でも、お兄ちゃんとはできなかった。話す時間もあまりなかったし、なんでお前とって拒否されるような気もして、ぼくからは言い出せなかった。


「勇気くんにね、お願いがあるんだけど……」

「ん、なに?」

「勇気くんの待ち受け、ぼくもほしい」


 ああと頷いて、勇気くんはすぐさまメールに添付して送ってくれた。それを待ち受けにするスキルはまだないから、帰ったら格闘しよう。そう思っていたら、「設定しようか」と勇気くんが言ってくれた。でも、伸ばしかけた手を引っ込める。


「あ、いや。自分でしたほうがいいか」

「ううん。お願いします」


 ぼくのほうから差し出した。おしぼりで丁寧に手を拭いて、勇気くんは受け取ると、ちゃちゃっとやってくれた。

 常々、お揃いのものがほしいと思っていた。携帯を持ったらストラップをそうしようかと考えていたけど、外に見えるものだから勇気くんは嫌がるかと思った。待ち受けなら、覗き込まれない限りバレないし、それにこの写真もほしかった。

 平野神社で撮ったツーショット。ぼくと勇気くんが初めて二人きりで行った思い出の地だ。

 嬉しくて、最初は笑顔で見ていたけど、ぼくの頭にふと光明の二文字が浮かんだ。

 ……光明学園。勇気くんが受験するらしい高校だ。私立の全寮制男子校でめちゃくちゃ偏差値が高い。

 そう、ぼくらは来週から、最上級生になるんだ。


「人夢。どうした、食べねえの?」


 なんとなくぼんやりしていたぼくは我に返って、急いで箸を持つ。

 それからは、たわいのない話をしながら、お弁当を食べた。

 最後の一口を放り込んで、勇気くんはごちそうさまでしたと、ぼくに手を合わせた。頭まで下げる。


「……っとさ、おれ、人夢に報告したいことがあったんだ」

「うん、なに?」

「驚かないで聞いてほしいんだけど……」


 勇気くんはなにやら口ごもって、坊主頭を撫でた。食事中には取っていたキャップをかぶり直す。

 いつものはきはきとしている彼らしくなく、ぼくは一抹の不安を覚えた。なにか嫌な報告なんだろうか。


「あ、つっても、おれのことじゃないんだ」


 ぼくはますます混乱するしかなくて、箸を置いた。


「え、なに?」

「健とさ、リエがつき合うことにしたって」

「うん。健ちゃんと久野さんが──」


 そこまで言って、ぼくは息を呑んだ。

 ものすごく驚いたとき、本当に声が出なくなるんだと、改めてわかった。

 それにしても、健ちゃんと久野さんが……。


「ま、そういうリアクションになるよな。おれも寝耳に水だったし。なんか、失恋した者同士、気が合ったんだって」

「しつ……れん?」

「うん。失恋」


 ぼくは目をしばたたきながら、とある場面を思い出していた。

 だれかにふられて泣きじゃくる久野さんを、勇気くんが胸を貸してなぐさめていたところ。そうして二人が寄り添う姿をぼくは目にし、勇気くんと久野さんはやっぱり「フウフ」の関係なんだと誤解した。


「ねえ、勇気くん。その失恋……だれにとかって訊いても大丈夫なのかな」

「ああ、うん。健はわかんねえんだけど、リエはあの人だよ」

「あの人?」

「そう。おれがあの人っつったら、あの人だよ」

「……もしかしてお兄ちゃん?」


 勇気くんは目を閉じ、大きく頷いた。

 ぼくはまた息を呑んだ。

 てっきり久野さんがお兄ちゃんを好きだというのは、きゃあきゃあいうだけのファンの一種だと思っていた。おおっぴらにもしていたし。

 でも、久野さんは本気だったんだ。

 だとしたら、ぼくは悪いことをした。どうせ本気じゃないんだろうと疎ましくも思っていた。

 ぼくの首は自然と下がっていく。


「人夢?」

「ぼく、久野さんが本気でお兄ちゃんを好きだなんて、これっぽっちも思ってなかった……」

「だからって、なんでお前がそんなふうになるの」

「もうちょっとなんとかしてあげられたのかなって。いろいろ聞かれてたし」

「なんともなんないっしょ。あの人だし。三回もコクってるし」


 ぼくは顔を上げた。


「三回?」

「そう。しぶといだろ? おれ、最後は尊敬の念まで抱いたよ。あいつに」


 たしかに、あのお兄ちゃんに三回も告白するなんて、強靭な精神力の持ち主だ。もしかすると、ぼくの久野さんを見る目が新学期から変わるかもしれない。

 それとは逆に、なんと言ってお兄ちゃんは三回も断ったんだろう。

 彼女がいる、好きな人がいる、とかだったら、久野さんもすぐに諦めたと思うんだ。まだどこか余地があったから、三回もアタックしたんだと思う。

 そこまで考えて、あっと思い出した。

 お兄ちゃんは年上の女の人がタイプなんだった。胸が大きめの。

 ……久野さんには悪いけど、ちょっとだけ納得できた。

 一人でうんうんと頷いていたぼくの前で、「そういえば」と勇気くんが呟いた。

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