告白

 二か月が経った。

 梅雨の時期ということもあって、その日は朝からずっと、陰気な雨が降っていた。いつものように、庄太は良の家に上がっていた。

「ねぇ……沢井くん……」

 この日の良は、いつもと様子が違っていた。何だか、もじもじしているというか、挙動不審というか……とにかく、何かがおかしかった。庄太はそういったものをあまり鋭敏に感じ取れる方ではないのだが、その庄太をして異変に気づかせる程、この時の良の様子は奇妙極まるものだったのである。

「沢井くん、僕……」

 言いかけて、良は途中で視線を足元に落とし、躊躇う様子を見せた。けれども、意を決したか、再び真っ直ぐと庄太の顔を見つめた。

「僕、沢井くんのことが好きなんだ」

「え……」

 どういう意味であるか、庄太には分かりかねることであった。その当惑は、庄太の顔面にも俄かに色濃く表出した。「好きだ」というのは、一体どういった意味で言っているのだろう。出会って二か月程ではあるが、庄太自分も、良のことは友達だと信じているし、悪しからず思っている。けれども、友に抱くような「好き」とは、また違った性質であることは、何となく察することができる。尤も、それが何であるかまでは測りかねていたのだが。

「ええと……どういうこと?」

「僕は……沢井くんに僕の恋人になってほしいんだよ」

 それを聞いた庄太は、驚愕のあまり耳を疑った。まさしく青天の霹靂へきれきである。女子にも告白されたことなどないというのに、まさか男子である良からそのような言葉を聞くとは、露ほども思っていなかった。

「そういうことなら……ごめん。応えられそうにない」

「そうだよね……いいや、分かっていたんだ」

 思いのほか、良はあっさりと引き下がった。

 確かに庄太は、良に対して悪しからず思ってはいる。しかし、やはり同性とそういう関係になるという所までは踏み込めなかった。如何に良が麗しい顔貌の少年だとしても、だ。

 暫く、二人の間に静寂が保たれていた。聞こえるのはただ、陰雨の音のみである。

「で、でも、俺はお前のこと友達と思ってるから、な」

「うん……僕も……」

 恋人になるのは無理でも、せめて友としては良を繋ぎとめておきたい。庄太はそう思っていた。それは偽らざる庄太自身の感情であった。良は返事をしながらも、その視線は庄太から逸らされていた。


 だが、庄太の思いとは裏腹に、それ以降、二人は何となく気まずくなって、自然と会話も少なくなっていった。あれ以来、庄太は良の家にも足を運ばなくなっていたのである。同級生の間でも流石にその異変を察知せずにはいられなかったようで、庄太は「最近磯山と喧嘩でもしたのか? あれだけ仲良かったのに」などということをよく聞かれた。流石に庄太はあの日告白されたことを漏らすわけにもいかず、適当に誤魔化すしかなかった。

 良の方は、唯一話し相手であった庄太と疎遠になってしまったことで、より孤立を深めていた。いつも決まって、昼休みには教室から姿を消して、物憂げな表情をしながら図書室で本を読んでいるのである。最初は良のことを持て囃していた女子たちも、彼のことを話題に乗せることはなくなった。良の現状を思うと、庄太の心はまるで鬼薊おにあざみの棘に刺されたように痛んだが、それでもやはり、良に対して声をかけることができなかった。


 そうして、一年が経った。中学に上がっても、二人はまた同じクラスになったのだが、二人の間は相変わらずであった。

 そして、夏休みの直前、突然庄太の引っ越しと、それに伴う転校が決まったのである。

 引っ越しの前には、友人たちが集まって、お別れ会を開いてくれた。お別れ会とは言っても、家の広い友達の所に仲の良かった男子数名で集まって、菓子やジュースを飲食しながらテレビゲームなどをして遊んだだけであった。その場に、良の姿はなかった。

 その日の夜、風呂から上がると、良から庄太のスマートフォンにメッセージが届いていた。

「明日、よかったらうちに来てほしい。ちゃんとお別れがしたいんだ」

 庄太は一瞬、その諾否の決定を躊躇った。二人の間に流れていた気まずい空気が、庄太を逡巡させたのである。けれども、ほんの一年前までは、確かに良き友と言える相手であったのだ。やはり、自分もこのまま別れたくはない。転居の前に、別れの挨拶くらいはしておきたかった。そう思って、庄太は諾する旨の返事をした。

 翌日、庄太は良の家に向かった。朝は晴れていた空であったが、黒雲が次第に現れ始め、湿気しっけた空気が漂い始めた。

「どうぞ。上がって」

 晴れやかな笑顔で迎えてくれた良に、庄太はいささか面食らった。家の内装はまだ真新しく見え、その白い壁に、何だか懐かしさすら感じる。

 庄太は良の部屋に腰を落ち着けた。強い雨が降ってきたようで、外からは傾盆大雨が地面を激しく叩く音が聞こえてくる。

「ねぇ、沢井くん」

 向かい合うように座っていた良が、急に庄太の方に迫っていた。咄嗟に庄太は後ずさったが、すぐに背が壁についた。

「ど、どうしたんだよ……」

 良から感じる気配は、ただならぬものであった。その顔は庄太の間近に迫っていて、お互いの息がかかるような距離しかない。

 一閃、稲光が走り、雷鳴が轟いた。それと時を同じくして、良は強引に庄太と唇を重ねた。

「やめろ!」

 殆ど反射的に、庄太は良を突き飛ばしてしまった。もう、この場にはいられない。呆気に取られた表情をしている良を尻目に、バッグを引っ掴んだ庄太は足早に靴を引っ掛けて玄関を飛び出した。

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