第53話【巨乳好きに改造されたり】

「もう動きたくありません。暑いのはイヤです……」


リビングに入るなりソファに深々と腰を下ろし、姫乃はか細い声でそう言った。


「動きたくないって……何しに来たんだよ」

「何を言ってるんです? 先輩を助けに来たってさっき言ったじゃないですか」


若干血の気が戻った顔をこっちに向けた姫乃は、視線を俺の顔から少し下にズラすと目をパチクリとさせた。


「先輩、一ついいですか?」

「ん?」

「お願いなんで、ズボンを穿いてください」

「え……あ、ゴメンゴメン」


指摘されて、俺はようやく自分がTシャツ&トランクスというスーパークールビズ状態なことに気付いた。急に連絡が来た上に、まさか本人が転がり込んで来るなんて思ってなかったから、そこまで気が回らなかった。


「はぁ……」


俺が近くにあったハーパンに足を通すと、姫乃は小さく溜め息を吐いた。


「まったく……ズボン無しで現れるなんて、常識が無いんですか?」

「アポ無しで現れたやつがそれを言うのか……てか、夏場なんて普通にこんなもんだろ」

「普通……? そんなわけ──」


訝しむように眉をひそめた緋彩は、何かに気づいたようにハッと目を開いた。


「先輩、その手には乗りませんよ」

「?」

「それが普通だとか皆やってるとか言って、私を脱がせようとしてますね?」

「してねえよ!」


常識知らず認定をスルーしたら、変態のレッテルまで貼られてしまった。

なんの導入パートだっての。


「てか、今更だけどなんで俺んち知ってるんだよ?」

「え、先輩の担任の先生に聞いたからですけど?」

「情報管理ガバッガバじゃねえか……」


緋彩さんもうちの住所は担任から聞き出したと言っていた。

そんなんで大丈夫なのか、俺のことは別として普通に心配になる。


まあいいや、この際それは大した問題じゃない。


「いいか姫乃、よく聞けよ。実は──」


夏休み中に女子(生徒会の3人)を家に呼んだら殺されるということを伝えると、姫乃は心なし神妙な面持ちで頬に手を当てた。


「殺すだ殺さないだなんて馬鹿らしいとは思いますが、あの人たちならやりかねませんね。実際、この前の夏祭りはそれで台無しにされましたし」

「そうなんだよ。あいつらアホだからおっかねえんだって」


思えば、俺が最初にクラスで縛り上げられたのを目撃したのも姫乃だった。

忘れたい記憶が蘇ったのか、姫乃は苦い顔で舌を出している。


「てなわけで、お前がここにいることがバレたら俺の命が危ないんだ。助けに来てくれたのは有難いけど、ここはお引き取りいただきたい」


お礼を言いながら、やんわりと帰宅を促す。

姫乃は難しい顔で「むぅ……」と唸っていたが、やがて諦めてたように肩を落とした。


「はぁ……分かりました。私としても、先輩が殺されては本末転倒です」

「分かってくれたか」

「せっかく来たのに不本意ではありますが、今日のところは大人しく帰ることに────」


不自然なところで言葉を止める姫乃。

その視線は食卓のテーブルの上────先週緋彩さんが忘れて行った帽子に注がれていた。……あ、ヤベ。


「先輩、正直に答えてください」

「……はい」

「私の前に、姉を家に上げましたね?」

「……はい」


確たる物的証拠を前にしては誤魔化すこともできない。

水を打ったように静まり返る空気を嫌ったのか、姫乃は顔の前で両手を小さく振った。


「別に怒ってるわけじゃないんで。そう構えないでください」

「あ、そうなの?」

「ただ、正直に答えてください。姉になにか変なことをされませんでしたか?」

「姉が疑われるのか……」


普通は俺が疑われて然るべき場面だと思うけど、姫乃の中では違ったらしい。


「変なことっていうと?」

「そうですね……。性癖を捻じ曲げられたり……とか?」

「性癖て」

「具体的に言うと年上好きに改造されたり、巨乳好きに改造されたり」

「ないない、そんなのはない」


耳をイジられる快感を教えられそうにはなったけど。


「てか、んな簡単に捻じ曲げられてたまるか」

「あの人を甘く見ないでください。先輩の性癖をイジるぐらい簡単にやってのけるはずです。なんならもうイジられてるかも」

「こえーよ」

「帽子を忘れたのだって、わざとに決まってます。忘れちゃったよ~参ったね! とか言って取りに来る布石に違いありません。それで気づけば毎日自然とここにいるんです。姉さんはそういう女です」


やたらクオリティーの高い姉のモノマネを披露した姫乃は、ソファーから立ち上がると数歩俺に詰め寄って来た。


「帰ろうと思いましたが、気が変わりました」

「え?」

「当初の予定通り先輩を助けてあげるので、バレたらバレたで半殺しぐらいで逃げ切ってください」

「え、本末転倒は……?」


半分なら良いとか、そういう問題じゃない。


「もし無理に追い出すなら、家に上がったことを先輩のクラスメイトに報告します」

「それだけはやめてくれ!」

「姉妹で上がったことも言いつけます。半殺しダブルです」

「全殺しじゃねえか!」

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