第40話【偽りの仮面】
翌日、木曜日。
クラスの男連中の殺気が徐々に高まっているのを肌で感じながら、俺は普段以上にボーっと黒板を眺め続けていた。
今日明日でどうにかしなければ俺はやつらに制裁されてしまうのだが、なんかもうどうにもなる気がしない。
橘たちに好かれるために自分なりの良い所を見せようとしていたのに、自分でも自覚がなかった悪い部分ばかりが露見している。これじゃ人に好かれるどころか、自分で自分が嫌いになりそうだ。
「はあー…………」
「お悩みのところ悪いけど、掃除の邪魔だからどいてもらえる?」
「え……?」
肩を叩かれて目を開けると、手に箒を持った女子が隣りに立っていた。
「あれ……? 授業は?」
「授業って……もうHRも終わったよ。どんだけ興味ないの、あんた」
宮本と同じように数少ないスポーツ科の女子生徒である彼女は、日焼けした顔をしかめると俺に箒を突き出した。
「どかないなら、掃除代わってもらえる?」
「いや、そりゃ勘弁。それより宮本見なかったか?」
荷物をまとめながら教室内を見渡したが、まばらになったクラスメイトの中に宮本の姿はなかった。
「唯ならもう出てったよ。そういえば、今日は図書室デートしなくていいの?」
「デートって……追試のために勉強教えてただけだっての」
でも、そうか。傍から見ればやっぱそう映るもんなんだな。
咄嗟に否定してしまったが、彼女には照れ隠しに見えたらしい。
「そう照れなさんな。そんじゃ、唯に頑張れって伝えといてね~」
「はいはい」
俺は自分の鞄にかけ、これ以上掃除の邪魔にならないよう壁際を歩いて教室を出た。
「さて……どうすっか」
昨日の一件以来、宮本はあきらかに俺を避けている。
今朝話しかけたときもよそよそしかったし、その後も会話のタイミングを見計らっていたのに不自然なぐらい目が合わなかった。既に帰ってしまったなら為す術なしだが、学校内にいるのなら宮本が行く場所は限られている。
「柏です、入ります」
とりあえず可能性の高い場所からということで、生徒会室のドアを叩いた。
曇りガラス越しに電気が点いているのは分かったが、中からの返事はない。
「?」
今までにないパターンだってので、不思議に思いながら慎重にドアを開ける。
「あ……」
大きく窓の開けられた生徒会室では、橘が一人机に座って読書をしていた。
おさげを風に揺らした橘は、本に視線を落としたまま口を開く。
「そんな所につっ立ってないで、入ったらどうですか?」
「お、おう」
促されるまま、俺は後ろ手でドアを閉めながら生徒会室に足を踏み入れた。
いつもの席に腰を下ろし、隣に座る橘に横目を向ける。
「……なにか用ですか?」
「いや……別に」
「そうですか」
呟くようにそう口にした橘は、やはりこちらを見ようともしない。
最近は薄い表情やそっけない態度の裏にも感情の動きが見え隠れしていたのに、今はそれが全く感じられなかった。
……なんか、初めて会った頃に戻ったみたいだな。
「身体の方はもういいのか?」
机の上の小物を整理しながらそう聞くと、ページを捲る橘の指がピタッと止まった。
「……はい。というか、別に体調を崩していたわけではないので」
「そっか。でも、いいのか? 生徒会がそんな仮病みたいなマネして」
「学校に行く気分じゃなかったので、風邪を偽っただけです。仮病じゃありません」
「偽ってんじゃねえか」
「3日ぐらい、別に問題ないはずです」
本を閉じ、ようやっと顔を上げる橘。
その目は“あなたに関係があるんですか?”と問うものだった。
「まあ、問題はないわな」
どうやら、完璧に嫌われてしまったようだ。
俺のしたことを考えれば当然だし、どう贔屓目に見ても俺に非がある。
偽ってるなんてのは、むしろ俺のことだ。
「さてと、それじゃ俺は行くよ」
こうなってしまったら、俺が考えるべきは明日の追試のことだけだ。
オトせるともオトしたいとも思えなくなってきたけど、一度引き受けた以上、俺には宮本を追試に受からせる責任がある。ゾンビたちのことは、その後考えよう。
「もう帰るんですか?」
「ああ、またな」
本を見たままの橘に別れを告げ、足に力を入れる。
ここにもいないとなると、図書館か部室か……。とにかくしらみ潰しに当たってみるしかないな。
「あ……ここにいた」
俺が鞄を肩に立ち上がると、それと同時に生徒会室のドアが開かれた。
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