第43話【赤点少女と放送事故】

「さーて、どうしますかね」

 

緋彩さんも言っていたように、追試の問題は元のテストをしっかり復習していればそう難しいものではない。

直前こそプチ記憶喪失でバタバタしていたが、ここ数日の成果を考えれば、宮本の追試は恐らく大丈夫だろう。


問題は、いよいよ後がなくなった俺の命の方だ。

2週間前のプールのときように、強引にキスや告白に持ち込めば奇跡が起きないとも限らない。

 

ただ、仮にそれで生き残ったとしても、その後が地獄だ。

節操なしにも程があるし、相手に失礼過ぎる。

 

一般生徒に宮本が恋をしているということを知らしめ、なおかつ宮本本人を傷付けない方法……そんな都合の良いものがあるのだろうか。


「やっほ~!」

 

天上を見つめながら考え込んでいると、能天気な挨拶と共に緋彩さんが現れた。


「こんちわ。遅かったですね」

 

宮本が生徒会室を出てから、既に20分弱が経過している。


「むっ……気を利かせて余所で時間を潰してたってのに、酷い言いようだね」

 

緋彩さんは小さく頬を膨らませると、流れるような動きで俺が持ったチョコを掠め取り、自分の席に腰掛けた。


「で、どうなんだい? 上手くいきそう?」

「そうですねー……緊張はしてましたけど、始まっちゃえば大丈夫だと思いますよ」

 

追試が1教科というのもあって、対策は十分できた。赤点を取った元の問題は特に念入りに取り組んだし、数字を変えてくるぐらいならスラスラ解けるだろう。


「だから、そっちじゃないんだけどな~……」

「え?」

「柏くんの“ずっきゅん☆ハーレム作戦”の話だよ」

「変な作戦名付けないでください!」

 

人聞きが悪い上に、本質は捉えてるから性質が悪い。


「そっちなら、大丈夫じゃないですよ」

「あらら……ちなみに、どうするつもりなの?」

 

心配しつつも、緋彩さんはどこか面白がっている。ったく、この人は……。


「今考えてるのは、追試に合格して喜ぶ宮本を肩車して校内中を駆け回る“親しさアピール作戦”ですね」

 

昨日布団の中で考えた案を伝えると、緋彩さんはあからさまに目元を引きつらせた。


「そ、それは親しいの?」

「親しくなきゃ肩車はしなくないですか?」

「そ、それはそうだけど……なんか違わない?」

「そうですかね? 緋彩さんなら、もし俺たちが肩車してるのを見たらどう思います?」

「レスリングのメダリストかなって思うよ。うん」

 

残念なものを見る目を俺に向け、緋彩さんは溜め息をついた。


「柏くんもだいぶ参ってるみたいだね~。ってなわけで、はいこれプレゼント」

「なんです、これ?」

 

緋彩さんが自分の鞄から取り出したのは、1枚の紙切れ。

先生の字だろうか、達筆な字十数人の生徒の名前が書かれている。


「それ、今やってる追試をサボってる生徒の一覧らしいんだよね~」

「さ、サボり……?」

 

追試をサボるって、どんな豪胆だよ。


「ここに来る前に職員室に寄ったら渡されちゃってさ~。先生たちも探してるけど、放送でも呼び掛けてほしいんだって。だから、柏くんお願い」

「プレゼントって、仕事っすか……」

 

チョコを盗られて仕事が返って来るとか、とんだポンコツ錬金術だ。非等価交換が過ぎる。


「そんな嫌そうな顔しないでよ。ほとんど柏くんのクラスの人たちなんだから」

「えっ…………うわ、マジか」

 

手元の紙に目を通すと、たしかにそこに連なった名前はどれも見覚えがあるものだった。

 

細坂冬馬に田原大輝……あいつらなにやってんだよ?


「はあ……分かりました、俺がやってきます。放送室に行けばいいんですよね?」

「ありがと~! 機材の使い方は、壁の張り紙を見れば分かるから」

「うっす」

 

緋彩さんから鍵を受け取り、俺は重い足取りで生徒会室を後にした。

重い足取りで階段を下り、2階の放送室を目指す。日中は生徒で溢れ返っている2階の廊下も、この時間になると生徒の数は疎らになっていた。


「電気電気……これか」

 

鍵を開け、暗幕の引かれた真っ暗な室内に灯りを点ける。多少の埃っぽさはあるが、金属機器が多いからか、放送室の中は不思議とひんやり冷たかった。


「んで、次は壁を見ると」

 

緋彩さんの言う通り、放送機材の隣の壁には放送機材の使用手順が掲示されていた。慣れない人も使うからだろう。

手順通り慎重にボタンを押していくと、冷蔵庫のような重低音と共に機材のランプが光り、放送の準備が整ったことを教えてくれた。

 

……あれ、放送範囲はどうすりゃいいんだ?

 

後は音量の摘みを上げて放送範囲のボタンを押せばいいだけなのだが、どこに向かって放送を流せばいいのかが分からない。

 

……追試をサボってる訳だし、まあ緊急だよな。

 

聞こえる分には問題ないだろうし、所詮学校の敷地内の話だ。

俺は〝校舎1階″や〝体育館″〝図書館″などのボタンを全て押し、マイクの前の椅子に腰を下ろした。


「んんっ!」

 

喉の調子を整え、マイクの音量の摘みを上げる。


『えー、お知らせです。以下の生徒は、速やかに職員室に集まってください。2年H組・細坂冬馬、同じくH組・田原大輝、荒田竜介、板倉健人────』


緋彩さんに渡された紙に書かれた文言を、頭からそのまま読んでいく。

 

……ホントにうちのクラスしかいないじゃねえか。こんなに赤点多かったのかよ。

 

一通り名前を読み上げ、念のため頭からもう一度繰り返す。


『繰り返します。以下の生徒は、速やかに職員室に集まってください。2年H組────』


「あっ! 見つけたっ!」


『──っ!?』

 

問題児たちの名前を再度口にしようとした瞬間、放送室のドアが勢いよく開かれた。


「み、宮本っ!?」

 

肩を上下させて洗い息をする宮本は、俺の顔を見るなり放送室の中にずかずかと入り込んで来る。咄嗟にマイクの音量を下げようと手を伸ばしたが、摘みに触れるより早く、その手が宮本に掴まれた。


「探したよ柏くんっ!」

「ちょっ、今放送してっからちょっと待てって」

「そんなのいいから見てよ!」

「がっ!?」 

 

顔を両手で掴まれ、無理やり九十度回される。

余計な音が漏れないようマイクの先端を握りしめた俺に対し、宮本は満面の笑みで手に持ったプリントを突き出した。


「見てこれっ! 凄くない?」

 

視界一杯に広がったのは、数学のテスト用紙。1番上に書かれた〝宮本唯″という名前の横には〝94″の数字がデカデカと踊っていた。


「私、こんな点数取ったの初めてだよ!」

「そ、そうか……。でもちょっと待ってく────」

「すぐ報告しようとしたら、ちょうど放送で柏くんの声が聞こえてきたからね。来ちゃった!」

 

よほど興奮しているのか、宮本は俺の制止など気にも留めず言葉を続けた。


「ちょっと待てって」


追試を乗り越えたのは喜ばしいことだが、今はそれどころじゃない。 

放送機材で遊んでるなんてことになったら、相当怒られるのは察しがつく。

 

……せ、せめて音量を下げねえと。届け……!

 

マイクから手を離し、そのまま音量を操作する摘みに伸ばす。


「ねえ、ちょっと! 聞いてる?」

 

会話に集中していない俺の肩を揺する宮本。


「おわっ!?」

 

手を伸ばすために椅子の後方に体重を乗せていた俺は、その拍子に椅子ごと放送室の床にひっくり返ってしまった────いくつかの摘みを押し上げながら。


「ふああぁぁ……柏くん、私こんなに気持ち良いの初めてだよぉ!」


妙に艶めかしい宮本の声が、大音量で校舎中に響き渡った。

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