第73話【美女図鑑No.7】
「盗撮って……」
聞き慣れない物騒な単語。
どこか現実離れしているように感じる一方、ゼロ距離で感じる宮本の呼吸がリアル過ぎて冗談の類いでないことは直感で分かった。
「とりあえず、少し落ち着け。話聞くから」
「落ち着けるわけないじゃん!」
「そうだよな、ごめん」
「……あーもう、どうしようホントに」
「ただ、ひっついて泣かれると俺も色々困っちゃうんだなこれが」
「な、泣いてないし!」
ひとまず不安を和らげようと敢えて冗談めいて伝えると、宮本は野性動物を思わせる俊敏な動きで俺から離れた。
素早く目元を拭った指先をそのまま胸元に当て、宮本は大きく息をつく。
「はぁぁぁぁ……泣いてないし」
「いや、泣いてたろ」
「泣いてないの! 柏くんの見間違い!! ていうか、逆に柏くんが泣いてたんじゃない?」
「反撃が雑すぎる……まぁそれはいいや。で、なんだよそのアカウント?」
宮本が多少落ち着いたのを確認して、俺は話を本題に戻した。まだ始業まで時間はあるし、状況確認は早い方がいい。
「これね、ホントなんなんだろ……」
宮本は小さくそう呟くと、俺にも見えるようにスマホを持ったまま隣に移動した。
画像だけが添付された例のツイートを前に、二人並んで息を潜める。
「美女図鑑って……響きからしてアレな感じだな」
ユニホーム姿の宮本を無断掲載しているアカウント名は『美女図鑑No.7』。
アカウント画像をクリックしてみたが、プロフィールなどは特になにも書かれていない。
「一応聞くけど、宮本は知らないんだよな?」
「このアカウントのこと? もちろん知らないよ」
「だよな。いつ気づいたんだ?」
「昨日の夜だよ。夜ツイッター見てたらたまたま見つけたの。誰かがいいねしたとかってことだと思うんだけど」
そう言うと、宮本は美女図鑑のプロフィール画面を指差した。
フォロー数ゼロに対して、フォロワーは420人とそれなりの数がいる。
「ひとまず、フォロワー何万とかってアカウントではないんだな」
誰でも見れる以上なんの安心材料にもならないけど、フォロワー数を考えると現時点で即大きな影響を与える可能性は高くなさそうだ。
「私も最初はそう思ったんだけど、このアカウントってまだツイートが1件しかないんだよね」
「え?」
「私の写真が載ってるこのツイートしかしてないの。それに、このツイートも4日前の夜されたやつだし」
「そんな最近できたアカウントがもう400人にフォローされてんのか」
ツイート一覧をフリックしてみるが、宮本の言うように、現状ツイートは1つだけ。
てっきりこういったツイートを定期的にしているアカウントかと思ったのに、そういうわけではないらしい。
「数日でこの人数にフォローされてるって思ったら怖くなっちゃって……それで柏くんに相談しなきゃって」
いつもの元気はどこへやら、力なく言葉尻を弱める宮本。まぁ、そりゃ怖いよな。
「なるほどな……友達とかにも相談したのか?」
「え? いや、してないよ。柏くんだけ」
なんとなしにそう尋ねると、きょとんとした顔の宮本と目が合う。
「あ……そうか」
「うん。どうかした?」
「いや、なんていうか……」
「?」
「なんで俺?」
「っ!?」
純粋に気になったのでそう聞くと、宮本はまたしてもパッと跳び跳ねるように俺から距離をとった。
「えぇっとね? それはそのなんていうか──」
「いや、ごめん。全然良いんだけどさ」
弱ってる相手をわざわざ困らせてどうする。アホか俺は。
「ええっと、うぅ……あー」
「ごめんごめん、大丈夫。今の質問は無しで」
「うーんと、あっそうそう! 柏くんにラインしようか悩んでるときに見つけたから、その流れで!」
「ライン?」
「あっ……ああああぁぁぁ!」
宮本を立て直そうと気を配ったつもりだったのに、何故か宮本は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
「み、宮本……?」
「なんでもないの! ただ数学の宿題で聞きたいことがあって、それで悩んでる間にツイッター見ちゃって」
「悩むって、なにが?」
勉強に自信なんてありゃしないけど、数学なら聞いてくれれば多少は答えられたのに。
「なにがって……うわあああぁ」
「ちょっ、どしたんだよ?」
「やめて! もう何も聞かないでぇ!」
耳の先まで真っ赤に染めた宮本は、両腕で頭を抱えたまま顔を上げようともしない。
……マズったなこりゃ。
宮本が元気になった(?)のはいいけど、さっきまでとは別ベクトルで落ち着きがない。
とても今すぐ話を進められる状態じゃなさそうだ。
「宮本、今日は部活休みだよな?」
「あああぁぁぁ…………え?」
「俺、今日は放課後なんも予定無いからさ。後でしっかり話聞くわ」
今日は授業もないし、ホームルームが終わったら昼前には解散になる。
明日からテストがある関係でどの部活も活動禁止なはずだし。
そう仕切り直しを提案すると、宮本は指の間から覗き見るように俺を見上げた。
「……ほんと? 相談乗ってくれるの?」
「そりゃこんなん見せられてほっとけないっての。とりあえず、また後でな」
「……うんっ!」
相変わらず顔は隠れていたが、やっといつもの笑顔が見れた気がして俺はほっと一息をついた。
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