第59話【唯VS姫乃】
担当先を懸けた料理勝負の開催が決定した翌日、部活を終えて更衣室で着替えていると、ロッカーに置いたスマホがブルブル振動した。
『先輩、今日学校来てますか?』
メッセージの送り主は姫乃。
片手で頭を拭きながら、空いた手で文字を打ち込む。
「来てるよ。今部活終わったとこ」
『あ、そうなんですね。今から調理室に来れたりしますか?』
「今から?」
『はい』
現在の時刻は午後4時。普段なら直帰するところだけど、別に特にやることもない。
「分かった。着替えたら行くわ」
『急がなくても大丈夫ですよ。お待ちしてます』
最後に可愛いんだかキモいんだか微妙なラインのクマのスタンプが届いたのを確認して、スマホをロッカーに戻す。
「急になんだってんだ?」
このタイミングで調理室と来れば、まず間違いなく昨日決まった料理対決に関係したことだろう。大方、練習するから手伝ってほしいってとこか。
まあ、要件が何にせよ行ってみれば分かることだ。
手早く荷物をまとめ、職員室にプールの鍵を返してから校舎1階の端にある調理室を目指す。
「うーっす」
「あ、先輩。お疲れ様です」
去年の授業以来に調理室に足を踏み入れると、パタパタと姫乃が駆け寄ってきた。
「お疲れー柏くん」
「あれ、宮本もいるのか」
姫乃の肩越しで、宮本が小さく手を振っていた。
今日もトレードマークのポニーテールが宿主の動きに合わせて左右に揺れている。
「めっちゃいるよー。なに、姫乃ちゃんと二人きりの方が良かった?」
「んなこと言ってねえだろ」
「細坂くんと二人きりの方が良かった?」
「それならそもそも来てねえよ……。で、どうしたのよ?」
荷物を置いて尋ねると、姫乃が調理台の下から引っ張り出した椅子に手を向けた。
「とりあえず、座ってください」
「ん? お、おお」
言われた通り、木製の堅い椅子に着席する。
テーブルを挟んだ反対側に立った宮本と姫乃の手には、それぞれ2つの大皿。
「突然ですが、今から先輩には実食してもらいます」
「ホントに突然だな」
呼び出しからのスピード感がエグくて、正直何が起きているのか分からない。
「お皿が重いんで簡単に説明しますけど、先輩には私と唯先輩のどっちのお好み焼きが美味しいか決めてもらいたいんです」
「二人の? なんで?」
本チャンの料理対決は、緋彩さんも含めた三つ巴で行われるはずだ。
今二人の中で優劣を決めても特に意味がない。
「考えてもみてください」
「ん?」
「冷静に考えたら、料理なんてしたことない私たちが挑んだところで姉さんに勝てる訳ないんです」
「ようやく冷静になってくれたのか」
何度も憑依待ちとか言ってたから、どうしたもんかと思っていた。
俺がホッと胸を撫で下ろすと、姫乃はどこか不服そうに頬を膨らめる。
「ホントは一人で姉さんに勝ちたいですけど、負けたら元も子もありません。だから、私たちは二人で協力することに決めました」
「協力?」
「はい。今日負けた方は、姉さんとの勝負ではサポートに回ります」
「力を合わせて打倒緋彩さんってことだよ!」
そう言うと、二人は手に持った大皿をそれぞれ俺の前に並べた。
「それは分かったけど、なんで4つもあんの?」
「2つは私と唯先輩の作ったお好み焼き、もう2つは調理部とオカルト研の子が作ったお好み焼きです」
「調理部……?」
「調理部の子は私の友達で、調理室使うのもその子がOKしてくれたんだー」
「オカルト研の人はちょっと降霊術について聞きに行ったら気を良くしてしまったみたいで……。ウキウキで付いて来ちゃったんでついでに作ってもらいました」
「ついでって……」
オカルト研なんて聞いたこともないし、興味持ってもらえたのが嬉しかったんだろうな。
「で、その二人はどこにいるんだよ?」
「調理部の子はお……O鷹さんって言うんだけど、面と向かって順位付けられるとかムリーって席を外してるよ。ちょっと自信ないみたい」
「なるほど」
調理部の子は大鷹さんっていうのか。伏字にした意味……。
「で、もう一人は?」
「オカルト研の人はあそこにいます。ほら」
「え……うわっ!?」
姫乃の指差す方を見ると、カーテンに隠れてこっちを見ている女子と目が合った。
「な、なんだ……?」
「オカルト話してるときはウキウキだったんですけど、どうも恥ずかしがりみたいです。そっとしておいてあげてください」
「……了解」
姫乃に促され、カーテン簀巻き少女から目を離す。
まったく気配がなかったからマジでビビッた……。
まあ、じゃあ気を取り直して────
「──とりあえず、4枚食えばいいんだな?」
部活終わりで腹がグルグル言ってるし、ちょうどいいっちゃちょうどいい。
これだけ食えば晩飯代わりにもなるだろう。
「食べ比べて、1番美味しかったやつを教えてください」
「誰が作ったのかは柏くんが1位を決めてから発表するよ。それじゃ、冷めないうちにどうぞ」
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