第60話【選ばれたのは】
あらためて、テーブル上に置かれたお好み焼きを確認。
色や形に若干の違いこそあれ、少なくともどれもお好み焼きの体裁は保っているように見える。
「パッと見じゃ分からないもんだな」
オカルト研は未知数としても、調理部と宮本たち2人の違いは食べるまでもなく判別できると思ったのに。
「舐めてもらっちゃ困ります」
「そうだよ、私たちだって昨日から準備してたんだから」
「準備?」
「はい。料理勝負どころか料理すらほとんどしたことありませんからね。参考文献はバッチリ目を通しました」
得意気にそう言った姫乃は、自分のバッグから文庫大の書籍を取り出した。
「参考文献って、マンガかよ」
てっきりレシピ本なんかを読んだのかと思ったのに、姫乃が出したのは少年誌で連載されている料理バトルマンガだった。俺もざっくり読んだことがある。
「それ、お好み焼きなんて出てきたっけ?」
「レシピが出てきたかどうかなんて些細な問題です。私はコレで、料理人の気概を学びました」
「やっぱり形から入らないのか……」
精神論より具体的な知識と技術を身に付けてほしかったけど、まあそれでも憑依待ちに比べれば怖くないだけずっといい。
ふふんと胸を張る姫乃から、隣りで後ろ髪を揺らす宮本に目を向ける。
「宮本ってアホだったんだな。知らなかったよ」
「私はマンガじゃないからね!?」
「あ、そうなの?」
「当たり前じゃんっ! 普通にママに教えて貰ったよ!」
顔を赤くしてプリプリ怒る宮本。
暗に普通じゃない扱いされた姫乃は、それを見ても余裕の表情を崩さない。
「どうとでも言ってください。マンガを読もうがお母様に教えを請おうが、見た目は同レベル。それが全てです」
「うっ……たしかに」
「もはや、お好み焼きは私のスペシャリテ」
「そんなハードル上げて大丈夫なのか?」
スペシャリテとは努力と研鑽の先にある料理人の顔が見える料理だと、マンガ内の強キャラジジイが言っていた。今のところ、料理人の顔どころか誰が作ったのかすら見えてこない。
「それでは……おあがりよ!」
「めちゃくちゃハマってるじゃねえか……。まあいいや、いただきます」
かつてなくハジけている姫乃の号令に従い、とりあえず1番左のお好み焼きに箸を伸ばす。割り箸の先で生地を割ると、より一層ソースの香ばしい匂いが鼻を突いた。
「ムグムグ────ゴクン」
時間が経ったせいで少し冷めているものの、普通に美味い。
具材はオーソドックスな豚肉とキャベツで、フワフワした生地とキャベツの歯ごたえがマッチしている。普通に食えてしまう分、それ以外特に言うことがない。
「2枚目も食っていいの?」
「はい、どんどん食べてください」
姫乃が頷いたのを確認して、左から2番目の皿に手をつける。
2枚目をペロッとたいらげ、3枚目も完食。
そして、4枚目────
「ムゴッ!?」
口に入れた瞬間、味覚がむせ返るような甘さに支配された。
吹き出しそうになるのをなんとか堪え、口に含んだ分を喉に通す。
な、なんだこれ……。
今まで食べた3枚もそれぞれ違いはあったけど、コレは明らかに異質というか、同じ種類の食べ物とは思えない。くどすぎる甘味とピリッとしたソースの絶妙な不協和音。量的にはまだまだイケるのに、身体がもう十分だと叫んでいる。
「柏くん?」
「あ、いや……なんでもない」
正直もう食べたくない。食べたくないんだけど、コレを作ったのが後ろでカーテンに隠れているオカルト研少女って可能性がある以上、文句言って残す訳にもいかない。
オカルト話にウキウキしてここまで着いてきて、訳の分からないままお好み焼きを作らされて、挙句の果てに1人だけ食べ切ってもらえないなんて気の毒過ぎる。
「モゴモゴッホ────ゴクン」
強烈な甘さに咳き込みながら、どうにか4枚目も完食。
箸を置いて、宮本が用意してくれた水を喉に流し込む。
「結果発表いけますか?」
「ちょっと考えさせてくれ」
待ちきれないといった様子の姫乃を手で制し、もう一口水を飲む。
促されるまま4枚のお好み焼きを食べた分けだけど、それぞれ違いはあった。
1枚目は豚肉とキャベツの定番型。普通に美味かったけど、良くも悪くも普通って感じ。
2枚目はこの中では1番具材が多かった。豚バラだけじゃなくてホルモンやツナ・貝類なんかも入ってた気がする。マズくはなかったし、ミックスピザみたいな満足感があった。
3枚目は1枚目と同じく豚肉とキャベツの定番型だけど、生地に天カスが入ったことで味に厚みがあったように感じた。具材はそんな変わらないんだろうけど、純粋に1枚目の上位互換っていう印象。
4枚目は……何が入ってるか分からないけどインパクトはあった。甘さと辛さがひしめき合って、舌先がシビレるような味。塩分糖分が同時に摂取できるし、砂漠で食糧難に陥ったらコレを選ぶかもしれない。ただ、屋台で出すには……うーん。
「よし、決めた」
悩んでも仕方ないので、俺は心の中で順位をつけた。
せっかく作ってくれたのにビリなんて言い渡したくないし、できれば1位が宮本か姫乃のどっちかであってほしい。そうすれば終わりだし。
「では、発表してください」
「この中で1番美味かったのは……コレだ」
真剣な顔で固唾を飲む宮本と姫乃の前に、俺は3枚目の皿を押し出した。
「コレが1番美味かった。オーソドックスだけど自分で作れって言われたら難しそうだし、万人が求めてるお好み焼き像って感じ。屋台で金出して買うならコレだな────って、あれ?」
慣れてもない食レポに熱中していると、目の前の二人の顔が冷め切っていることに気付いた。
「それが良かったんですか……?」
「ホントに……?」
「まあ、そうだな。コレが1番美味かったかな」
俺が再度3枚目の皿を押し出すと、宮本の表情が一層曇った。
「それ作ったの調理部の大鷹ちゃ……O鷹ちゃんなんだよね」
「あ……そうなの?」
反応で薄々分かっちゃいたけど、どうやらそういうことらしい。
相変わらず伏字にした意味が全くない。
選ばれたのは、O鷹でした。
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