第68話【手を繋いで】

屋台に戻ってサポートを続けること数時間、日もかなり傾いてきたところで緋彩さんが「ふーっ」と大きく息をついた。


「よっし、これで用意した材料は全部使い切ったよ」


黒地のTシャツの袖で額をぬぐい、そのまま大きく伸びをする緋彩さん。


「お疲れさまです」

「柏くんもお疲れ~」

「俺、ほとんど何もしてないですけど……。ていうか、マジで売り切るとは思わなかったです」


朝の段階で山のように積みあがっていた具材や生地は、いつのまにか底を尽いていた。一体何人前作ったんだ……?


「お姉ちゃん、2枚もらえるかい?」

「すみません、ちょうど今売り切れちゃいました~」

「あ、そうなの?」

「すみませ~ん」


緋彩さんが愛想良く説明すると、おっさんは片手を上げて去っていく。


「これから晩飯って人もいるし、ちょっと売り切るの早かったですかね?」


宮本が言ってた花火の時間が近づいているからなのか、他に催しがあるのか、理由は分らないが今のところ商店街の人通りは減ったようには感じない。

手が空いていた俺が在庫管理とかすべきだったかと思ったのだが、緋彩さんは首を横に振った。


「いや、ペース配分は想定通りだよ。むしろ完璧さ」

「え?」

「せっかくのお祭りなんだし、花火ぐらい満喫したいじゃん?」


そう言って、イタズラを成功させた子どものように小さく舌を出す緋彩さん。


「まさか、そのために早く売り切ったんですか?」

「そだよ~。買いに来てくれたお客さんには悪いけど、他の屋台はまだやってるし大丈夫。用意してた分は売り切ったから、バイト的にも問題ないっしょ?」

「まあ、それはそうかもですけど」


朝方挨拶したとき、俺たちを雇っている老夫婦は「材料が余っても気にしないで」と言っていた。そういった意味じゃ、時間はさておき完売は喜ばれることだろう。


「じゃ、柏くん。片づけられるとこは先にやっちゃおうか」

「ですね」


緋彩さんの思惑はどうあれ、完売してしまったものは仕方ない。さっきのおっさんのように断るのも申し訳ないし、早めに店じまいといくか。


そう思って調理器具をまとめようとした時だった────


『お姉さーん、お好み焼き2枚ね!』

『ちょw お前まだ食うのかよww』

『え、逆にお前もう食えないの?』

『はぁ!? ばっか食えるっての、じゃあ俺3枚ね!』

『ふっざけんな!! じゃあ俺4枚食うわww』


────閉店を知らず、また客が来てしまった。


くすんだ金髪に甚平、首元には派手な金のネックレスというそろってミスマッチな装いの二人組に対し、テーブル越しに片づけを始めていた緋彩さんは小さく頭を下げる。


「すみません、実はもう売り切れちゃって──」

『はぁ!? 売り切れ!?』

『なにそれあり得んてぃーだしw いいからとっとと作れよ!』


緋彩さんの言葉を遮り、ネジが外れたような声量で騒ぐ二人組。


「申し訳ないんですけど、もう材料が無くなってしまって──」

『そんなの知らねぇよ! まだ他の屋台はやってるじゃねえか!!』

『おい、お前怒鳴るなよw お姉さん怖がっちゃってるじゃんww』

『ちっ、ふざけんなよ…………あ、そうだ。じゃあお姉さん、俺たちと遊んでよ?』

「……はい?」

『いーじゃん! それナイスじゃん! 売り切れってことは、もう暇なんでしょ?』

「えっ?」


一方的に捲し立て、困惑した様子の緋彩さんの手首を掴む金髪甚平。

それを見て、俺は横から金髪甚平の腕を掴んだ。


『は? なにお前?』

『男とかお呼びじゃねぇよw』

「いいから手離せって」

『いでっ!?』


腕を掴む手に力を入れると、金髪甚平は思ったより簡単に緋彩さんを解放した。

それを確認して、緋彩さんと金髪の間に自分の身体を滑り込ませる。


「悪いんですけど、もう売り切れなんですよ」

『だからお前なんなんだよ! お呼びじゃねえっての!』

『俺たちはお姉さんと大人の話してんの。ガキはすっこんでろ!』


テーブル越しに俺との距離を詰め、さらに声を張り上げる金髪甚平コンビ。


「ガキって、あんたらが誘ってるその人だって高校生だっての。あんましつこいと捕まんぞ」


お手本のようなイキり方を見せる金髪甚平にそう告げると、二人は大人しくなるどころか何故か目を嫌な感じに輝かせた。


『えっ、マジ!? 嘘だろJKかよw』

『スゲー! めっちゃ大人っぽいじゃんエッロ!』

『マジ好みだわーw』

『俺も俺も!』

『決めた、絶対遊んでもらうわw』


余計なことを言ったかなんて思ったのもつかの間、金髪甚平たちは屋台内に入ろうとテーブルを回りこもうとしていた。


「ったく、なんなんだよこいつら」


できればことを荒げたくはないけど、周りを見ても都合よく巡回の警官が歩いていたりはしない。これはもう仕方ないか……。


「ったく、なんなんだよ」


なんにしたって、緋彩さんの安全が最優先。覚悟を決めて拳に力を入れると、後ろからシャツの袖が引っ張られた。


「柏くん、ケンカはダメだよ」

「大丈夫ですよ。あんなのには負けないんで」


年上の男2人とはいっても、見かけと威勢だけだ。まったく怖くはない。


「そうじゃなくて、柏くんが手を出したら色々問題になっちゃうでしょ。部活とか大会とか」

「うっ……」

「だから手は出しちゃダメだよ」

「でも、じゃあどうすんですか?」


言葉で伝わる感じもしないし、そうこうしてる間に金髪甚平はすぐそこまで迫っている。

何も思いつかない俺が背中越しに目を向けると、緋彩さんは怯えた様子もなくにっこり笑っていた。


「緋彩さん?」

「じゃあ、柏くん────逃げるよっ!」

「はぇ!?」


言葉を理解するより先に、腕を引っ張られて身体が斜めになる。

転ばないように足を踏み出す俺の手を掴み、緋色さんは軽快に走り始めた。


『どこ行くんだよ!?』

『待てこらおい!!』


金髪甚平の声を背中で受けながら、勢いに乗った俺たちはまだ減らない人込みの中を縫うように駆け抜けた。

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