。
俺が無言で立ち尽くしていると、冬馬は両腕を広げたまま小さく首を捻った。
「プロテイン変えてみたんだけど、分からない?」
「分かるわけねぇだろ!?」
「ていうか、むしろどう?」
「どうもこうもねぇよ……」
百歩譲って、香水変えてみたとかならまだ分かる。前に体育後に使う制汗スプレーを違う種類に変えたら、その後すぐに緋彩さんに指摘されたことがあった。
そういう匂いならまだしも、飲んでるプロテインの違いなんて分かってたまるか。
「分かったら逆にこえーよ。怯えるべきことだろ」
「そうか? いや、テレビで香水変えたらモテたなんて番組見たからさ。俺なりにアレンジを加えてみたんだが」
「テレビ側も迷惑だろ、そんなアレンジ」
と、俺と冬馬が朝っぱらからアホな会話を繰り広げていると──
「柏くん!!」
──背後から、突然大声で名前を呼ばれた。
驚いて振り替えると、教室のドアに手を掛けている宮本の姿が目に入る。
少し息を弾ませて周囲を見渡す宮本は、俺を見つけると足早に近寄ってきた。
「おはよ。どうしたよ、そんなに慌てて」
「宮本、俺の変化に気づかないか? ヒントはプから始まる粉末状のたんぱく──」
「そんなのどうでもいい!!」
冬馬の言葉を遮ると、俺の腕をガッと掴む宮本。
勢いよくどうでもいいと言い放たれた冬馬は、口を開けたまま悲しそうに目を伏せている。
「柏くん、ちょっと来て」
「え……」
「いいから早く!」
肩に掛けたカバンを下ろすこともせず、宮本はそのまま反転して教室を飛び出した。
腕をがっちりホールドされた俺は、連行されるように宮本の隣で足を回す。
宮本は跳ねるように階段を駆け下りると、周囲を気にするように目を向けながら空き教室のドアに手を伸ばした。
「柏くん、すぐに閉めて」
「お、おう」
忍者のような素早い動きで教室に入った宮本は、どこか鬼気迫る声色で俺に指示を出す。
言われるがままドアを閉めると、宮本は俺の腕を解放し、そのままずいっと身体を寄せてきた。
「……どうしたよ?」
不意にゼロ距離密着され、背筋にぞわぞわした感覚を覚えながら小声でそう尋ねる。
宮本は壁ドンするような体勢のまま自分のスカートに手を入れると、スマホを取り出した。
「見てこれ」
「?」
目の前に突き出されたスマホが映しているのはツイッター。
表示されているツイートには短い文章に加え、宮本が知らない女子と並んでポーズをとっている写真が添付されていた。
陸上の大会のときに撮ったんだろうか、別段おかしなところは無い。
「この写真がどうかしたのか?」
「次はこっちを見て」
確認したことを伝えると、宮本はスマホを片手で操作し、再度画面を俺に向けた。
「ん?」
表示されているのは相変わらずツイッター。ただ、さっきとは別のツイートだった。
今度は文章がなく、代わりに写真が複数添付されている。
写真は前のツイートと同じ陸上の大会のもののようで、ユニホーム姿の宮本が写っていた。
「これがどうしたんだよ? 良い写真じゃん」
文章がないから何を伝えたいのか分からないけど、写真そのものは良いデキのように思えた。
笑っている姿に、真剣な表情のものもあり、それこそクラスの男たちなら金を払って買いかねない画像といえる。
俺は素直にそう思ったのだが、宮本は違うとブンブン頭を振った。
「よく見て! 私、カメラの方向いてない!」
「え?」
そう言われてもう一度ツイートに目を向けた俺は、そこでようやく違和感に気づいた。
宮本が写っているから、てっきり宮本か宮本の友達のアカウントかと思っていたのに、よく見れば明らかにそうでないアカウント名が踊っている。
「どうしよう柏くん」
息がぶつかるぐらい近づいたまま、宮本は涙ぐんだ目で俺を見上げた。
「私、盗撮されてるみたい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます