第48話 天然な彼女
「私はこの指輪にする。ヴィヴィアン嬢、君はこちらのネックレスにしたらどうだろうか?」
「まぁ、ありがとうございます。
彼のさりげない気遣いで、すっきりと問題が解決したヴィヴィアンは、嬉しそうに顔をほころばせた。
「べ、別にっ。他に気に入ったのがあるならそれでもいいんですがっ」
「いえ、これがいいですわ。可愛いらしいデザインでとても気に入りましたものっ」
「そ、そうですか?」
面倒くさくなってもう何でも良かったんだろうなと悟ったものの、自分が選んだものを受け入れてくれたことは嬉しい。
「ではヴィヴィアン嬢、こちらを……」
緩みそうになる気持ちを押さえ、さりげなく手渡そうとしたところで……。
「つけてくださいませ」
「なっ!?」
彼の婚約者は天然さを発揮し、さらりと爆弾発言をしてくれた。
誓ってヴィヴィアンに他意はない。
ただ自分ではネックレスを上手くつける自信がなくて、誰かに頼みたかっただけなのだ。
「だってほら、リリアンヌ様もフレデリック様に着けていただいていますわ」
「ですが……」
確かに二人は普段から仲がいいけれど、自分達はまだ、彼らのようにお互いの気持ちを確かめ合ったことはない。
表面上は軽く眉をひそめただけに見えるが、 華やかな容姿の婚約者にこてんと小首をかしげて可愛らしく頼まれたシリルの心の中は、ドキマキして大変なことになっていたのだが……。
そんな思春期真っ只中の少年の繊細な胸の内など、前世が喪女だったヴィヴィアンに分かるはずもなく。
彼女の思考は単純である。今、この馬車の中にはヴィヴィアンたち四人しか乗っておらず、その中の二人は取り込み中で手伝ってはもらえないだろう。
頼めるのは彼しかいない。
だから依頼しただけなのだが、断られそうな雰囲気は野生の勘のようなもので感じとったらしく、少し焦ったようにいった。
「それに
「……まぁ、そう言うことなら。仕方ないですよねっ。いいでしょう」
自分を納得させるようにそう言ったシリルは、邪念を振り払って頷いた。
そして耳を赤く染めながらも、細身のネックレスをヴィヴィアンにつけてくれたのだった。
「……出来ました」
「ありがとうございます。助かりましたわ、シリル様」
「うん。まぁ、お役に立ててよかったです」
なんでもないことのように言いながらも、熱くなった指先をそっと握りしめたのだった。
実は先程ネックレスをつける際、シリルは彼女のきめ細やかな肌に少しだけ触れてしまったのである。
指先がかすめる程度のことだったが妙に意識してしまい、触れた部分が熱を持ったかのように感じた。
ヴィヴィアンは全く気にしていないみたいだが、彼女と目を合わせられずに微妙に視線を彷徨さまよわせることになってしまった。
真面目で堅物なシリルは、フレデリックと違って恋愛事に不慣れなのだ。頭脳明晰な彼にも苦手分野はあるのである。
そんなシリルは最近、彼女の様子がおかしい事もひそかに悩んでいた。
今までは大好きだという気持ちを全面に出して彼に接していたヴィヴィアンが、一定の距離を置いて踏み込ませないように振る舞い出したからである。
それはヴィヴィアンに前世の記憶が戻り、乙女ゲームの悪役令嬢だと気づいてしまった為だった。前世の人格と統合したことで、目先の恋の行方よりも破滅エンドを回避することに必死になっていたせいでもあるが、そんなことは知らなかったシリルは少し寂しく思っていた。
何故なら彼は、年々、美しくなっていく婚約者に惹かれてほのかな恋心を抱き始めていたからだ。
だからこの間、冒険者ギルドで予知夢について聞けたのはよかった。不思議な話だったが、この世界では珍しいことではないし、彼女の変化の原因が分かってホッとした。別に嫌われた訳ではなかったらしい。
今回のダンジョン探索では一週間ずっと一緒に行動することになる。
チャンスだと思った。
これを機に、他人行儀な二人の関係が少しでも変わればいいなと思うシリルなのだった。
「さて、これから一週間、ダンジョンに潜る訳ですが……私達はそれぞれの家から限られた時間の中で、目に見える成果を出すようにと求められています」
通信の魔道具の試運転まで一通り試し終えたところで、シリルが切り出した。
「そうですわね。効率よくやらないとあっという間に時間が経ってしまいそうですわ」
「ええ。ですが、十階層の魔物の検証の方は何とかなりそうじゃありません? シリル様達のおかげで、後は幸運値をくれる特殊個体が出現するタイミングを調べるだけですもの」
ヴィヴィアンに続いてリリアンヌも発言し、今回は大丈夫なんじゃないかと自分の意見を述べた。
「まぁそうなんですが。ただ今後のためにも、何かもうひとつくらい、良い成果が欲しくはないですか?」
彼らはヒロインより早く、強くなっておきたいという目標がある。彼女の魅了をはね除ける力を手に入れるためだ。
魔物を倒すとパーソナルレベルが上がり、それに伴い物理系、精神系ともにレジストする力が備わる。相手よりもレベルが高ければ高いほど、害される恐れが減少するのだ。
その為にも、無限の可能性を秘めているダンジョンの秘密をヒロインより先に解き明かしたいと、シリルは考えていた。
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