第52話【命の危機と脱水少女】

緋彩さんに手料理を振る舞ってもらってから数日後────


今日と明日は防震の設備点検があるとかなんとかで、生徒は部室塔や室内プールを含む校舎内への立ち入りが禁止されている。

完全なオフを手に入れた俺は、朝から思う存分惰眠を貪っていた。


「ふわあぁぁ~~あ」


エアコンの効いたリビングでソファーに寝転びながらワイドショーを見ていると、冗談じゃなく無限に欠伸が出てくる。寝たいだけ寝て、眠くなったらまた寝る。なんて幸せなんだろう。


昨日の夜、同じく部活が休みになった冬馬から『明日釣りに行こう』と誘われたが、当然ノータイムで断った。これはもう冬馬がどうとかって以前の問題だ。単純に、オフの日まで炎天下に晒されたくない。


ってな訳で、俺は朝からボケーっと幸福な時間を過ごしていた。

──と、そんな時。不意にスマホが連続でブーブー震えた。


「なんだ?」


寝っ転がったまま画面を見ると、なにやら姫乃からLINEが届いてるようだった。


『柏先輩、今何してますか?』

『寝てるなら今すぐ起きてください』


なんのこっちゃか分からないが、とりあえず返信しておく。


「起きてるよ」

『なら、今すぐ玄関の鍵を開けてください』

『なんで? とか質問もなしでお願いします』

『命に関わる問題です』

『今すぐ 玄関』


俺が1つ返信する間に、姫乃からのメッセージが矢継ぎ早に表示される。

なにやら切羽詰まった様子だが、まったく要領を得ない。


「なんだってんだよ」


聞き返そうにも、先回りで封じられてしまった。

仕方なしに、俺はソファーと一体化した身体を起こし指示通り玄関へ。

サンダルに片足だけ突っ込んで身体を伸ばすように鍵を回す。と、その瞬間ドアが外側から勢いよく引っ張られた。


「うぉっ!?」


反射的にドアから手を離すのと同時に、胸に小柄な身体が飛び込んで来た。


「お、おい。どうしたんだよ?」

「…………」


倒れないように踏ん張った俺の肩に、突然の訪問者──姫乃は弱々しく手を伸ばす。


「み…………」

「み?」

「みず…………」

「水が飲みたいのか?」

「冷えた水…………」

「…………」

「氷たっぷりの水…………」

「分かったよ、持ってくるよ」


弱々しくもキッチリ要求してくる後輩を、とりあえず身体から引きはがす。

小走りでリビングに向かい、グラスに水と氷を投入して玄関へUターン。


「ほら、落とすなよ」

「……どうもです」


フラフラと危ない足取りの姫乃は、グラスを受け取ると一気に喉に流し込んだ。


「ぷは……」

「だ、大丈夫か?」


元々色白なのもあるだろうけど、今の姫乃の顔色はいっそ不健康なまでに白い。

追い込んだら倒れてしまいそうで、この状況について問い詰めるのも躊躇してしまう。


静観を続けることしばし──姫乃は大きく息を吐いて顔を上げた。


「お水、ありがとうございました」

「ああ、それは別にいいんだけどさ……。お前、なんでここにいるの?」


なんの差別意識もない柏家だが、現在立ち入りをお断りしている人間が3人だけいる。その1人である姫乃は、訝しむ俺に対して何故か胸を張った。


「柏先輩、そんなこと言っていいんですか?」

「え? なにが?」

「私、先輩を助けに来てあげたんですけど」


そう言って、不敵な笑みを浮かべる姫乃。

その顔は相変わらず血の気がなく、細い足はプルプル小刻みに震えている。


「…………とりあえず、上がるか?」


どう見たって助けが必要な後輩に、ひとまず俺は救いの手を差し伸べた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る