エピローグ

「やってしまった……」


花火のあと屋台を簡単にバラし、解散して家についたのが22時前。

シャワーを浴びて髪を乾かして、後は寝るだけだっていうのに……時間が経つにつれて恥ずかしさが込み上げてくる。


「やってしまったああぁぁぁぁっ!」

「……ちょ、なにしてるんですか?」


ソファーに寝そべりながら顔をクッションに押し付けていると、頭上から妹の声が聞こえた。

入れ替わりでシャワーを済ませた姫乃は、濡れた髪をタオルで拭きながら迷惑そうに私を見下ろしている。


「変な声が聞こえたから心配して来てみれば……こんな時間になに騒いでるんですか?」

「え? やだな~騒いでなんかないよ?」

「思いっきり騒いでました。現行犯です」


私を見下ろしたまま、呆れたように小さくため息をつく姫乃。


「…………」

「な、なんですか?」


っていうかさ、事故とはいえ、この子も柏くんとキスしたんだよね?

なんで平然としてられるの? 恥じらいとかないの?


「姉さん、ついでに言っておきますけど」

「なんだい?」

「ちゃんと服を着てください。いつも言ってますよね?」


下着にTシャツを羽織っただけの私を指差して、薄手のパジャマをまとった姫乃は目を糸のように細くする。


「誰もいないんだし、別によくない?」

「よくないです。恥じらいとかないんですか?」

「……それはこっちのセリフなんだよなぁ」

「?? どういう意味ですか?」


自然と漏れた呟きを聞いて、キョトンと首を傾げる姫乃。


「あ~……ううん、なんでもない」

「?」

「気にしないで」


私はお姉ちゃんだから、妹を痴女扱いしたりしないのだ。ホント、その後どんな顔して柏くんと接してるのか問い詰めたいけど、お姉ちゃんだからそんなマネもしないのだ。


例え妹と後輩に自分の好きな人とキスしたとか聞かされて、無性にモヤっとして、夏中ずっと機会を窺って最終的に力業で達成していたとしても、お姉ちゃんな私はそれを自慢したりはしない。


っていうか、恥ずかしくてとても人に話せたもんじゃない。これを自慢げに話せる姫乃と唯は普通に痴女の素質があると思う。


「はあぁぁぁ」


まぁ、それもこれも全部柏くんがヘタレなのが悪い。

自宅で二人っきりで膝枕までしたのに何もしてこないとか、どんだけ奥手なの。ま、そういう変に硬派なとこがまた良いんだけど。


「はああぁぁぁぁぁぁぁ……」


柏くんが想定よりヘタれだったから、結局私から仕掛けてしまった。手料理食べたらキスしてもらうなんて宣言、我ながらアホすぎる。

挙げ句の果てにお好み焼きとかき氷をダブルで持参するとか、アホを通り越してやり口が変態のそれ。念には念を入れすぎててマジ引く…………って、あれ?


「痴女は私だったかあぁぁぁぁ」

「だから、さっきからなんなんですか!?」

「ああああぁぁぁぁぁぁっ!」

「しっかりしてください!」


気づいちゃいけない真実に気づいてしまい、お腹の底から羞恥心が沸き上がってきた。

っていうか、姫乃や唯もそうだけど、柏くんもなんで平気な顔していられるんだろう。


「はあぁぁぁぁぁぁぁ……」


考えれば考えるほど、ひたすらに恥ずかしい。

ただ、そんなこと言ってたった仕方ない。


「明日って何時集合だっけ?」

「9時ですよ? 姉さんが決めたんじゃないですか」

「だよねぇ~」


明日は朝からお祭りの後片付けをしなければならない。つまり、あと10時間もしないうちに柏くんと顔を合わせることになる。


「まっ、しゃあないか~」


記憶を飛ばしたいほどに恥ずかしいけど、あのシロップの味は当面忘れられそうにない。

それに、やっぱり私は照れているより照れる柏くんを見ていたい。お姉ちゃんや先輩として、柏くんをからかっていたいのだ。


朝起きたらいつもの緋彩さんを演じよう。

そう決めた私の頬は────


「んふふ~」


────クッションの下で、誰にも見られることなく緩みきっていた。




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