第23話 スライム討伐



 というわけでヴィヴィアンは、アリスとセレス、二人の戦闘メイドを連れて、割り振られた東側の水路へと向かっていた。


 王都の水路は国に管理されており、普段は魔物避けの魔道具が発動して発生を押さえている。

 ただし、一定の魔力量を越えると機能しなくなるため、一気に増殖するスライムには対応が後手に回っているのだとか。

 その上、弱いくせに適応能力は半端なく強力で、魔道具にもいつの間にか耐性がついて効かなくなるらしい。


 それを聞いたときヴィヴィアンは、まるで地球で嫌われものの黒い某Gようだと思ったものだ。


 分裂して成長するスピードも速く、放っておくと水路が詰まったり、共食いして巨大化したり、進化して最弱の称号を返却するほど強くなったりと、予測不能な過程を辿る生命体なので、何時までも一個体だと弱いからと言って油断は出来ない魔物なのである。




「ヴィーさん、この辺りからはじめましょうか」


「そうね、アリー」


「じゃあ私はこっちから行きますね」


「うん、よろしく、セーレ」


「はい、ヴィーさん」


 


 ――彼女達は今、偽名で呼びあっている。


 この場所は商業地域で人通りも多いため、誰が聞いているか分からない。冒険者がお上品な言葉遣いをするのを耳にしたら、違和感しかないだろう。


 そこで、アリス達にはお嬢様呼びを止めてもらい、冒険者登録した際の偽名で呼んでもらうことにしたのだ。


 ヴィヴィアンは呼び捨てで構わないと言ったのだがそこは拒否された。


 そして、二人の戦闘メイドについては、下手な偽名にするとヴィヴィアンがついうっかり本名を呼んでしまった時に困るからと、予め想定して考えたという偽名……アリスは「アリー」、セレスは「セーレ」と呼ぶことになった。


 さすがは、乳姉妹だけあって細かいところまで彼女の事を分かっている。理由まできちんと説明されたヴィヴィアンはもう頷くことしかできなかった。




 ――カーティス公爵家の優秀すぎる戦闘メイドは、スライム討伐などお手のもの。


 縦横無尽に走る水路の中に潜むスライムを、ササッと魔法を使って一箇所に集め、ヴィヴィアンが効率よく倒せるようにとまとめて寄せてくれた。


 放っておくとすぐにポヨンポヨンと飛び跳ねて四方八方に逃げて行ってしまうので、動かないようにとこれま魔法を使い、しっかりと押さえつけてくれている。


 魔物討伐が初めての彼女に対して、メイド達はちょっと引くぐらい過剰なまでに過保護だった。


 ちょうど人通りが無くなったので、この隙に魔法で攻撃してもらおうと、主人に声を掛ける。


「ささ、ヴィーさん。今のうちです。どうぞ遠慮なくぶっ飛ばしてくださいな」


「わ、分かったわ」




 ――これだけ大きい的だと、魔法を外しようがないというもの。


 固定されている大きなスライムの塊に向かい、落ち着いて魔法を放てばいいだけなのだが、初めての魔物討伐に少し緊張しているのか手先が冷たい。


 一度、深呼吸して呼吸を整えると、一番得意な炎の魔法を使うことにした。


 モゾモゾ動くスライム団子に指先を向け、集中力を高める。


 体内で活性化した魔力を、目の前の的を目掛けて打つ。



火球ファイヤーボール』!



 ヴィヴィアン指先から、バシュっと、勢いよく火炎が飛び出したっ。


 着弾した所から、スライム達が勢いよく燃え上がる……のはいいのだが、これでは勢いがよすぎる!


「わわわわわっ」


「うわぁ、火柱が上がっちゃいましたねぇ」


「セーレ、どうしよう」


「大丈夫です、ヴィーさん。落ち着いて。アリーに任せましょう」


「はい。鎮火、鎮火……っと」


 思っていた以上の火力が出てしまい、焦っていたのはヴィヴィアンだけだった。


 ボンボン燃え上がっていた炎は、アリスが水魔法放つと一瞬で消えた。咄嗟のサポート力はさすがである。


「まあ、初めてですしこんなもんでしょう」


「怪我もなかったですしね。よかったです」


「ありがとう、二人共」


「どういたしまして。次は威力の調整もしていきましょうか」


「うん、頑張るわ」


 ここは街中だし、一歩間違えば大惨事になっていたかもしれない。次は絶対失敗しないと、決意を新たに気を引き締めた。







「じゃあその前に、魔石を拾ってしまいましょう」


 そう言われて辺りを見回すと、一面に大量の魔石が飛び散っていた。


 スライムの魔石は小さく小指の爪ほどで、色もほぼついていない。透明なガラスの欠片のようなものなので見つけにくそうだった。

 そうかといってこのまま放っておくと危ない。増えたスライムがその魔石を見つけて食べてしまうと、余計な力をつけ、進化してしまう可能性があるのだ。その為、きっちりと拾っておかないといけない。



「……これは時間がかかりそうね」


「大丈夫ですよ、ヴィーさん。風魔法でちゃっちゃと集めてしまいますから」


 思わず唸ってしまったヴィヴィアンに、セレスがにっこり笑って言った。




 この双子は、威力の差こそあれ四属性全てを使えるという、戦闘メイドの名に恥じない魔法の使い手なのだが、アリスは水魔法を、セレスは風魔法を一番得意としている。

 みるみるうちに散らばっていた魔石を引き寄せ、一ヶ所に集めてみせた。


 ヴィヴィアンが、その鮮やかな手腕に驚いている間に、あらかじめ持ってきた小袋へと小さな山になっている魔石を手ですくい取り、ザラザラと流し入れていく。


 セレスが言ったように、あっという間にひとつ残らず拾い終えることができた。相手がスライムとはいえ初心者のヴィヴィアン一人だったら、こうも効率よく魔石の回収まで一連の作業をやれなかっただろう。


 一回目スライム討伐は、大幅に時間を短縮してあっさりと終わったのである。


「じゃあ、移動しましょうか」


「ええ、そうね」


 三人に割り振られたポイントで、戦闘メイド二人がスライムを一か所に集め、ヴィヴィアンがまとめて魔法で倒すというやり方を繰り返して、どんどん攻略していく。


 ――そうして集合時間までの二時間を目一杯使って、大量のスライムを討伐して回ったのだった。





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