第71話【デッド・オア・キス】

緋彩さんが呼んだ警官に金髪甚平を引き渡した後、俺たちは宮本たちと合流して近場の公園に移動していた。


空にドンドン打ち上げる花火の音を聞きながら、俺はビニール袋に入れた氷を頬に当てる。


「あー、いってぇ……」


金髪甚平の撃退はそう難しいことじゃなかったけど、一発だけいいのをもらってしまった。少し血の味がする口の中がジンジン痛む。


「柏くーん、こっちおいでよ!」

「こっちの方がよく見えますよ」


1人ベンチに座る俺に、少し離れた場所からブンブン手を振る宮本と姫乃。氷を持ち上げて「もう少し冷やしたら」という意思を伝えると、2人はまた人混みのなかで空を見上げた。


メインイベントというだけあって、それほど良いスポットというわけではないのに、俺たち以外にも人が多い。

遊具の周りや開けたスペースでは、家族連れや学生の集団が肩を寄せ合っている。ちなみに、冬馬はカップルを見てると蕁麻疹が出るとかなんとか言ってどこかに行ってしまった。


「あれ、そんなとこでどしたの?」


舌で口内の出血を確認していると、不意に隣りから話し掛けられた。木が邪魔でまったく人気のないベンチに座る俺を見て、緋彩さんは目をパチパチさせる。


「え……もしかして大きな音とか怖い人?」

「んなわけないでしょ。っていうか、それなら帰ってますよ」

「あはは、そりゃそうか」


緋彩さんはいつも通り楽しそうに笑うと、そのままベンチに腰かけた。


「よいしょっと。それ、まだ痛むの?」

「え? あー……まぁ、少しジンジンするだけなんで大丈夫ですよ」

「ふ~ん……ちょっと見せて」


緋彩さんは細い指で俺の頬に触れると、優しく這うように撫でた。


「あ~少し腫れちゃってるね」

「……冷やしてりゃ治りますよ」


変に気を遣わせるのもなんだし、それよりなにより間近で見られるのが恥ずかしい。

俺が顔を背けると、緋彩さんは置き去りにされた手を空中でグーパーさせ、そのまま自分が持っていたビニール袋に伸ばした。


「柏くん、お腹すいてない?」

「え?」

「これ食べるかい?」


緋彩さんが袋から取り出したのは、朝から二人で数えきれないほど捌いたお好み焼きだった。

ソースの香りが鼻をつき、一瞬で空腹感が込み上げてくる。


姿が見えないと思ったら、もしかしてこれを作りに戻ってたのか……?


「めっちゃ食いたいんですけど、あれですね。ソースが染みそうなんで今はやめときます」

「ありゃ、そう? だったらこっちにする?」


お好み焼きを引っ込め、入れ替わりで出てきたのは先端をシロップで染めたかき氷。


「あ、そっちの方がいいですね」


何か食べたいのは間違いないし、これなら口も冷やせる。


「レモンとブルーハワイ、どっちにする?」

「じゃあレモンで。あ、どうも」


緋彩さんからカップを受け取り、本物のレモンより黄色い氷を掻き込む。

シャクシャク小気味良い音とともに、甘さと冷たさが口内に広がった。うん、うまい。


「どう? すっぱい?」


青の氷をモグモグしながら、小さく首を傾げる緋彩さん。

頭上で花火の爆音が鳴り続けているが、すぐ横にいる緋彩さんの声はよく聞こえる。


「いや、甘いです。レモンって言われればレモンな気はしますけど」

「なんかね、かき氷のシロップって味は全部同じらしいよ」

「え、そうなんですか? 」

「うん、テレビでやってた」

「んなバカな……」


にわかには信じられなくて、シロップが掛かった部分を大量に口に放り込む。うん、やっぱり甘い。てか冷たい。


「あ、そうそう。言い忘れてたよ」

「ほが?」

「そのかき氷さ」

「ふぁい」

「私が作ったんだよね」

「ふぇ────────っ!?」


緋彩さんが何を言ったのか。

そんなことは考える時間もなかった。


「っ!?!?」


気づくと目の前に、真ん前に、あっちゃいけない距離に緋彩さんの顔があった。

氷を大量に含んでいるはずの口が、冷たいのか熱いのかすら分からなくなる。


とにかく、ただただひたすらに柔らかい。


「ふぅ……」


目を見開くだけの俺から離れ、緋彩さんはペロッと唇を舐めると小さく微笑んだ。


「あはっ、ホントだ。私のとおんなじ味」

「え……味?」


ちょっと待て…………何が起きた?

どこか照れたように笑っている緋彩さんの顔を見ていても、疑問は全然解消されない。


「えっと、緋色さ──」

「先輩、いつまでそんなとこにいるんですか?」

「うわっ!?」


答えを求めて口を開いたタイミングで、すぐ側から声が掛かった。

跳び跳ねそうになりながら横を見ると、膨れっ面で腕を組む姫乃の姿が目に入る。


「花火終わっちゃいますよ──って、姉さんまで何してるんですか?」

「ん~? かき氷食べてるだけだよ。ね、柏くん?」


自分の口元を指でなぞりながら、片目をつぶる緋彩さん。


「なんか怪しいですけど……問い詰める時間も惜しいです。先輩、行きますよ!」

「え……あ、いや、でも──」

「いいよ、行っといで」


姫乃に腕を引っ張られる俺に、緋彩さんはベンチに座ったまま小さく手を振った。


「私もコレ食べ終わったら行くからさ」

「りょ、了解です」

「先輩早く!」

「わかったから引っ張るなって」


緋彩さんを残し、俺は姫乃に手を引かれるまま歩を進める。木の影になっていたベンチから少し進むと、広がる空には満開の花火。

たった数メートルで変わるわけないのに、途端に火薬がはぜる音まで大きくなったように感じる。


「あーもうはっずい! 恥ずかしいいいいいいぃぃぃぃっっ!!」


近くで誰かが発した叫びも轟音にかき消され、やがて夜空に消えていった。

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