第56話【来ちゃった】

モニター越しに冬馬と目が合い、俺は足から力が抜けるのを感じた……………………完。


なんて終わってる場合じゃない。

……落ち着け俺、諦めなければ試合終了じゃないって安西先生も言ってたろ。


生き残るために必要なのは、正確な状況把握と冷静な判断だ。


「宮本、玄関の鍵は閉めてあるよな?」

「閉めてないよ?」

「終わった。試合終了」

「えっ、なにが!?」


正確な状況把握をした結果、既に詰んでいることが判明した。

俺の様子がおかしいことに気付いたのか、駆け寄ってきた宮本はモニターを見て目を丸くする。


「細坂くん!?」

「なんか知らんが急に現れた……。いいか宮本、俺はこれからやつの足止めをしてくる。お前は万が一冬馬が家に上がってきたときのために身を隠すんだ」

「隠れるって……どこに?」


逃げ場のないリビングとキッチンを見渡し、眉をハの字にする宮本。


「冷蔵庫の中とかレンジの中とか、隠れる場所はどこにでもある」

「実質どこにもないじゃん!」

「宮本のセンスに託す。頼むぞ」

「えっ、ちょっと柏くーん!」


宮本の制止を振り切り、俺はダッシュで玄関に向かう。

内側から鍵を掛けてしまいたかったのだが、手が掛かるか掛からないかというところで無情にも外側からドアが引っ張られた。


「なんだよ開いてんじゃん────って虹輝、何してんだ?」

「……よ、よお冬馬」


後一歩のところで締め出しミッションに失敗。

空中に手を伸ばしたまま固まる俺のことはおかまいなしに、冬馬は玄関に侵入してくる。


「いや~、今日も朝から暇でよ。暇過ぎて来ちまったぜ」

「ふざけんな帰れ」

「は? ヤダよ。ここまで来るのにどんだけ汗かいたと思ってんだ」

「知るか帰れ。俺は汗アレルギーなんだ」

「お前も汗だくじゃねえかよ」


俺の額から流れる冷や汗を指差す冬馬。


「とにかく帰るんだ。回れ右。ターンライト。ハウス」

「いやいや、どうしたんだよ…………あ、AVでも見てたのか?」

「見てねえよ!」

「へへっ、水くせえな。それなら一緒に見ようぜ」

「見るわけねえだろ!?」


男2人でAV鑑賞とか、宮本どうこう以前の問題だ。

気色悪いにも程がある。


「ま、とにかく上げてくれや。暑くて敵わねえ」

「いや帰れって」

「だから何をそんなに────って、あ?」


両手を広げて侵入阻止を試みていると、冬馬は視線を斜め下に向けて首を傾げた。

その視線の先には、明らかに女物のサンダルがちょこんと並んでいる。


「虹輝、まさかとは思うけど……女がいるんじゃねえだろうな?」

「いるわけねえだろ」

「じゃあ、そのサンダルはなんだよ?」

「それは……アレだよ」

「アレ?」


背筋に滝のように冷や汗が流れるのを感じながら、俺は頭を回転させる。


「それは、ほら、俺の趣味だよ。可愛いだろ?」

「お邪魔します」

「待て待て待て!」


靴を脱いで家に上がり込む冬馬。

慌ててその腕を掴むと、凄い勢いでバッと振り払われた。


「なーにがお前の趣味だ。殺すぞ!」

「キレすぎだろ……」

「うるさい黙れ! お前、俺たちとの鉄の約束を破ったな?」


目をこれでもかと吊り上げて、冬馬は鬼の形相で睨みつけてくる。


「とにかく、家を調べさせてもらう。田原たちを呼んで魔女狩りするのはそれからだ」

「お、おい待てって!」


後ろから羽交い絞めにするも、フィジカルにものを言わせて突き進む冬馬は止まりやしない。あっさりリビングのドアにたどり着くと、パンドラの箱を開いてしまった。


頼む宮本、上手く隠れててくれ……!


「「「あっ」」」


冬馬がドアを開けるのと同時に、俺を含めて3つの声が重なった。

1つは俺、1つは冬馬、もう1つは堂々とリビングの中央で仁王立ちしている宮本。


何故かトレードマークのポニーテールを解き、宮本は目をパチパチさせている。



「お、おい虹輝────」

「…………」


……ああ、終わった。

こうなってしまったら、他の男子を呼ばれる前にこいつを葬るしかない。


「────誰だ、この美人?」

「は?」


トンチンカンなことを口にして、冬馬は宮本を凝視したまま微動だにしない。

……何言ってんだこいつ?


「誰って、宮もぐぅ!?」

「はーい、ストップストップ!」


観念した俺の口を、詰め寄ってきた宮本の指が塞いだ。

俺を制したまま、宮本は冬馬に向かって笑いかける。


「こんにちは。私は柏く──虹輝くんの従姉妹です」

「え……い、従姉妹?」

「キミは虹輝くんのお友達? ヨロシクね」


呆けている冬馬を前と、ハキハキ言葉を紡ぐ俺の従姉妹──もとい宮本。

冬馬と同じようにポカンと見つめる俺に、宮本は小さな目配せで応えた。


……ああ、マジか。


イタズラをする子供のような表情を見て、俺は宮本が意図するところを察した。

冷や汗は、止まらなかった。

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