第57話【コナンくんスタイル】
3人分の麦茶を用意し、俺は宮本の横の椅子に腰を下ろした。
宮本の正面に座る冬馬は怒りなど彼方にすっ飛んだらしく、前のめりで暑苦しい笑顔をまき散らしている。
「お、俺は細坂冬馬っていいます。身長178センチ、体重66キロ、制服はL、性癖はS。特技は100M走と虹輝の早縛り、趣味は釣り。好きなものは美しい女性、嫌いなものは美しい女性の隣にいる野郎たちです!」
「なげーよ」
「あははは!」
矢継ぎ早に語られた冬馬の自己紹介に、思わずツッコんでしまった。
ろくでもない内容ではあったが、宮本の笑いを良い方に捉えたのだろう。冬馬は小さく拳を握るとさらに口を開いた。
「そ、それでお姉さんのお名前は?」
「え? あ、あー……えっとね」
冬馬の質問を受けて、分かりやすく目を泳がせる宮本。
……おい、しっかりしてくれよ。
最後まで冬馬を騙そうってなら、こんな序盤で躓いてちゃ話にならない。
冬馬は俺と同じく宮本のクラスメイトだし、なんなら冬馬と宮本は同じ陸上部だ。
服装が普段の宮本と掛け離れていて、トレードマークのポニーテールがないから奇跡的に気付かれずに済んでるんだとは思うけど……そんなのいつまでもつか分からない。
最悪横からサポートしようと様子を窺っていると、テーブル上の箱に視線を注いでいた宮本が意を決したように顔を上げた。
「私は柏────柏赤福です!」
「っ!?」
こいつ正気か……?
まさかのコナンくんスタイルで名前決めやがった……ってか、それにしてもソレだけはねえだろ。
(バカ、なんだそのスプラッタネーミング)
(ゴメン、全然思いつかなかったよ)
軽く肘打ちしながら、宮本と小声でやり取りをする。
相変わらず前のめりの冬馬は、宮本の返答を聞くとスッと目を細めた。
「赤福さんかあ……」
(ほらみろ、もう疑ってるじゃねえか)
(え、嘘!?)
「良い名前ですね!」
「マジかよ……」
頭おかしいのか、コイツは。
あまりの衝撃にまたツッコんでしまったが、どうやら俺のことなど意識にすら入ってないらしい。冬馬は陶酔しているかのようにニコニコ笑っている。
「赤福さん、ちなみにご姉妹はいらっしゃるんですか?」
「姉妹? お姉ちゃんがいるよ」
「へ~うちは男兄弟しかいないんですよ。羨ましいな~」
「そ、そうなんだ」
(柏くん、なんかめっちゃ色々聞かれるんだけど!)
(こいつお見合いかなんかだと勘違いしてるな……)
服の袖を引っ張る宮本に、視線で「頑張れ」と伝える。
今のところ目の前にいるのが宮本だとは全く気付いてないようだし、盛大なボロを出さなきゃなんとかなるかもしれない。
「ちなみに、お姉さんは何てお名前なんですか?」
「茜ちゃんだよ」
「へ~…………良いお名前ですね!」
「ウソだろ……」
姉が茜、妹が赤福とか親のセンス壊滅してるじゃねえか。
響きだけ無駄に似てるけど、どう考えても下の子が和菓子。
傍から聞いてると違和感だらけだが、そんなの覚える様子皆無の冬馬は異次元の会話を続行する。
「赤福さん、年齢とか聞いちゃってもいいですか?」
「年齢? んーっと……十代かな!」
「あ、俺も十代ですよ!」
「それは知ってる────じゃない。そうなんだー!」
「ホント奇遇ですね! いや~運命感じちゃうな~」
「ぶっ……そ、そうだねー」
吹き出しそうになるのをなんとか堪える宮本。
無理もない……こいつ何百万人と運命感じる気だよ。
宮本が肩を震わせているので、冬馬の目線を逸らすために赤福(和菓子)の箱に手を伸ばす。
「そうだ、これ食おうぜ」
「お、それ有名なやつじゃん。虹輝にしては気が効くな」
「宮……赤福が持ってきてくれたんだよ」
「えっ、赤福さんが!?」
俺が赤福の箱を開けると、冬馬は赤福──宮本に笑いかけた。あーもう、クソややこしい。
「食のセンスも素晴らしいですね!」
「そ、そうかなぁ……?」
何をしても褒められる宮本は、気恥ずかしさから逃げるように麦茶に口を付ける。
「そういえば、赤福さんと赤福って少し響きが似てますね!」
「響きどころの騒ぎじゃねえだろ」
「ぶはっ!?」
冬馬のパルプンテトークにやられ、盛大に麦茶を吹き出す宮本。
「お、おいっ!?」
「ごめ、だ、大丈夫……」
コホコホ咳き込む背筋を撫でると、宮本は涙目で俺に訴えかけて来た。
(柏くん、余計な指摘しないで! それで笑っちゃうから!)
(すまん……つい)
(ねえ、私もうヤバいかも……)
(今のところ頑張れてる。諦めるな)
(いやいや無理だって。バレちゃうよ)
(大丈夫、見てみろ)
不安そうに首を振る宮本に、冬馬を見るよう指示する。
「ぶ、ぶっつかけ……ふ、ふへへっ」
宮本の対面では、前のめりになった状態で麦茶を受け切った冬馬が気味の悪い笑みを浮かべていた。それを見て、宮本はうぇっと苦い顔をする。
「えっ、気持ちわる……」
「言ってやるな、そのおかげでバレずに済んでんだから」
「な、なんで笑ってるの……?」
前髪から麦茶を滴らせてトリップする同級生にドン引きする宮本。
「そりゃ嬉しいんだろ。お前にぶっかけられたのが」
「ちょ、ぶっかけとか言わないでよ!」
「なんなら、他の男子に自慢すると思うぞ。んで、冬馬が制裁される。間違いない」
「こわ……クラス替えっていつだっけ?」
「安心しろ、体育科は3年間クラス替え無しだ」
普通科と違って、元々1クラスしかない特進科と体育科は3年間固定メンバーという高橋ジャイアンツもビックリの地蔵采配を誇る。
絶望的に表情を曇らせた宮本は、気を取り直すように頬を軽く叩くと顔を俺に近づけて耳打ちしてきた。
「柏くん、チャンスっぽいから私はコソっと帰るよ」
「お、おお。たしかに」
冬馬相手とはいえ、こうも質問攻めされたらいつかボロが出る。
宮本はとっとと離脱した方が良いだろう。
「あの、なんだ」
「ん?」
「お菓子、わざわざありがとな。助かったよ」
予想とは違う方向にろくでもないことになったけど、気遣いはありがたい。
「ううん、困ったときはお互い様だよ」
「宮本もなんかあったら俺に言ってくれ。できる範囲で手伝うから」
「あはは、そうだね────あっ、そういえば」
普段よりどこか大人びた笑みを浮かべ、宮本はクルっと一回転。
「今日の服、柏くん的にはどう思う?」
「え?」
「新鮮とか大学生みたいとかって言ってたけど、しっかり聞いてなかったなーって」
上目使いで俺を見据え、返答を待つように手を身体の後ろで組む宮本。
そうやって改まられると、なんかメチャクチャ恥ずかしい。
「えー、えっとそうだな」
「んん? アリナシで言ったらどっち?」
「あー……アリ、だな」
誰であっても私服を見る機会は多くはないけど、宮本の場合普段とのギャップが強烈だった。普段はどちらかと言えば幼く見えるのに、今はむしろ年上にからかわれているようにすら感じる。
「ふふ、今日のところはソレで良しとしておくよ」
素直に「似合っている」とは言えない俺を見て、宮本はまた楽しそうに微笑んだ。
「ドゥフ……あ、赤福さん。初めて会ったときから恋してました~」
「今日だろ、初めて会ったのは」
「細坂くんがアホで助かったね…………じゃ、またね柏くん」
以前意識のない濡れ冬馬を呆れたように見下ろし、宮本は小さく手を振って去って行った。
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