第42話【追試直前】
「また、この日が来てしまった……」
1週間ぶり、2度目の命の期限が訪れた。
今日中に女子たちを正気に戻し、この学校を正常な恋愛ができる状態にもっていく。
それができなければ、俺は男共に制裁されてしまう。
「ヤバい……ヤバいよ……!」
そんな俺にとって蜘蛛の糸ともいえるキーパーソン・宮本はというと、この期に及んで涙目になっていた。
「落ち着け宮本! まだ時間はある!」
「分かってるけど……ふえぇん、なんでこんなことに」
「忘れちまったなら思い出すしかないだろ! 諦めるな!」
橘……じゃない、姫乃や緋彩さんの協力もあって、昨日の夜の時点では宮本の追試対策は十分進んでいた。あとは本番でその成果を発揮するだけだったのに、宮本は今日の夕礼終了後、追試1時間前になって「なにも思い出せない……」と青ざめた顔で泣きついてきた。
「とにかく書いて書いて書きまくれ! 頭がダメなら指に染み込ませろ!」
ノートに数式を書き殴る宮本の横で、セコンドの俺は必死に励まし続ける。
宮本のこの急な忘却っぷりは、恐らく極度の緊張によるだろう。
宮本ぐらいのアスリートなら大丈夫だろうと心配していなかったのだが、陸上と勉強じゃ勝手が違うらしい。
「はい、できたよ! 確認して!」
「任せろ…………おい、またここ間違ってるぞ!」
「うそっ!?」
「余弦定理の分母には2を掛けるんだって言っただろ? ケアレスミスだぞ、こんなの」
「ケアレ・スミス!? 誰そのインチキラッパーみたいな人!?」
「スミス家のケアレさんだよ! ごたごた言ってないで指動かせ!」
正直、泣きたいのは俺も同じだ。
「分かってるよぉ……はい、これでどう?」
「…………よし、全部合ってる!」
少しでも自信を持たせようとノートに大きく○を付け、宮本に手渡す。
追試が始まるまで残り十分弱、そろそろ教室に向かわせなければならない。
「消しゴムは持ったか? シャー芯の予備は大丈夫か?」
「大丈夫! 大丈夫なんだけど……」
ノートを鞄に詰めた宮本は、椅子から立ち上がると手で口を押さえた。
「どうしよう、吐きそう」
「それは全然大丈夫じゃないな……」
俺は宮本の肩に手を当て、自分の鞄から今朝コンビニで調達したブツを取り出した。
「ほれ、これ食って少し落ち着け」
「なにこれ? チョコ?」
「よく分からんけど、テスト前に食うと良いらしい」
大会もテストも、やるだけやったら後はどれだけ平常心で臨めるかどうかだ。
そのキッカケにでもなればと思い用意した板チョコに、宮本は小さな口で噛り付いた。
「甘い……」
「そりゃ、チョコだからな。苦かったら困る」
「それはそうなんだけど……ホント、甘い」
多少血の気の戻った頬をもぐもぐ動かす宮本。
……これで少しは落ち着いてくれよ。
宮本には追試をパスして気持ち良く大会に挑んでほしい。それに、恐らく俺が生き残るためにも宮本の追試合格は必須条件だ。
「柏くん」
「ん?」
「もし私が追試に受かったら、少し付き合ってくれない?」
「…………え?」
つ、付き合う……?
顎が落ちたように口を開ける俺を見ると、宮本はぱたぱたと両手を振った。
「ち、違う! 付き合うってそうじゃなくって、ラーメン屋!」
「ラーメン屋?」
「うん。最近近所で見つけたお店なんだけどね、やっぱり女子だけじゃ行きにくいでしょ? だから柏くんに付いてきてほしいなーって」
「あー……そゆことね」
なんだよ、生き残れたのかと思ってビックリしちゃったよ。
「ご褒美があった方が、いざってときに奇跡が起こせる気がするんだよ」
「できれば奇跡なしで突破してほしいけど……そんぐらい、いつでもいいよ。生きてたらラーメン食いに行こう」
「?? 柏くん、死んじゃうの?」
俺が自嘲気味に笑うと、宮本はちょこんと首を捻った。
死ぬというか殺されるというか、もしそうなったらその原因の何割かは宮本が女子にモテ過ぎることなのだが、それを宮本に言ったって仕方ない。多分、気付いてないだろうし。
「よし、んじゃそろそろ行ってこい」
「うん……いざ決戦の時、だね」
覚悟を決めたかのように頷いた宮本には、もう極度の緊張の色は見て取れない。
宮本は板チョコの残りを俺に差し出すと、その手で小さく敬礼した。
「それじゃ、行ってくるね」
「おう、頑張れよ」
「えへへ……じゃ、また後で!」
犬の尻尾のように手をぶんぶん振って、宮本は生徒会室から飛び出していく。
徐々に小さくなっていく宮本の軽快な足音を聞き届け、俺は座ったまま伸びをした。
……追試に関しては、やれることはやった。後は結果を待てばいい。
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