第3章【食戟のヒーロ】

第58話【お好み班】

世間で言うところの盆が開けて、夏休みも残すところ約1週間と数日。

疑似一人暮らし継続中の俺は、部活終わりに生徒会室を訪れていた。


「商店街の人と打ち合わせしてきたんだけど、私たちがやることはだいたいこんな感じだね~」


Tシャツの袖を捲り上げ、長い手足を惜しげもなく晒した緋彩さんがホワイトボードに整った文字を並べていく。


≪前日≫

・食材下準備


≪当日≫

・テント設営 ・調理

・店番    ・撤収


「あれ? 調理とか店番も私たちがやるんですか?」

「なんか体力的に店に出るのが難しいところが2ヵ所あるらしくって、人手があるなら手伝ってほしいって言われたんだよね~」


宮本が手を挙げて質問すると、緋彩さんが手元のメモを見ながらそれに答えた。


「4人とも問題なければ2ヵ所ともOK出そうと思うけど、どう?」

「俺は問題ないですよ」

「私も大丈夫です!」

「問題ありません」


俺が頷くと、宮本と姫乃もそれに続いた。


港祭りが行われる来週末は、基本的に体育科の部活はどこも休みになっている。

なんでも、そうしないと宿題をやらずに平然と登校するやつが多発するとか。俺は夏休みが始まってすぐにまとめて片付けてあるけど、バイト代が必要だから部活がないのは助かった。


「柏くんも唯も姫乃も問題なしと。じゃあOK出しちゃうね」

「ちなみに、何の出店を手伝うんですか? 私料理ってあんまり自信ないんですけど……」

「んーっと、お好み焼きとかき氷だね」


そう言うと、緋彩さんはホワイトボードに『お好み班』『氷班』と書き足した。


「まず、柏くんはお好み班ね」

「え、俺ですか? 俺も料理なんてできないですよ?」


お好み焼きとかき氷なら、かき氷の方が簡単そうな気がする。

親がいなくなっただけで納豆暮らしを余儀なくされた俺は、どう考えても後者が適任っぽいけど。


「ああ、大丈夫大丈夫。ていうか、商店街の人にお好み焼きの方には男子置いた方が良いって言われたんだよね~」


頭をぽりぽり掻きながら、お好み班の下に『柏くん』と記入する緋彩さん。


「港祭りって割と人来るじゃん? なんか他校のガラの悪そうなのが毎年その辺りでたむろしちゃうんだって。だから、用心棒的な?」

「ああ、そういう……。かき氷の方は平気なんですか?」

「そっちは隣りのお店のおじさんが超怖いから大丈夫だって。ってことだから、柏くんはお好み班ってことでよろしく~」

「は、はあ」


なんか分からんけど、お好み部隊に選出されてしまった。

まあ、変な輩がいるってなら女子だけにさせる訳にもいかないか。


俺が頷くのを見た緋彩さんは、ペンをクルっと回転させると宮本と姫乃の方に向き直る。


「ってことで、唯と姫乃はかき氷よろしくね~」

「え?」

「は?」


言うが早いか、緋彩さんは氷班の下に宮本たちの名前を書き込む。


「ちょっと待ってください、なんで私たちがかき氷なんですか?」

「そ、そうですよ!」


姫乃が手を挙げると、宮本もそれに続いて抗議の声を上げた。

それを見て、緋彩さんは形の良い大きな目を丸くさせる。


「え、だってこの中で料理できるの私だけじゃん。柏くん実質戦力外だし、私がやるしかなくない?」

「うっ……」

「むっ……」


緋彩さんの正論を受けて、小さく呻く宮本たち二人。

にしても戦力外て……事実だけど。


「ってな訳で、唯と姫乃が氷班、私と柏くんがお好み班ってことで決定────」

「ちょっと待ってください」


緋彩さんが自分の名前を書こうとすると、立ち上がった姫乃がそれを遮った。


「ん? どうしたん?」

「姉さん、少し横暴が過ぎますよ。勝手に料理できない認定しないでください」

「え~っと…………でも、できないよね?」


緋彩さんがそう聞くと、姫乃は首を横に振った。


「少なくとも、できない確証はありません。未知数と言ってください」

「それ…………できないのと何が違うの?」

「もしかしたら、私にお好み焼きの才があって姉さんより上手く作れるかもしれないじゃないですか。それか、お好み焼きの鬼才の霊が降りてくるとか」


相変わらずの憑依最強論を持ち出す姫乃。

食って掛かって来た妹に対し、姉は難しい顔で腕を組んだ。


「まあ、鬼才が降りてくる可能性は否定できないけどさ~」

「いや、できるでしょ。してくださいよ怖いな」


なんだこの姉妹。なんでこうも霊に寛容なんだ?


「姫乃のチャレンジ心は嬉しいんだけど、今回は商店街の代理だから食中毒とか出せないしな~」

「失礼ですね、出しませんよ」

「具材もお店が用意するから無駄にはできないし、う~ん……」


緋彩さんは少しの間腕を組んだまま唸っていたが、不意にパッと顔を上げた。


「あっ、そうだ。それなら勝負して決めよっか」

「勝負?」

「そそ。前日の下準備のときに試作は何回でもしていいって言われてるから、そこで雌雄を決しようじゃないのさ。上手く作れた方がお好み班ってことで」


緋彩さんがそう提案すると、姫乃はコクンと小さく頷いた。


「分かりました。そうしましょう」

「あのー、それなら私も参加しようかなー……なんて」

「唯先輩は大人しく氷と遊んでいてください。料理できないんですから」

「酷くない!?」


姫乃にあしらわれ机を叩く宮本。

その様子を見てケタケタ笑った緋彩さんは、俺を指差すと不敵に口角を上げた。


「じゃ、柏くんが審判ね」

「俺が決めるんですか?」

「じゃなきゃ公平な勝負にならないでしょ? 唯がバカ舌な可能性もあるわけだし」

「緋彩さんまで酷くないですか!?」

「正直にジャッジしてくれれば済むから、ヨロシクね~」

「なんで無視するんですか!?」


涙目の宮本を華麗にスルーし、緋彩さんはホワイトボードの前日欄に『料理対決』と書き加えた。

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