物憂げない夜/宮本唯の夏は終わらない

「なにこれ、どうなってるの……?」


数式と格闘すること数十分、私の手は完全に止まってしまった。

昔から夏休みの宿題は計画して取り組む派ではあるのだけれど、苦手な数学を最後に残したのは失敗だったかもしれない。

明日からまた学校が始まるっていうのに、1問だけ何をどうしても答えまで辿り着けずにいた。


「えっとまずは接点の座標を求めるでしょ? それで、これをこっちに代入して……あれ?」


授業のノートを見ながら数式をこねくり回してみるものの、何回やっても同じ場所で行き詰ってしまう。


「あーもう! なにこれ一生解けないんだけど!」


解きかけの数式をシャーペンでグチャっとつぶし、雑な字で『解なし』と書き込む。

もちろん答えがあるのは分かってるんだけど、こうも迷宮入りしてしまうと気が滅入ってくる。そもそも、勉強じたい好きでも得意でもないし。


「xとyの正体なんてどうでもいいよ……。絶対私の将来に関わってこないし」


小学生みたいな言い訳をしながらノートを閉じて、ベッドにダイブ。横になりながらスマホを確認すると、表示された時間は20時を少し回っていた。

明日は陸上部の朝練はないけど、仮にも生徒会のメンバーが休み明け早々に遅刻するわけにはいかないし、日付が変わるまでには眠りにつきたい。


「宿題どうしよ……柏くんに聞いてみよっかな」


柏くんはヤバい友達に囲まれているくせに、テストの点数はやたらと高い。

少し前のテストのときには、私も柏くんに追試の対策を手伝ってもらったりした。


「えーっと、柏くんっと」


ラインを起動し、柏くんとのトークを開く。どこで躓いているかも分かるように、解きかけのノートの写真を撮って文章を作成。

あとは送信ボタンを押すだけというところまで手早く準備を整えたはいいものの、何故か送信を躊躇している自分に気付く。


あれ……? 勉強のことを柏くんに聞くのって、別に変じゃないよね?


同じクラスだから当然同じ問題を柏くんも解いているはずだし、特に数学なんかの理系科目は私よりよっぽどできる。

私が数字に弱いことも知ってるから、教えを乞うのに今更恥ずかしさもない。


勉強のことだけ考えたら緋彩さんに聞くのが確実なんだけど、『じゃあ教えてあげるかわりに今度この服きてみてよ』なんて言って、なんで持ってるのか分からないコスプレ衣装の写真が送られてくるかもしれない。実際、前にあったし。


私がまたメイドになる事態を避けるためにも、安易に緋彩さんに頼るのは止めた方がいいような気がする。


「………………よし、とりあえずツイッターでも見よう」


客観的に見ても柏くんにヘルプするのがベストだと思うけど、なんか変な気恥ずかしさと言い訳ばかりがポンポン浮かんでくる。

決まった答えがある数学でさえ苦手なのに、「柏くんに連絡することが妥当である証明」なんて出来るわけがなのだ。


2つに増えてしまった問題を整理するため、私は横になったままラインを閉じてツイッターを起動する。


「あ、皆写真アップしてる」


夏休み最終日だからか“夏の思い出”“明日から現実”などのハッシュタグが付いたツイートが多く流れていた。

定番の海や夏祭り、中には海外旅行の様子など、各々が夏を惜しむような文章を添えて充実した写真を張り付けている。


「わっ!」


何回かフリックを繰り返していたら不意に自分の顔が出てきて、思わず声が漏れてしまった。


「……あ、これ大会のときのやつか」


流れてきた写真は、夏休み中に行われた記録会後に撮影したものだった。

他校の陸上友達と肩を組み、二人で無邪気にピース。ちなみに、記録会は私が1番でその子が2番だった。

アップされていた写真はその子のスマホを使って撮影したものだけど、当日の夜にはラインで送ってもらっているので、私も同じデータをもっている。


「あービックリした」


急に自分の顔が出てきたもんだから何事かと思った。

写真を載せているアカウントも友達のもので間違いないし、よく見ればなんてことはない、他のツイートと同じ夏に別れを告げる回顧と言える。


登校日を前にして物憂げな気持ちになるのは、私も分からなくはない。毎年のことだし、来年もその後も夏の終わりにはきっと同じようなツイートが溢れるんだと思う。


学生でいるうちはずっと、季節が変わるたびにこんな気持ちになるんだろうか。そう思い、少しアンニュイな気分に浸りながら再度画面をフリックしたその時────


「え…………ええええええぇぇぇぇぇぇ!?」


────私は、アンニュイなんかとは掛け離れた素っ頓狂な声を上げてしまった。

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