第49話 絡まれそうです



 何しろ、偶然とはいえ自力で上げる手段がないと言われていた、幸運値を上昇させる魔物いたくらいである。


 ボーナスステージなのかシークレットステージなのかは分からないが、他にも何か隠されている……かもしれないではないか。

 前世の記憶を持つヴィヴィアンとフレデリックも、その点はシリルと同様の結論に達していた。


 ヒロインがダンジョンに来るなら、攻略対象を追いかけてなのか、イベントをこなすためなのか……情報が少なく推察でしかないが、両方可能性がある。



 ルチルはこの乙女ゲームに限りなく類似した世界のヒロイン枠だから、彼女を中心に様々なイベントが起こる訳だが、これから行くダンジョンは王都から一番近く、その舞台になる可能性が高い。


 とは言え、街中ではなくダンジョンで出会ってしまうのなら、それはやはり偶然という名の必然であり、ゲームの強制力が働いているといえるだろう。


 というわけでヒロイン様ご一行が、今回一番の障害となると考えられる。



「ヒューシャ男爵令嬢……ですか。魔法学院にいると忘れそうになりますが、彼女の件も頭が痛いですね」


「そうですわね。彼女、わたくし達がここにいる情報も掴んでいるでしょうか?」


 フレデリック達、魔法学院組の疑問にはリリアンヌが答えた。


「取り巻きの殿方の数だけは多いんですの。 情報収集の人手は足りているでしょうね」


 彼女の話によると、彼女の情報網は日毎に侮れない規模に成長しているらしい。


「……では、素早く伝わってしまいそうですわね」


「ええ、残念ですが」


 魅了した彼らと共に、ダンジョンへやって来るのを防ぐ手立ては今のところない。


「……フレデリックはともかく、私が何日も続けて学園を休むのはすぐに分かってしまいますよ」


「はぁ……厄介ですわねぇ」


 シリルの言葉に、ヴィヴィアンは眉をひそめた。




 攻略対象者であるシリルとフレデリックの二人がダンジョンに潜っているのだ。


 情報を掴んだら追いかけてくるだろうし、ヴィヴィアンとリリアンヌが一緒にいると分かれば、嬉々として絡みに来そうである。


「彼女に時間を取られるのは勘弁してもらいたいです」


「まぁ、来ることは止められませんが、でもその為に急いで通信器具を手に入れたんです。ある程度は遭遇を防げるんじゃないかな」


 皆がつけているアクセサリー型の魔道具を確認しながらシリルが言った。


 ダンジョンには二組に分かれて潜るが、これがあれば先にルチルを発見したパーティーが警告できる。


 接近情報をリアルタイムで共有できるのは大きいだろう。




「そうあることを願いますわ」


 ヒロインはこの世界を楽しんでいるようだが、死亡フラグ満載の悪役令嬢になってしまったヴィヴィアンは彼女と直接、顔を合わせるのが怖かった。


 ヒロインの心ひとつで、彼女の運命が決まってしまうかもしれないのだ。動揺しない訳がない。


 今から憂鬱な気分になり、ため息を吐きそうになるのを飲み込んだ、その時……。


 ふと視線を感じて顔を上げると、気遣わしげに揺れているシリルの紫水晶のような瞳と目が合った。


 彼はヴィヴィアンの不安な気持ちを感じ取ってくれていたようで、視線が絡まると安心させるようにほんの少し、微笑んでくれる。


「大丈夫。君には私がついています」


「はい……あの、ありがとうございます、シリル様。心配してくださって」


「い、いえ。婚約者ですから当然のことです」


「ふふっ、それでもうれしいです」


「ヴィヴィアン嬢……」


 笑顔をみせた彼女をみて、僅かにホッとしたような顔になるシリル。


 あまり表情は動かないが、小さな頃からの彼を知っているヴィヴィアンには、微妙な表情の変化は伝わっていた。


 随分と心配をかけてしまったらしい婚約者に慰められ、ちょっと心が軽くなったのだった。




 ぎこちなくも初々しい、そんな二人の様子をなにも言わず、生暖かく見守っていたフレデリックとリリアンヌ。


 その視線に気付いたシリルが一つ、気まずそうに咳払いをしてから、続きを話し出した。


「……まあとにかく、まず第一にダンジョンに集中しよう」


「そうですわね。あまり彼女のことばかりに気を取られて、注意散漫になってしまわないように気をつけましょう」


「どこに危険が潜んでいるか分からないですしね。浅い階層でも油断しないようにしましょうか」


「ええ、フレデリック様。気を抜かないようにいたしますわ」


 まずはダンジョンに集中し、ヒロインのことは遭遇したらしたでその時考えればいい。


 でも、できるだけルチルに見つからないようにしたいものだと四人は思ったのだった。




 そうして話し合いを重ねている内に、ダンジョンのある森の中に到着した。


 ここは発生してから結構経っているので、周囲には割りと大きな集落が出来ていた。


 冒険者相手の宿泊施設や鍛冶屋、食料品店などもあり、冒険のための店が充実しているので、ここに拠点を構える者もいるようだ。



 泊まりがけでダンジョンに潜っている者はすでに出発した後らしく、朝六時の開門と同時に王都を出発したヴィヴィアン達だったが、決して早いというわけではないようだ。


 それでもまだ、彼女達以外にも冒険者の姿はあって、そんな彼らを目当てにした屋台もいくつか出ており、活気に満ちた賑わいを見せている。


「相変わらずですわね、ここは……」


「うん。独特の雰囲気があるよね。騒々しいし」


「まぁ、冒険者の為の集落といってもいい場所だからね。仕方ないですよ」


 宿泊先に停めた馬車から降りて、長時間、乗っていたために固まってしまった体を伸ばしながらの会話だ。





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悪役令嬢だと気づいたので、破滅エンドの回避に入りたいと思います! 飛鳥井 真理 @asukai_mari

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